※2/16 エグゼイド組、加筆
「お・に・い・ちゃんっ」
次の瞬間、門矢士の両目を背後から何者かが手で覆った。
「だーれだ?」
「……何の用だ、小夜」
「アタリ~。えへへ」
そも「お兄ちゃん」呼びしてから目隠しをしては正体を尋ねる意味がない。と思いながらも、この妹をぞんざいに振り払うのは、過去に諸々あったことから難しい。よって、このタワービルの最上階にどうやって侵入したかも、彼は断じて尋ねない。
「で? 今日はえらく上機嫌だな。何かあったか?」
門矢小夜は、はしゃいだ笑顔を取り繕いもしないで彼女の兄の正面に回ると、両手で、パッションピンクのレースパックを差し出した。
「ハッピーバレンタイン!」
…………なにを言われたか理解するまでに、きっかり3秒。
そういえば今日は2月14日だと思い出した彼は、ソファーチェアに深くもたれて溜息をついた。
「迷惑、だった?」
「――迷惑なわけないだろう」
上目遣いに顔色を窺ってくる妹の手から、門矢士は苦笑してトリュフケースを攫った。
「あっ」
「俺にくれるんじゃなかったのか?」
「う、うん。まあ」
士はレースパックのリボンをほどいて中身を覗き込んだ。袋の中には小さなチョコカップケーキが三つ。既製品だと頭から思い込んでいた彼は、カップケーキのサイズや粉糖のかかり具合にムラがあることに気づいて、妹をまじまじと見やった。
――これ、手作りなのか?
その言葉が彼の口を突いて出る――ことはなかった。
「おじゃまするわよ。アナタのことだから、どうせ独りさびしくコーヒーちびちびやっ、て……」
タイムジャッカーの紅一点、オーラが、階段を昇ってきたからである。銀のマニキュアを施した手に、有名チョコブランドのロゴが入った小ぶりな紙袋を持って。
二人の少女が顔を合わせた。
「げ」
「――――」
門矢士は灰色のオーロラで光写真館に逃げる算段を立て始めた。割と、本気で。
乾巧にとって、“家”と呼べるのは「西洋洗濯本舗 菊池」というクリーニング屋である。
若い頃に園田真理との腐れ縁を得て、最終的に流れ着いたこの店。普段は流しのクリーニング屋を名乗る彼も、時折ホームシックになることはある。
工場から回収したクリーニング済みの衣類を納品がてら、彼は菊池本店に久方ぶりに顔を出すことにした。
店のドアを開けると、カウンターでの接客がちょうど終わった店長、菊池啓太郎と目が合った。
「たっくん! おかえりっ」
「ただいま、啓太郎。これ、工場から引き取ってきた分な」
「この時期はまだ注文が少ないから助かるよね~」
「来月が勝負だな」
「……言わないで」
彼はカウンターの中に入って、持ち帰った衣類をバックヤードの物干し竿に分別して吊るしていった。
そうしている内に、乾巧は気づいた。カウンターのレジの前に、ちょこんと鎮座する愛らしい菓子のラッピングパック二つに。
「あ、それ。お客さんから預かったんだ。たっくんと草加さんにって。やるね、たっくん、モテモテじゃん」
そういえば前回のクリーニング依頼の席で、甘いものを食べられるかと、バレンタインデーにチョコを贈っても人間関係的に迷惑にならないかを、織部美都に確認されたのだった。
どちらにも問題はないと答えはしたが、本当にチョコが届くことには、彼も考えが及ばなかった。
透明フィルムのラッピングパックの中には、小ぶりなチョコカップケーキが二つ。どちらのパックにもメッセージタグが付いている。タグにはそれぞれ「乾巧さんへ」と「草加雅人さんへ」と書いてある。
自分へのチョコレートは有難く(腹に)納めよう。だが、草加の分まで菊池本店に置いて行ったということはつまり、彼に草加雅人へのチョコレートをことづけたと同義である。
乾巧は、彼の体感時間においては長く煩悶して――草加宛てのチョコレートを掴んで鞄にねじ込んだ。
公職選挙法の小難しい規程により、国会議員はバレンタインチョコを受け取ることができない。
例外はあるが、原則はそうなっている。
火野映司も例に漏れず。有権者からのバレンタインチョコは丁重にお断りする旨を、事務所が事前にHPに掲載している。
逆に言えば、事務所がそういう措置を先にしておかねば、火野映司はチョコレートが詰まった紙袋を両手いっぱいに持って帰るだろう。実は彼、無所属では人気のヤリ手議員だったりする。
今日もまた、忙しなく。
東北地方の出張視察を終えて事務所に帰ってきた、当の火野映司。
彼が車を降りて事務所に入ろうとしたわずかな時間を縫って、彼の頭上に意表を突くモノが飛来した。
《 サーチ・ホーク 》
「ん? あれって――」
機械仕掛けの赤い
映司が手を差し出すと、鷹は降りてきたものの、手に止まることはしなかった。代わりに、銀色の嘴に咥えていたカードを、彼の手に落とした。
