女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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秘封倶楽部の二人の専攻は夢違科学世紀のテキストに拠るものです。


8

「おはよう」

「───んんん……」

「朝弱いなぁ…トースターにパン突っ込んどくよ」

「お願い……」

 

 

腹を出し、ベッドから落ちそうなハーンの腕から逃れて、朝日を受けながら伸びをする。

抱き枕にされるのは、二日目にして慣れた。

シングルベッドで二人、身を寄せ合って寝ているのだが、どうにもお姉ちゃんを思い出す。

時々ベッドに忍び込んでは、一緒に寝ていたものだ。

 

トースターに加熱用合成四角パンを突っ込み、未だベッドから起き上がらないハーンの頬を指で突く。

 

 

「起きてー」

「まだ朝……」

「朝だから起きるんだよ」

「…………それは一概に言えないわ」

「そうだね。でもハーンは夜に寝たのだから朝に起きるべきだよ」

「……あと5分」

「お空みたいな事言うなぁ」

 

 

ハーンが起き上がるまで、まだ時間がかかりそうだ。

暇なので小さなモップを手に取りフローリングを拭く。

取っ手のボタンを押すと、構造は不明だが、モップ部に付着した埃が塊となって捨てられる、便利な道具である。

 

 

「……おはよ」

「パンツから上が全部見えてるけど」

「別にいいよ胸ぐらい……」

 

 

寝間着を脱いでリビングに出てきたので、形の良いものが揺れていて非常に目に毒なのだが、彼女が気にしないなら別にいいだろう。

ショーツのみの姿でさも平然とトーストを頬張り始めたのは流石に目を疑うが、今の現世ではおかしくないのかもしれない。

受け入れておこう。

 

 

「ところで今日は何をするの?」

「ん……今日は講義があるのよね。蓮子は暇だった気がするから蓮子と一緒にこの街を回ってみたらどうかしら」

「お、それいいかも」

 

 

蓮子が襲ってこない限りは楽しい1日になるだろう。

現在の蓮子の印象は、酔うと積極的になる女性であった。

本人が聞けば渋面を作ること間違い無しである。

 

 

「私は夕方ぐらいに合流出来るわ。えーっと……そういえばこいし、携帯持ってる?」

「携帯? あのパカパカ開くやつは持ってないなぁ」

「どれだけ昔の携帯のことを言ってるのよ。で、持ってないのね。予備用の端末だけど……はい、一応渡しておくわ」

 

 

そう言って手渡されたのは、向こうが透けて見える四角の何か。

 

 

「どうすればいいの?」

「あ、G系じゃなくてI系しか使った事無い? いっそ業界も端末の使い方を統一してくれるといいのにねぇ……」

 

 

そう言って目の前で色々動かして見せてくれるハーン。

電源の入れ方、連絡の仕方、検索の仕方を覚えた。

曰く、これで最低限の操作らしいが、これの複雑さで最低限だとすれば、最高の操作までいくと複雑化したコマンド入力によって変形してロボットになったりするのだろうか。

夢は広がるばかりである。

 

 

「まぁ蓮子もいるし困ったら訊いてね」

「ん、分かった」

 

 

そう言ってトーストを胃に収めたハーンは、のんびりと寝室の方へ戻っていく。

 

 

「寝ちゃダメだよ」

「着替えるだけよ!」

 

 

5分後、布団に半裸で寝転がったハーンを叩いて起こすことになる。

 

 

     ○○○

 

 

「という事でめっちゃ暇」

「暇潰しに何したい?」

「散歩」

 

 

そう言いながら街の大通りを歩くのは、ハーンから借りたゆったり系の黒い服を着る私と、黒いブラウスの蓮子である。

合流早々に飛び出た発言には、案内される側の私もびっくりであった。

 

 

「どこ行きたい? 娯楽場? ギャンブル系? 居酒屋?」

「何その選択肢。真昼間から選ぶところじゃ無いでしょ」

 

 

世捨て人ももう少し賢明だろう。

否、よくよく考えれば幻想郷の世捨て人は妖怪の目の前で自殺するので世捨て人という前提の時点で既に賢明では無かったか。

因みに世捨て人の肉は非常に不味い。

不健全で惰弱な精神を持った肉など、美味しさを感じる点0である。

状況を作って、適度に怖がらせて、生存本能を刺激させて、とわざわざ面倒くさい調理工程を挟まなければいけないので、強い妖怪は見逃し、弱小妖怪が飢えを凌ぐための食料とする場合が多い。

