巧は呼び捨てでしたし、真司も呼び捨てでいいですよね? ね!?
城戸さんを病院にお願いして、ツクヨミさんを車でクジゴジ堂へ送って。私は車で帰宅しようとしたのですが。
発車前になって、クジゴジ堂への坂道を登ってきた明光院君を見て、ついエンジンを停めて車を降りてしまいました。
「先生――」
「どこへ行っちゃったのかって、冷や冷やしましたよ。何事もなく帰ってきてくれて安心しました」
「ここ以外に行く宛てなんてないからな」
この台詞が去年のクリスマス・イヴより以前なら、下宿を探してあげるか、しばらく学校の宿直室で寝泊まりしていいですよと言うか、そういう対応を私はしたでしょう。
でも、今は……難しいです。
彼は生徒ですが、同時に私のお母さんの直弟子です。その縁で彼を我が家に招いたら、教師と生徒の一線を超えるでしょうか?
「ツクヨミさんだけ帰したもので、順一郎さんが心配してました。常磐君も戻りませんし。よかったら君は顔を見せてあげてください」
ああ、と明光院君は生返事。
もう少し話してくれてもいいのに。さびしいじゃないですか。――そんなふうに思ってしまうのは、私の中のライダー・シンドロームが、彼の持つお母さんのベルトとウォッチに惹かれているからか、もしくは、別の――
思考が邪魔して何も言えない私の前で、明光院君はクジゴジ堂に入ってしまいました。
車に乗り直した私は、運転してクジゴジ堂のある団地を出て、国道に出ました。
――、――帰らなくちゃ、いけないのに。
私は車を路肩に寄せてアイドリングして、スマホでお父さんに電話しました。
帰宅して直接報告するほうが確実なのに。中途半端な私は、潔く帰ることも、クジゴジ堂の中に入ることもできないのです。
《はい、織部です》
「もしもし、お父さん。美都です。分かりました。アナザーライダーの正体」
私はツクヨミさんの連絡を受けて病院に向かってからの出来事の仔細を、電話の向こうのお父さんに話しました。
《リュウガでしたか……盲点でした。彼はミラーワールドの住人です。“反射する”という鏡の性質がアナザーライダーのスキルに変質することもありえますね》
「常磐君もアナザーリュウガを追ってミラーワールドに入りました。小夜さんに代わってくれませんか? 彼女は数千回に1回の確率でミラーワールドを開けると言ってました。その開き方を彼女ならご存じかもしれませんから」
《今代わりますね。――え? ――――。そうなんですか? はい。伝えます。――美都。小夜さんから伝言です。『ソウゴ君ならもうすぐミラーワールドから戻って来るから』と》
「本当ですか!?」
《はい。ご自宅に帰ることになるそうです》
「小夜さんにお礼を伝えてください。私、今からクジゴジ堂に戻ります。帰りは遅くなると思いますんで、お父さんたちで先に食べててください。行ってきますっ」
私は切ったスマホをバッグに戻してから、路駐していた車をUターンさせて、クジゴジ堂へと急ぎました。
クジゴジ堂に車が着いたところで、お店の横の空き地に車を駐車させていただきました。
一日に二度も訪ねて、お騒がせして常磐君のおじさんには申し訳ないのですが。
私は意気揚々とクジゴジ堂のドアを開けて――店内に一歩踏み込んだだけで立ち尽くしました。
「っっ!? ぁ……美都、せん、せ、」
確かに常磐君は帰って来ていました。壁際で、床に蹲っていて、顔色は真っ青です。
つまり尋常なメンタルではありません。
私は常磐君に駆け寄って彼の前でしゃがみました。常磐君の両肩を掴むと、常磐君は大きく体を跳ねさせました。
「もう大丈夫ですよ。――何があったか、話せますか?」
すると、常磐君は表情をくしゃくしゃにして、私に尻餅を突かせる勢いで私に抱き着きました。
「こ、こら! 親愛のハグであっても男子生徒はNGって」
「ゲイツとはしたくせに」
ぞっと、した。全身の血が冷えた。そして、パニックになった。
どうして知って。知られていた。どうしよう。ちがうの。あれはそうじゃなくて。
「俺もゲイツもおんなじ、美都せんせーの“生徒”なんだよね? なのにゲイツは良くて俺はダメなの? 何で? 俺とゲイツで何が違うの? ねえ、美都せんせー」
何でおれをたすけてくれないの、と。
魔王でも仮面ライダーでもない18歳の少年が、声なき悲鳴を上げている。
明光院君だけ特別扱いしたんじゃない、と答えたら? だめ。その先の反論を続けるだけの有力な材料が何もない。
逆に彼は特別な存在だから許したんだと言ったら? それこそ教師失格。明光院君がお母さんの養い子だろうが関係ない。私は明光院君を“生徒”として見るべきだし、そういう教師で在りたい。
消去法で、私が取れる行動は一つ。
教師人生4年間で、一世一代の大博打。
私は一度だけ瞑目して、抱き着いたままの常磐君を
「美都、せんせ、」
「はい。どうしました、常磐君?」
顔のすぐ横にある常磐君の頭を、くり返し撫でる。
「よしよし。怖かったですね。落ち着くまでこうしててあげますから。
密着していたおかげで、常磐君が大きく息を呑んだのが伝わった。
常磐君は乱暴に私を引き剥がしました。
「どうしました?」
「――ちがう。おれ、本当にせんせーがこうしてくれるって、思わなくて。俺だってゲイツみたいに、っていうの、本気のつもりだったのに。いざ現実になったら、そうじゃなかったんだって……分かった」
