そう思っていたら書き上がっていた今回の話。
天ノ川学園高校でシェルター活動に参加してから数日経ちました。
私の一日の生活リズムはさして崩れてはいません。
仮面ライダー部の部室で起床して、職員室に顔を出してご挨拶。職員会議がそのまま活動方針の打合せなので、端っこで聞かせていただく。解散前に如月先生と軽くお話しして、お仕事開始です。
ケガ人がたくさん収容されている保健室を訪ねて、中でも特に10~20代女性の、体を拭いたりデリケートな相談に乗ったり。
容態が悪化した人がいたら、すぐに聖都大学附属病院に119番。すると迅速にお医者様が駆けつけてくれます。
ついさっき、まさにその案件で、宝生永夢先生が天ノ川学園にいらっしゃいました。小学生の女の子が食欲不振だったので、小児科医の宝生先生が来てくださったんですよね。
診断は……やっぱりと言うべきか、避難生活のストレスによるものでした。
女の子の処置が終わってから、宝生先生はわざわざ私にお暇を言いに来てくださいました。
「あらためて、お久しぶりです、織部先生。……こういう呑気なこと言っていいか、ちょっと、分かんないんですけど」
「お気遣いありがとうございます。宝生先生はお変わりありませんか?」
「僕自身はこれといって。飛彩さんは、外の戦闘で病院に搬送される患者さんが増えたから、ずっとバタバタしてますけど。ほら、飛彩さん、外科医ですから」
「ああ、なるほど。それは大変ですよね。ご無理はなさらないよう、鏡先生にお伝えしてもらっても……いい、ですか?」
「それくらいお安い御用です。――織部先生こそ、何か困ってることはありませんか? 僕で助けになれることなら、何でも言ってください」
「私も今のところは大丈夫です。その時が来たら甘えるかもしれませんが、よろしいですか?」
「はい。待っています」
私は、帰っていく宝生先生を、学園の正門までお見送りしました。
私がシェルターでする仕事に、負傷者と、学園詰めの先生方と有志の皆さんの衣類の洗濯があります。
こちらも、私が洗うのはやっぱり妙齢の女性のものがメインです。そこを気にする女性は決して少なくないですから。
同年代の女性スタッフが皆無ではないですが、現状は猫の手……大杉先生の言い方に倣うなら「孫の手も借りたい」くらいの人手不足ですからね。
とはいえ、学園にいる適齢期の女性まるまる一日分の洗濯は大変です。学校という建物の性質上、洗濯機の台数は少ない。でも負傷者は日々増えて、つまり洗濯物も増える一方。
よって洗濯機に入りそびれた衣類は、何と洗濯板による手洗いでやってたりします。私、手洗い班なんですよね。
ゴム手袋をしていても、洗濯板の凸凹に爪が引っかかって剥げそうになったことなんて、数えるのもやめたくらい。
こういうルーチンワークを熱心にこなしていても、直面すべき現実は頭の中で渦巻いている。
――魔王と綽名されて、実際に無辜の市民を大勢苦しめているアナザージオウⅡは、私のお父さんの織部計都。私にとっては、過酷な、現実。
何故かを問い質すのはやめにした。いえ、正確には、もちろん聞かせてもらうけど、理由を聞くより先にお父さんの非道そのものを止めるのを優先しようと考えた。
このシェルターで、傷を負った人たちを見て、夜に布団を被って嗚咽を殺す人たちを知って、肉親の情は捨てなくちゃいけないんだと身に詰まされた。
飛流君にその考えを打ち明けると、飛流君は「魔王の拠点を探す」と言って毎日出かけるようになってしまいました。
相談相手を間違えたと気づいてもあとの祭り。今日も飛流君は、銃弾飛び交う戦場と化した市街地を駆けずり回っているのでしょう。
昨日もおとといも言いましたけど、今日こそもうやめてくれるよう言い聞かせなくちゃいけません。飛流君みたいな若者がそんな危地に飛び込むくらいなら、私自身の足でお父さんを探します。
よしんば見つかったとして、お父さんといざ対面した時に、私がすべきことは何か。
止める。でも、どうやって?
