情報の氾濫が起きた時、人は無意識に選別を始める。
必要と不必要ではなく、意志の介入しない無作為な廃棄と拾い上げ。
やがて脳は、ふと拾い上げた情報を薄く残し、他を意識外へと追いやるものである。
「窃盗?」
ベンチに座る蓮子が、眉をへの字にして顔を上げた。
大学構内、珍しく講義を終えた秘封倶楽部の“三人”は、昼の暖かさの下で軽食を摘んでいたところである。
端末で情報を垂れ流しにしていたハーンが、ふと気になったニュースを挙げたところ、蓮子が食いついた。
「そ、なんか酒蔵で窃盗があったみたい」
「酒蔵ぁ!?よくセキリュティ潜り抜けたわね…」
「盗まれたのは五本。奉納?に使うお酒だったらしくて、流通には影響ないみたい。犯人は不明」
「それでも五本でしょう?セキュリティ潜り抜けた時点でどういう技術力よって話だけど、逮捕されていないって事は証拠も残していないって事じゃない。本当に人間?」
逮捕されていない。
それはつまり、最先端技術のセキュリティをすべて通り抜けて、足跡も、映像に残る筈の姿すら一切なく、毛根の一つすら残していないという事である。
「さぁね。少なくとも私達以外は人間だと思っているんじゃないかしら」
「…あぁ、それはまぁ、そうでしょうね」
人以外であるはずがない、という当然の先入観。
確かにセキュリティを突破し、一切の痕跡を残さずに策を持ち帰ったのは宇宙人だ!などと主張すれば笑い者だろう。下手すれば“治療”に連れて行かれるかもしれない。
「これは…オカルト、かしら?」
「さぁね。こいしはどう思う?」
蓮子の声に、口の中の不快感から顔の中心へ皺を寄せながら答える。
「これは、はずれだ」
「そりゃあ、ゲテおにぎりは大体失敗よ。それは何味?」
「美味しいのもあるけど、ね。メロンソーダ味」
「チャレンジ精神が強すぎる」
米の粘りを持つ食感。
色は白く、臭いは無臭に近い甘さがある。
食めば舌に乗る味は甘ったるく、微かな炭酸風味が鼻を抜け───
端的に言って不味い。それも、非常に。
「飲み物…飲み物…」
「さっき買ったやつあげるよ」
先程売店で蓮子が買っていた生分解性ペットボトルが差し出された。
合成水なので液体に色は無く、パッケージもシンプル。
とりあえず喉に流し込もうと受け取り、キャップを開けてぐいと煽る。
「蓮子、それメロンソーダ」
「あ」
硬直した。
●
「で、なんだっけ蓮子。メロンソーダ?」
「可哀想なこいし。脳がメロンソーダに…」
「しゅわしゅわ…しゅわ…」
「ほら蓮子、早く謝りなさい」
「ごめんこいし」
「いいよ。じゃあこのおにぎり食べといて」
「許して無い許して無い、それは許して無いやつだよこいし」
しかし受け取った蓮子に笑顔を向けると、先程の話を思い出す。
「私はセキュリティとかは良く分からないんだけど、そんなに凄いの?」
「酒蔵は半ば国で保護されているレベルの施設だからねぇ」
旧型の酒を製造する施設は、総じて“酒蔵”と俗称されている。
正確には蔵でない所も多いのだが、新型の製造施設と明確に呼称を分けるためにそう呼んでいた。
「ふぅん、でも盗んだのは人の可能性の方が高いと思うけど」
「それはどうして?」
───もしも人成らざる者ならば。
まず、お酒を欲する理由がないから、と言うのが思う所である。
凄まじい程にお酒が好き種族を知っているが、あれは恐らくは“奪う”筈だ。
それに、自分たちの酒があるのに盗みなど姑息な事はしないだろう。
上手く言葉にするならばどう言うべきか。
「…物に高価だと価値を見出すのは人間だよ」
「あら、人以外をよく知っているような口ぶりね」
「そうかもよ」
「はぐらかすの上手いわねぇ」
ハーンが苦笑するが、事実“そう”なので閉口。
凄まじい顔でおにぎりを咀嚼する蓮子の肩に手を置くと、深く頷いた。
「メロンソーダいる?」
「ユルシテ」
限界は近い。