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鬼が出した赤い瓢箪に入った2L程の酒。
口に含めば酒の辛味が喉に来るが、恐ろしいほど飲みやすい。
鬼の酒は、あっという間に消えていく。
「…これは、きっつい!」
「美味かろ美味かろ」
「うまぁあああい!───ウッ」
グビグビと鬼の酒を飲んだ蓮子が、にっこり笑って後ろ向きに倒れた。
次いでハーンがにまぁと笑いながらテーブルに突っ伏す。
「潰れるの早いな…」
「人には強すぎるんだよ。そういうものなのさ」
鬼はどこか遠くを見て、ゆっくりと此方に目を合わせた。
「何してるんだい、こいしちゃん。こんなとこで」
「…私も知らない。気がついたらここにいた。ハーンに拾って貰う前の記憶は…思い出せない、から…」
「古明地こいし。第三の瞳を閉ざしたさとり妖怪。姉は古明地さとり。何もわからないのかい?」
「古明地、さとり…」
頭がジリジリと焦げる様な感覚がする。
痛い、それを、思い出さなければいけない筈なのに。
───思い出す?何を?
「…」
「ダメか」
鬼は角を撫で、手を数度握って困った様に笑う。
「うーん、人妖ぐらいまで格を堕としてるから困ったね」
「私にはよく解らないんだけど、貴女は何をしたいの?」
「さとりの元に帰したい、って言うのが願いさ」
酒を煽り、鬼が真剣な顔で此方を見た。
あまりの視線の強さに、恐ろしいほどの迫力を感じる。
「さとりが慰みにこいしちゃんを想起したのはいいんだが、あまりに本人が姿を見せないせいでいつの間にやら現実と想起の区別がつかなくなっちまってね。ちょいとおかしくなっちまったんだ」
「ふぅん…」
「八雲に頼んでも妹の存在が確認できず、想起した虚像を本物だと思い込んで独り言ばかり。朝も夜も一人でも誰かと居てもずーっと喋ってるんだよ。そろそろ正気に戻したくてね」
鬼にグラスを差し出された。
ひょいと受け取れば、鬼が自らの瓢箪を突き出した。
「乾杯」
「…うん、乾杯」
くぴ、と口に含んだ酒は、先程よりも辛味が強く感じて。
「すごいね、このお酒。さっきと味が違う」
「あぁ、“そういう事か”。沢山味わうといいよ」
のんびりとスナックを齧りながら、酒の味を楽しむ。
美味い。先程よりも更に飲みやすく感じてしまう。
酔っているのだろうか。
「今回準備したのは特別な酒でね。美味さで人を惑わす酒さ。紫に渡すつもりだったけど、交渉には出し惜しみはしない性質でね」
「…盛ったな」
「さぁてね」
ぐらぐらと視界が揺れ始めた。
「流石に妖怪と言えど“人に化てりゃ”よく効くだろう」
「…?」
「そのうち分かるさ。さて、そこのお嬢ちゃん借りてくよ」
「こら、待て、待って…ほら、蓮子も起きて…」
「起きてる起きてる…うーん…起きてる…」
ひょい、とハーンを抱き抱えて、鬼が拳を作る。
「お嬢ちゃんの縁を萃めてっと…ふむ、遠いな」
「何を…」
「伊吹萃香の名に誓ってお嬢ちゃんは無事に返す事を約束しよう。…じゃあ、またね。こいしちゃん」
そこで、抗えない眠気に襲われた。
「蜈ィ縺ヲ縺ッ鬆?分騾壹j縺ォ」
「ただいま」
「メリー!」
夕焼け空を背景に、金の髪が見える。
全てを思い出した。
そうだ、ハーンは鬼に連れられて…
「…何その大量の袋」
「いやーお土産?」
両手に大量の袋を抱えて帰ってきた。
中を覗き込めば、お菓子に服に…
「どこ行ってきたの?鬼は?」
「それ含めてお話しするから一旦家帰りましょ。大学にポイってされたから荷物を家に置きたいのよ」
疲れた顔で髪を掻き上げ、ハーンは眉をへの字に歪める。
「なんなのあの鬼…」
「同意」
「同意」
3人で顔を見合わせ、苦笑した。
「…驚いたな。紫の顔にそっくりだ」
「誰?」
家の中。
私以外誰もいない筈なのに、声が聞こえた。
「あんたの祖先の知り合いだよ。八雲紫、知らないかい?」
空中に顔だけ浮いて、此方を見る瞳。
性別は違うが、どことなく見覚えのある顔だった。
ならば、嘘は通用しない。
怖がる演技も嘘となるため、できず。
「そんな女はもうこの世に居ないわよ」
「…あんた、この時代にこんな事が起きても驚かないんだな。娘と同じく能力持ちか?」
「メリーに何をしたの?」
思ったよりも、硬い声が出た。
「いいや、危害は加えていないさ。それより八雲…いや、聞き方を変えよう。あんた、伊吹萃香を知ってるな?」
「…えぇ」
ダメだ、誤魔化せない。
嘘は言えない。鬼は、嘘に敏感だ。
「そうか、母に聞いたか?」
「…面倒な問答は辞めにしましょう、萃香。貴方こういうの嫌いでしょう」
鬼は、此方を見て目を見開いた。
軈て口端が上がり、歯を見せる。
「はぁ、ここまで探すなんて馬鹿じゃ無いの?」
「何とでも言うがいいさ。悪いのは紫だ」
「…私はそんな名前じゃ無いわ」
「そうかい」
鬼が境界より頭を出し、体を出し、やがて娘を引き摺り出した。
「…ねぇ、再度聞くわ。メリーに何をしたの?」
「そんな顔やめろよ、お酒飲ませただけだって。ちょっと強めの」
「最悪」
「仕方ないだろ、こうでもしなきゃここまで来れなかった」
「…可哀想なメリー、私のせいでごめんね」
「悪かったよ。それより話があるんだ」
鬼を睨み付けて優しく娘の額を撫でれば、柔らかな髪が手を擽る。
───久々に娘に会えたと言うのに、これだから鬼は自分勝手で嫌なのだ。