例えば、女子大生二人が自由に使える、そこそこ広い部屋の使い方。
安酒を本当に酔い潰れないのか一晩中呑んだりとか、
女同士だし、とノリで全裸で揚げ物に挑戦したりとか、
境界について、警察に見つかれば即事案級の資料を持参して研究をしたりだとか、
しょうもないものから重大なものまで幅広い用途がある。
今ではここが秘封倶楽部の活動拠点(家主には無断)となりつつあった。
「お、自動掃除機放ってるから床はある程度綺麗だね。あの教授も学んだか」
「前回は色々沸いてたからね。防塵服着て殺虫剤を撒くことを真剣に提案したのは人生で初めてだった」
そう豪語するのは相方の蓮子。
お前の部屋も似たようなものだろうとは言わずに、買った荷物を背の低いテーブルにゴロゴロと並べる。
「こいしは座って待っててね。蓮子、グラス三つあるー!?」
「ちょい待ち……あるある!つーかジョッキだこれ!」
「正直なんでもいいわ。とは言うけどジョッキねぇ」
テーブルに置かれたのはどうにも発泡酒向けですと姿で主張してくるジョッキ。
無言のままに果実風味の新型を注げば、それはまるで視覚野への暴力のようだった。
「何だろうこのミスマッチ」
「面白いけどジョッキが泣いているようだ……」
結露である。
「ホイホイ他のグラスを見つけたって何その面白物体」
「望まぬ中身を受け入れた末路」
「拒否が許されない、余りにも酷な選択だった……」
そう言いながらこいしが少しだけ新型に口を付ける。
ジョッキの半分ほど呑んでから、喉を鳴らして首を傾げた。
「果実酒……の匂いだけで美味しくは無いね。酒っぽさも薄い」
「そりゃ純米大吟醸と比べられたら全てが霞むわよ」
「でも果実水として飲む分には面白いかも。結構好き」
「そうね。旧型と違って深酔いが出来ないから所詮はジュースと一緒」
健康を気にし過ぎて、娯楽が薄まった。それが今の新型を表す言葉である。
蓮子が普通のグラスを2つ持ってきたので、買ってきた新型を注ぐ。
キッチンの方へ戻る蓮子をよそに、軽く一口。
「あ、その名前のお酒、おねえちゃんが好きなやつだ」
「
「そうだね、好きって言ってた。そのお酒と……アマレッツ? を混ぜたのが一番好きって」
「
現在は海外で製造される洋酒も、新型が多くなっている。
旧型と同じ名を持った新型もあり、味だけは同じだ。
それによって敷居の高かったカクテルは酔いにくくなり、昔に比べて女性人気が更に上がっているので、私達も少しは覚えていた。
しかしカクテルを作る程、私達は角ばった呑み方をしない。
何となく美味しそうだと思った新型同士を混ぜて、その味を楽しむ事が多い。
「そういえばこいしはどんなお酒が好きなの?」
「お姉ちゃんが前に作ってくれたカクテルで、
「知ってるけどよりによってそれかぁ……」
名前のインパクトが強過ぎて覚えていた。
「まぁ滅多に飲めないんだけどね。お姉ちゃん手間掛けて丸ごとパイン絞るから、パインが必要で」
「あー確かに手に入れるには懐がね」
こいしの『パインが必要な時は八雲紫と取引しないといけないから』という考えの齟齬に、気づくことは無い。
「蓮子、お料理まだー?」
「先呑んでていいよー」
「もう呑んでる」
「それはそれで癪だなぁ!」
なんてやりとりは置いておいて。
こいしがジョッキで呑む様子を肴に呑むが、本当に何者だろうか。
純日本人では、無いと思う。
髪色は染めた感じはしないし、瞳もカラーコンタクトでは無い。
最近の整形では毛根や瞳孔を変えられるらしいが、手術痕も見当たらず。
「……こいしのお姉さんってどんな人なの?」
取り敢えず身の周りを探ってみようと思い、質問を口に出す。
煙に巻く言い方が多いが、こいしは嘘を言う性質に見えない。
すると思案するように暫し上を向いて沈黙したこいし。
「えー……っとね、お姉ちゃんは私と、何歳離れてたっけな……」
「えぇ……」
かなりあやふやな言葉が飛び出してきた。
年齢差が曖昧なんて事があるのだろうか。
「あ、仕事は施設の管理してるかな。あと動物が好き。めっちゃ好き」
「へぇ!何か飼ってるの?」
「……猫とか烏とか」
「烏?んー……条例違反とか言うのは野暮か」
「まぁ飼ってるっていうか、家にいるだけってのが正しいかも」
まぁ、そもそも境界暴きなどしている私達にとっては条例違反など今更である。
流石に殺人犯や強盗犯と同一に見られるのは遺憾であるが。あまり人の事は言えない。
「というか管理職なんだね。年はまあそこまで離れて無いだろうし……もしかして超頭いいとか?」
「お姉ちゃんって頭いいのかなぁ。苦労人ってイメージしかない」
押し付けの可能性もあるので仕事については聞くのを辞めた。
次はルーツ不明の容姿についてだ。
ジョッキに注げば嬉しそうに呑むので、少しは口も緩くなるだろう。
「そういえばお姉さんも髪の色とか一緒なの?」
「全然違うね」
「へぇ!私と同じ金髪とか?」
「生まれた時から多分紫」
「紫!?」
毛根を研究室に回せば人類の新たな可能性が見えてくるのでは無いだろうか。
「はい、取り敢えずご飯よー」
「わぁいお母さんー」
「私なら同い年の母は父親の頭を疑うね。今回のメニューは適当ビビンバ丼。適当さは私の気分です」
「肉の加熱は大丈夫でしょうね……?」
蓮子が置いた丼にはビビンバが適当に盛り付けられていた。
正直男飯と言われても納得の出来である。
「ま、大丈夫でしょ。こいしはアレルギーとかダメなのある?」
「……多分無いよ!」
「よっし、じゃあお嬢ちゃんには肉多めでおじさんあげちゃうぞ」
「同い年でしょうが」
こいしが21なら私達も生まれは同い年である。
ひょいひょいと自らの器から肉を多めに入れた蓮子が座り、テーブルの三席が埋まった。
「じゃあ適当カクテルいきまーす!今回は……それとそれ!」
「はいはい、比率は?」
「3:7ぐらい」
大学の中でも上位の頭脳を誇る女学生が、こうも適当でいいのだろうか。
そんな風に思うが口論で蓮子に勝てた試しはないので言わない。
感覚派は理論派に口で勝てないのは自明の理。
「こいしもいる?」
「じゃあそっちだけ」
「よし、じゃあ乾杯だ乾杯!面白い人に会えた記念に!」
三人でグラスとジョッキを軽く合わせる。
「「「乾杯」」」
お洒落な雰囲気は、ジョッキのかち合う漢らしい音と男飯ビビンバ丼で掻き消された。