蓮子は頭の下にクッションを敷いて寝転がる。
既に眠いのか、目は半分ぐらい閉じていた。
「酒蔵の内部はあんまり言えないんだけど、こう、神様を祀ってるその…場所?棚?に御神酒を捧げるの。昔は四種類のお酒を奉納してたらしいんだけど、色々略式化して今は五種の人気酒を納めてるのね」
「神様も喜びそうね。酒造に関わる神…酒解神、大山津見神だったっけ」
『ううん、うちが祀っているのは七首大明神様』
ハーンがふんふんと頷いているが、私としては初めて聞く名だった。
神道は神が多いので、流石に全てを知っている訳でも無いのだが。
土地神や産神などの類だろうか。
「なんか物騒な名前ね。頭が7つある神様なの?」
『私も詳しくは知らない。でもお酒が大好きな神様とは昔からよく聞いてたの』
「ふーん。なるほどね。で、その神様に供えてた五本のお酒が消えちゃったと」
『神様のお酒を盗むなんて罰当たりなんだけど、どうも盗まれたって感覚じゃなくって』
「と言うと?」
『その場所まで入れたなら、もっと価値あるものが沢山あったの。何とは言えないけど、お酒よりは高い価値のものがね…』
伊吹の不思議そうな声が部屋に響く。
要するに、と口にしながら蓮子が起き上がった。
「口を挟むけど、酒蔵のセキュリティを突破する技術力があって、商品や高価なものを盗める可能性がある中で、なぜか御神酒を選んで取ったって事でしょう?」
それはどういうことか。
私が訊くより先に、ハーンがその言葉を継ぐ。
「つまり、“御神酒を盗る理由”があるって事ね」
「ま、これはあくまで本当に盗まれたのならの話だけど」
『…うーん、でもそれなら御神酒だけ取っていった理由になるのかあ』
「私達にわかるのはそこまでね…」
蓮子は眠そうな顔のまま再度寝転がった。
眠気に勝てないらしい。
むにむにと言葉にならない音が唇の隙間から漏れていた。
『そっか、でもちょっとスッキリした。話聞いてくれてありがとね』
「大変だとは思うけど、なんと言うか、頑張ってね」
『うん、じゃあ…切るね』
「はーい」
通話は終了し、ゆっくりと頷く。
「なにしようとしてたんだっけ」
「さあ…」
「あ、そうだそうだ。七首大明神調べようとしてたんだ」
聞いた事が無かったので、気になっていたのだ。
ハーンも気になっているようで、私の端末を渡す。
七首とまで打ち込めば、予測検索欄に大明神と出てきた。
そのまま検索すると、酒蔵のサイトが出てきて。
「えっと、八塩酒蔵。伊吹のところのかな?」
「多分そうなんじゃない?ハーンほら、見せて見せて」
「これ普通に酒蔵の公式サイトね。七首大明神についての情報サイトは…無い…?」
「え、無いなんてことある?」
「なんだろ、何かに紐づけられてるか、まだデータサルベージされてない情報かな」
「データサルベージ…?」
「あぁえっとね───」
昔、インターネットに載っていたデータの欠落が発生した。
各国から“大規模なネットワーク障害が発生した”という声明が出された以外に、詳細な情報は無い。
国によるサイバー戦争、インターネットの情報を保管するサーバーにテロを仕掛けた団体がいるなどの噂は見られるものの、異常な事に“未だ何の情報公開が無い”のである。
世界の誰とでも繋がる事の出来ると言われた時代通り過ぎて尚、真相を知る人間すら誰が公表されていなかった。
失われたデータの復元は殆ど終わっているとされるが、未だ失われたままのデータもある。
「ん?あ、情報あったあった!随分下だな…えーっと…何々、神の血を引く者が首を断たれ、それぞれ違う神と化した。首を断たれた後、断面から首が七つ生えた。それが七首大明神と呼ばれ祀られている…いやどんな神よ」
「神道はよくわかんないからそこはいいけどね」
「権能は健康に関する事みたい。お酒が好きだって」
「そんな神いたっけなあ」
「書いてあるって事はいるんじゃない?ちょっとシャワー浴びてくるから調べてみなよ」
「そうする」
着替えも持たずに脱衣所へ突入したハーンを横目に、情報を見る。
神としては新しいようで、古事記と日本書紀に記載は無い。
人に祀られて神と成った存在らしい。
「…神社が、無い?」
ふと気になったのは、七首大明神の神社が無い事だった。
ただ、記載されていないだけで、もしかしたら“あった”のかもしれない。
神社が無くなっているのは、そこまで少ない話では無いのだ。
「首が七つねえ。八岐大蛇じゃあるまいし」
参考文献や出典などが全く示されていない不十分な情報と書かれているページを閉じ、他に情報は無いか調べてみる。
「神宮本庁の崩壊…?何してんだ全く…」
ふと気になったサイトが出てきたので開いてみれば、神宮本庁の腐敗化と各神社の神主不在による宙ぶらりんな状態の長期化により事実上の崩壊と言える、との文字。
神を望み神を祀り神に願う存在であった筈の人が、宗教として管理した結果としてはありきたりな結果と言えるだろう。
神はいる。ただ、人はそれに願い祈り言葉にして形に落とし込んだ。
ただ、時代を経るにつれ、信心は薄れ概念も薄れていき。
残ったのは形だけで、その形すらも端から崩れていく。
人の寿命は短いからこそ、よくある話だった。
「……」
なんとも言えない気分で、蓮子の寝顔を見る。
いつもと違い、何も考えていない寝顔はとても可愛らしい顔だった。
───あっカーペットにヨダレが。
見なかったことにした。