我が家の小夜は兄とは逆で好んで群れたがるタチらしい。
朝もやに
ツクヨミは単身、クジゴジ堂から出かけた。
2018年に初めて降り立った時の白いドレスを翻し、国道に降りる団地の坂道をずんずんと歩いた。早く、早く早く。そう、彼女の心が急き立てる。
「何をそんなに怖がっているの? ツクヨミちゃん」
自分を「ちゃん」付けで呼ぶ人間は、光ヶ森高校3年G組の
「何の用? 小夜」
門矢小夜。レジェンド10・仮面ライダーディケイド、門矢士の実妹。今は織部美都の自宅に下宿人として滞在している――油断ならない女。
「用がなきゃ声をかけちゃいけない?」
「ないなら引き留めないで。今急いでるの」
「白ウォズを訪ねるために?」
レジスタンス仲間のゲイツにさえ明かさなかった行き先を看破されて、彼女は内心大いに動揺した。
「『アナタが最低最悪の魔王になるなんて思えない』」
「っ!」
「『私はオーマの日なんて心配してない。ソウゴがオーマジオウになる日なんて、来るわけないから』」
「……何が言いたいの」
直後。小夜はまるでテレポートでもしたかのように、ツクヨミの目の前に立っていた。
小夜はツクヨミの髪を一房掬うと、吐息がかかる近さで妖しく囁いた。
「手の平を返す速さは歴代
カッとなったツクヨミが小夜を突き飛ばすより速く、小夜は目の前から消えていた。
ざわ、と背中に走った悪寒は、それこそ背後に回り込んでいた小夜が背後から両肩に手を置いたからだ。
「かといって、うちのお兄ちゃんの
ツクヨミはふり返りざまに腕を揮って裏拳を小夜にくり出した。しかし、小夜は余裕でツクヨミの腕を避けた。
「だから! 何が言いたいの!」
「最初に言ったじゃない。あなたは、何を、怖がっているの?」
小夜によって散々に心乱されたツクヨミは、やけくそ気味に本心を叫んだ。
「ソウゴがオーマジオウになってしまうことよ! ――私を庇ってオーマジオウに消された人がいた。『殺された』んじゃない、『消された』の。分解されて塵になって、亡骸さえ残らなかった……私の、目の前でッ! そうよ、怖いの。ソウゴの未来がオーマジオウに確定してしまったらって、想像するだけで怖くて、居ても立っても居られないのッ!!」
ツクヨミは荒くなった呼吸を肩ごとくり返し、激した自分を冷静に戻そうと努力した。
ツクヨミの呼吸が落ち着くのを見計らったのか、やっと小夜が口を開いた。
「そういうことなら、わたしに引き止める権利はない」
声をかけてからの絡みぶりが嘘のような淡白さで、小夜はツクヨミから離れた。
「特別に、一つ預言をしてあげる」
再び歩き出したツクヨミだが、足を止めざるをえなかった。
「このままだと、あなたは次のアナザーライダーに殺される」
息を呑んでふり返ったが、すでに小夜の姿はなかった。
――あなたはあなたが最善だと思えることをして――
言われるまでもない。最善だと思うから、ツクヨミは白ウォズと接触しようとしている。ソウゴを唯一斃しうるゲイツの強化の鍵を握るのは、現状では白ウォズしかいないから。
――このままだと、殺される。
レジスタンスの兵士になってからは、毎日が死と隣り合わせだった。オーマジオウに一矢報いることができるなら、命を捨てても構わないと本気で考えていた――はずなのに。
「私が、死ぬのが怖いと思う、なんて……」
彼女は我が身を抱き竦めた。自分でしなければ――こうして両腕に包んでくれた人たちは、もう誰一人として残っていないのだから。
ツクヨミは揺らぐ心を押し殺して、白ウォズとの接触に成功した。そして彼と共に、ゲイツに会いに行ったのだが――
アナザーキカイを撃破してすぐのゲイツのソウゴのやりとりは、とても宿敵同士のそれには見えなかった。
「お前のやるべきことは、まず勉強だ! 落第した魔王なんてシャレにもならんぞ!」
「うんうんうんっ、そうだね。じゃあ俺帰って勉強してくる。またね、バイバーイ!」
「はあ、ったく……」
――これ以上は見るに堪えない。
ツクヨミは自ら物陰を出てゲイツの前に姿を現した。
「ツクヨミ――どうして白ウォズと共にいる?」
「私が聞きたいわ! ゲイツはどうしてソウゴと一緒にいられるの?」
一瞬より短い時。ツクヨミとゲイツの間に青い火花が散った。
険悪なムードの二人を知ってか知らずか、白ウォズはひょうきんに語る。
「2121年のライダーなど、私だって知らない。魔王の見た夢はおそらく、予知夢だ」
「ソウゴの力は、私たちの想像を凌駕しつつある。私たちが取るべき選択は、ソウゴを――オーマジオウを斃すこと!」
声の限りに想いの丈をぶつけた。
