鍋を囲って三人が箸を構えた。
狙うのは白菜。
合成ではない。天然栽培の白菜である。
「奮発しすぎじゃない?」
「白菜鍋が食べたい気分だったのよ」
「まだ季節じゃないと思うんだけど」
「季節関係なく美味しければいいのよ」
「それはごもっとも」
今回は隠し味無し。
純粋な白菜の味を楽しみたいと、薄味の鍋である。
もう既に白菜の半分は私が帰ってくる前に食い尽くしたらしく、帰ってきた時に騒がしかったのは奪い合いによるものだったと聞いた。
そして、残る半分の争奪戦がもうじき幕を開ける。
───まぁ、開けるのは幕じゃなくて蓋だが。
「じゃ、開けるよ」
特に飢えてもいないので、白菜を取る上でロスが大きい、鍋の蓋を開ける役として仕事を果たす。
籠もっていた湯気がぶわりと膨らみ、腹を空かせる匂いを広げた。
そんなことを感じていれば、既にハーンと蓮子は箸を器用に使いながら、高速で白菜を取り皿に引き寄せていた。
「…うわぁ」
あまりのがっつき具合に若干引いた。
ちょっぴり食べられればいいので、ちまっと2枚ぐらい取り皿に入れる。
争奪戦を繰り広げる鍋など知らないように、ゆっくりと汁を啜り白菜を噛んだ。
しゃくり、と程よく煮えて僅かな食感の残った感じがとても美味い。
味はほんのりとした甘さを薄い汁が引き立て、確かに“白菜”を強く感じさせた。
「…うまぁ…」
目の前では激戦が繰り広げられている。
が、我関せずのマイペースだ。
しゃくしゃくと白菜の歯応えを楽しみ、甘味と汁の混ざりを楽しむ。
とても良い。天然栽培というだけでもう美味しい。
人は価値に左右されるのだ。
感覚もまた、ある程度は影響を受けてしまうものである。
そう考えると、あの店主が言っていた事を思い出した。
六文銭の価格変動。
死神からは聞いた事がない。
旧地獄暮らしだった私ですら聞いた事のない話だ。
ただ、死神と碌に話した事もないので何とも言い難い。
暇だしママに聞いてみるか。
『六文銭はキャッシュレス対応してる?』
白菜を食べ、豆腐と白滝を食べたあたりで返信が返ってきた。
『大喜利かしら?』
『はいママ早かった!』
『多分してないと思うわ』
『3点』
『えぇ…』
面白い事を言う前振りをしておきながら真面目とは…
困った奴だ。無茶振りをした私が。
『結局キャッシュレス対応してないって事?』
『現代のキャッシュレスはすべて履歴が残るし、そもそも地獄で見ているのは金銭じゃなくて“その人の残した結果”よ。お金が欲しい訳じゃないから現物じゃないといけないわ』
『ありがと』
そうか。
船頭はお金を欲しているわけではなく、それが仕事だった。
死者はその身一つで死後を歩む。
例えどれ程の富豪でも、極貧でも、等しくその身一つなのだ。
なので死後に持っている纏う服も、冥銭も、全て副葬品によるものだ。
死を悼まれ、棺に入れられた物こそが、多少なりともその人間の善性を示している。
少なくとも、善性無くして死後も丁重に扱われる事など無いのだから。
「「あ」」
なんて事を考えていれば、ふとした声に顔を上げた。
鍋の上。一つの白菜の両端が端で摘まれている。
「…蓮子、これぐらい譲りなさい。最後の一切れは購入した私のものよ」
「メリー、そうやって必死にならなくてもいいじゃない。1回目の時は貴女にたくさん譲ったのよ?優しさがないのかしらね」
「どこが譲ったっていうのかしらね?むしろ私より食べていなかったかしら?遠慮と言う日本人の美徳はどこにあるのかしら」
「今時そんな時代遅れな事しませんわ。メリーに感謝の気持ちはあるけれど、それはそれ。いいじゃないの切れ端ぐらい」
「切れ端と言えども天然の白菜には変わりないのよ?」
言い合いを始めた二人の会話をぶった切るように手を挙げた。
「箸渡しは行儀が悪いよ。子供じゃないんだから」
二人はハッとして白菜から箸を離した。
鍋に落ちる白菜。
それを私が掻っ攫って自分の取り皿に入れる。
「「あ」」
「喧嘩するぐらいなら私に頂戴」
「…そうね、こいしまだ全然食べてないもんね。蓮子もそれならいいでしょ?」
「勿論。こいしが食べたいなら食べちゃって!」
先程の罵り合いが嘘のように、和やかな雰囲気になった。
場を収めるつもりは無かったが、箸渡しを行儀が悪いと思ったのは本当だ。
特に地獄の話を考えていた時に、箸渡しをされては縁起も悪い。
箸渡しは遺骨を壺に納める時に行う行為だ。
食事の時にすべきでは無い。
「まったく…私が二人の仲を取り持つなんてね」
橋渡し役となった訳だ。
そう、箸渡しだけに。
…しゃくり
「美味い」
上手くはない。