無意識の少女からの奇怪な問いを考え、眉間にシワを寄せる。
ソファーに寝転がった、だらしない姿でも咎める者は居ない。
「電子マネーの…宗教に関わるやつ…?」
試しに調べてみるが、当たり前のように無い。
チラリと『宗教団体が立ち上げた企業の電子マネー』という記事が目に入るも、全く関係無いだろうと視界の外へ。
次に、宗教の縮小における未払い問題や、跡取り不在のまま放置された土地などの検索候補が続々上がってくるが、求めている情報はそれでは無い。
「そもそも死後で電子決済しようとしたら何を副葬品として入れればいいのやら」
端末か、それともICカードか。
そもそも電子決済には、少なからず電気と電波が必要である。
今はどこにいても衛星により電波が届く時代だが、三途の河まで電波が届いている訳もなく。
「…真面目に考える事じゃ無いわね、これ」
スライドをピタリと止めれば、【調査】未回収賽銭箱の中に古銭が眠っているかも?という記事が。
「…神に祀った物に興味を持つなんて、不敬極まりない」
賽銭として祀られた銭は、神職によって使われない限り永久に神の物である。
端末を柔らかいクッションの上に放り投げると、そのまま目を瞑った。
「そういえば気になる酒場が見つかった」
鍋を片付け終わり、ふわっとした雰囲気の中で口を開く。
キッチンから聞こえる水音が止まり、メリーが手を拭きながらソファーに座った。
「東京のお店?」
「そうそう。昼はスイーツで夜はお酒。それも旧式のお酒があるお店」
「ひょっとして伊吹と一緒に行ったところかしら」
「うん。煉瓦造りの店で中の雰囲気はアンティークというか時代を感じると言うか。そして店主が古銭好き」
「面白そうね」
風呂場から物音。
「あがったー」
「…ハーン、そういえばなんで蓮子がいるの?」
「今更じゃない?」
「そうだけれども」
大体この家で鍋なんて初めてやった。
いつもはあっちの貸部屋でやるのに。
「蓮子が部屋でやらかしたのよ。で、仕方ないからいつもの向こうの部屋に行ったら珍しく教授がいてね。なんか詰めてるらしくて使えず。それでこっちに来たのよ」
「泊まるの?」
「そういう事になるわね」
「ふーん」
そんな会話をしていると蓮子がリビングに入ってきた。
偉い。風呂上りにちゃんと寝巻きを着ている。
どこかの誰かとは大違いだ。そう、どこかの誰かとは全然違う。
それにしても、もこもこで灰色水玉なのがかなり可愛い。
「…可愛いね」
「いいでしょ。欲しい?」
「私が着たらハーンが鼻血噴くからやめとく」
「噴かないけどね!?」
そう言い残し風呂場へと向かうハーン。
上気した肌を手で煽ぎながら、蓮子が代わりにソファーへと座る。
「部屋で何したの?」
「あー…いや、別にそんなね?すごい事とかはしてないんだよ?ただちょっと失敗というかめんどくさがっただけでそんなにすごいことは」
「何したの?」
早口で視線があちらこちらへ動いた蓮子。
わかりやすく相当な事をしでかした事がよくわかる。
「…床抜いた」
「は?」
「アパートの二階に住んでたんだけど、その床を抜いた」
「…は?」
床を抜いた。
抜いたってことはつまり、穴を開けたと言うことだろうか。
いやいや、まさか文字通りという事はあるまい。
そんな床に穴を開けるなんて家具をどれだけ置けばいいのやら。
「部屋の片付けサボってめちゃめちゃ本を積んでたらこう、ズボッと」
「うわ本当に穴の方じゃん…」
聞けば、読む時間が足りないまま、本を積んだ結果下に落ちたらしい。
幸いにも怪我人はいなかったらしいが、建築法に抵触する脆さの可能性があるため現在帰れないらしい。
そもそも床が抜けている時点で帰ってもどうするのか、だが。
「いやぁ…やっぱり賃貸物件は造形素材を気にすべきだったかなぁ」
「造形素材ねぇ…蓮子のところは何だったの?」
造形素材について一切分からないが、とりあえず話を合わせておく。
「ん?特殊硬化系熱可塑性樹脂。一般的な立体建築よ」
「ふーん」
「興味無さそうね」
興味が無い訳ではなく、適当に話を合わせて間違ったら面倒なだけだ。
立体建築は以前少し聞いた。
この時代では家などの構築物を大工の手で組み上げるのではなく、設計された図面を巨大なぷりんたー?所謂立体印刷機のような物で0から印刷していくらしい。
理解が及ばず、感覚としては最早魔法に近い。
とはいえこの時代では、恐らく魔法を徹底的に否定しているのだが。
進み過ぎた科学は、魔法を知る己にとっても魔法に見えてしまうものである。
「お風呂出たわよー」
「服着てねー」
「嫌よー」
リビングにほかほかの全裸が出現した。
「あっ蓮子居るんだった」
「私も居るんだけどねー?」
「こいしはいいや、別に」
「別に!?」
文化の進んだ世界では、人は服を纏うものである。
猿から進化し、人は弱点を隠す服という概念を発見した。
とすれば、ひょっとすればハーンはまだ原始人かもしれないし、
もしかしたらハーンには弱点が無いから隠す必要が無いかもしれない。
ぶにっ
「……」
「…………こいし?」
「……………」
ひじょうにやわらかでおいしそうである。
「お風呂行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「これっ、これはあれだから!あれ、あの、油断だから!いつもはもっと締まってるから!」
弱点が無い?まさか。
指で摘んだ感触は、例えるなら狼に食べられる羊の感触であった。
原始人も、あそこまで油断した腹にはならない。
要するに何故脱いでいるのか分からない。
文明への反抗だろうか。だとすれば凄まじい反骨精神である。
「こーれーはーゆーだーんーなーのーよー」
「ハーン、分かったから覗きはやめて」