隅っこのテーブル席を確保してから、私はウェイターさんに早瀬さんを呼んでくださるようお願いしました。
早瀬さんは5分と経たず私たちの席に来ました。
「私に何かご用でしょうか?」
こっそり常磐君とアイコンタクト。――作戦開始です。
「木ノ下香織さんを覚えていらっしゃいますか? 私たち、香織さんの紹介で来た者なんです」
「香織お嬢さん、の? いやでも、彼女の劇場で働いてたのは、7年近く前で」
「それでも香織さんは覚えてらっしゃいましたよ。早瀬さんにお世話になったこと」
真偽ないまぜの自己紹介。白黒つけるなら限りなく黒いグレーゾーン。
常磐君の作戦の要はこのあと。ここからは真っ赤なウソだらけです。
「本日伺ったのは、他でもない香織さんが早瀬さんを心配してらしたからです。――率直に申し上げます。早瀬さんの身柄を狙っている人間がいます」
「え!?」
私は人差し指を口に当てて「静かに」のサイン。早瀬さんは周囲を見回してから、こっそりとソファーに座ってくださいました。
よし、話を真剣に聞いてくださるとこまで持ち込めました。
「早瀬さんがマジックハウス・キノシタをお辞めになる前、経営が傾いた小屋の資金繰りのために香織さんが融資先を探していたことは、ご存じですか?」
「は、はい。一応は」
「実はその時、金銭的なトラブルがあったんです。当時の小屋の従業員だった方々には打ち明けなかったとおっしゃってました。要らぬ心労をかけたくないと」
「そんな、ことが……香織お嬢さん……」
「幸い、香織さんが気づくが早かったので、彼女ご自身の安全については心配要りません。ですが、お辞めになった従業員さんまではフォローが回らず、こうして私たちが出向いた次第です。早瀬さんを護衛するために」
「……そんなに、危ない相手なんですか?」
「忌憚なく申し上げるなら、警察では手に負えません」
早瀬さんは薄暗いフロアでも見て取れるほど青ざめた。
「ですから私たちがお伺いしました。特にそこの彼は、歳こそ若いですが、そういう手合いを相手取ることにかけて確かな実績があります」
お膳立てはこのくらいにして。常磐君、パスです。
「俺、常磐ソウゴ。大丈夫。早瀬さんを狙ってる奴は、俺が絶対なんとかするから。俺に任せてくれないかな。ボディガード」
早瀬さんは常磐君や私を見ては、不安げに手元に視線を落とすということをくり返しました。
畳みかけようと口を開きかけた常磐君には、無言で首を横に振って、返事を黙って待つようにジェスチャーを送りました。こういう場合は、言葉少なに。昔の人も言っています。過ぎたるは猶及ばざるがごとし、とは弁舌にも適用される格言なのです。
「――本当に、大丈夫なんですよね?」
「はい」
「分かりました……お願いします」
言質、頂きました。
早瀬さんが仕事に戻って行って、私は大きく息を吐いてソファーにもたれました。
これで加古川君が本当に襲ってくる前に早瀬さんが怪しんで通報したら、私は教職免停かもしれませんね。
――黒ウォズさん曰く、2012年で明光院君がアナザーウィザードを斃したことで、彼にとっての私たちは「知らない人間」として認識される可能性が高かった。実際にそうでした。
会ったばかりの他人から「あなたを狙っている怪物がいるから護衛する」と真正直に言っても、むしろそんなことを言った人間をこそ疑って逃げかねません。護衛対象を見失っては未然に防げたはずの悲劇を回避できません。
そこで常磐君は、早瀬さんに接近するため口実をでっち上げたんです。私は常磐君のシナリオ通りの台詞を諳んじただけ。
わざわざ私を中継したのは、少年よりオトナのほうが信用を得やすいから。服装もその箔付けのためなのでした。
……今回はさすがのさすがに、常磐君の肩を持ち過ぎちゃった感が否めませんね。
“あんまり
そういえば伊万里先生にも言われたっけ。
申し訳ないです、伊万里先生。せっかく心配してくださったのに、私はこのスタンスを変えられそうにありません。
教え子たちに無関心でいる醒めた教師より、一緒に笑って泣けるほど心が寄り添った師弟関係のほうがいいなって、やっぱり私は思ってしまうんです。そんなの理想だって、何度も言われましたけど、それでも。
現に、ほら。今とてもワクワクな顔をしている常磐君を見ると、私まで心が温まる。
「ずいぶんと楽しそうじゃないか、我が魔王。まるでアナザーライダーが現れるのが待ち遠しいみたいじゃないか」
って、ありゃりゃ。これには私も肩を外してしまいそうでした。
「……アナザーライダーが現れたら、必然的にゲイツたちと会えるでしょ。人が襲われてるのに、こんなことで喜ぶなんて不謹慎だけど、さ」
「いいじゃないか。私はキミにそういう魔性を求めている」
「あのですねえ、黒ウォズさん。それは別に魔性でも何でもありません。常磐君くらいの年頃の若者としてはごく自然な、友達と疎遠になってさびしいという普遍的感情です。それをさも悪属性であるかのように誘導するのは、ちょーっと頂けませんよ」
「美都せんせー――」
「少なくとも常磐君は、そう願う自分を『不謹慎』だと客観的に見ることができています。それなら彼には何の非もありません」
肩にぽふん、と人肌の体温。常磐君が私の肩に頭を乗っけたからです。
「ありがと、せんせー」
「だ、だめですよ、常磐君! そういうスキンシップは軽々しく異性にしちゃいけません!」
「ハグじゃないのに」
「じゃなくても“先生と生徒”的には問題あり過ぎる距離というかですね!」
「さすがは我が魔王。私ごときが知恵を貸すまでもなく、もう王母と密な仲にお戻りになるとは」
「その話題、いま引っ張ってきます!?」
「いや、密な仲というよりは、親しい間柄と言うべきか。そうしていると
――すうっ、と。
常磐君は真顔になって私から離れた。
怒っている? 驚いている? 照れている?
