女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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店前でクルクルと回るホログラムのケーキを見て、蓮子が端末の預金を確認し始めた。

 

「わぁ、桁間違えてない?」

「あってるわよ。天然フルーツ盛り合わせなんて誰が頼むのかしら」

 

豪華という言葉では足りないようなそれを目の前にして、なんとも言えない気分になる。

昔はあれほど食べてみたいと願っていた天然の果実を前にしても、不思議なことに欲しいとか食べたいとかそういう気分が湧いてこないのだ。

いつの間にか、“天然”への憧れが薄まっているのかもしれない。

 

買おうと思えば高い事には高いが買えない事は無いし、漠然とした未知への憧れは近づく事によって薄れていく。

それを自覚して、少し寂しくなった。

 

「うへぇ、流石にここは無理よ無理。もっと安いのにしてよ」

「私達もそんなに鬼じゃないわよ」

「なんせ寝返りが打てるからね」

「ふふ、そうね。角を引っ掛けて扉を壊すことも無いわ」

 

三人揃ってクスクスと笑う。

この例えは、分かる人にしか分からない。

 

「違うお店探そっか」

「そうね。逆に何が食べたい?」

「そうだなあ、タルトとか食べたいかも」

「じゃあ下の階ね」

 

店を後にし、ガラス張りのエレベーターに乗って階下へと向かう。

特殊強化ガラス張りの箱は、豪華な棺桶にも見えていた。

足下には強化ガラスの下に液晶パネルが貼られており、下の景色が映し出されている。

上がる時は空を飛ぶようで楽しいのだが、下がる時は首が縮んでしまうぐらい恐ろしい。

 

「…イカロスはどんな思いをして空へ近づいたのかしらね」

「さして現代のエンジニアと変わらないと思うわよ?未知への探究心、不可能への挑戦…ただ、ちょっと間抜けだっただけで」

 

───チン、とイカロスと同じ“間抜け”な音が聞こえて両扉が開く。

 

「あった。あそこの角に見える店」

「じゃあ入ろっか」

 

通路を歩いて店の入り口に足を踏み入れる。

センサーが人数を数え、空いている席への道筋が足元にホログラムで浮かび上がった。

 

「うわわ、すごいね」

「こいしと一緒に入った事が無いだけで、外のお店はこういうところの方が多いのよ?人のいない方がどちらかと言えば普通なんだから」

 

機械化、自動化が進み始めたのは、いつからだったのだろうか。

潜在的に進んだそれらは、いつの間にか表に顔を出していた。

 

人から仕事を奪うと噂されていた自動化だが、元より技術は人の幸福を原動力として発展していく。

例え兵器だろうと、武器だろうと、大凡にして人のために、家族のために、己のために技術はアップデートされるものだ。

結果として自動化は、“人の幸福”に大きく貢献した。

 

人から仕事を奪うのではなく、人の苦痛を和らげるために。

機械は人に使われる場所から、人に並ぶ場所へと昇った。

関係性は変わったが、結局のところ在り方は大きく変わってはいない。

 

大昔に一部凍結した“人工知能の自我”の研究がその結果に関わっているかどうかは、未だに答えが出ていないが。

 

───少なくとも、機械の反逆は、未だ観測されていないらしい。

 

 

深い皿のような形状のタルト生地を満たすただ一つの気泡すら見えない透明なゼリーに、思わず感嘆の息を漏らした。

“クリア”フルーツタルトを注文した訳だが、これは予想よりクリアである。

 

なんら色味の無い透明さは無味無臭を想像させるものだが。

半月状のタルトを適当なサイズに切って口に運べば、味覚と嗅覚を刺激する複数の果実の味と香り。

しかも同じ色の筈なのに、ゼリーの食感には柔らかさともっちりさが含まれていて、タルトのサクサク感と共に楽しめて非常に美味い。

 

「で、話って何?」

「いやあ、結構な話なんだけどね」

 

透明なゼリーを食べながら、蓮子の問いに対して少しばかり考える。

 

「───こいしの境界がまた見えるのよ」

「え、私の話?」

 

全く同じクリアフルーツタルトを美味しそうに頬張っていたこいしが顔を上げた。

蓮子は顎に手を当てて上を見ると、不思議そうな顔で頷く。

 

「…あぁ、なんか結構前にそんなことを聞いた気がするわ。すっかり忘れてたけど」

「そう、私も忘れててね」

「いつから見えてなかったんだっけ」

「多分だけど、富士の樹海から戻ってきた頃だったかしら」

「で、見えるようになったのは?」

「境界が上手く開けなくなって、暫くして気づいたのよね」

「ふーん…じゃあ鬼が関係してるのかな。こいしは何かわかる?」

 

蓮子の尋ねに対して、こいしはなんとも言えない顔で首を振った。

 

「え、私って境界に憑かれてるの?」

「あれ、こいしに話した事無かったっけ」

「……いや、聞いた記憶は無いなあ」

 

樹海に行く前、出会った頃まで記憶を辿る。

そうして記憶を辿ってみるが、こいしと出会った頃の記憶が希薄になっていてわからない。

 

「確かこいしのいる前でメリーが私に話してた。だから私がその話を知っている訳だし」

「そうだったかしら」

「メリー?」

 

少しばかり目を細めた蓮子は、ココアを口に含んだ。

 

「二人とも、いくらなんでも忘れすぎよ」

「そうね、ごめんなさい」

「で、境界についてだけど…暴くの?」

「もう開いているわ」

「……はい?」

「もう開いてるのよ。ポッカリとね。ただ、中には何も見えないわ。真っ暗なだけ」

 

こいしがパタパタと自分の頭を触っているが、触れたところで何が起きるわけでもない。境界自体は体の周りをスイスイと動いているだけだ。

 

「えー怖いなあ」

「でも今のところ害は無さそうなんでしょ?じゃあ今は様子見しかできないんじゃ無いの」

「そうよねえ」

 

でも、この事が少しばかり気になっていたから吐き出せてよかった。

 

「まあ、それだけよ。それだけ」

「面白そうな話ではあるけどね。何も無いならなんかあったときに考えましょう」

「それも確かにね。さ、後はタルトを楽しむ時間よ」

「ご馳走様です!」

「はっはっは。え、これほんとに私が払うの?」

 

わいわいと騒ぐ二人を見て、ゆっくりとタルトを口に運ぶ。

甘く濃厚で複雑だが、見た目は透明で面白い。

 

“味わう”とは、見た目や香りも大きく影響している。

味覚を楽しむために視覚や嗅覚も刺激させようと試行錯誤する人という生き物は、贅沢で我儘な生き物だ。

 

しかしいつしか“美味しそうに見える”という価値観に異変が生じた。

飾り付けは豪奢に、派手に、煌びやかに、美しく。

食欲を刺激させるための価値観に、いつしか満足感や探究心を刺激させる価値観が混ざっていった。

 

しかし“味わう”とは、初めから純に味だけを求めたものではない。

多くの事はいつの間にか、根底は同じまま表面だけが変わっていく。

それを自覚できた時こそ、真に事柄を楽しめていると言えるのではなかろうか。

 

水で口を濯ぎ、また一口タルトを口に運ぶ。

先程と違い、ゆっくりと舌と鼻で果実の味と香りを割り出すのもまた、根底は同じままの、事柄の楽しみ方と言えるだろう。

 

 

───それはそれとして、会計は蓮子が全て払った。

 

ご馳走様でした。

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