女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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無意識の境界【エピローグ】です。
おかしなことにプロローグは無いのにエピローグはあります。


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窓から風が入り込む。

 

 

「───やあ」

「……食事中なんだけれど」

 

 

玄関ではない場所に、突如として現れた扉。

ひょっこりと顔を出したのは、頭の両横から太い角を生やした鬼。

 

 

「締まりが悪ければ漏れ出すように、話を終わりまで見なけりゃ不満が漏れ出すタチでね」

「後戸を通ってきてるってことは、妙なルートを通ったわね。脅したのかしら」

「まさかまさか、交渉さ。嘘は嫌えど、交渉事ができないわけじゃない。苦手ではあるがな」

 

 

生ハムの乗ったサラダを口に運びつつ、女は顔を顰めた。

最高とまではいかないが、まあまあ良い結果に落ち着いた古明地こいしの件。

それをわざわざ掘り返しに来るなど、何を考えているのやら。

 

 

「終わった話でしょう」

「いいや、まだだね。協力者に報告を怠るのは良くないってもんだ」

「はぁ……何が知りたいの?」

「全部。把握している全てを知りたい」

 

 

その言葉に、フォークを置く。

 

 

「最初から、ね」

 

 

最初から。

聞いた限りで、多くの情報は欠落しているけれど。

推理のように、全てを言葉として形にしていく。

 

 

「まず古明地こいしが博麗大結界から抜け落ちたと考えられるタイミングから。色々考えていたけれど、恐らくは地霊殿での八咫烏憑依の一件より後で、オカルトボールによる異変で本格的に博麗大結界を見直す前。その期間中に、どこかで抜け落ちたと考えているわ」

「理由は?」

「見直すあのタイミング以外にはそれらしいゆらぎも無かったし、地霊殿の異変の最後に見た姿は“空っぽでは無かった”から」

 

 

流石に昔すぎて曖昧だが、もしも空っぽだとしたら何らかの違和感として印象に残っているはず。

後の貧乏神と疫病神が起こした憑依する異変の時は……もう片方の存在感の強さに隠れて覚えていない。が、既に薄れ始めていたのだろう。

 

 

「無意識の妖怪という性質。幻でありながら、幻にすら認識できない無に近い存在。後天的とはいえ、その性質は下手をすれば無縁塚から逆ルートを辿れてしまうぐらい博麗大結界の条件と相性が悪い」

 

 

忘れ去られたもの、現が拒絶した幻を内側へ滑り込ませる博麗大結界の在り方において、無意識の妖怪というものは、その根幹が漠然としすぎていた。

元々が覚り妖怪だったが故に、辛うじて自我を残しながら妖怪として存在していたが、本来であれば無意識の妖怪などという意識すらできない、“恐れ方もわからない”概念の妖怪が現れるなどおかしい話なのだ。

 

 

「で、運悪くすり抜けた。それも恐らく、誰も気付けないまま、ずっと外の世界にいた」

 

 

これには多くの疑問が残る。

何故現の世界で長時間生存できていたのか。

何故今になって姿を表したのか。

何故娘に接触したのか。

それらの問いが残るも、本人すらわからなさそうなことを追求できるはずもない。

 

 

「仮定になるけど、無意識という現の世界ですら解明されきっていない現象を根幹としていたがゆえに、他の妖怪より消耗が少なかった。消耗が進み、存在を保てるギリギリ……人妖かと思えるレベルまで妖気が低下して妖怪としての本質が薄れて人格が前に出てきて今回まで至った、とか」

「可能性はどれぐらいなんだ」

「いくら当時解明が進んでいなかったとはいえ、今まで保たせるのはほぼ不可能ね。ほぼというか、確実に不可能」

「じゃあ、なんで生きてたんだよ」

「そこは私にもわからないわ。でも、生きていた事は確かでしょう?」

 

 

博麗大結界の欠損による、吐き出しと吸い込み。

その中で現と幻の隙間に落ちた妖怪一つを回収し損ね、その妖怪が長い時間をかけて狭間から緩やかに落下していくように現の世界に出てしまったなど、前例無き異常だったが故に誰も想像できるわけもなく。

古明地こいしという存在は、突如として時間軸のズレた現の世界に飛び出したようになってしまっていた。

 

 

「あれ?でも博麗大結界見直し後でも、こいしちゃんを見たような気がするんだけど」

「輪郭だけ」

「おん?」

「輪郭だけが、幻想郷に残っていたのよ。古明地こいしという存在は外に出たけど、無意識の妖怪という根幹は幻想郷から欠損することは無い」

 

 

外殻とも呼ぶべき、妖怪としての根幹を秘めた体。

自我、魂と呼ばれる個が失われど、それらは“それであると覚え恐れられ続ける限り”、暫く残るものだ。

 

 

