女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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ハーンの一室。

着せ替え人形にされながら、写真を撮りまくる蓮子に視線を送った。

 

た す け て

 

大きく口パクで伝えるも、蓮子のほら笑って、と言われたので額に皺を寄せて笑ってやった。

 

「何その顔…」

「笑ったぞ、これで満足か」

「ごめんごめん、でも似合うと思ってこいしのために貰ってきたのよ。喜んでくれると私は嬉しいわ」

「…ありがと」

 

ハーンにそう言われてしまうと、感謝しか言えなくなる。

次いで渡された黒いドレスを着てみれば、背が大きく開いていて涼しすぎた。

 

「いや、やっぱり恥ずかしいわ」

「ねー!可愛いからー!!」

「このドレスだとブラ見えるし」

「ヌーブラ貸そうか?」

「いらない。はい脱ぎまーす」

「あぁ…」

 

するりと脱げば、ハーンが勿体無いと吐息を漏らす。

お土産と言われた服を片付け、下着姿のままベッドに飛び込んだ。

なんとなく、慣れたふわふわ感が久し振りに思える。

 

「で、あの鬼はなんだったの?」

「…目的は、何かを聞きたかったらしくてね。気がついたらママの所にいたの」

「ママって、海外の?」

「わからない。どこの国なのかしら、あそこ」

「どういう事?」

「…街に出る事は出来なかった。窓の外は夕焼け色。端末も開かなかったから時間はわからない。言葉を交わす時間は少なくてね、用無しとばかりに鬼がすぐこっちに戻したのよ」

 

頭を力無く振り、ハーンが目を伏せる。

 

「異様に境界の大きな鏡がある化粧台。部屋は随分と様変わりして引っ越しをしたのかもしれない。私も全然帰らないし、ママも引っ越しを言わないからよく分からなくてね。けど彼処は間違い無く私の家だった。いえ、ママの家だった」

「まぁいいや、収穫は?」

「ママがくれたお土産と、鬼からは酒を辿れ、って言葉を貰ったわ」

「…それだけ?」

「それだけ」

 

ふむふむ、と蓮子が数回頷いた。

窓の外を見ればすっかり夜で、蓮子は泊まるつもりなのだろうかと考えていれば、チョコ菓子が差し出される。

 

「服以外のお土産ね。ベッドから降りて食べましょ」

「ホットミルクと一緒に甘いディナーにしよっか」

「お、いいねぇ」

 

と言うハーンは既に、ミルク入りのマグカップをレンジに入れていた。

 

「昨日今日と随分グチャグチャしてたんだけど、ハーンはなんか知ってる?」

「鬼が時間を凝縮させたらしいの」

「は?なにそれ」

「詳しくは知らない。逃げるためっていうのだけ聞いたわ」

「…あの鬼、本当に何がしたいのかよくわからないんだけど」

「何かに追われて、私の祖先を探していたっていうのだけはわかったんだけど…」

「なーんにもわかってないけどね、それ」

「それはそう」

 

ハーンがホットミルクをテーブルに置き、菓子の準備を始めたので、のそのそと立ち上がってソファに座る。

カーペットに座った蓮子はチョコを摘みながら、時計を見ていた。

 

「ふと気になったんだけど、いくらなんでも時間を凝縮させるって滅茶苦茶じゃない?全世界どころか万物万象に影響するわ」

「確かにそうなのよね。けどそれに準じた事は起きてたでしょう?」

「多分だけどね。自らの主観でしか時間を観測できないから、経過した時間の流れを知る事は出来ても経過する時間の流れを感じる事は出来なかった。こいしは?」

「蓮子に同じ。私としては物理や数式を無視して時間を凝縮されたって言われると、ああそうなんだなって思い込むしかない」

「…例えばアインシュタインの方程式では重力場が強ければ強いほど時間は遅く流れていくの。時間を凝縮するという事は、それだけで凄まじいエネルギーを必要とするのよ」

 

ホットミルクを啜り、蓮子は指をグルグルと回す。

 

「特殊相対性理論の一つだけどね、ウラシマ効果。光速に近づけば近づくほど時間の流れは通常に比べて遅くなっていくと言うのがあるわ。逆説的に言えば、仮に全世界の時間を凝縮して進んでいると進んでいないを曖昧にするぐらい干渉すると言うのは、万物万象に光速に近いエネルギーを“持たせる”と仮定するぐらい有り得ないの」

「あー…小学生のたかしくんが60km先の店に自転車で2分後に着きました、みたいな?」

「秒速500mの問題を作る教師がテストの問題より難解な問題ね。マッハ1.5で街中を走行する自転車って何を推進力としているの?原動機付き自転車なんてあったらしいけど、そんな音速超える化け物自転車あってたまるもんですか。でも、そういう事ね」

 

ハーンが隣に座って、チョコを摘む。

ホットミルクを啜り、ハーンと同じものを口に含めば、甘さの中に果実の香りが混じり、非常に美味である。

 

「有り得ない。でも、そうと言われればそうとしか言えないのが幻想なのよね」

「蓮子は嫌?そういうふわふわしたもの」

「いいえ“大好物”よ。解き明かせないものほど神秘的でゾクゾクする」

 

ハーンに向かってウインクを一つ。

ひょっとして蓮子はこのタイミングで口説いているのだろうか。

微かに耳を赤くしたハーンが、何かを思い出したように顔を上げる。

 

「そういえばあの部屋の片付けしてくれた?鬼が親切心か何かで貴方達を私の家に届けたって言うのは聞いてたんだけど」

「「あ」」

 

殺虫剤と消臭スプレーを持っていく事は確定した。




理論を調べている最中に、昔設計の授業で計算間違えて効率100%以上を叩き出した事を思い出していました。紙上に永久機関が発生してしまった懐かしい思い出。

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