真っ黒のバームクーヘンを美味しそうに頬張る伊吹。
名は黒煉瓦だが、円筒状なだけに煉瓦感はあまり無かった。
「これすごい美味しい!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
店主は手早く片付けを済ませ、伊吹の食べる姿を微笑ましそうに見ている。
若い見た目だが、今は老人のような落ち着きがあった。
余ったトッピング用のチョコソースを掬って口に運ぶ店主を眺めていると、ふと目が合う。
「ん?あぁ、僕は甘党でね、カフェを始めたのもそれが理由」
「そうなんですか」
心を読むまでもなく、何処か誤魔化すような言葉に嘘だと断じた。
しかし害のある嘘では無い。
自分の事を隠すような嘘を暴く事は覚りの本懐だが、今は別に腹を満たす必要も無かった。
暴きだけで言えば伊吹だけで十分お腹一杯である。
「そういえば気になっていたんだけど、その首元の…硬貨?」
「ん、あー…当たり。この古銭には産業を意味する稲穂、歯車、水の意匠が施されていてね。更に五円玉ときた」
「そりゃまたご縁の良いことで」
「はは、客商売には良縁が大事だからね、ペンダントにしたんだ」
そう言いながら指先で古銭を触る店主。
珍しいものだ。この時代に縁起を気にする人がいるとは。
それも、京都より精神の貧しい東京で。
「今は古銭っていう扱いだけど、昔はこれが流通してたと考えるとちょっと面白くてさ」
「経済的な話?」
「難しい話じゃ無いんだ。今この五円玉を買おうとすると大体…60倍の価値になるんだよ」
それを聞いて伊吹がバッと顔を上げた。
「綺麗な小銭全部取っておこう…!」
「価値が上がる頃は多分生きてないよ」
「そっかぁ…」
そもそもハーンから聞いた話だと、今の外界では小銭など滅多に見ないようだ。
端末にお金が情報として入っているらしく、ハーンからそう言われて私もこれで払う事が多い。
念の為に現金として千円紙幣を持たせて貰っているが、現金で支払うことなど稀というレベルだった。
遠出しない限りは学校敷地内で買い物をするため、学生証で大体のものを買えてしまう。
そう思えば現代では情報の価値が非常に大きいと言える。
信用が通貨となったように、胡椒が通貨となったように、黄金が通貨となったように。
貴重な物は価値を持ち、価値を認められて通貨となる。
この時代では貨幣となる情報が、ある意味で最も貴重なのだろう。
「ま、価値が上がっても本質は変わらない。5円は60倍の価値を得ても貴重なだけで5円だって事だよ」
「…やっぱり難しい話じゃん」
「いやいや、そうでもない。ここからは僕が気になった話なんだ。六文銭って知ってるかな?」
店主が奥から取り出したのは、六枚の硬貨。
ピカピカで作りたての様に綺麗だが、この形には覚えがある。
「寛永通宝…?」
「ん!?お嬢ちゃん物知りだねぇ!ひょっとして古銭好きかい?」
「いや、知ってるだけ。でもそんなに綺麗なのは初めて見た」
知ってるだけというか見ただけというか。
寛永通宝は一応幻想郷でも流通している硬貨だ。
それが六枚程度あれば団子も2、3本は食えるかもしれない。
───まぁ、私はそもそもお金を使った記憶も無いが。
いつも気がついたら口に団子が入っていただけである。
「…新しいと言えど、これは古銭のレプリカさ。記念硬貨みたいなものだよ」
「古いものを新しく作ったって事?」
「そうだね。これは一枚3300円で買えたから…当時の値段で換算すると100倍の価値かな?」
「100ッ!!?」
伊吹がバームクーヘンを皿に落とした。
慌てて現金用小銭入れに入った硬貨を漁り始めたが、彼女は人の話を覚えていられないらしい。
「とはいえ新しく作った訳だから贋作とも言える。価値は不明って言うのが正しいかもね」
「ふーん…で、六文銭がなんだっけ?」
「そうそう。って君は六文銭を知っていそうだ」
店主はにこやかにカウンターの下からティーセットを取り出すと、首を傾げた。
「ご馳走するからお話聞いていくかい?」
「乙女は甘いものに弱いんだよ」
「ははは、君達にはチョコソースをトッピングしてあげよう」
紅茶の入ったティーカップを私達に渡すと、店主はパンケーキを焼き始める。
甘い香りが店内に広がり、伊吹は目を輝かせた。
「追加メニューだ…!」
「お嬢ちゃんが古銭を知っていたからね。気分がいいんだ」
「ナイスこいし!」
いえーい、とハイタッチ。
長い食事になりそうだと思いながら、紅茶をゆっくりと口に含む。
鼻を抜ける香りは、どこか空っぽの様だった。
寛永通宝=訳33円程度
金一両=訳13万円からの計算です。