女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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無意識の境界【後編】です。


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───魂と肉体。

それは個人総てを単体で見たとき、現と幻という概念をそれぞれが内包する。

精神は魂という概念に含まれ、肉体と繋がりそれを肉塊とせずに生き物たらしめる。

 

だが、古明地こいしは人ではない。

肉体はそもそも在らず、根源的恐怖から存在を起した、生物では無い妖怪の一つ。

 

故に。

故に古明地こいしは、全てが同じである。

魂も、後付けの肉体も、幻想郷縁起に縛られている存在概念も。

すべてが同一であり、別離していたとして、それらの本質は無意識の妖怪。

 

だから、古明地こいしはいなくなった。

蓮子とハーンの知る古明地こいしは、いると言えばいるが、いないと言えばもういない。

 

集合体無意識を、単体個別することなどできないのだから。

 

 

 

 

 

境界を暴いたハーンは、幻想が強く作用する瞳を持っているが故に、一時的に肉体と魂が……幻と現が分離した。

 

これは擬似的な臨死体験に近く、境界を超えたと認識して幻の世界に入り込んだのでは無く、意識せず……否、意識を出来ないまま真の幻想を暴いてしまったからこそ、魂が現を失う感覚を経て“死を錯覚した”のである。

 

そしてそれとは異なり、蓮子はある程度の無意識が作用し、気を失っていないながらも直立したまま思考を停止した。

 

───死の錯覚により、半ば自動的に肉体から魂がすり抜けて幽体離脱状態となったハーン。

 

本来であれば魂を失った肉体は、思考のできぬ生命維持のみを行う肉塊となるものであるが、魂の代わりに飽和する幻想が無意識を充満させ、さも擬似的な個人であるかのように振る舞った。

 

そして魂は、無意識に作用されて理性無く、肉体には起こせない思考通りに振る舞った。

 

つまり。

 

ハーンの肉体は無意識の内に外的願望を叶えようとし、

ハーンの魂は無意識のうちに内的願望を叶えようとした。

 

 

腕を伝い、垂れた水滴。

その色は赤く、紅く、朱く。

 

願いはかくして、歪な形で叶えられる。

 

 

マエリベリーが、瞳を己の指で潰した。
蓮子が、瞳をマエリベリーの指で潰された。
                      

 

 

無意識的に傷を負ったとき、人は反射を起こすものだ。

焼けた鉄に触れれば飛び上がったり、腕を咄嗟に引いたりするように。

 

それぞれが、痛みによって無意識から意識を引き戻される。

 

「え……目……私の目ッ!」
「ど、うして、メリー……?」

                      

 

歪な願いの結末は。

幻の視界を、失った。
現の視界を、失った。
            

 

 

ふらふらと、瞳を失った顔が揺れる。

痛みは鈍く、鈍く、五感が遠ざかるように響いていく。

 

 

ああ、かわいそう

か わ い そ う に

 

 

恐怖が、苦痛が、古明地こいしを満たす。

それが妖怪としての本懐。

 

「あぁ……あああ!!」

「挨拶を返す余裕もなし、ね」

 

叫びは悲痛の色を含む。

どれほど望んだとて、戻らない。

否、それを心から望んだのは───

 

「気丈に振る舞って、気がつかない振りをして、それでも尚無意識に潰してしまうほど───」

 

顔を押さえた掌が何かで濡れる。

しかしそれももう、“見えない”。

 

心の奥底に沈んだ、己の願望。

幻想の排除された世界において、幻想を観測できるというその個性は、幻想と同じように排除されるものだ。

排他と孤独、幼少期よりそれらに影響されたハーンの心は、肉体は、根底は、無意識の内に何を願ってしまうのか。

 

 

「己の瞳を疎んでいた」
「人の瞳を羨んでいた」
            

 

 

無意識は、理性的行動の上を行く。

自制の存在しない行動は、願望を如実に反映したもので。

 

