70年目のサクラサク   作:あんだるしあ(活動終了)

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Syndrome11 七重八重、花は咲けども

 

 アナザーエグゼイドの事件の翌週のことでした。

 

 お昼頃に、私の自宅を、ふしぎなお客様が訪ねてきました。

 女子高生。髪の右側だけを耳にかけた、線の細い女の子。

 

 玄関まで応対に出た私は、はて、と首を傾げた。

 

 彼女の制服は天ノ川学園高校のそれです。天ノ川学園の先生には一人だけ顔見知りがいますが、生徒とのご縁はこれっぽっちもないし、彼女個人を私は知りません。どうしたものです?

 

 彼女は切羽詰まった声で切り出した。

 

「山吹果林! ……覚えてる?」

 

 やまぶき、かりん。

 ええと、ちょっと待ってくださいね。うーん……、……ああ!

 

「覚えてますっ。高3の時に編入してきた生徒さん。私、同じクラスだったんです。この家に来てくれたこともあります」

 

 山吹果林さん。読書する時の佇まいが絵になる女子だった。

 山吹さんは古典文学を好んでいて、休み時間の読書も、歌集をよく読んでいたのが印象に残っている。

 

 そんな山吹さんと私の間に交流が生まれたきっかけは、私のお父さんが書いた本でした。

 僭越ながら私の父・織部(かず)()は大学教授をしておりまして、日本の古典文学を専攻してます。日本古典の研究書籍も、ごくごく少しですが出版していたりします。

 山吹さんはお父さんの本を読んで、同じ織部姓の私が織部計都教授の親類ではないかと思って声をかけに来た。

 それをスタートに、私と山吹さんはよく話すようになった。

 

「私、あの……山吹果林の娘、なの。は、母親、から、織部さんの昔の話を聞いて、その、それで……」

「娘さん……山吹さんの? 我が家に来てくれたのは、お母さんから住所を聞いてですか?」

 

 彼女は無言で首を縦に振った。

 私はドアを大きく開けて、山吹さんのお嬢さんが通れるスペースを作った。

 

「どうぞ、上がってください。大したおもてなしもできませんが。それと、申し訳ないんですが、父は今日、大学の講義がある日で留守なんです」

「そう、なんですか。残念……」

 

 お嬢さんはローファーを脱ぐと、スリッパに足を通した。

 私はお嬢さんを連れてリビングに入った。

 

「適当に座っていてください。お茶でも淹れますね。苦手な茶葉はありますか?」

 

 はた、と。ここでこの娘さんのお名前を聞いてないことに気づいた。

 

「ごめんなさい。あなたのお名前、教えてくれます?」

「……り、ん」

「はい?」

「カリン、です。母と、同じ」

 

 ちょっとした偶然の合致に、きょとんとしてしまった。

 

「奇遇ですね。私の名前も亡くなった母と同じなんです」

「……そうなんだ」

「はい。母の名前も『ミト』と言いまして、それに漢字を当てて『美都』」

 

 私は改めてカリンさんにソファーに座るよう勧めた。カリンさんは小さく会釈してから、ソファーに腰を落ち着けた。

 

 私はキッチンへ。食器棚から、つい先日買ったばかりのルイボスティーの茶葉を取り出した。この茶葉、麦茶と同じで煮出す淹れ方だから楽なんですよね。ぐつぐつしたら3分ほど弱火にして、はい出来上がり。

 

 ルイボスティーを注いだカップをカリンさんの前に置いた。

 カリンさんはカップを持つと、息を吹きかけてから口を付けた。

 

 そろそろ「今日はどうして我が家を訪ねたんですか?」と切り出すべきなのですが――やめておきましょう。

 カリンさんにとってはそれを尋ねられるだけでも過酷だと、顔色を見て分かってしまった。

 

 私は何も問い詰めない。カリンさんも声を発しない。

 

 ――思い返すと、高校で山吹さんと過ごす休み時間は常にこういう感じでしたね。

 淡々と歌集を読む山吹さんの横で、私は次の授業の予習をしている。一緒にいるのに一人作業。文系人間の奥義に18歳ですでに開眼していた私たちなのでした。

 

 カリンさんのカップの中身が半分を切る頃合いを見て、私はお茶請けに貰い物のマドレーヌを出すことを思い立って、一言断ってソファーを立った。

 

 キッチンカウンターへ向かおうとした私は、出窓から望む街路に、フードで人相を隠した一人の男が立っているのを、見た。

 

 私はとっさに遮光カーテンを乱暴に閉めた。直後、カーテンを持つ両手に鳥肌が立った。

 

 分かっちゃいました。カリンさんが我が家を訪ねた理由。

 カリンさんはあのフードの男から逃げてきたんです。あの男の立つ位置や時間帯を鑑みて、不審者と思うなと言うほうが無理ですもん!

