アナザー鎧武事件の翌日。
家のダイニングでお父さんと向い合せの夕飯中に、お父さんが言った。
「帰ってからずっと上機嫌ですね、美都。職場でいいことでもありましたか?」
「はいっ。もう、すっごく!」
実は今朝、教室で、私にとっては感涙待ったなしだけどぐぐーっと我慢した一幕があったのです。
他でもない、明光院君のことで。
………
……
…
明光院君もツクヨミさんも常磐君を監視するために、光ヶ森高校の生徒に扮していた。
どちらも徐々に空気に流されるまま授業に出て、催事にも参加していったけれど、朝の“登校”だけはしなかった。せっかくクラスの生徒たちが、二人が馴染みやすいムードを(若干無理やり)作ってくれたのに。
私が、台無しにした。
そのことが生徒たちに申し訳ない。
予鈴が鳴って、朝の教室へ。
常磐君が来ていないのは、そろそろ定例になりつつある。アナザーライダー事件を追うために常磐君はサボリが増えたんです。いくら大学受験しないからといって、卒業のための出席日数だけは稼いでほしいのが担任として本年なのですが。
教室の前側のドアが開いた。息を切らした常磐君の登校です。私の心配、テレパシーか何かで伝わったんでしょうか?
「ギリギリセーフっ」
野球のセーフ判定のポーズをした常磐君を、後ろから続く男子生徒が蹴飛ばして……、……え。
「さっさと入れ。後ろがつかえる」
明光院、君――?
「おはようございます、先生」
ツクヨミさんの朝の挨拶は、白々しいくらいによそ行きモードです。
おかげで私は、出席簿で顔を隠して、がんばってにまにまを我慢しなくちゃいけなかったじゃないですか。
「っ――
…
……
………
「ああ。美都がよく話している生徒さんたちですね。ついに折れましたか」
「はいっ。それもこれも、明光院君とツクヨミさんが校内に入るのを許可して、授業にも出席させてくださった先生方のおかげです」
お礼に光ヶ森の先生方、全員分のGoogleストアカードを用意する計画が脳内パレード中なのですっ。
「がんばって行きましょうね。ここからがスタートですよ。確かその子たちは、小さい頃から紛争地帯で少年兵をしていて、ろくに学校にも行ってないんでしたよね」
ごめんなさいね、明光院君、ツクヨミさん。二人がそういう身の上だと勝手に設定させてもらいました。君たちの境遇的に半分くらいは当たってるはずだから大目に見てください。
――先日、常磐君経由で聞きましたが、未来組は私が学校側に働きかけて“生徒扱い”を仕組んだと疑っていたそうです。
いえいえ。実は私、何もしていないんですよこれが。
動いたのは私のクラスの生徒29名(常磐君を除くとこの人数なのです)。
クラスの生徒たちは私がでっち上げた未来組の境遇にいたく感じ入って、私の知らないところで、二人が校内にいて授業に参加してもおかしくない演出をあちこちで行っていたのです。
信じられます? 17、8歳の少年少女が自発的に一致団結してですよ?
そんなクラスの担任教師としては、天狗にもなりたくなるってものです。
特に明光院君がうちの教室に“登校”したあの瞬間は、もう、もう!
とはいえ、喜んでばかりもいられない。ついこの間に中間テストが終わったと思えば、たまさか期末テストが目の前です。我々教師は粛々と担当科目の試験問題を作成せねばなりません。
私のお向かい席の伊賀先生は物理担当なので、物理が苦手な常磐君には何度泣かされたことでしょう。
私は日本史なので常磐君の花丸答案にいつもニコニコでいられましたが。本当にうちのクラスの生徒がすみません。
「あ」
「どうかしましたか?」
そういえば、明光院君とツクヨミさん。今日から正しく“生徒”になった二人には、次の期末テストに出席する義務が生じるわけで。
だ、大丈夫ですよね? 今まで彼らだって、まちまちでも授業は受けてきたんですし。“生徒”になった以上、テストは避けて通れない難関なんですから。
あまり心配過剰になると、先日の熱に気づかず教室で倒れた問題行動をくり返してしまいます。今回ばかりはお節介虫冬眠のお知らせです。ハイこれにてこの件おしまい!
