時々前書きで引用元を紹介していますが、実本or実テキストを開いて読んでみて欲しい願いからです。
「おい」
煎餅を齧っていた八雲霊夢は、ぼーっとした顔のまま声の主を見る。
少しばかり疲れた様な顔の八雲藍を見ると、間髪入れずに言葉が出た。
「嫌」
出鼻を挫かれた藍は更に疲れた顔を作ると、霊夢を、霊夢の“背中”を指差す。
「もう、来ている」
「げぇ」
「げぇとは何だスキマ妖怪」
にゅっと背中から生えてきた腕に、頭を叩かれる霊夢。
いつの間にか霊夢の背中には両開きの扉があり、そこから腕だけが生えていた。
「お人形さん好きの少女趣味が何か用かしら」
「お前もあの女と同じ事を言うのか…」
扉の奥から言い返す気力も無いのか、だらんと垂れ下がる腕。
藍は摩多羅隠岐奈の言う“あの女”が誰を示すのか察し、寂しそうな顔を数瞬作った。
腕は直ぐに立ち上がると、指が宙に円を描く。
「邪仙、と言うんだったか。壁をすり抜ける」
「嫌」
「話を聞け」
ぱこーんと軽く叩かれ、扉から顔が生えてきた。
「幻想郷の外で大きな活動している可能性があるぞ、あいつ」
「すぐ行くわ。藍は大結界に異常が無いか確認して」
途端に真顔になり、スキマを開く霊夢。
しかし、ピタリと動きを止めると背の扉に問いかけた。
「それは誰からの情報?」
「さてな」
パタリと閉じた扉に対し、霊夢は一度スキマを閉じ、もう一度スキマを開き直した。
「もしもーし。…うわうわうわぁ…」
「ッ!?」
隠岐奈の住まう後戸の国に入って早々、霊夢はスキマを閉じる。
目に残る肌色に、狂った笑みと踊り。
人形造りの最中なのか、積み重なってカタカタと動く四肢と飛び散る赤。
見るんじゃなかったと眉を顰め、藍の顔を見る。
「最悪」
「紫様も同じ事を言っていたよ」
「…慰めているつもり?それ」
「嫌そうな顔をするな」
背に扉が出現し、頭を叩こうとしている腕を感知。
咄嗟に隠岐奈の頭上にスキマを繋げ、腕を送り込んだ。
きっと今頃は自分で自分の頭を叩いている事だろう。
「ちょっと行ってくる」
スキマに姿を消した霊夢を見送ると、藍は自分の仕事に戻るのだった。
○○○
「青いのを出せ」
「酷い挨拶があったものだ」
静かな神霊廟。
そこの主である豊聡耳神子は、突然の来訪者に驚くわけでもなく、ボロボロの体で奥へと霊夢を招き入れた。
「すまないね。お迎えを追い返したばかりなんだ」
「どうりで」
ガランとした廟は、以前に増して人が少ない。
「今回も何人か連れて行かれた。私達仙人に対して地獄は当たりが強くないかい?」
「不当に寿命を延ばすというのはそういう事よ。嫌なら天人にでもなるのね」
「そう簡単に言ってくれるな」
天人くずれの不良天人は兎も角、天人になる為徳を積むのは人の一生では時間が足りなさ過ぎる。
時間が経ち、尸解仙から仙人の中で最も位の高い天仙になった彼女も、まだまだ仙人という枠組みの中なのだ。
「まぁ座ってくれ。茶ぐらい出そう」
「茶菓子も付けてくれると助かるわ」
「君は人の頃から何も変わっていないな」
「結局は私だからね」
木製のテーブルを囲み、仙人と妖怪が対面する。
緊張感は意外にも無く、どちらかと言えば神子が笑顔であった。
「で、青娥か」
「どうせあんたも知らないんでしょ?」
「勿論」
「じゃあ私がここに邪仙を連れてきたら縛ってくれるかしら」
「連れて来られるならね」
その言葉を待ってましたとばかりに、霊夢は虚空に手を伸ばした。