だというのに、ゲイツは動揺を欠片も窺わせず、むしろツクヨミをこそ訝しげに見つめた。
「お前、何をそんなに怯えているんだ?」
早朝の小夜と同じ問いに、ツクヨミはすぐに二の句が継げなかった。
「な、なにを、言い出すの」
「ごまかすな。これでも長い付き合いだ。少なくとも今、ツクヨミが何かを強く恐れていることは俺だって分かる。その恐怖が常磐ソウゴに向かうものでないことだって分かるんだ」
「話を逸らさないで! 私の個人的感情なんて問題じゃない。今はソウゴがどんどん脅威になっていってるって話をしてるんであって……!」
「逸らしてるのはどっちだ! ジオウは斃すべきだ、俺だって常々思ってる。だがそれは今すぐにでも実行に移さなければいけないことか? 得体の知れないアナザーライダーが闊歩している。いつどこでどんな犠牲が出るか分からない。そんな危険な現状を無視してまで? 俺はそうは思わない。そう考えられるようになったのが、この時代に来て得た最大のことだ」
「そんな……ちょっと、ゲイツ!」
「ジオウの夢が予知夢だと言ったな。ならばアナザーキカイを斃す鍵は奴が見る夢の中にある。俺はそこからアナザーキカイを探る。――ツクヨミ」
ゲイツはツクヨミに背中を向けて去ると思いきや、振り向かないまま彼女を呼んだ。
「お前の恐怖の正体を言ってもいいと思えた時は、一番に俺に言えよ。ミトさんほど頼りにならなくても、お前を怯えさせる“何か”を殴るくらいは、俺でもできるからな」
今度こそゲイツはツクヨミの前から走り去った。
ツクヨミは呆然と佇んだ。
「未だ魔王に甘い我が救世主も、旧友のツクヨミ君の訴えを聞けば理性を取り戻すと踏んだのだが。いやはやどうして頑固者だ」
「……そうよ。ゲイツはいつだって前のめりなの」
2018年に来たばかりの頃、ふたりの役柄は逆だった。任務達成のために一般人の犠牲もやむなしと考えていたゲイツと、それをもっぱら窘める側だったツクヨミ。
だが今はどうだ。両者の役回りがいつの間にか入れ替わっている。
自己嫌悪と、どろどろした嫉妬で、胸がはち切れそうだ。
「小夜。近くにいる?」
――どうして門矢小夜に助けを求めたのか、ツクヨミ自身にも分からない。
応えて灰色のオーロラが現れ、そこを潜り抜けて門矢小夜が現れた。
「何かご用事?」
「用がなきゃ声をかけちゃいけないの?」
「あは。さっそく仕返しされちゃった。でもあなたの場合、用がない限りわたしを呼んだりしないでしょう?」
「アナタは右眼で未来を視ることができる。なら、仮面ライダーキカイがいる2121年のこと、何か知らないの?」
「そう来ると思った。ごめんね、分からない。意地悪じゃないわよ? 本当に、視えなかった。補足すると、わたしが視ることのできる未来は確定した出来事じゃない。あくまで可能性の範疇。オーマジオウが君臨する未来と、ゲイツ・リバイブが世界を救う未来、現状では綺麗に
「その辺はどうでもいい」
「つれないなあ。それとも、それだけ余裕がないのかしら」
余裕などあるはずがない。小夜の“預言”が本当なら、アナザーキカイはツクヨミを殺す張本人だ。倒しても倒しても復活すると判明した今、心中穏やかでいられようか。
今とて、白ウォズが近くにいなければ、小夜を相手に喚き散らすくらいはしていただろう。あるいは無意識の内にそんな醜態を見せまいとして、あえて白ウォズがいる前で小夜を呼び出したのかもしれない。
「――――」
「……なによ」
「親鳥と一緒に飛び発てなかった鳥」
「え?」
「旅に出る前の小夜のこと。今のツクヨミちゃん、あの頃のわたしみたい。強がりの意地っ張り。なんて、原因になったわたしが言ったら世話ないかな」
小夜は眼帯で隠れていない左眼を柔らかく細めた。外見年齢に似合わない慈しみ深さ。
「今夜は雪になるから、暗くなる前に屋根の下に入ることをオススメするわ。それじゃあ、またね、ツクヨミちゃん」
あ、とツクヨミが伸ばした手は所在なく。
小夜は来た時と同じ灰色のオーロラへと消えていった。
何度ディケイド映画①を観ても、エンディングの小夜の旅立ちの決意が士に負担をかけまいと強がって明るく振る舞っているようにしか見えんのですたい。
一応はカメラを持ってる小夜ですが、別の二次作品でカメラフリーク少女を出したので小夜にその属性は付けましぇん。
ところで読者諸賢。
ツクヨミと小夜の会話中、白ウォズが口を挟まなかったのが何故かというとね。
白ウォズは「2代目ビシュム」のことはもちろん、門矢小夜が何者かを知らないからだったりするんだ。