「……私達が無意識的に行った動作を、古明地こいしのせいにしたから古明地こいしの残滓が在り続けた……?」

「まぁ、そういう事ね。そのうち残滓も消えて、無意識的に行った行為の押し付けが空振りとなり、無意識の妖怪の古明地こいしは幻想郷から完全に居なくなったってわけ」

「居ないけど居たってのはそういう理由か」

「無意識の妖怪としては確かに幻想郷に居たのよ。ただ、古明地こいしという個を失い、体だけ……根幹だけが残ってるってだけでね。完全に古明地こいしという残滓が消えたあとも、恐らくは無意識の妖怪が居たといえば居たのよ?名前を持たない無意識の妖怪が」

 

 

古明地こいしという個は幻想郷から居なくなったが、古明地こいしという記憶は皆の中に残り、言われ続けて擬似的な古明地こいしが発生した。

 

妖怪が恐怖によって無から生まれるように。

無意識の妖怪として、記憶から無より生まれたもの。

 

古明地こいしと仮称されたそれは、古明地こいしであるように振る舞ったが、そこに中身は無い。

元より空虚な者であったことは否めないが、有ると無しではやはり存在の据わりが違う。

 

気付けば名を持たぬ無意識の妖怪はそのまま皆の無意識に溶け、そのまま根幹が故に認識できなくなった。

 

ただ一人、古明地こいしの全てを知る古明地さとりだけが、名を持たぬ無意識の妖怪を古明地こいしと仮称し続けることでそれらしい動きをさせていたが。

 

 

「誰にも認識できない無意識の妖怪だからこそ、対外的に見て古明地さとりはおかしく見えていたって事か。じゃああれは……おかしくなったわけでは無かったんだな」

「……いいえ、おかしいわよ。少なくとも普通ではないわ」

 

 

言うなれば他人に家族の名を与え、そう振る舞わせる事を強要するようなもの。

それが古明地こいしと同じ妖怪だとはいえ、それは古明地こいしでは無かったのに。

 

 

「次、古明地こいしに何が起きていたのか」

 

 

現象の詰めは後。

中心人物の身に起きていた事の推察。

 

 

「既に現世における無意識の妖怪であった古明地こいしはほぼ溶け切って、残るは“古明地こいし”という人に認識された個でしかなかった」

 

 

ごくごく原始的で制限された、未知という存在への恐れが古明地こいしという妖の形を保っていた生命線。

現の世界では吹けば消えてしまいそうな、認められざる幻想の生命線だ。

 

 

「死にかけだったのよ。いつ消えてもおかしくない。少なくとも身近な二人が忘れれば、現が反転して幻想郷にまた発生するかもとは思ったけれど」

「それなら手っ取り早く忘れさせればよかったんじゃないか?」

「私は娘第一。他の優先度は下がるわ。わざわざ記憶を消すなんて面倒事を起こす気も無いし」

「……人間らしいといえば、らしいな」

 

 

合理的思考ではなく、感情的思考。

管理者として正しくはないが、管理者ではないのだし良いだろう。

短命だからこそ、感情の色はどこまでも濃い。

 

 

「しかし、妖怪は祓われ根幹を砕かれないかぎり幻想郷でまた出現するだろう?死んだとて、幻想郷でまた生まれるんじゃないのか?」

「……いいえ、前提が違うわ。まず、忘れられば現の世界に弾かれて最終的に幻想郷に戻るかもしれないとは言ったけど、考えてみれば娘に接触するまで幻想郷に戻されていないってことは、“無意識という存在の一部を現に受け入れられていた”ってことでもある。忘れられても死んでも、現の世界で完結する可能性は十分にあるわ」

 

 

妖怪としてギリギリ生き、妖怪として存在が死滅する寸前に無意識の妖怪としての存在が希薄化して自我が表面化、そのタイミングで偶然か、はたまた何らかの理由で娘と接触し、ほんの僅かな未知への恐怖で根幹を補いつつ弱々しく生き繋いでいた、というのが予測である。

 

弱々しい妖として死にかけの存在を博麗大結界が正しく認識できるかどうかは断言できないものだ。

無意識の要素のみを引き入れ、現に認知された古明地こいしという要素が現に残り続ける可能性も否定できない。

そして何より。

 

 

「存在が…古明地こいしという個が外にいるせいで、幻想郷の中では再発生しないのよ。一度幻想郷に存在が入れば、同様に外で発生することは無いはずだけれど」

 

 

幻想郷の中で妖怪が祓われる以外の形で消えても、名と恐れによりもう一度幻想郷内に出現することはあるだろう。

しかし現の世界で消えれば、幻の世界で再発生は出来ない。

 

 

現の世界での死は人間と等しく、同じく、再出現などという幻のルールが無い、明確な終わり。

古明地こいしも例外ではなく、現の世界で死ねば、それで終わりであったのだ。

 

 

「結局は根幹…古明地こいしという存在が外にいる状態が問題なのよ。内側に入っていればそこで循環するけれど、外で消えたら戻らないわ」

 

 