どう形容していいか分からない。少なくとも私は常磐君のこんな表情を初めて見ました。
黒ウォズさんを窺うと、彼自身、常磐君のリアクションが想定外だったのか、若干の戸惑いが見られました。
店内にいる間、ずっと、私も黒ウォズさんも、常磐君に一声もかけてあげることができませんでした。
勤務上がりの早瀬さんに続く形で、私たちはカフェバーを出ました。
道すがら、私は早瀬さんと並んで歩いて打合せなどを一つ。
ボディガードといってもどの時間帯のどの場所でとか、プライベートな時間はさすがに離れているし監視する真似はしないとか、それらしい話をしました。内心ではいつボロが出るか冷や汗ものでしたが。
団体行動をしていれば加古川君も簡単には手出しできないはず。
私は、その見通しがワンホールケーキ並みに甘かったことを、痛感しました。
進行方向に、初めて見る顔の男子が立っていました。年頃は常磐君と同じかその周辺。
「――黒ウォズさん。もしかして彼が」
「――ああ。正体不明のアナザーライダー、加古川飛流だ」
私は早瀬さんを背中に庇うポジションに立ちました。
口火を切ったのは常磐君です。
「一体何の目的だ。どうしてこの人たちを狙う!!」
そうなんです。こう見えて常磐君はすーっごく! 思いやりのある少年です。人が襲われて、冷めた態度でいるわけがないんですから。
「そいつらの中に残るアナザーライダーの力が欲しいだけだ。お前を斃すためにな」
「俺を? 何で」
「まあ分からないよなァ……そうなんだ。お前には分からないことなんだ」
加古川君は、常磐君を嘲笑うというより、自嘲するように告げました。
「とにかく、この人たちはもうアナザーライダーともタイムジャッカーとも関係ない。お前の好きにさせるか」
常磐君はジクウドライバーを装着して、ジオウⅡウォッチをドライバーの両端に装填しました。
「変身!」
《 ライダー・タイム カメンライダー・ライダー ZI-O・ZI-O・ZI-O“Ⅱ” 》
二つの大時計の文字盤が重なり、ジオウのアーマーも二重となって、「ライダー」のロゴと共に弾けて常磐君を仮面ライダーへ変身させる。
「そっちから来てくれるなら、それに越したことはないな」
加古川君が取り出したのはアナザーライドウォッチです。過去のアナザーライダーの契約者たちとちがいます! アナザーライダーにされた人は全員、タイムジャッカーによってウォッチを体内に埋め込まれていました。なのに彼はウォッチを手に持っています。
元・契約者からライダーの力を奪うスタイルといい、加古川君はまるで――
思案にふけりかけた私に、ジオウⅡから檄が飛んできました。はっとして見れば、ジオウⅡはアナザー鎧武と斬り結んでいる真っ最中。
『せんせー! 早瀬さんを安全な場所に!』
「は、はい! ――早瀬さん、来てください!」
私はジオウⅡがアナザー鎧武を食い止めている隙に、早瀬さんと一緒にこの場を離れようとしました。
ですが、何という皮肉か。
私はよりによって、今日のスーツに合わせて履いたハイヒールの踵が折れた拍子に転んでしまった。
派手に地べたに転がった私を見て、早瀬さんは駆け戻って私を助け起こしてくれました。
――それらが致命的なタイムロス。
『貰ったぞ。アナザーウィザードの力!』
私と早瀬さんが見上げた時には、とっくに手遅れ。
アナザーファイズ。しまった。555・アクセルフォームでの超加速スキル。
アナザー555がブランクウォッチを早瀬さんに押し当てた。
「うわああああああっ!!」
「早瀬さんッ!」
彼の「アナザーライダーの力を奪う行為」が元・契約者にもたらすダメージは未知数。宝生先生や草加さんの話では死んではいなかったけれど、どちらも病院に救急搬送されるくらいには負傷した。
その加害者は、常磐君と年頃の変わらない若い男子。
結論として、どちらも私の目の黒い内には許せないことです!
アナザー555が早瀬さんにブランクウォッチを押しつける腕を、私は、掴んだ。
「ライダー・シンドローム!!」
『ガッ!?』
アナザー555が腕に電気ショックでも食らったかのように、私の手を振り解いて後退しました。
私はその隙に今度こそ起き上がって、早瀬さんの体を揺さぶりました。早瀬さんは低く呻き声を上げました。よかった! 生きてます!
あとは――私が
「加古川飛流君でしたね。君は自分が何をしているか本当に分かっているんですか?」
踵の折れたハイヒールを左右共に脱ぎ捨てて、ストッキングに包まれた足で、前へ出る。
「ライダーの力が絡んでこようが、君がしていることは
「俺の両親が死んだのが、常磐ソウゴのせいだって言ってもか」
――え?