アナザーファイズ&フォーゼの事件からしばらく。
ツクヨミさんが、私の高校の卒業アルバムを返しに我が家を訪れました。
アルバムだけ渡して玄関ですぐに帰ろうとしたツクヨミさん。
せっかくの機会です。普段のクジゴジ堂での彼女たちの過ごし方でも聞けたら面白そうだな、なんて軽い気持ちでした。
私はツクヨミさんを引き留めて、お茶に誘いました。
ツクヨミさんは「じゃあ一杯だけ」と答えてくれて、我が家に上がりました。
「適当にかけて待っていてください。苦手な茶葉はありますか?」
「ううん、特にない。コーヒーも紅茶も大丈夫」
「それはよかったです。少し時間がかかりますから、適当に寛いでくださっていいですよ」
それを聞いたツクヨミさんは、ソファーを立って本棚に並ぶ本を眺め始めました。気に入る本が見つかるといいですね。
その間に私は、ストロベリーティーの準備をば。
ポットとカップをお湯で温めて、お湯を捨てたポットに茶葉と新しいお湯を注いで蒸らす。蓋にしたお皿を外せば――よし、いい香りです。
私はストロベリーティーと、ミルクと砂糖のポットとスプーンをトレイに載せて、ソファーのあるテーブルに運びました。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
ツクヨミさんはソファーに座り直して、ティーカップを持ち上げた。
優雅な所作です。山吹さんを巡る草加さんとの一幕では、彼女は戦士なのだろうと直感しましたが、元いた時代でのオーマジオウの圧制がなければ、上品なご令嬢だったのかもしれません。装いのトータルコーディネートだけなら間違いなく高嶺の花――あ、そうです。
「ツクヨミさん。ちょっと気になったんですが、ツクヨミさんの普段着はどうやって調達してるんですか?」
応えてツクヨミさんが取り出したるは、現代で言うタブレットをプレート状にした機械です。
ツクヨミさんがプレートの画面をタッチで操作すると、彼女がよく着る系統の白いワンピースが画面にずらりと並びました。ツクヨミさんはその中の一つをタップしました。するとびっくり、機械からその白いワンピースの一着が実際に出てきたのです!
「この時代に来る前にストックしておいたの。ゲイツの着替えも同じ要領よ」
「未来すごいです……」
面食らった私を見て、ツクヨミさんは気を良くしたようです。
「手持ちの資金もこれにプールしてあるわ。時代に合わせた貨幣に変換することもできる。ソウゴは、えっと、おサイフケータイ? とか言ってたけど」
「見方によっては次世代型おサイフケータイと言えなくもないですね……服のほうは、一度着たあとはこれに収納し直すんですか?」
「いいえ。これはアウトプット用のデバイスだから、出したらそのまま。再インプット機能があるデバイスだとかさばっちゃうのよね」
……聞き捨てならないことを聞きました。
「普段着の洗濯は常磐君のお宅でしてるんですか? まとめて、普通の洗濯コースで?」
「そうだけど」
「明らかにドライコースでないとアウトなあの服の数々を!? ちょっと失礼します!」
「きゃっ?」
私はツクヨミさんの後ろに回り込んで、ワンピースの洗濯表示を確認しようと……したのですが、そもそも服にタグが付いていませんでした。おしゃれ着洗いの概念、2068年には無いってことですか。
「……先生? 私、何かまずいことしたの?」
「まずくはないです。もったいないだけです」
イチから教えてあげたいのですが、洗濯の練習のために常磐君のお宅の脱衣所を占領するのも頂けません。
こうなったら、この道のプロに相談です。
「――で、俺に連絡を寄越したと。わざわざ菊池本店経由で」
「ご足労いただき恐縮です。乾さん」
はい、呼ばせていただきました。常磐君が名刺代わりに貰ったという名前入りのポイントカードのお店に電話して、近くのファミレスで待ち合わせて。
すぐに。急いで。大至急。そう伝えてくださるよう、クリーニング屋の店長だという菊池さんって方にお願いしました。
ぶはぁぁ……乾巧さんは盛大な溜息を吐いて、テーブルに突っ伏しました。
「草加がまた何かやらかしたのかと焦った俺が馬鹿だった……んで。注文の服は持ってきてるんだろうな?」
そこは万事抜かりなく。
笑顔でツクヨミさんを促すと、ツクヨミさんはおずおずと服がいっぱいの紙袋を持ち上げて、乾さんに差し出しました。
「結構量があるな。さすが若い女子」
例の端末のプレートから今日までに出した分、全部持ってきてもらいましたから。
「次の日曜日までに仕上げてほしいのですが、大丈夫ですか?」
「ああ。今日ならまだ工場に入荷が利く。ただ、触った限りだが、珍しい生地を使ってるな。どれも元からあまり汚れてはいないからいいものの。普通のクリーニング屋だとアウトだったぞ」
そういえばツクヨミさんが着てるんですから2068年の服飾技術で作られてるわけで。現代のクリーニング技術だと洗濯できない可能性もあったんですね。
「でしたら今後は乾さんをごひいきにしてよろしいですか?」
「啓太郎んとこの顧客が増えるのは悪くない。入用なら俺に連絡してくれ」
乾さんは、“西洋洗濯本舗 菊池”と印字されたポイントカードに、スマホの番号を書きつけて、私に差し出しました。
私はお礼を言ってそのポイントカードを受け取って、交換に私の名刺を乾さんに渡しました。
「と、ヤバイ。知り合いと約束があるんだった。悪いが先に帰らせてもらう。注文は確かに受け付けたから」
乾さんが紙袋を持ってボックス席を立ちました。
「じゃあ次の日曜日に、またここでな」
「よろしくお願いします、乾さん」
「よろしく……お願い、します」
ファミレスを出て、ツクヨミさんは大きく溜息をつきました。
「たかが衣類のメンテナンスがこんなに大変だなんて……」
「50年後では、洗濯物はどう処理してたんですか?」
「何を着たって、レジスタンスの作戦一回で煤まみれのボロ布になるから、一度の作戦が終わるたびに燃やしてた。くりーにんぐ、なんて専門職人もいなかったし」
「――、苦労してきたんですね」
ツクヨミさんが白い服を好むのは、無意識下の憧れもあってのことかもしれない。
「今日は長々と連れ回してごめんなさい。近頃は日も短くなってきましたし、帰りは車で送らせてください」
「あ、ありがとう……ございます。その、服のことも色々……」
「いいえ。むしろお節介なオバサンですいません」
「先生がオバサンに見えたことはないんだけど」
「ふふ。お世辞でも嬉しいです」
その後、私は車でツクヨミさんをクジゴジ堂に送り届けました。夕飯には間に合ったそうで、大変結構でした。
それで、おしまい? まさか!
ツクヨミさんはうら若き乙女ですからね。ツクヨミさん本人がイヤだと言わない限りは、これからもお節介を焼く機会はあると思いますよ?
書けば書くほど美都せんせーがお節介アラサー女子になっていくのは何ゆえ……?
最初の構想では、もっと頼りなくておどおどした初々しい教師だったのですがねえ。いざ書き始めてみると構想ってマジ役に立たねえーー!