カードを届けてミッションクリアとばかりに、機械仕掛けの鷹は飛び去った。
「何だったんだろ」
映司は改めて手にしたカードを見た。
――左右に反ってハート型を象る、二枚の羽根。どちらの羽根も燃えるような赤色だ。
枠には「ハッピーバレンタイン!」という簡素なメッセージと、差出人のフルネームが手書きされていた。
重ねて述べるが、国会議員はバレンタインチョコを受け取ってはいけない。
こうしてメッセージカードのみを贈っただけでも、あの女性教諭の真面目さと心遣いが感じ取れた。
そして何より、二枚の赤い羽根が手を繋いだように見えなくもないハートマークが、彼にはとても好ましい絵面に思えて、笑みが零れた。
彼はそのメッセージカードを、名刺入れの一番下に、宝物を隠すように大切に納めた。
天ノ川学園高校、職員室。
学園教師の一人、如月弦太朗に宅配便が届いたと、事務室から内線があった。
この時点で彼は、担当するクラスの女子生徒はもちろん、同僚の女性教員からもしこたまチョコレートを貰っている。だが悲しいかな、如月弦太朗は、そのチョコの中に一つどころか五つも六つも本命チョコが混ざっていることに思い至れない男なのだ。
閑話休題。
事務室に行って用務員から受け取った荷物を、彼は職員室に戻ってからデスクで開封した。
星模様の紙カップに盛られたチョコカップケーキが二つ出てきた。
今の如月弦太朗の心境を表すならば、この決まり文句しかない。
すなわち――――織部先生の
今年は来るかな来ないかな? と、こっそりそわそわするのは、毎年の恒例行事。
――誤解を招きかねない心理だが、如月弦太朗にとって織部美都はまごうことなき“友達”だ。純粋な友情を極めすぎて、彼の昔なじみの朔田流星が彼女を警戒対象と見なさないくらいには友情だ。
今でも彼は鮮明に覚えていた。念願叶って教師として勤め始めた最初の年に出会った、「親切なお姉さん」を絵に描いたような教職の先輩。
こうして届いたチョコカップケーキ。すぐにでも食べたいのはやまやまだが――
近年は私立学校であっても外聞を気にするもので。
天ノ川学園職員室でも今年から「教職員が自席で食べていいのは昼食のみ」、「菓子類は生徒や近隣住民の目に入らない所で隠れて食べる」ルールが明文化された。お茶を一服して気分転換、は古い時代の慣習となり始めているのだ。
去年までならその場でかぶりついたんだけどなー、とボヤきながら包装紙にチョコカップケーキを戻す如月
そんな彼を戸口の陰から覗き見て、「大人になりやがって……!」と男泣きする“親友”の男が二人、いたとかいなかったとか?
聖都大学附属病院のスタッフルーム。
「疲労回復に甘いものを摂る食生活は血糖調節障害のサイン、って最近提唱したドクターが人気だそうですよ」
ガトーショコラのワンホールケーキにナイフを入れた直後の鏡飛彩は、宝生永夢らしからぬ挑発的な第一声を訝しんで手を止めた。
永夢は飛彩の正面のイスに座った。彼を知る者がいれば「チベットスナギツネみたいな顔」と口を揃えて言ったに違いない。
「看護師とケンカでもしたのか?」
「明日那さんとは何もないって何度も言ったじゃないですか」
永夢は頬杖を突いてそっぽを向いていたが、やがて飛彩の前にあるガトーショコラに目を向けた。
「早姫さんからですか?」
「いや。そっちは今夜のディナーで渡すと言われて……いや、今は俺ではなくお前の話をしてたんだろうが、小児科医。あとこのケーキは
「織部先生から? バレンタインチョコってことですか?」
「手作りだそうだ。『宝生先生と一緒に召し上がってください』とカードに書いてあった」
「飛彩さん、飛彩さん。それなら切り分ける前に僕のこと呼んでくれません? あ、半分丸ごとは僕じゃ食べきれないんで4分の1で下さい」
「注文が多い奴だな……」
飛彩の精緻なナイフ捌きで切り分けられたガトーショコラを、永夢は受け取って、プラスチックフォークで口に運んだ。――濃厚な甘さが、永夢の口の中一杯に広がった。既製品に勝るとも劣らない味と食感である。
「で、疲労回復に甘いものを摂るのが何だって?」
「――やっぱり何でもないです」
まだ本調子ではないが笑顔を取り戻した永夢。
まあ、今日くらいは、この甘い菓子に免じて、同僚のお悩み相談室をしてやってもいいか。
鏡飛彩は彼らしくない物思いののち、改めて宝生永夢に何があったのかを尋ねた。
我が家のオリ主と、彼女と縁が出来たレジェンドたちのバレンタインデーをお送りしました。
本当はジオウ主人公組との絡みもありましたが(むしろそっちが本命でしたが)、執筆時間の都合で泣く泣くカットしました(ノД`)・゜・。
※Intervalの番号は打ち間違いではありません。
4をアップする予定がありますのでそっとしておいてくださると幸いです。