「なんか悲鳴聞こえたけど大丈夫?」
「あー……シャワーの温度が予想以上に熱くなっていてビックリしただけ」
「時々あるよね」
ほかほかと湯気を立ち昇らせるこいしを見て、先程の悲鳴について尋ねた。
結果としては、よくある話だと共感。
私がやらかすのは、お湯だと思って水を浴びる事だが。
人間が好む程度に常時水分子を活発化させる技術は開発されていないので、稀によくある話である。
当然だがこの時、まさかこいしが75度のお湯を頭から数秒浴びたなど知らない訳で、よくあるよね、なんて共感してしまった訳だが。
「湯船は溜まった?」
「溜まった溜まった。あ、私が浸かった後だから何か浮いてたらごめん」
「浮いててもわざわざ言わないわよ!」
時折デリカシーを捨てた発言さえ無ければ、美人にしか見えないのに、そこで残念感がプラスされている。
結局美人であることに代わりはないのだが。
ところでマジマジと裸体を見た訳ではないので、こいしの体毛の色は知らない。
髪が緑がかった銀なので、体毛も銀色なのだろうか。
「……こいし、ちょっと来て?」
「え?んーっとっとっと!?」
近寄ってきたこいしの頬を手で包み、瞳を覗き込む様な姿勢をとる。
困惑に揺れる濡れた翠色の瞳は、宝石の様に美しい。
「えちょっ、近い近い……ッ」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと気になる事があったの」
「もう、驚くから先に言ってよ」
睫毛を見たのだが、色は髪と同じ色。
人間なら有り得ない色であり、そのミステリアスさに好奇心が抑えられない。
「ねぇこいし……」
「何?どうかしたの?」
「こいしのアンダーヘアって何色?」
瞬間、部屋の体感温度が5度下がった。
思考の波から生じた失言に気が付いたのは、こいしが若干距離を取り始めたあたりである。
「あっ、そういう意味じゃないの!」
「……私の周りに変態しかいない」
「待って、違うの!! 具体的に言うと私が性的欲求から知りたいって思ってる部分が違うの!」
「具体例を上げた時点で怪しすぎるんですけどォ!!」
前回と同じ黒のワンピースを着た体を掻き抱いて震えだしたこいしの目はどこか諦めに満ちていて。
「助けてお姉ちゃん……犯される……」
「ガチの反応やめて!?」
などと言えば普通にへらりと笑って立ち上がるこいし。
お腹をさすりながらリビングのソファーに座るとそのまま寝転がった。
「そんな冗談は置いといてさ、お風呂冷めるよ」
「あ、そうだったそうだった。ごめん行ってくる。さっきのは忘れて!」
「聞かなかったことにしておくよ」
「ありがと!」
さて、さっさとお風呂の暖かさを感じようと脱衣所に入った瞬間、肌が粟立った。
「……え」
ある程度隠されてはいるが、明らかに、境界の歪みが生じている。
それも、私の力とは比較にならない程の強力な能力によるものでこじ開けたものだ。
尋常ではない、異の空気が脱衣所に漏れ出ている。
「……こいしー! ちょっと来て!」
「何、私の毛でも見つけたの……?」
「忘れて頂戴よぉ!!」
不承不承と姿を現したこいしが、こちらを見て目を開く。
「そんな……お風呂に着衣したまま……!?」
「違う違う話が早すぎてフライングしてる」
取り敢えず平然とするこいしを見て心が落ち着いた。
恐る恐る手を伸ばして浴室の扉を開ければ。
「ん……匂いに異常無し」
「あ、そういえばシャンプー高くない?凄い髪がサラサラになった」
若干こいしの体臭と混ざった石鹸の香りが、湯気と共に脱衣所へと溢れ出した。
そこに魔は一切───
「……鏡?」
体を洗うスペースにある、一枚の壁貼りの鏡。
その見慣れた鏡に、薄い境界が見えた。
「開きは……しないか」
能力を使おうとしても、ガッチリと互いが互いを噛んでいてこじ開けられそうもない。
まるで、“強力な力で塞がれたような”境界を奇妙な目で見る。
「……呪いかな?」
「呪われそうな自覚は?」
「ありまくりすぎて困るわね」
境界暴きは魔を寄せ魔を見る行いに等しい。
現代で祟りだ呪いだと騒げば精神病棟行きだが、まぁ有り得ない話ではないと言うのが今までの経験から言える。
「もしかしてこいしがやったの?」
「……石鹸齧った話してる?ごめんいい匂いすぎて味が気になった」
「えっ何してるの? 歯型ついてるのは別に良いけど体には良くないわよ!?」
話を誤魔化すような仕草で舌を出してウインクをするこいしと話していれば、境界は消えてしまった。
追求しても無駄だろう。
そう判断し、服を脱ぐ。
「……え、なんで脱ぎ始めたの怖い怖い」
「用は済んだし、脱衣所だからねここ」
「ふーん」
「出て行くとかしないかなぁ普通!」
「いやアンダーは何色かなって」
「忘れてェ!!」
赤面しながらこいしを脱衣所から押し出して浴槽へ突入した。
シャワーを浴びて湯船に浸かれば冷静さが戻ってくる。
「……まだまだ知らない事が多いなぁ」
こいしを知れば、きっと秘封倶楽部は何かを掴むことができる。
そう確信して、大きく息を吐いた。
……因みに一応と見渡して、お風呂に浮いていた毛は全て緑がかった銀髪だけであった。
どの毛かは不明である。
誰にも言えない宝探しは、何とも微妙な結果と、背徳感と羞恥と罪悪感を平均より膨らんだ胸へと落としていった。