「気にしないで、お父さん。ちょっと別件で思う所があるのを思い出しただけですから」
「――美都」
う。やっぱり私、おかしく見える? だとしたら、さすがはお父さんです。
「明日のお休み、大天空寺へ出かけませんか?」
大天空寺は織部家の檀那寺です。つまり――
「お墓参り? お母さんの」
どうしてお父さん、急にそんなことを言い出したのでしょう。お母さんの命日はまだ先なのに。
「僕が、見せてあげたいと思ったんです。美都のこんなに喜んだ顔を、お母さんにも」
そ、そんなにハッピーな気分が顔にも出てたんですか、私……はずかしいかも。相手がお父さんだと思うとよけいに。
「嫌ですか?」
「ううん、そんなことないっ」
かくして突拍子もないお墓参りが決まったのですが――
普段からしないことをすると雨が降るだの天変地異だの騒がれるでしょう? “これ”もその手の案件だったみたいで。
翌朝。
私はお父さんと、車で大天空寺を詣でました。
墓所の、“織部家之墓”と刻んだ暮石前で、父子でお線香を焚いて合掌して。私は(お父さんにバレないようにボカして)近況をお母さんのお墓に報告して。さあ帰ろう、と墓所から境内へ出た時でした。
「白状しちまえよ。本当は事件に関わってんだろ」
「この人が怪人の仲間なんですか?」
「仲間!? ちがうって!」
「嘘言われても困りますっ。本当のこと、全部教えてくれませんか」
……常磐君。なぜ君は縄を打たれてお寺の境内なんかで尋問されているんです?
私が頭を抱えるより早く、常磐君が私たちの存在を察知した。
「うそ! 何で美都せんせーがいるの!?」
「それはこっちが訊きたいです」
私は荷物をお父さんに一旦預けて、常磐君に歩み寄ってしゃがみ込みました。
「先生は常磐君をお坊さんのお世話になるような生徒に指導した覚えはありませんよ」
「そんな覚えは俺にもない。てか今の状況自体、身に覚えがないよ! せんせー、助けて!」
お節介虫、冬眠終了のお知らせ。おはよう、“教師”の織部美都。
私は常磐君を囲む人々――さらに頭の痛いことに、このお寺の若御院を筆頭とする青年たちを、見上げた。
「お取込み中に失礼します。光ヶ森高校の教員の織部と申します。彼は私のクラスの生徒なんです。よろしければ私にも、こうなった経緯をお聞かせ願えませんか?」
作務衣の新到さんたちはためらいましたが、若御院こと大天空寺の跡目、天空寺タケルさんは、私と常磐君に事情を一から説明してくれました。
彼ら「不可思議現象研究所」は、3年前の西暦2015年から始まった、一般人の昏倒事件を追っていました。そして、事件が怪人によって起こされていることを突き止めた。
その怪人を先日やっと捕捉したのに、「仮面ライダー」を名乗る謎の人物に阻まれた。
「今回の依頼人の
私は常磐君とアイコンタクト。――間違いなく、怪人とはアナザーライダーのこと。
「この前の雨の夜、怪人を捕まえようとした俺たちを邪魔した『仮面ライダー』、君はそれに変身したろ?」
「ちがうんだってば! 確かに俺は仮面ライダーだけど~」
「常磐君は怪人を追いかけてやっつけるライダーであって、仲間とは到底言えないですもんねえ」
と、常磐君のスマホが鳴りました。失礼して、縛られた常磐君のジャケットのポケットからスマホを取り出させてもらいました。電話の相手はツクヨミさんです。
通話アイコンをタッチ、スマホを常磐君の耳に宛がいました。
「もしもし」
《アナザーライダーが現れたみたい! ゲイツが向かってる!》
やっぱりそう来ますか。
常磐君は毅然と顔を上げました。
「あの怪人が現れた。俺たちに手伝わせてくれない? きっと力になれるからさ」
「――、わかった。信用する」
「ちょっとタケルさん!? 待ってくださいよ!」
「俺には、彼が悪いことをする人には見えないんだ」
あらまあ、若御院のお墨付きですか。なんだか
「それに、織部教授のお宅の娘さんが先生なら、教え子の彼が非行少年とは思いにくいし」
後ろでこっちの事態を見守るだけで口を挟まずにいてくれたお父さん。職業は大学教授。我が家が大天空寺の檀家なので、お父さんと若御院のタケルさんは知らない仲ではないのです。
「ご無沙汰してます、二代目。すっかり精悍になりましたね」
「とんでもない。父に比べれば若僧もいいとこです」
「ご謙遜を。それより、急用なのでしょう? 僕にはどうかお構いなく」
「お父さん、でも……」
「美都。僕は先にタクシーで帰りますね。きちんと生徒さんを監督するんですよ」
「……ごめんなさい」
お父さんはにっこり笑って、お墓参り用に持ってきた荷物を私の分も持って、お寺を出て行った。
「美都せんせー……」
きちんと監督。うん、私、がんばる。
とりあえずは常磐君の縄をほどくことからですね。
鎧武編のInterval後回し! 本編を先に進めることにします!
続きます!