数度幻の域まで入ったようだし、そこで運良く死ねれば、とは思うものの、娘の前でそのような現象を起こしてほしい訳でもなく。

 

だから、送り返した。

正確に言えば、その存在を強烈な妖気の補充によって一時的に取り戻させ、妖怪として、拒否すべき幻としてこの現の世界に認識させたのだ。

 

本質を発露させて全てを無意識に融かし、意識できないような別れ方にした。

 

 

「で、次。古明地こいしの身に何が起きていたか。妖気を分け与えたならわかるとは思うけど、さっきも言った通り、あのときの古明地こいしは本当にギリギリだった」

「人妖…それも、スッカスカな妖怪部分しかなかったからね」

「その時点で、幻の身でありながら、現へ適応しようと歪な形になっていた」

 

 

最初より徐々に幻としての存在が削られていき、現において未知を恐れるという僅かな根幹のみで存在を補っていたということ。

それは、細くとも脆くとも、実際に現に適応しようとした新たな妖としての形とも呼べる。

 

 

「現において古明地こいしに境界が憑いていたのではなく、適応にあたり強すぎる妖怪の部分、幻想の一部が剥離した結果、境界が“出来上がってしまった”」

 

 

徐々に見えなくなっていったというのは正しく、意識できなくなっていたのはその強すぎる幻が現によって段階的に弱まり、薄れていったから。

時折娘の境界暴きによって幻想を補充しながら、緩やかにその存在を弱めていっていた。

 

 

「で、弱まったそれを無理やり充填すれば、境界を抜いて現における妖怪ではなく、幻としての妖怪の面が強く発露する、と思っていた」

 

 

娘の瞳に溜まった障り、妖気を鬼を介して集めさせ、それを古明地こいしに渡したという一石二鳥な手。

結果として幻を根幹としない現の世界の成分しか持たないこいしと、現を根幹としない元の古明地こいしが明確に分離し、魂魄の剥離……幽体離脱状態になってしまったのは予想外だったが。

残された現の部分は妖怪としての一面を全て剥がされ、完全に人に等しい存在になっていった。

消えかけていたあの異常な状態は、幽体離脱そのものが原因ではなく、幽体離脱によって幻が全て奪われ、存在そのものが欠けた歪な人として形を成してしまったのが原因であった。

 

しかしあの状態までいけば、現の古明地こいしが死んだとて、現の成分を持たない純粋な幻としての古明地こいしは博麗大結界へ取り込まれるだろうと踏んでいた。

 

流石に、現の成分が持っていた奥底の空っぽの境界、“無くなった強すぎる幻への接続口”を娘が開けてしまうのは予想外だったが。

最終的にまあまあな結果に落ち着いたので良しとする。

 

それを説明すれば、鬼は面白そうに笑う。

 

 

「お前さんのお願いってのは、そこまで考えてのものだったのか」

「あの子の瞳に障りが溜まってたのは知ってたからね。それを祓うついでにあの子の友達も救えるなら、それが最善。そうでしょう?」

「さっきとは違って合理的ではある……が、合理的すぎるな」

「ただの人間が、自分の力を超えた奇跡を思うがままに起こせる訳ないでしょう?感情的に取捨選択をしたら合理的に見えてしまった。それだけよ」

 

 

呆れたような口調で零されたその言葉に、鬼は優しげに笑い、眉を釣り上げて興味津々という顔を作る。

 

 

「で、結局、どうなるんだ?」

「此処から先は憶測になるけれど……重要なのは集合体無意識という根幹に関係する部分。無意識は深いところで繋がっているように、無意識の妖怪は必ず繋がっているものよ。認識される無意識の妖怪が幻へ戻った古明地こいしという核を得て古明地こいしに成るだけね」

「……そうかい。理解はできたよ」

 

 

ボリボリと頭を掻き、なんとも言えない顔で後戸の中から女を見て。

 

 

「あーあ、やっぱりここの空気は美味しくない」

 

 

不味くて、息を吸うのも面倒で。

幻を拒絶する現の世界は、あまりにも居心地が悪く。

 

 

「戻っては来ないんだろう?」

「……私は、この空気を美味しいと感じるから」

「そうかいそうかい」

 

 

仕方ないとばかりに目を細め、また、と小さく呟いて。

 

 

「それじゃあ……元気でな」

 

 

鬼は、神は、幻は。

その言葉を最後に、現の世界を後にした。

 

部屋に残るは、人間が一人だけ。

 

 

「さて」

 

 

パチン、と扇子を閉じて女は立ち上がる。

のんびりとした動作でルージュを取ると、唇に色を伸ばす。

 

 

「あぁ」

 

 

にぃ、と笑えば、鏡に映る朱が横に伸び。

 

 

「やっぱり、人の色って素敵ね」

 

 

窓から入り込んだ風が女の金髪を揺らす。

その風は人工的な香りで、どこか冷たくも機械的で。

 

そして、これ以上ない程に現実的だった。

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