私が胸を撫で下ろす、その前に、ツクヨミさんが私の二の腕に掴まりました。
「隕石が――!」
気づけば、巨大隕石はそれこそ頭上に在ると錯覚するほどに地上にいました。
「いいえ、ツクヨミさん。ソウゴ君とウォズさんがまだ粘っているんです。諦めるには早すぎます」
「……それだけじゃ無理だって、言われたの。スウォルツに。私の力も必要なんだって」
なぜスウォルツさんがツクヨミさんに助言したかはあとで考えます。
ツクヨミさんの“力”といえば、タイムジャッカーの時間停滞と同種らしきあの能力でしょう。
順当に予想すれば、ツクヨミさんの時間停滞で隕石落下を食い止めて、ジオウとウォズ・ギンガファイナリーのための時間を稼げ、というとこでしょうね。
できる・できないではなく、私が心配なのは、そんな大それたことをしでかしたツクヨミさんの心身に悪い影響が残らないかです。
万が一にもツクヨミさんが昏倒したりするなら、私がライダー・シンドロームを開放したほうが万倍マシです。
「――先生。お願いがあるの」
「どんなことですか?」
「今だけでいいから、手を、握ってて、ほしい」
両手を握り合わせる彼女は、天に祈りを捧げる聖女のようでした。
私は、白ばんだツクヨミさんの手の上に、自分のそれを重ねました。
「いいんですね?」
「うん」
ツクヨミさんが手をほどく。左手で私と手を繋いで、右手は巨大隕石に向けて。
「お願い――もう少し時間を!!」
――時の流れが、堰き止められる。
成功、です。ツクヨミさんの時間停滞で巨大隕石は落下を止めました!
あとはジオウとウォズを信じるだけ。そう思ったところで、ゲイツ・リバイブにスターロードが射して、彼は姿を消しました。たぶんですが、ジオウがトリニティウォッチを使ったから。
しばらくして、表層が赤く熱していた巨大隕石が、空で粉々に砕け散りました。やってくれたんですね。ソウゴ君とウォズさん、そしてゲイツ君も。
私は、隣で満面の笑顔のツクヨミさんの、背中を撫でました。
「ありがとうございます。ツクヨミさんのがんばりで、大勢の命が救われました」
「ううん。私は文字通り時間を稼いだだけ。本当に危険な中でやり遂げたのはソウゴたちだわ。だから、お礼は、帰ってきたあの3人組に言ってあげて」
「もちろん言いますとも。それはそれとして、ツクヨミさんが頑張ったのだって本当ですから。よくがんばってくれましたね、ツクヨミさん」
繋いだままの手に、ほんの少し、力を入れた。ツクヨミさんに気持ちが伝わればと願って。
二度目のスターロード。ゲイツ君が戻ってきました。
私とツクヨミさんは、一足先に戻ったゲイツ君を迎えに行きました。
ジオウのトリニティアーマー解除で元いた場所に送還された俺に、ツクヨミと先生が笑顔で駆け寄ってきた。
「やったね、ゲイツ!」
ああ、と頷くべきだ。でも俺は、地べたに倒れたままの地獄兄弟のほうを先に気に留めてしまった。
影山が力任せに拳を叩き下ろした。
「俺の、
「――影山」
悔しさに身を震わせる影山に、矢車が這って近づく。
「もう一度、『兄貴』って、呼んでくれよ?」
「……“俺”は影山じゃない」
影山瞬の擬態を捨てて、1体のワームの姿があらわになった。ワームの体は緑炎を上げて崩れていく。
『お前は俺の、兄貴なんかじゃない――!』
骸も灰も遺さず、怪物は、死んだ。
矢車は影山に擬態したワームに利用されてるとしても構わないと言っていた。ワームであっても、それが影山瞬ならば“可愛い弟”なんだと。
そう縋らずにいられないほど、本物の影山との死別が悲しかったのか。俺には憶測することしかできない。
立ち上がった矢車は、俺や加賀美新とのすれ違いざまに、言った。
「笑えよ。誰か俺を、笑ってくれよ」
口を、謝罪が突いて出る、その前に。
俺の腕に先生が手を添えて、無言で首を振った。
何も言ってはだめ、と彼女の目は言語より雄弁に語っている。
矢車は、沈む夕日と同じ方角に、千鳥足で歩いて行って、やがて見えなくなった。
「よかったのか?」
「ああいうメンタルの人には、励ましても叱っても、優しくすることさえ、傷に塩を塗る行為です。私も……就活中はそうでしたから」
矢車さんと比べるとおこがましいですが、と言い置いて、先生は語った。
――先生は、正職員の教師として働き口が決まるまで、大学卒業から4年間を就職活動に費やしたという。
その期間に食らった無数の不採用通知は、今でも心ににぶい傷跡を残している。
あの頃は荒れていたから、矢車の「笑えよ」に近い暴言を計都教授や学友に吐き捨てもした。
そして、「笑え」と言いながら、相手には笑われることはもちろん、励ましや慰めも聞きたくなかった。
何も言わないで、そっとしておいてほしい。今ならそれがあの時期の本心だったと冷静に分かる――と、先生は締め括った。
「だから、矢車さんにも、何も言っちゃいけません。いたずらに心の傷を増やすだけです」
俺より人生経験が豊かな彼女が言うのなら、そうなんだろうと、納得するしかない。
あえて言葉をかけない。それが人には優しさになる時がある。
呑み込みがたいと思うのは、きっと俺が彼女ほど“大人”じゃないからなんだろう。
――物心ついた頃には、銃を握っていた。
戦って戦って戦って。隣で戦っていた兵士が殺されても、いつしかそれが当たり前になっていった。
2068年にいた頃は、圧政と暴虐に抗うのがルーチンワークだった。
他人に優しくすることなんて――ココロの扱い方なんて、ミトさんも部隊のオトナたちも、誰も教えちゃくれなかった。
先生の横顔。矢車を無言で見送ったその表情が悲しさによるものだと、分かるくらいにはなったのに。
彼女をどう慰めるのが最適解か分からない俺は、どうしようもなく未熟者だ。
ソウゴ君とウォズさんは、巨大隕石破壊という現代版ハルマゲドンを達成して帰還しました。まごうことなき凱旋です。もうソウゴ君の成績表を書けない立場なのが惜しまれるほどでした。
でも、私の成績表なんかより、よっぽど素敵なプレゼントを貰うことができました。加賀美さんから。
仮面ライダーカブトのライドウォッチです。
カブトゼクターが加賀美さんの手の中でライドウォッチに変わったんだそうです。元からウォッチだったものがゼクターという形に化けたのか、本物のカブトゼクターがウォッチとなって喪われたのか。それはもう判断のつかないことです。
どちらであっても加賀美新さんには特別な品だった。加賀美さんはそれをソウゴ君にくれたんです。
「国防長官の内示、楽しみにしてるからな。『王様』」
ソウゴ君の晴れ晴れとした笑顔のまぶしさといったら。
――さて。ここで残る問題です。
セントパピリアです。お父さんは結局、セントパピリアをどこへ連れてって何をしてるのでしょうか?