ライダー・シンドロームを開放する? お父さんだって今やアナザーライダーなのに、そんなぼんやりした対案でいいの?
だからといって助けを求める宛ても無い。
ソウゴ君はアナザー電王にされた遠藤君を追って2017年に跳んでから音信不通です。ウォズさんも右に同じ。
ゲイツ君は私を目の敵にするレジスタンスの兵士だと判明しています。まず交渉のテーブルに着いてくれないでしょう。
こんな時こそ、ずっと私とお父さんを援助してくれたおじさま方――昭和ライダーの皆さんに助けを仰ぐべきなのでしょうか?
皆さんが国外でそれぞれ闘っているのは承知しています。してるんです。
でも同時に、私かお父さんが助けを求めれば、皆さんが駆けつけてくださるのも、幼少期からの付き合いで知ってるんです。
――苦しい。
――今日で3日目。いつも思考はここで迷宮入り。
「なあ、そこのあんた。ちょっといいか」
っ、いけない、思案に没頭しすぎてしまいました。どなたかご用事みたいです。
「はい。どうされまし……」
――絶句、した。
「洗濯の仕事をしたいと言ったら、ここへ行くよう先生たちに言われた。これでもクリーニング屋だからな。あんたがいることも聞いてる。久しぶりだな、織部さん」
乾巧さん……桜井侑斗さんの持っていた写真に一緒に映っていた人。お母さんと並んで闘った歴史がどこかにあったかもしれない、いつかどこかの、仮面ライダー555……
――“笑わせるな! ハッピーエンドに変えてやるよ!”――
ここまで押し殺してきたものがこみ上げて、溢れ返って、私は泣き崩れた。
「お、おい!? ど、どうした、大丈夫かっ?」
違います。痛いとこも怖かったこともありません。
ただ、周りがみんな“年下”だったから。
助けに来てくれた飛流君も、出迎えてくれた如月先生も、励ましてくださった宝生先生も。
私は最年長だから、情けないとこは見せられない。
そう思って気を張っていたのに、乾さんだけは年上だったから。お会いした途端、我慢が、限界で。
ぐじゃぐじゃと泣く私の、頭を、乾さんは両手で左右から包んで、ことん、と彼の胸板に当てさせました。
「――遅くなった。もう、大丈夫だ」
ここに来てから、色んな人が何度も言ってくれた言葉なのに。言った人間が乾さんだというだけで、罪深いほどに、大きく安堵してしまったのです。
私が泣き止んでから、乾さんは、私の分担とは別の洗濯物の山を、洗濯板で手洗いし始めました。
私も作業に戻ろうとしたのですが、「休憩してろ」と乾さんにやんわり止められて、こうして水場近くの段差に腰掛けています。気遣われていることくらい、分かります。
「乾さんは、どうして天ノ川学園に来ようと思ったんですか? 純粋にボランティアで?」
「まあ、それもある。洗濯関係が人手不足だって聞いたもんでな。でも、それだけじゃあない。『天ノ川学園に魔王の一人娘が匿われてる』って噂が流れてきた。あんただと確信があったわけじゃないが……嫌なほうの予想が当たっちまった」
「そう、でしたか……あの、いいんですか? 私と一緒にいて。『魔王の娘』と仲がいいと思われたら、乾さんの立場が悪くなるんじゃ」
しゃべりながらもずっと動いていた乾さんの手が、ぴた、と止まった。
乾さんは一度洗濯物を置いてから、ゴム手袋を外して、私の正面に、目線の高さを合わせるようにしゃがみました。……ええと、怒ってます?
「あのな。立場がどうとかいうのが嫌なら、最初っから俺は、あんたに会いに来てない」
――――あ。
「さっき泣いたあんたを見て、確信したよ。やっぱり来てよかった、ってな。あんたのためなら、って理由で動く“物好き”は他にも大勢いるだろ? もう少し寄りかかってもいいんじゃないか?」
頭に奔る面影。飛流君、如月先生、宝生先生――私にはもったいないくらい、たくさんの善い人たち。
また泣き出してしまいそうになった。