あの日。
都市を破壊して回っていた巨大ロボは地下深くへと消えていきました。
結果だけ言うと、世界破滅のカウントダウンは砂が落ち切るギリギリ手前で止まったのでしょう。
――常磐ソウゴ君の、大事な大事なユメの、彼自身による諦めによって。
冬休みになる直前。久しぶりに進路指導室を常磐君が訪ねてきました。
ちなみに、私が死にかけたというパニックの日以来、明光院君とツクヨミさんは一度も登校していません。
進路指導室のカーテンを開けても、窓の外には今までと変わらない平凡な風景――いえ、少し違いますね。壊された建造物を修復工事したり、その様子を報じたりするヘリコプターが行き交う風景があります。
「本当によかったんですね。常磐君」
ソファーに腰かけていた常磐君は、さびしさを顔に隠しもせず、首肯しました。
「俺は世界を救えると思ったから“王様”になりたかった。でも、俺が世界を破壊する張本人だとしたら、王様になる意味なんて無い」
胸が、痛い。痛くて痛くて、泣き出しそう。
自分自身の意思でなく、周りの都合のために自ら夢を諦める若者を見て、教師としてどうして悲しまずにいられましょう。
私は常磐君の正面ソファーに腰を下ろした。
「私ね、クラス主任になること自体は初めてじゃないんですけど、受験生のクラスを受け持つのは今年が初めてでした。高三の担任になるの、実は常磐君たちが初めてだったんです」
「そう、なんだ。初耳」
「あまり吹聴することでもありませんでしたから。――人事異動でそうなると知って、私、一つの目標を立てたんです。私のクラスからは
二学期のじき終わるこの時期。推薦やAOで第一志望の大学にすでに合格した生徒はクラスの3分の1ほど。同じく第一希望の就職先から内定を貰った生徒が5名。卒業後に起業を志す生徒が3名。これから大学共通テストに臨むに当たって、進学希望のほとんどの生徒はA判定。
スバリ言うと、3年G組で明確な“行き先”が決まっていないのは、常磐ソウゴ君だけなんですよね。
「常磐君は、幼い頃から大事に大事に育んできたユメを、
「何も美都せんせーたちだけのためじゃないよ。俺自身が、世界を壊したくなくて、そんな自分になりたくなかったから」
「君ならそう答えると思っていました。――だからね、私も。3Gのみんなの卒業式を見届けたら、光ヶ森高校を辞めようと思っています」
「――、え?」
まじまじと私を見る常磐君。ちょっと申し訳ないけれど、予想通りのリアクションでしたので、余裕を持って受け止めることができました。
「G組のクラスメートには内緒ですよ」
「え、あ、うん……じゃなくて!」
常磐君はローテーブルに両手を突いて、私に向かって身を乗り出しました。
「美都せんせー、教師辞めちゃうの!? 俺の、せいで……?」
「少し言い方が違っていますね。君の“おかげ”で、ですよ」
「訳わかんないっ!」
「私という教師の力不足を、常磐君が教えてくれたんです。30歳になる直前の年に、君という生徒に巡り会えて、私は本当に果報者だったと思っています。……どう言い回しを変えても、常磐君はきっと『自分のせいで』と思い詰めてしまうでしょうから、あえて言います。――ありがとう、常磐ソウゴ君。今この瞬間の私の人生に、君と一緒に居られて、私はとても幸運でした」
常磐君は泣きそうな顔をして、ソファーに力なく座り直しました。
「……教師辞めちゃったら、美都せんせー、どこ行くの?」
「そうですね。進学塾かジョブカフェのスタッフを、ぼんやり考えています」
このことを話すと、如月先生なんかは「だったら
「教師でなくなっても、やっぱり、
すると、常磐君が私の片手を、ぎゅ、と重ねて握ってきました。
いかないで。やめないで。
そんな想いが否応なく伝わる手付き。
――ごめんなさい、常磐君。もう決めたことなんです。
私は常磐君の手に上から自分のそれを、黙って重ねました。
昼休みが終わるチャイムが鳴るまで、ずうっと。
本日の終業のHRが終わって、3Gもまた放課後に突入しました。
進路が決まった生徒たちは、どこそこに寄って行こうだの買い物をしようだの、平和なおしゃべりをしています。
受験や採用面接がまだの生徒も、放課後補講は本日私でない先生ですので、これにてサヨナラです。
私は――そうですね。職員室に戻って、引継ぎ書の続きでも作成しますか。
出席簿やらスケジュール帳やらを教壇でトントンと整えて、私は3Gの教室を出ました。
職員室に戻る渡り廊下を歩いていると、ちょうど正面に私服の女子が立ちはだかりました。
「小夜さん?」
「久しぶり、ってほどじゃないか。急用だから校舎に無断で入ったことは許して。――これからソウゴ君がタイムジャッカーに襲われる。未来のオーマジオウが派遣したカッシーンを、スウォルツが不正改造してソウゴ君に差し向けようとしているの。どうする? 『美都せんせー』?」
「どうする、って」
そんなの、駆けつけるに決まってるじゃないですか。
教師を辞めると決めたって、それは2019年3月以降の話。卒業式が終わるまで、私は3年G組の生徒である常磐君の“先生”のままです。
「そう言うと思った。付いて来て」
小夜さんが背後に向けた掌の先に、もう見慣れた灰色のオーロラが現れた。
私も慣れたもので、そのオーロラを潜ることに、恐怖は欠片も感じなかった。
打ち切りにする・続けるか限らず、美都が「作中の途中で教師を辞める」のは決まった展開だったんですよね。
――ソウゴが一度でも「王様になる」というユメを手離した時点で。
「受験生のクラス主任が初めて」は、まさに自分の高校時代の担任の先生が本当に言っていたことです。
構想時点から、美都せんせーの動機付けはこれで行くと決めていました。