スマホに着信履歴なし。私からお父さんのスマホにかけても応答なし。
互いにいい歳した大人ですが、今回ばかりは暗くなっても帰らないお父さんが心配でなりませんでした。
もう何度目か数えるのもやめた、お父さんへの電話。やっぱりお父さんは出ません。
「美都せんせー。教授は?」
ソウゴ君に聞かれて、私は首を横に振りました。遅ればせながら、セントパピリアの件はソウゴ君とツクヨミさんにも伝えてあります。
クジゴジ堂にお邪魔して、もう何時間になるでしょう。笑っちゃいますよね。30歳にもなって、自宅に帰って一人で待つのが怖い、なんて。
「計都教授は、セントパピリアに何をさせようとしてるのかしら――」
「正しく案内できるのは自分だけ、という言い回しも引っかかるが。行き先に宛てがついていたということだろう?」
「行き先……そうか! 渋谷!」
わっ。ソウゴ君? 急に大声でびっくりです。
「加賀美さんと最初に会った時、加賀美さんが俺に聞いたんだ。渋谷はいつあんなに復興したんだ、って。ウォズはそのこと、俺たちと仮面ライダーカブトの時間が混ざり合ってるからって言ったよね。つまり加賀美さん側だと、渋谷は滅んでるんだ!」
「そういえば――ミトさんに習ったレジェンド7の時代だと、渋谷は巨大隕石の直撃を受けて、1999年から廃墟のまま隔離エリアになった……あ、もしかして!?」
「そうそれ! 今は俺たちと加賀美さんの認識のズレで済んでる。けど、きっと何もしなかったら、『渋谷の壊滅』は俺たちの時間でも“本当にあったこと”になっちゃうんじゃないかな。だから計都教授はセントパピリアを連れて行った。渋谷に! 隕石で『滅んだ』渋谷を『甦らせる』ために!」
ソウゴ君とツクヨミさんの出した答えが本当なら、お父さんは、やっぱり私がよく知るお父さんです。
どっと全身から力が抜けて、座った椅子に沈むように体が弛緩した。思ったよりずっと緊張してたみたいです。
でもそれもここまで。ひと安心。
だってお父さんは、私が心配するようなことをしでかしに行ったわけじゃない。
だったら、いつも通りに家に帰ってくる。私は待つことができる。
一日で心が幼い頃に戻ってしまう出来事がたくさんあったせいで、過敏になってたみたいです。
鍵っ子だった小さな私は、お母さんのいない家で、お父さんの帰りを待っていました。そのせいで結構なさびしんぼうなんですよね、私。
ですが今はとっくに三十路。ただ待つだけじゃなく、家に灯りを点けて、おいしいごはんを作ることができるようになってるんです。
「長々と居座ってすみませんでした。私、一度、家に帰ってみることにしますね」
「一人で平気?」
「大丈夫です。ソウゴ君」
「なに?」
「励ましてくれてありがとう。それから、カブトのウォッチを貰えたこと、おめでとうございます。よく頑張りました」
いつもならこの手の祝辞はウォズさんの役目ですが、今回はドタバタ続きでカットでしたから。僭越ながら私からお祝いを。
荷物を持ってお暇しようとした私を、奥から出てきた順一郎さんが引き留めました。
順一郎さんが私に下さったのは、おむすびの詰まったタッパーでした。ざっと12個。私とお父さんと小夜さん、3人で分ければ適量です。有難く頂戴します。
私はお礼に頭を下げてから、清々しい気持ちでクジゴジ堂をあとにしました。
――次の日になっても、次のまた次の日になっても。
幾日が過ぎても、父が帰宅することはありませんでした。
おじさんが作ったおむすび=ソウゴたち4人で分けて一人16個
食べなきゃいけないソウゴたちの大変さより、おじさんが一生懸命握ったおてては痛くない? そんな心配のほうが先だったあんだるしあです。
応援のコメントありがとうございます!(>_<) おかげさまで帰る決心がつきました!
ジオウ本編が終わってひどいジオウロスで塞ぎ込んだ毎日よ! さらば!(`・ω・´)ゞ
「お願いがある」→「どんなこと?」
このやりとり、少年少女シリーズでもやったんですよねえ。「なに?」じゃないのがポイント。分かる方いるかな?(^-^;