当然延ばす先にはスキマがあり、暫く弄るような時間が経過する。
ふと、顔を嫌そうに歪めて手を引き抜けば、霍青娥がスキマより引きずり出された。
「あら?」
「はい、縛って」
「…まさか本当にやるとは思わなかったよ」
しかし約束は守る神子である。
壁をすり抜ける術を使えないように仙術で浮かせ、紐で吊るした。
「あらあらあら?」
「えー…っと、触りたくないし関わりたくないので地獄に引き渡すわね」
「端的が過ぎますわよ」
笑いながらぶらんぶらんと揺れる青娥に、霊夢は溜息を吐いた。
「以前言った気がするけど、自分に害が及ばないのなら、仙人の一人や二人地獄に落ちたってどうでも良いの。今回は私に害が及んだ。申し開きがあるなら聞くけれど」
「私が何かしたっていうの?」
「外に出る程度なら構わないわ。力のある奴は結界ぐらいすり抜けられるしね。壊すのは勘弁して欲しいけど」
「ではどうして私は縛られているのかしら?」
「結界を維持する妖怪から報告が来た。何をしたのか知らないけど、場合によっては地獄に落とす」
仙人が地獄に落ちた場合、非常に重い罰を受ける。
幻想郷の地獄は、いつでも仙人の受け入れ態勢が出来ていた。
少しばかり顔色を悪くした青娥が、弁解に舌を動かし始める。
「私は貴方にとっても得のある事をしていただけなのよ?」
「…」
「外界でも万が一に備えた“安全地帯”が作れるか試していただけですもの。妖気を用いない仙界なら、神も、小さな付喪神さえ消滅せずに存在を保てるってことがわかりました」
「…」
「外の世界は目に見えないものを否定しましたが、人の可能性を引き出す研究をしているの。だから、人間の至った姿である仙人は外でもあまり力が弱まらないの。すごいわ。人間が進歩した結果、進み過ぎた私達と同じ世界を見られる可能性が出てきたのですから」
「…」
無言の霊夢。焦る青娥。面白そうな顔の神子。
スッと立ち上がった霊夢を前に、青娥は体を揺らした。
しかし心底疲れた顔をした霊夢から可哀想なものを見る目を向けられて、青娥は呆けた顔を作る。
「…あんた、それが外の世界で仙人が発生する可能性がある事を自分の体で示した上に、外の世界と反転する幻想郷では仙人の力が弱まっているって気がついてる?」
「へ?」
「仙人は妖怪に近いけど、まだまだ人の延長線。外の世界で仙人が生まれた時、あんたはどうなっているのかしら」
ようやく霊夢の言葉の意味に気がついたのか、青娥と神子が揃って目を見開いた。
八雲紫は、幻想郷の中を幻の世界、外の世界を実体の世界という境界を作る事で、幻と化した存在を幻想郷に引き込んでいった。
この境界は博麗大結界に組み込まれ、今でも能力を発揮し続けている。
「外の世界で幻が実態を得るほど、幻想郷では実態が幻になるの」
それだけ言い残すと、霊夢はスキマを開いた。
「あぁ、私からの罰は無いわ。“その必要が無いもの”」
神子のボロボロの体を一瞥。
修行を怠っていないにも関わらず、回を追うごとにその傷が増えている事を、霊夢は知っていた。
「次のお迎えは、誰かしらね」
姿を消した霊夢の言葉が、二人の耳に残った。
神子は自らの体を見返し、苦々しげに目を伏せる。
神子が手ほどきし、仙人になった人間は意外にも多い。
しかし、今生き残っている仙人はほんの一握りほどである。
「…修行をしなければな」
神子の凛とした声は、静かな廟に虚しく響いた。
これで呻く古井戸編はおしまいです。
次の秘封倶楽部の活動は一体なんでしょう?