――嗚呼。
――私は、賭けに勝った。
私に思いついた手段とは、わざと常磐君を甘やかしてあげることだったのです。
押して駄目なら何とやら。ああすることで常磐君が自力で正気に戻る目を狙った、大穴の一点賭け。
失敗すれば、私たちは昼ドラも真っ青の泥沼な関係まっしぐらだったでしょう。
「いつも、心の隅で思ってた。美都せんせーを独り占めしたい。もっと構ってほしい。でも、さっき美都せんせーに『特別』って言われて、胸に穴が空いたみたいな気がした。それでやっと分かったんだ」
常磐君? なんだか、いつもより笑顔が3割増しで眩しいです。
「美都せんせーは“生徒”なら誰にだって世話焼いちゃうけど、
“生徒”にこんなふうに言ってもらえるなんて、私という教師は何て果報者なんでしょう。
なればこそ、こうまで言ってくれる常磐君に、私も誠実に答えないといけません。
「君が尊敬してくれる清廉潔白な教師で在り続けたいと、私も思っています。ですが、私が明光院君に対して、教師として不適切な感情を抱いているのも事実です。ただ、その感情の正体が分からない。知っての通り、私はライダー・シンドロームの継承者で、明光院君は、同じ力を継承した母の形見のドライバーとウォッチの持ち主です。力が惹かれ合っているだけなのか、私個人が彼に……ということなのかは、自分でもまだ、判別できていません」
常磐君は、立ち上がると、私に手を差し出しました。私は彼の手を借りて床から立ちました。
「せんせー、聞いて。さっきゲイツが出かけたんだ。アナザーリュウガと戦うために。ツクヨミ、言ってた。ゲイツは自滅覚悟で戦うつもりでいる。リュウガの元になった真司を殺せばいいと思った自分自身が、許せないから。俺、とっさに止められなかった。むしろ俺がそそのかしたようなものかもしれない」
だんだんと俯いていく常磐君の、手を、私はそっと外しました。
「その告白は、明光院君をけしかけた君自身の打算や罪深さを、私に裁いてほしいという意味ですか?」
常磐君は、あ、と小さく呟きました。
「分かります。先生が思ったことでもありますから」
「え!? 美都せんせーも?」
そんなに驚かないでくださいよ。確かに私は教育者ですが、聖人君子ではありません。
これでも先月ついに30歳になってしまった私です。今こそ年の功の出番。ずばり、割り切ります。人間、思うだけなら自由じゃないか、とね。思想の自由は憲法でも保障されてますもん。
とはいえ、目の前の常磐君にせよ、神風しに行った明光院君にせよ、18歳という多感な少年たちです。私が30年の人生をかけてやっと修めたこの対処法はまだ早いです。どうアドバイスするのが適切でしょう?
「美都せんせーはそんな時、どうしたの?」
おや、アドバイスでなく体験談をお求めですか。自分語りでいいならまだ答え様もあります。
自分を許せなくなるようなことを心で思ってしまった時に、私は私をどう断罪したか。
「許しました。自分で、自分を」
「――――」
常磐君の視線が痛いです。そんなに凝視しないでください。
だって、しょうがないじゃないですか。究極、自分を甘やかしてあげられるのって、自分自身しかいないんですもん。
人間、最大の敵は自分ですが、最高の味方も自分なのです。
これといって特別でも何でもない、世間で普通に働いて暮らす“大人”なら誰でも知ってることです。
私は常磐君のノーリアクションぶりがちょっと落ち着かなくって、目を泳がせました。
あれ? 床に落ちてるの、ライドウォッチじゃありませんか。しかもジオウウォッチ……で、いいんですよね? いつも使ってるのとカラーリングが若干異なるように見えますが。
私はそのライドウォッチを拾い上げて、常磐君に差し出しました。
常磐君は、さっきの眩しい笑顔をまた浮かべて、ライドウォッチを掴みました。
「ありがと、せんせー。俺、今なら、アナザーリュウガだって倒せる気がする」
「こんなつまらないお話が役に立ったなら、先生も嬉しいです」
「先生の話がつまらなかった時なんて一度もないよ、俺」
「褒めても内申点は上げません」
「上がらないのかぁ……」
そ、そこまでしょんぼりされると、先生も内心慌てないでもないのですが! ええと、ええっと。
「週明けに『三人とも』何事もなく登校してきたら、考えてあげなくもないです」
「ほんと!? やった! そうと決まれば、行ってきまーす!」
「あ」
ほ、本当に出かけて行っちゃいました……
――ま、男の子は元気が一番です。よね? お母さん。
はいアウトー。
何がアウトかって?
客観的にシーンを見返してくださいませ読者諸賢。
美都せんせーがジオウⅡウォッチをソウゴに渡すタイミングがポイントです。
せんせーはまずそのウォッチが「オーマジオウの力を後押しするジオウⅡウォッチ」だとは知らないんです。ただ、大事な物が落ちていたから拾ってソウゴに返した。それだけ。
なのにここ、ソウゴ視点だと、まるで「常磐ソウゴの暗い面を赦した」上に「オーマジオウへの
取れちゃうようにと気をつけて書いたつもりですが、伝わってますでしょうかね?(; ・`д・´)
これこそ悪意もないのに状況を悪化させる、あんだるブッチーのターン(`ФωФ') カッ
……の、つもりですm(_ _"m)