女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

95 / 100
90

「蓮子、それは」

 

 

“わかっている”。

この意味を、私はわかっている。

境界もこいしだと言う、その意味を。

 

 

「記憶を奪われたのではなく。その記憶が元々境界の中に居た何かのものだったとしたら」

 

 

低く、呻くようなメリーの声を遮り、言葉を続ける。

始点。元々考えていた事が、初めの部分で間違えていたとしたら。

 

私達は、境界と共に在る者達を既に知っていた。

人では無い、幻想の存在を。

この事実を、わざわざ記憶を失ったこいしに突き付けたくはないが。

───もしも、境界の中に居た存在、同じ記憶を共有する者を、古明地こいしだとするならば。

 

境界に憑かれていたのではなく、境界とあってこその存在であったという、大前提の転覆。

 

記憶とは個を個として確立する、形而上で重要なもの。

記憶喪失とは、個の喪失にも繋がるものである。

奪われたのではなく、失われたのだとすれば、境界はどれほど彼女において重要な部分だったのだろうか。

こいしの“一側面”が別離したというには、大きすぎる欠落。

むしろ、逆に一側面が残ったと考えれば───

 

 

「わ、私は……人…じゃ、ない?」

「厳密に言うとそれを忘れてるって状態なのかな」

 

 

記憶を失う前は、一度も言う事は無かったものの、こいしは幻想の存在としての自覚はあったように思える。

 

どこか不思議で、どこから来たかもよくわからない。

そして本人はそれらすべてを理解しているような風だった。

初対面、明言せずとも俗世離れした雰囲気は、言葉通りに“人間離れ”していた。

 

 

「まだ決まったわけじゃないわ。蓮子、可能性はどれぐらい?」

「否定しないならもうわかるでしょ?」

 

 

ほぼ、そうだと思うのよね。とは言葉を続けない。

 

ぐ、とメリーが唇を結ぶ。

どこか、そうではないかという考えはあったのだろう。

私たちが恐らく失った、こいしの境界の奥に見た光景を思い出したいものだ。

そこに、答えが見えていた可能性もあるのだから。

 

古明地こいしは、印象だけで言えば“おかしくなった”。

こいしは出会いより日を経れば経るほど俗っぽくなっている。

否、“人間らしさ”を感じるようになった、という表現が近い。

 

メリーの幻想が見える瞳ではどう見えていたのかはわからないが。

少なくとも出会ったとき、私の瞳には、同じ人間とはとても思えなかった。

 

 

現在、こいしは人間にしか見えない。

俗世離れしたあの不思議な雰囲気は無く、私たちのよく知るこいしとなって久しい。

───そう思えば、生理が突然来た理由もそこにあるのかもしれない。

謎のままというのは気持ちが悪い。境界が答えてくれればいいのだが。

 

 

「もしも本当にそうなら、恐らく今のこいしは幻想の存在では無いわ」

 

 

ただし現の存在とも、断言できない。

そう言外に告げたメリーの堅い声に、言葉を重ねる。

何故なら。

 

 

「境界に何も無い」

 

 

それが意味する事は。

 

 

「今のこいしは、あるべきものと別離した状態」

 

 

境界は古明地こいしであり、幻想の存在だと仮定したこの説。

もしも正しければ、幻の離れた残滓が今のこいしの正体。

魂魄という考え方で言うなれば、それらが乖離しているようなもの。

 

 

「見えない存在が、こいしの境界から抜け出して形を持った幻想の存在、仮に魂に類するものだとするならば」

 

 

メリーの瞳のように、幻想を暴くことのできないこの瞳では。

時として見えない事もあれば、感覚的ではないが故にわかる事もある。

 

───仮説、そしてその結論。

 

いなくてはならないものがいない。

本来溶け合った幻と現が境界を引き、別離した状態を何と言うのか。

 

 

「体外離脱……またの別名を、幽体離脱」

 

 

現状を指す表現として、言い得て妙である。

幻側、魂は消え、残ったのは現のみ。

その怪奇現象こそ、今回私達が暴くべき怪異の名。

 

境界を、そして境界の向こうを探さねばならない。

暴く事ではなく、暴いた先を目的として。

 

 

「古明地こいしを見つけましょうか」

 

 

観測出来ないのではない。

在る筈なのに、気付くことが出来ないという事が問題点。

それが“古明地こいしの性質”というのなら、暴き方も考えねばならない。

 

現を彷徨う幻想を追うために、少女たちは立ち上がった。

幻想を見る瞳を持ってすら掴めぬ存在をどう見るか。

 

 

そして黒の瞳は、金の瞳は───

 

不安に揺れる、緑の瞳は。

 

 

───その先に、何を見るのか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。