 

 

「じゃあ暇だしスイーツ探しにでも行くかぁ」

「お、それ女の子っぽくていいね」

「女の子って言うには中々辛くなり始めた年齢だけどね……」

 

 

幻の内側においては齢など飾りである。

更に言えば幻想郷縁起に縛られた身ではあるが、そこに少女と書かれている限り、己は女の子。

完璧な理論であった。

 

───その理論に当て嵌まらないため、己では弁護できなかった蓮子が、端末を操作を中断してこちらを見る。

 

 

「ん、良し。大学行くか」

「なんで學校?」

「あそこ面白いんだよ。街の案内よりよっぽどね」

「ふーん、じゃあ着いてくよ」

「おっけおっけ。じゃあ行こうか」

 

 

結局ハーンと同じ場所に行くこととなり、二度手間の面倒さを感じるが、それもまた行き当たりばったりの面白いところだ。

 

大學に向かうまでは、蓮子の事について少し話してみよう。

蓮子に着いて行きながら、若干考えて口を開いた。

 

 

「蓮子って普段何をしてるの?」

「えーっと、学生だから勉強よ。だけって訳じゃあ無いけどね」

「へぇ、どんな勉強をしてるの?」

「専攻は超統一物理学……まぁ最近は先も無くて行き当たった状態だから、それぞれに繋がりが無いのかを調べる通称“ヒモの研究”をしているわ」

「……難しくて分からないなぁ」

「まぁ結果的にそこに居るだけで、私が好きなのは民俗学の方なんだけどね」

 

 

話が難しい。

この時代の學生を知らない私には、蓮子が相当に難しい事をしていると言うことしか分からなかった。

 

 

「じゃあハーンは何をしているの?」

「メリー?専攻は相対性精神学で……最近は意識の研究をしていた気がする」

「意識?」

「無意識と有意識の明確な境界を研究しているんだってさ」

「無意識と……有意識」

 

 

幻想郷で私を呑み込んでいた無意識と、今私がここにいると言う有意識。

その境界が分かれば、もしかしたら能力の制御も多少効くようになるのだろうか。

 

今度ハーンに聞いてみよう。

 

 

「あ、ほら大学が見えた」

「んー……あれ本当に學校?」

 

 

メリーがお酒を買った際に一度敷地内に入ったが、改めて見ると私の目には、街にしか見えない。

 

 

「あの辺全部大学よ。国の中でも大きい方だから驚くかもしれないけどね」

「……ちょーっと予想外」

 

 

大昔にいた學校と、人里の寺子屋しか知らない私には、それは少し大き過ぎる學校であった。




『ママ、少し相談があるの』

端末に入ってきた通知に、目を細めた。
日本でメジャーなチャットタイプのアプリで連絡をしてくるのは娘ぐらいである。

『どうしたの。研究に行き詰まった?それとも男?」
『違うわ。少し同性の同居人が増えてね』

これは意外な報告だ。
人見知りの娘がルームシェアとはどういう風の吹きまわしだろう。

『お金が無いの?』
『ルームシェアをしたのはそう理由では無いわ。ただ、少し食費が増えるかも』

成程、そう言う相談か。

『他人にお金を分ける趣味は無いのだけれど』
『ごめんなさい。でも、どうしても身の上話を聞きたい人なの』

どう言う事だろうか。
娘の意図が分からない。

『まぁいいわ。使い過ぎないように』
『ありがとうママ!大好きよ!!』

現金な娘である。
しかし娘は大切にしなければならない。
特に、あの瞳がある限り。

『だけど…そうね、シェアする人の名前だけ教えてくれるかしら。それが条件よ』

しばらくの間が空き、娘が送ってきたメッセージに、思わず息が止まった。

『古明地こいし。緑がかった銀髪が特徴よ』


「……古明地、こいし」


懐かしい名だ。
とある時期を境に消息不明になり、地底の管理者である姉から何度も捜索を頼まれた記憶がある。


「……今の日本で、何故……?」


友人とお揃いの扇子で口元を隠して思案する。

癖で扇子を閉じて宙を切るように仕草し、何も起きずに一人笑う姿を見るものは、誰もいない。
とある街並みに埋もれた一室で、心底面白そうな笑い声が響いていた。
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