山吹さんが落ち着いて、徐々に泣き止んでいく。
「……ありがとう、織部さん」
「それほどでも。――女の子の顔を叩いちゃってすみませんでした。口の中が切れたりしてませんか?」
「平気よ。やっぱり織部さんて心配するポイントがズレてるのね。自分だって女子なのに、女の子の顔って」
ふふ、と山吹さんは朗らかに笑った。
「そうよね。あなたはもう30歳の立派な大人で、私は18歳の小娘で時間が停まったままなんだもの」
「ま、まだギリギリ29ですっ。誕生日までは20代気分でいさせてくださいっ」
ふと山吹さんは私に対して上目遣い。
「もしかして、学園で佐久間君とやり合った仮面ライダーの男子二人って、織部さんの教え子?」
「……クラス担任です」
変身してやり合ったんですね、常磐君。二人と言うからには、明光院君もですね。
未成年が集う学び舎の敷地で、何てやんちゃをしてくれますか君たちは。天ノ川学園にお詫びに伺うべきでしょうか。
「怖くないの? 仮面ライダーの“先生”するなんて」
「そういう気持ちがゼロではないです。それ以上にもっと怖いことがあるだけで」
私の教え方が悪いばかりに、生徒が受験で落ちたりワーキングプアになったりしたらどうしようって、春先はプレッシャーで毎日が不安でした。いいえ、半年経った今でも不安でしょうがないです。気を抜いたら倒れそうなほどに。
一クラス30人分の若者の将来を背負っているんですもん。受け持つ生徒の中に一人か二人の仮面ライダーが混ざったところで、生徒30人分に比べたら大したことじゃないですよ。
「――私も、織部さんのクラスの生徒になってみたかった」
「これからどうするんですか?」
「今度こそ草加さんに会いに行く。会って、終わらせてもらう」
「私も一緒に行きます」
「私に拒否権は?」
「ありません」
山吹さんは、私と交換した名札を胸に当てて、微笑んだ。
私は山吹さんを車に乗せて、草加さんとの待ち合わせ場所だという、市街地の一つの高架下を目指した。
車は適当な場所に停めて、山吹さんと二人、草加さんが待つはずのその場へ向かったのですが、そこには予想外の光景があった。
アナザーフォーゼ(ツクヨミさんに言わせると)が、生身の草加さんと乱闘している。今までの話で、アナザーフォーゼは佐久間龍一さんだってもう知っている。
アナザーライダーである佐久間さんに、草加さんは一方的に暴行されている。彼我の実力を鑑みれば当然の流れ。
痛めつけた草加さんの首をアナザーフォーゼが掴んだ。絞め殺そうとしている!
でも、私が止めに入るまでもなかった。
「やめろぉ!!」
どこからか駆けつけた乾さんが、アナザーフォーゼに体当たりした。
その弾みでアナザーフォーゼが草加さんの首を絞める手を緩めた。草加さんは地面に転がって、咳き込んだ。
私は急いで草加さんに駆け寄って、倒れた彼を支え起こした。
「草加さん、大丈夫ですかっ」
「これ、くらい…っ、ぐ…!」
草加さんに替わってアナザーフォーゼに応戦する乾さん。でもやっぱり生身の人間じゃだめなの? 乾さんのパンチやキックが当たっても、アナザーフォーゼには大きなダメージに繋がってない。
それどころかアナザーフォーゼが乾さんのお腹に重い一撃を入れて、乾さんを吹き飛ばしてしまった。
「やめて、佐久間君! こんなことしても何にもならない! もう私のために犠牲を出さないで!」
山吹さんの訴えは本心からのものです。そこにさっき語った“自分可愛さ”はない。分かります。たったさっき号泣した彼女を見たんですから。
私はアナザーフォーゼが怯んだ隙に乾さんにも手を添えました。
「乾さん――」
「くそ、何なんだこのバケモノは……!」
「乾……お前、何故そこまで」
乾さんは痛みを殺しながらしっかりと草加さんを見据えた。
「俺はお前が嫌いだ、草加。だがな、お前は俺の仲間なんだよ! ――悔しいことにな」
仲間。
ここ何日か聞いた中で一番のパワーワードでした。
「美都せんせー!」
私をそう呼ぶのは私のクラスの生徒だけで、この事態で駆けつける生徒には一人しか心当たりがありません。
「常磐君。明光院君、ツクヨミさんも」
これにてアナザーフォーゼを三方向から囲む形になった。
『邪魔をするな! 全てはカリンのため!』
「佐久間君ッ!」
アナザーフォーゼは足から発射したミサイルで爆煙を上げて、目晦ましにして姿を消してしまいました。
山吹さんの気持ち、佐久間さんに届かなかった……
ふいに乾さんがズボンのポケットから何かを取り出して、常磐君を呼びつけた。
歩み寄った常磐君に乾さんが渡したのは、なんとライドウォッチです!
