清愛病院の待合のソファーに、私はどさっと座り込んだ。
――授業中に体調を崩した私は、同僚の笠間先生に車で最寄りの病院まで運んでいただいた。
笠間先生は「いつぞやのゲーム事件のお礼」と笑ってくれましたが、後日菓子折りをお渡ししないとですね。
お医者様によると私の病名は、風邪。
そう、ただの、風邪。
熱が高いので点滴を受けて1時間。ようやく解放されて、待合席でこうして薬と領収書を待っている。
何してるんでしょうね、私。
こんなみっともない自分を生徒たちに見せて動揺させて。情けなくて家に引きこもりたい。
憂鬱さを引きずったままお会計を済ませて向かった病院の玄関で、ばったり。
私は常磐君とツクヨミさんに鉢合わせました。
彼らと一緒にいるのは、初めて見る女子。たぶんだけど高校一年生くらいの。
「美都せんせー――」
「ときわ、君……なんで病院に? その子は……?」
「え、ええと、ちょっと。おれたち、この子がケガするとこ見てたから、心配で。付き添うことにしたんだっ」
「そーなんですかぁ」
「せ、先生? 具合悪い……わよね。ここ、病院なんだし、病院に来てるんだからそりゃ悪いわよね、うん」
「来た時よりはマシですよ~。点滴も打ってもらいましたし~」
「いま俺はモーレツに美都せんせーに付き添うべきな気がする」
「ソウゴに同じ」
「またまた大げさですね~」
「付き添うべきな! 気がする!」
「あの~。お知り合いでしたら、どうぞ、一緒にいてあげてください。わたしは一人でも大丈夫ですから。ケガ自体、大したものじゃありませんし、ちゃんと治療費に足りるだけのお金は持ってますので」
一緒にいた女子の「大したケガじゃない」発言に、私の中のお節介虫がムクリ。
「女の子の肌に付いた傷で『大したことない』ものなんて一つもありません!!」
「ご、ごめんなさい!」
「謝る前に保険証と学生証! 常磐君とツクヨミさんは受付に行ってケガした時の状況を簡潔に説明!」
「「はいぃ!!」」
って、あれぇ、天井が回って~? ちがうや、私の頭が回ってる~。
「美都せんせー!? わー、しっかりしてー!」
こうして私は本日二度目の点滴のお世話になることになったのでした。きゅぅ。
現在、空いた診察室のベッドで点滴中の私には、ツクヨミさんが付き添ってくれています。常磐君は例の女子――ヘキサさんに付き添って行きました。
あ、二人とも終わったみたいですね。おかえりなさい。
ヘキサさんは立ったまま私に頭を下げた。
「お話は常磐さんから伺いました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「せんせー、平気? 気分悪くない?」
「一度目よりはずーっとマシですよ。それより常磐君。ツクヨミさんから聞きましたよ。アナザーライダーがまた出たそうですね。しかも、明光院君が異次元に閉じ込められたとか?」
「……ツクヨミ~」
「事前に話しておかないと、先生のことだから、私たちの予期せぬ方面から乗り込むわよ」
「それは困る。おもに俺がハラハラドキドキするって意味で」
ひどいですツクヨミさん、人を野次馬のオバサンみたいに。……オバサンの部分はそろそろ否定できなくなってきてるのが胃にキリキリ来ますね。
すう、と。ヘキサさんの眼差しが冴えた。
「そのアナザーライダーというバケモノについて、わたしも皆さんのお話に同席させてくれませんか? アスラのしたことについて一番詳しいのは、たぶんわたしだと思いますので」
有無を言わせぬヘキサさんのオーラを前に、私も常磐君も、ツクヨミさんさえも、「どうぞ」と答えるのが精一杯だった。
「「“沢芽市ダンスバトルイヤー”?」」
「わたしが小五の頃だから……2013年開催の、地域おこしの一環でした」
ヘキサさんが操作したスマホの画面を、私は常磐君やツクヨミさんと並んで覗き込みました。
――ヘキサさんたちの地元・沢芽市では、一年間を通して、街を上げてダンスユニット同士のバトルロワイヤルが行われたという。
ダンスそのものの技術やパフォーマンス、企画力や団結力、マネージメント能力、そして観客からの人気投票。そういった要素を全てまとめて、競った。
ランキング首位を獲ったダンスチームには賞品として、地元の大手企業のプロデュースを受けての東京進出の切符が与えられる。
期限である一年が迫った最終ランキングで、ヘキサさんたちのチームリトルスターマインと、チームバロンは同着一位だった。
「ですので最後は、二つのチームがダンスを生披露して、観客投票で決勝戦ってことになったんです。勝ったのはチームバロンでした。というより……わたしたちは事実上の不戦敗に追いやられたんです。決勝戦の日に、わたしたちのチームのリーダー……室井咲が、消息を絶ったから」
ヘキサさんはスマホの画面を切り替えて、別の画像を表示して見せてくれた。その写メは、お揃いのユニフォームを着た小学生の男女6人の集合写真。ヘキサさんの面影のある女の子も映っていた。
「ダンスイヤーの半ばでバロンはチームリーダーが交替しました。前リーダーはその後、一切表舞台に姿を現していません。それからもバロン内部では頻繁にチームメンバーの入れ替えがありましたし、怪しむ声は色んなチームから上がってました。けれど証拠はないし、人間の犯行にするには無理な状況って時もありました。それでも強く運営に訴えていれば、って……5年経った今でも、後悔してます。そしたら咲が消えることもなかったかもしれないのに」
「だからあえて危険を顧みずに、アナザー鎧武に接触したんだね」
「……咲がいなくなってから、わたし、どんな怪物も悪意も怖くなくなりました。アナザー鎧武? でしたっけ。それになったアスラも、ちっとも怖いって感じませんでした。むしろ顔を合わせて、負の感情は増す一方で。ただ、咲を返してって、それしか頭にありませんでした。きっとわたし、咲が消えた5年前から、とっくにおかしかったんです」
――若い女子同士の友情は、恋人や夫婦の愛情よりずっと壊しがたい。恋のような熱も愛のような濃度もない“それ”は、とても冒せない透明さだから。
「ヘキサちゃん、これからどうするの?」
「沢芽市に帰ります。明日には、沢芽市の中心街ステージで、チームバロンの凱旋コンサートが開催されるんです。そこでまたアスラに会いに行きます。それでわたしが傷つくことになってもいい。咲を取り返せるなら、何だってできます。咲を失うより怖いことなんて、何もないんですから」
常磐君は考え込む様子を見せました。
でしょうとも。事はアナザーライダーに関わる問題。このままヘキサさん一人をむざむざ帰すなんてできませんよね。
「その凱旋ステージさ、俺たちも付いて行っちゃだめ?」
「え?」
「そのステージで俺がアナザー鎧武を一度叩く。それでヘルヘイムに追いやられた人たちが現実世界に戻ってくるかまでは分からないけど、放っておけないから」
「いいんですか?」
「これでもアナザーライダー相手に戦うのにも慣れてきたからさ。いい?」
「……本当に、アスラをやっつけてくれますか? ボッコボコのこてんぱんにしてくれますか?」
「うんっ」
ヘキサさんは短い黙考を挟んで、頷いた。
「――わかりました。明日の朝7時、駅でお待ちしてます」
未来パラレルとちょうど逆ですね。咲が消えて、精神に異常をきたしたのはヘキサと。
美都せんせーくらいの歳になると、熱があってしんどくて気持ち悪くても自力で病院に行かないといけないのが辛いとこ(T_T)
混乱を招くのでここで言っておくと、病院に来たソウゴは三日後のほうです。