 

 

 ピンポーン♪

 

 

 肩が大きく跳ねた。私だけじゃなく、カリンさんも。

 

 居留守を決め込む? だめ。玄関を施錠して来なかった。こちらが出ないとあちらから上がり込むリスクが拭えない。

 

 私は、滅多に使わない、壁に据え付けのインターフォンを取って耳に当てた。

 

「どちら様でしょうか」

《すみません。お宅に山吹カリンさんがお邪魔してませんか? 私、山吹さんと同じ天ノ川学園のツクヨミといいます》

「え、ツクヨミさん?」

 

 よく知った声と名前を聞いたとたんに、警戒心がおむすびころりん。

 

 

 私は急いでツクヨミさんを家の中に上げて、リビングに招き入れた。

 

「ツクヨミさん。今日はどういった用事で……」

「ごめんなさい、先生。先に彼女と話をさせて」

 

 私が答える前にツクヨミさんはカリンさんの前まで行って、腕組みでカリンさんを見下ろした。

 

「女子高生連続失踪事件って知ってる? 18歳で天秤座の女子ばかりが立て続けに消された。アナタはその標的になってるの。学校でアナタを襲った怪物、アイツは何人もの女子生徒を犠牲にしてきた」

 

 事件。怪物。犠牲。

 まさかツクヨミさんが言っているのは、アナザーライダーのことでしょうか。

 ここに常磐君と明光院君がいないのは、アナザーエグゼイドの事件みたいに過去へ調査に飛んだからかもしれません。

 

 カリンさんは沈痛に顔を伏せるばかりで口を開かない。

 

 ツクヨミさんが私をふり返った。

 

「先生。彼女を私たちで保護させて。ここにいたら先生も戦いに巻き込まれちゃう」

「心配してくれてありがとうございます。でも、切迫した現状の女の子を、同じ年頃の女の子であるツクヨミさんと一緒に放り出せません。先生が車で送ります。準備するので少し待って――」

「その必要はない」

 

 ――、男の、声。

 

 背筋が凍る心地で思い出す。ツクヨミさんを家の中に入れた時、玄関の鍵、閉めて、こなかった。

 

 ツクヨミさんは私とカリンさんを背に庇うと、どこからかガラケーの意匠の銃を抜いた。

 銃口を向ける先には、やっぱり、あのフードの男がいた。

 

「誰? この人たちには触れさせない」

 

 息を、呑んだ。状況に、ではない。普段は神官のようなツクヨミさんの雰囲気が、一転して戦士のそれになったことに。

 

 けれども、フードの男はツクヨミさんの闘気を意に介していない。憎悪をあらわにカリンさんだけを凝視している。

 

「邪魔しないでくれるかなぁ」

 

 男が一歩を踏み出す――寸前。私たちの中の誰でもない第三者が男に背後から掴みかかった。

 でも、第三者の彼は、男ともみ合った末に私たちのほうへ突き飛ばされてしまった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 私はとっさに、床に強く突き飛ばされた彼を、支え起こした。

 

「お前は――」

「久しぶりだな。草加」

「乾……何をしに来たッ!」

「お前を止めに来たんだよ!」

 

 このやりとりから読み取るに二人は知り合いのようですが、穏やかな仲でないのは明らかです。

 

 乾と呼ばれた彼は、立ち上がって再び、草加と呼ばれた男に掴みかかった。二度目の乱闘にもつれ込んだ。

 

「乾ィ! これはお前には関係のない話だ!」

「関係ないわけあるか!!」

 

 確定です。草加さんの狙いはカリンさん。ツクヨミさんの怪物発言と合わせて考えると、草加さんは失踪事件に関わるアナザーライダーである疑念も浮上。

 

 もみ合っていた男性二名。今度は草加さんが乾さんに押されて本棚にぶつかった。弾みで本棚から数冊が落ちて、草加さんの頭に降り注いだ。――卒業アルバムや記念の機関誌といった大事な品ばかりが。

 

 あ……あったま来たーーーーっ!

 

「ケンカするなら外でやりなさい! 警察呼びますよ!?」

 

 これに怯んだのは乾さんのほう。彼は痛い所を突かれたとばかりに手足を強張らせた。

 

「部外者は引っ込んでいてくれ」

「いいえ、関係者です。カリンさんは、私の同級生の娘さんですから。そうでなくても、他校生とはいえれっきとした高校生で、私は教師。助けを求められたら全力で助けます」

 

 三者三様に動きを止めた今がチャンス。

 私はスマホで「110」を素早くタッチして、発信のアイコンに指をかけ――

 

「やめて、()()()()

 

 私の右手を両手で包んで止めた人は、他でもないカリンさんだった。

 

「もういいの。草加さんは悪くない。私が待ち合わせ場所に行かなかったから。私が怖気づいちゃった、から」

 

 カリンさんは潤んだ両目で私を見つめた。

 

「……嘘なの」

「何が、ですか?」

「娘なんかじゃない。そもそも『山吹果林』なんて女の子、最初から存在しなかった」

「ちょっ、ちょっと待ってください。事情がさっぱり分かりません!」

「分からなくていい。巻き込んじゃってごめんなさい、織部さん」

 

 その言い回しだとまるでカリンさんが山吹さん本人であるみたいです。そんな非現実的なことが……あってもおかしくないのがこの世だって、常磐君を通して知ったばかりじゃないですか。

 

 深呼吸を一つ。――織部美都は腹を括りました。

 

「草加さんに乾さんとおっしゃいましたね。お二人とも今すぐ我が家を出て行ってください」

 

 110番の発信アイコンを、タッチした。

 

「パトカーが来て騒ぎになってからじゃ、遅いですよ。おもに社会的立場が」

 

 

 ――ずーっと後日にツクヨミさんに聞いたところによると、彼女はこの時、人生で初めてヒトの笑顔を「怖い」と感じたそうです。




 フォーゼ×ファイズ編、ぶっちゃけ死ぬほど難産です。
 ほんっと! かなり難しいです。まだここまでしか書き上がっていないんです(T_T)

 熱心な方々はあちこちでオルフェノクを絡めて上手に考察していましたが、作者の頭ではそこまで及びませんでした。みんなすごいなあ…(遠い目)

 あと草加。オリ主の憶測とはいえJK狙いの変質者扱いしてマジすんません!!m(_ _"m)
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