なんだこれは。

どうして、こんな。

 

「あぁ、でも」

 

思い出したように、少女はパッと声を明るくした。

 

「これでその瞳を起点にしていた、無意識の暴きが強制的に中断されたね」

 

いつしか幻と現の混ざりあった空間は、互いの否定を行いながら別離し始める。

そしてそれは、少女達にも影響を及ぼし始めるものだ。

 

暴き暴かれ極限まで神秘の薄くなった現において、幻が否定されるように。

反転して神秘の濃くなった幻においては、現は拒否されるように。

 

杭となる瞳は失われ、二人の存在を幻は拒否していく。

引力が働くように、徐々に現へと押し出されていき。

 

「だから───」

 

だから。

 

「ごめんねハーン。今までありがとう」
「ごめんね蓮子。今までありがとう」

                   

 

古明地こいしが優しく撫でたのは、管で繋がる第三の目。

覚妖怪の名残りは、人妖まで格を落としていた時に、鬼の妖気によって強制的に萃められて瞼を上げていた。

 

ここまで読んでいたのか、はたまた誰の指図か知らないが。

 

「私にこれは、いらないから───」

 

 

魂が失った瞳を。
肉体が損なわせた瞳を。
             

辛うじて混ざり合う幻と現の間だからこそ、それらを補える。

 

「失った幻の瞳の代わりに」
「失った現の瞳の代わりに」
                

 

見えないはずの光が、瞼の隙間から見えた。

あまりの眩しさに、目を開くことも出来ない。

 

「きっと、この無意識の中に沢山のことを置いてしまって、思い出せないと思うけれど……」

「待って!!」

 

辛うじて残る、現としての古明地こいしは溶けて消え。

霞んだ視界の先。

瞼を上げた先に、見えたのは。

 

「元気でね、大切な私のお友達」

 

綺麗な顔が、泣いていた。

 

 

───ふと顔を上げ、周囲を見る。

いつの間に寝てしまっていたのだろう。

床で寝るなど、酒の飲み過ぎだろうか。

旧型を飲み漁るなど、そんな贅沢をした記憶も無いのだが。

 

だらしない顔で床に寝ている蓮子を見て、何をしていたんだっけと思い返す。

 

「蓮子、起きて」

「うーん……メリー?」

 

眠そうに目を擦る蓮子の頭を軽く叩き、ため息を吐く。

 

「もう夜よ。泊まってくの?」

「……あれ?ここ、メリーの家?」

「他にどこに見えるのかしら」

「えーっと……何してたんだっけ」

「私も覚えてないわ」

 

寝ぼけ眼の蓮子と、ゆっくり目を合わせる。

“どこか緑色の入ったような黒い瞳”が、困ったように揺れた。

 

「私も何も覚えてない。なんでここにいるんだっけ」

「はぁ……まあ、どうせ寝不足でぶっ倒れでもしたのかしらね。とりあえず晩御飯作るかな」

 

寝転がる蓮子とは対称に、ゆっくりと立ち上がってキッチンへと向かう。

準備をして、のんびりと料理を作ろうかと気合を入れた。

 

「さぁ!作るかな!」

「待ってまーす」

 

 

───少女は気付かない。

無意識のうちに、三人分の皿を準備してしまったことに。

 

きっと間違えたのかしら、などと思い、なんの引っ掛かりも覚えずにそれを片付けてしまうのだろう。

 

そしていつしか、部屋で見つけた自分の着ないような服は、なんでこれ買ったのかしら…と思って捨ててしまうのだろう。

 

なんの違和感も覚えず、意識もできない。

 

そうして徐々に、誰かの形跡は消えていく。

 

全て、無意識のうちに。




何故蓮子の瞳に緑の色が入っているのか。
文章の主観では見えなかったものが、相当量の白文字で隠されています。メニューの閲覧設定で背景に色を付けるのが有効です。
無意識の境界編83話から、結構な隠し白文字が登場してますよ。

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