ヒールが石畳を打つ。
硬質な音を立てながら、くるりとハーンが振り向いた。
黒いガウチョパンツがヒラリと揺れる。
いつもみたいなスカートならば、捲れ上がっていたことだろう。
「ところで蓮子は?」
「それを探しに来たんでしょう」
「いやどの辺にいるのかなーって」
「多分研究室じゃ無い?」
「…あれ、蓮子って研究室に戻ったんだっけ」
「ちょっと、しっかりしてよね」
能天気にぐるぐると回る独楽に溜め息を吐き、大学へと入る。
忘れ物を取りに研究室へ戻った蓮子から『ちょっと手伝って』とメッセージが入り、それから音信不通となっていた。
大方荷物運びか何かを手伝わされるのだろうが、場所を言ってくれなければ憶測でしか動けない。
「縺ゥ縺薙↓陦後▲縺溘?縺九@繧」
「え?どうしたの蓮子」
「んぁ、さっきの紅茶をストアで探してるだけだから気にしないで」
端末からパッと顔を上げた蓮子が、ずり下がったグレーのキャスケットを直しながらえへへ、と笑う。
「気に入っちゃったから値段が気になって」
「ふーん、私はどれも美味しく感じるからなぁ」
「それも間違いじゃ無いよ。美味しいものは全部美味しいから」
「メロンソーダは?」
「少なくとも米との相性は悪かったね。他に期待」
「餅米とか?」
「もしそれが発売されたら、企画を出した奴は絶対に味見して無い」
「それには同意せざるを得ない」
大股で歩けば、緑の和柄模様が各所に入る黒のサルエルパンツがよく伸びる。
合わせで着た黒のオーバーサイズシャツも動きやすくて気持ちがいい。
シャツの中心でがおーと顔横に書かれたパッションピンクの怪物を改めて見て、蓮子が首を傾げた。
「それより何その服」
「派手でしょ。可愛くない?」
「可愛いというか…かわ…なんだっけそのファッション、なんかの雑誌で見た気がする」
「あ、一応言っておくけどこの服はハーンのじゃないよ」
「メリーがその服着たらギャップで色んな奴がやられるね」
「惚れちゃう?」
「いや、言ってみて思ったけど急すぎて驚く。私だったら腰抜かす」
「失礼が過ぎる」
クスクス笑い、大学構内へと足を踏み入れた。
昨日の昼頃、ハーンと蓮子を探しに研究室まで行ったのだ。
そこから、記憶が無い。ハーンは今どこに───
……?
何かがおかしい気がする。
しかしそれを考えようとする前に、蓮子に手を掴まれた。
「縺ゅ◎縺薙↓陦後▲縺ヲ縺ソ繧医≧」
「ハーン、研究室はそっちじゃ無いと思うんだけど」
「え?…あ、本当だ。流石こいし、賢い!偉い!美人!」
「それ程でもあるかな」
胸を張れば、白のブラウスがパッツンパッツンになった。
自覚すれば恥ずかしいもので、すぐに背を丸める。
そんなこんなで蓮子がいるであろう研究室まで辿り着けば、案の定蓮子が段ボールを持って部屋から出てきた。
そして目が合った次の瞬間には、笑顔でダンボールを押し付けられる。
「ついてきて!」
「説明、説明が足りない」
「簡単に言うと私一人じゃ無理だから運ぶの手伝って」
「なんだって?」
「遘∽ク?莠コ縺倥c辟。逅」
広場に並ぶ、ベンチとしても使えるモニュメントに座り、蓮子は空を見上げた。
その顔は若干歪んでおり、笑顔にも、何かに悩んでいるようにも見える。
「こいし、結局メリーがどうなったかは思い出せないのね?私の記憶だとこいしがメリーと一緒に妙な男の子と話してるとこまでしか覚えていなくて…」
「男の子…日本酒じゃなくて?」
「日本酒の境界を開いたら男の子がいたのよ」
「それがつまり、記憶の飛んだ原因だって訳ね」
「そう睨んでいるわ」
「男の子の特徴は?」
「……分からない」
「そっかー」
非常に難しい顔で目を伏せた蓮子に、私は理解した。
これは覚えられない、又は記憶に残らない怪異の類である。
性別が分かるならば必ずそれに応じた、性別を捉える印象があった筈。
それが思い出せないというのなら、それは“そういうもの”なのだ。
───考えすぎだろうか、少し頭が混乱しているようにも感じる。
蓮子は蓮子で、黙って何かを考え始めた。
何かがおかしい。
しかしそのヒントがあった。
後は蓮子に任せ、私は頭を空っぽにすることにした。
「……」
「こいし、すごい顔してる」
「すごい顔とか言うな」