「以前からずっと持ってた。これはお前の物だろう?」
ライドウォッチを持っていたなら、乾巧さんこそが歴史上正しい仮面ライダー555だったということになります。
常磐君はライドウォッチを受け取ると、戻って行ってそれを明光院君の手に握らせました。
「――なに?」
「頼んだ。アナザーファイズを止めてくれ」
「俺が?」
「うん」
明光院君は常磐君の真意を探るように彼を凝視しましたが、やがて、その手に555ウォッチを握って、踵を返して走って行きました。きっと行く先は、全ての始まりである2003年10月25日。
2016年に飛んだ時みたいに明光院君に付いて行きたい気持ちは、無いわけじゃない。けれどこの場には、教え子の常磐君と、友人の山吹さんがいるから、自重した。
明光院君が無事に2003年に行って帰ってきてくれることを祈った。まるで親兄弟を送り出すような心境で。
「ところで美都せんせーがどうしてここに?」
「山吹さんに付いて来まして。常磐君とツクヨミさんが来たなら、やっぱり仮面ライダー関係の事件なんですね」
常磐君は頷いた。隠そうという素振りもなかった。
女子高生連続失踪事件。その真相は、草加さんの口から改めて明かされました。
「佐久間の犠牲者は、世間では家出として扱われていた。佐久間のほうも、周囲にそう思われやすい、素行の悪い女子に目星をつけて襲っていた」
「雅人は何で彼女を狙ったの?」
こら、常磐君。草加さんは君より二回りは年上なんですから、ですます調で話さないとだめじゃないですか。
「カリンも佐久間も、流星塾という養護施設の仲間だ。俺と同じくな」
「流星塾――やっぱり流れ星から始まったんだ!」
私が常磐君にどういう意味かを尋ねると、先日、常磐君の前にまたウォズさんが現れたそうです。ウォズさんは「この件は流れ星から始まった」とだけ言って消えたそうです。
流れ星。2003年10月25日、流星群を見に行く約束をしていた山吹さんと佐久間さん――
「バケモノになった佐久間は止められない。ならカリンのほうを葬って、カリンの遺体を佐久間から引き離せれば、あるいは。そう考えた」
「仲間のために自分の人生を台無しにしたわけだ。――馬鹿な奴だ」
「そう言う巧もね」
ああ、常磐君たら、また丁寧語を忘れてる。
「佐久間さんも、ここにいるみんなが、自分を犠牲にして仲間を救おうとしてる。でもこのままじゃ誰も救われない。この犠牲のサイクルから脱出するために、やるべきことは一つだ」
常磐君は山吹さんの正面に立った。
「俺は佐久間さんを止めたい。そのためには、君の助けが必要だ」
「私の?」
「雅人のやり方だと、さっきみたいに逆上した佐久間さんが何をするか分からない。佐久間さんを本気で止めるためには、誰よりも君が佐久間さんに、こんなのはもういい、って訴えなくちゃ」
「山吹さん……」
「大丈夫よ、織部さん。――常磐君、だっけ。むしろ私からお願い。佐久間君を、止めて」