――確かに私は常磐君に宿題を出した。何をする王様になりたいのか具体的なヴィジョンを描けたら教えて、と。
でもそれが――
「俺、魔王になります。最高最善の魔王になるって決めました!」
こんな回答になるとは夢にも思わなかった。
どこからどういう切り口で話し合えばいいか分からないでいる私に構わず、常磐君は言葉を洪水のように溢れさせる。
「ある人たちに言われたんです。俺は、50年後の未来で、世界中の人を苦しめる“最低最悪の魔王”になるって。ええとっ、魔王になるのはいいんです。王様になるのが俺の夢だったから。ただ、“最低最悪”はまずいから、“最高最善の魔王”にしようって決めたんです。はい」
頭を整理した。えーと……
常磐君の王様志望は今に始まったことじゃない。魔王。最高最善。うん、常盤君なら言ってもおかしくない。多くの人に最善を尽くす最高の王様。アリです。
だからこれは純粋に私の疑問。
「どうして『王様』から『魔王』にしたんですか?」
「え?」
「それは君のことを『50年後に魔王になる』と言った人たちの影響ですか?」
常磐君の進路希望は入学から一貫して「王様」だった。それが「魔王」に変わった。その急な固有名詞の変更はどう考えても不自然で。
合わせて、「50年後」に最低最悪の魔王になるという確定した数値を常磐君に提示した、“ある人たち”。
もしかして常磐君は、何らかの集団的悪意に巻き込まれているのでは?
詐欺や霊感商法、新興宗教。若者に害を及ぼす可能性ならいくらでも思いつく。
私は常磐君と真っ向から目を合わせた。
「影響したって言われたら、ある程度はそうです。でも、俺が選んだ道です。いや――俺は産まれた時から、決めていた気がするんです!」
常磐君の両目には、おふざけはもちろん、他者に吹き込まれた邪気も読み取れない。有体にいえば、彼は真剣だった。
これは、もう……しょうがないですね。
「話は逸れますが、前に授業で、織田信長の別名“第六天魔王”の由来を話したことを、常磐君は覚えてますか?」
「仏教で、人間が住んでる俗世に一番近い天界で、一番偉い六層目に棲んでるから、第六天の王様。でしたよね」
「覚えていてくれて光栄です。第六天魔王は、別名を他化自在天という天魔です。他化自在天は
「織田信長は
「今の解釈のような魔王になれとは言いません。信長の事業を真似しろとも言いません。そういう捉え方もアリだと、頭の隅っこにでも置いといてくれれば、それで」
はい、と常磐君は頷いた。堅く。真顔で。普段の陽気さや人懐こさは鳴りを潜めていた。
――いけませんね。未熟とはいえ教師が生徒に気迫で呑まれてはいられません。
全力で助ける、と先に言ったのは私なんですから。
さて。常磐君は大学を受験する気がないから、今さら勉学面の面倒は見なくていい。彼の目標が“最高最善の魔王”なら、就職を勧めるのもどこか違う。
何から手を着けるのか。うん。常磐君が描く“最善”の一番目から、一緒に考えて――
「美都せんせー。俺からも、話逸れるけど、いいですか?」
「どうぞ」
「もしもですよ? 本当に俺が50年後に“最低最悪の魔王”になったとして。そんな魔王が生まれないように50年後の未来から俺を消しに来た未来人がいて、しかも自分と一つ屋根の下で暮らすことになったら、美都せんせーはどうします?」
これまたピンポイントな例え話ですねえ。まるで
「私なら、信頼できる“先生”に助けを求めます。そうすれば
別に私なんか特に強くも賢くもないし、波乱万丈な人生を歩んだでもないし、変に暗い過去やトラウマがあるから奮起するってわけでもないのだけどね。
教師って、生徒を守るものでしょう?
私の気持ちも、常磐君にも伝わってるといいんだけど、心配無用かな? 常磐君は察しのいい子ですから。
「――じゃあ、どうしようもなくなったら、言います。美都せんせーに、一番に」
「そうならないように祈りますが、その時は遠慮なくどうぞ」
常磐君は笑った。私も吊られて一緒に笑った。
進路指導室に入ってから15分、彼の初めての笑顔だった。
Q.進路指導の先生なのに何でソウゴの「王様/魔王」宣言を「おかしい」と言わねえんだよ?
A.「おかしい夢」なんてこの世にはないと真面目に信じる先生だから。