大学構内のカフェテラス。
夕焼け空を遠目に、珈琲を啜る。
「う、苦い…?」
「サイフォン式よりは薄いでしょう」
「濃くても薄くても苦いものは苦いんだよ」
「それは…確かに」
立体構造椅子に座るハーンが、空を見上げた。
対面に座っているため、どこを見ているかはよく分からない。
こちらの頭上の何処かを見つめて瞳が揺れる。
「そういえば一時期話題になったわね、サイフォン」
「そうだっけ?」
「あら、結構話題になってたけど…旅をしていた貴女はそういうの興味無さそうね」
「興味は無いね。全くもって無い」
「月面旅行がニュースになった時だから結構前よ。沸騰しながら凍りつく珈琲があるの」
人工衛星にオープンしたカフェでは、珍妙なものばかり売っている。
サテライトアイスコーヒーもまたその一つであり、未だ人気メニューとして愛飲されていた。
「それ美味しいの?」
「面白いとは思うわ。美味しいかは…どうかしら」
価値が付く、というにも色々ある。
食べ物で言えば、美味、希少性、珍味などがあり、美味しいから人気とも言い切れない。
「あれ、飲まなかったんだ」
「そもそも人工衛星まで行ってないわ。大金払ってまで行きたいとは思えないのよ。…この話前もした気がするわ」
思い出した、とばかりに手を叩くハーン。
笑顔を浮かべると上機嫌で珈琲を一口。
「前に蓮子とここで話したの。その時も月面旅行の話で」
「ここで?」
「まだ発表されたばかりの時期にね。蓮子ったら物理の話で盛り上がってさ…」
そんな話を聞きながら苦いコーヒーを啜り、空を見上げた。
青紫に染まる空も、やがて黒へと変わるだろう。
月を見上げ、ふとある事に気がついた。
「あー、そういえば昨日言った東京のお店なんだけど、もしかするとすごい面白いかもしれない」
「勿論行くけど、なんかすごい推してくるわね?」
「思い返すとちょっと気になる事があるんだよ」
「…?」
私の予想通りなら、確実に見えるものがあるはずだ。
しかし、確証は無い。
何故なら私の目は境界を見る事が出来ないのだから。
「お酒飲みに行くついでに境界を覗きに行こう」
「おっ、そういう事ならすぐ行きたいわ!」
お酒が呑める上に面白い体験もできる。
そう言われれば、ハーンは乗り気になるだろう。
今回、私は私で個人的に気になる事があった。
それを確かめるために、ハーンを利用しようとしている。
若干の自己嫌悪を感じるが、ハーンと蓮子の二人と一緒にお酒を呑みたいという気持ちも強い。
「…危険では無いからいいんだけどねぇ」
「何が?」
「こっちの話ー」
端末を取り出し、ママへとメッセージを送る。
『また東京で遊ぶ予定。今度はハーンと一緒」
空と同じ色の珈琲を啜る。
この苦味が、先程よりも心地よく感じた。