お楽しみください。
39
長野より帰った私たちは、それぞれ家に帰って各自の時間を過ごす。
貴重な体験をしたもので、ハーンは大興奮で何かを端末に打ち込んでいた。
何をしているのかと問えば、“同人活動”というやつらしい。
サークル活動をしたり同人活動をしたり、活動してばかりである。
そんな翌日の大学構内カフェテラス。
相も変わらず縮こまる友人を前に、私の口からは溜め息が出た。
「はぁ」
「えっ、何?」
「泥棒じゃないんだからもっと堂々としたら?」
目立たないロゴ入りの黒パーカーに、大人しめのスキニーパンツ。
テーブルを挟んで座る伊吹は、一体何に怯えているのか、しきりに周囲を見回している。
マグカップに入ったカフェラテを両手で掴み小さく啜る姿は、まるで小動物のようだ。
「慣れないの、ここの雰囲気」
「逆にどういうとこなら落ち着くの?」
「自分の部屋」
「私が伊吹の部屋に行けばいいの?ベッドで隣に寝てあげようか?」
「それは落ち着かないどころか色々ちょっとなぁ!」
フォークで切り分けたガトーショコラにホイップクリームを付け、口に運ぶ。
もったりとした濃厚な甘みと舌触り。とても美味しい。
「…で、あの、何で呼び出したの?」
「デートの日取りでも決めようかなって」
「ふ、ふーん。いいじゃん」
こちらの揶揄いに、微かに耳を赤らめた伊吹が、必死に余裕そうな顔を作っているのが見えた。
唇が震えている辺りで既に面白いのだが、目が右往左往する辺りで耐えられなかった。
「ふ」
「───こいし、あまり揶揄わないで欲しいわ…」
「ごめん」
伊吹も無理をする事に耐えられなかったらしい。
顔を手で覆うと、とても小さな声が聞こえてきた。
ガトーショコラが美味しい。
「まぁ半分は本当だよ。お菓子食べに遊びに行こうって話」
「あの時のやつね。次からは本当にやめてよ…?次は泣くからね」
「悪戯じゃないんだけど」
「はい怖い。この話はここまで」
ショートケーキを口に運び、伊吹は耳を塞いだ。
嘘ではないのだが、それを言っても聞く耳は持つまい。
コーヒーの苦みで口内の甘みを消すと、手をひらひらと降った。
「で、どこのお菓子を食べに行きたい?」
「…東京」
「へ?」
「東京のお菓子食べたい」
東京。
てっきり京都内だと思っていただけに、ちょっとばかり驚いた。
ギラギラと光る街並みに反し、不味そうな人々の群れ。
精神の疲弊しきった艶の無い人が多かったイメージしかない。
「いいけど…ってあ、東京だとハーンに聞かないとだ」
「ハーンさんは貴女のお母さんか何か?」
「半分は否定できないんだよな…」
正確に言えば、“ママ”に全て借りている身なので、たとえ交通費と言えど勝手に使うのは憚られる。
更にある程度の自由は許可されているが、幻想郷と違い“自由”の範囲が広すぎて、困ってしまう事も多い。
「とりあえず聞いてみるよ」
「わーい」
今度はホイップクリームを付けずに、ガトーショコラを食べようとフォークで取る。
すると嬉しそうにカフェラテを啜る伊吹が、ふと思い出したかのように顔を上げた。
「そういえば」
「ん?」
「なんで端末のやりとりじゃなくてここでそんな話を?」
「なーんだ、そんな事。それはね」
苺を口に含んだ伊吹に優しく微笑むと、自分の唇に人差し指を当てた。
「可愛い子には会いたいものだよ」
「お会計お願いしまーすッ!!」
思わずと言ったように立ち上がる伊吹。
私は伊吹を見上げると、ガトーショコラを口に入れる。
ホイップクリームで隠されていた微かな苦みと、芳醇な香りと甘み。
顔を火照らせた伊吹の顔が見えて、顔が綻んでしまう。
あぁ、美味しい。