女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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───軽快な通知音。

端末を手に取って通知は何かと見れば、メッセージが入っていた。

『久しぶり、思いつきで聞くけど元気?』

娘の同居人から来たメッセージに困惑する。
多分、何の意図も無いのだろう。
だからこそどうしたものかと迷うのだが、何の捻りも無く返信する。

『元気よ』
『ふーん、そっか』
『困りごと?』
『実は私は私の事を知らないらしい』

そのメッセージに、少しだけ口角が上がった。

『気づいたのね』
『知ってたの?』
『まあ色々聞いたのよ』

暫しの間。

『鬼はなんて?』
『さあね、自分で探しなさい』
『わかった』

端末を置き、化粧鏡を見る。
少し疲れているのか、隈が出来ていた。

「おい」
「…なんだか、忙しい日ね」
「今すぐこの戸を壊して火で焼け」
「本当に、忙しい日」

化粧台の置物から聞こえた短い警告に、大きく溜息を吐く。
これだから人から成った妖は恐ろしい。
人の淀みと、妖の穢れを併せ持っているから。

───端末が震える。

『ありがとね』

返信する時間は、もう無かった。


77

───京都駅の方まで、目的もなく足を運ぶ。

薄ぼんやりと買い物でもしようかなという望みはあるものの、家を出た理由の大半はじっとしていられなかったからである。

 

「服もママのところから持ってきたのがいっぱいあるし、特に買いたいものもないのよね。こいし、アクセサリーでも買う?」

「うーん、飾り物を選ぶの苦手なんだよね。なんかいいのある?」

「私が時々行くお店は置きの店じゃないから自分で作れるわよ?人工宝石も自分の好きな形に作れるし、本体も石留めごと3Dプリンターで作れるからオリジナルが簡単にできるのよ」

「わからんわからんなにもわからん」

 

混乱したように眉を潜めるこいしの額を指で揉み解してあげて、腕時計に目を落とした。

ママからの贈り物である、デジタルではない針の動く腕時計。

耳を澄ませば、秒針の音が聞こえる。

 

「やっほ」

「はい遅刻」

「ごめんごめん。ちょっと色々ね」

「…寝坊と準備のどっちで遅れた?」

「そりゃあもう、どっちも」

「良し。ご飯蓮子持ち」

「やったあ、時価の店探そ」

「遠慮とか手加減とかそういう次元じゃない」

 

苦笑いを浮かべる蓮子だが、こいしも私も急な誘いに来てくれただけ感謝していた。

寝坊はいつもの事だ。

時間がわかる夜ですら平然と遅刻してくる蓮子に遅刻するなと口を酸っぱくするだけ無駄なのである。

 

「で、何買うの?」

「いやね、決めてないのよ。なんとなーくふらっと出てきちゃったというかなんというか」

「…本当に?」

「本当よ。少しだけ話したいっていうのもあったけどね」

「ふーん」

 

限り無く実物の質感に近い3Dホログラムが街並みに溶け込む光景。

触れてしまいそうなほど精緻なデザインの“広告”を眺めながら、腕を組んでふらりふらりと歩く。

 

自分の腕に触れていないと、自分の存在すら3Dホログラムなのではないかという漠然とした不安感に襲われるこの場所が、昔からどうにも好きになれなかった。

 

「うわわ」

「こいし、それオブジェじゃないのよ」

 

躓いて手を付こうとしたのか、人間大サイズに拡大された口紅のホログラムに肩まで埋まったこいしが声を上げる。

受け身を取って立ち上がったこいしだが、あまりに驚いたのか、スカスカとホログラムを触れようとして輪郭と内部を往復する手。

 

「…こんなに存在感のある幽霊が…!」

「どういうボケなのそれ」

「ところで口紅の幽霊ってなんだと思う?」

「さあね。付喪神ならありそうだけど。そもそも無機物の幽霊っているの?」

「ポルターガイストは…ちょっと違うけど、あれは無機物だよ」

 

こいしの言葉に、確かにそうだと頷いた。

 

「そう考えればポルターガイストと付喪神は似ているわね」

「似ているというか殆ど同じと言ってもいいんじゃないかな。ただポルターガイストを引き起こす存在は“広い”から付喪神から離れてる場合もあるけどね」

「物から動いても、物が動かされてもポルターガイストと呼ぶ…って事かしら」

「そういう事。そう思えばあの時のポルターガイストは前者だったね。付喪神と言える存在だったし」

 

そんな話をしながら、こいしは街に並ぶホログラムに腕を振って突き抜ける様子を見ては上機嫌に笑う。

幻影に負けぬその“実質”を見ながら、組んでいた腕を解いた。

 

───宙に無い物を有るように見せるそれは、神秘と何が違うのだろうか。

人が現在まで観測“できなかった”神秘と、人が作り出したホログラムの本質は似ているものだ。

 

実物に近い幻をついぞ世界へと投影した人は、いつの間にか神秘から遠ざかった末に一周回って神秘へと近づいていたのかもしれない。

 

「あ」

「痛ァい!」

「その看板は実物よ…」

「突き指した…!」

 

慣れていくうちに、幻と実物の境界が曖昧になっていく。

技術革新の末に電子化が進み、実質が劣化していった過去の時代はきっと、そんな感覚だったのかもしれない。

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