「――アンタか」
「早瀬さんにはボディガードの名目で付き添っていましたから。それより、さっき白ウォズさんが言ってたリバイブウォッチ、というのは」
ゲイツ君が取り出したのは、砂時計の形をしたライドウォッチでした。ブランクウォッチのように何のカラーリングもありません。
お題目は、オーマジオウを討滅する救世の力。
かくしてその実態は、ゲイツ君に常磐ソウゴ君という“友達”を殺せと無言の怨嗟を浴びせる、呪いのアイテム。
「使えなかった」
リバイブウォッチを握り締めるゲイツ君の手を、私は無言で、両手で包みました。
「白ウォズの言う通りだ。俺は完全に常磐ソウゴに絆された。どう戦意を取り戻せばいいかが、俺には分からない」
ゲイツ君が、私が置いた両手を上から掴んだ。溺れる者が縋るように。
「教えてくれ、俺はどうすればいい……っ」
ゲイツ君の手も声も、かわいそうなくらいに震えています。
「君の責任感が人一倍なのは知っているつもりです。それでも、不愉快を承知であえて言わせてください。私は嬉しい。ウォッチの起動に直結するくらい、君が常磐君と戦いたくないと思ってくれるようになったことが」
「……白ウォズの言う通りだ。今の俺は、牙を抜かれたケモノだ。なまくらだ。アイツはオーマジオウになるのに。レジスタンスのみんなと、ミトさんの仇なのに……!」
そこまで言ってゲイツ君は、はっとして、バツが悪そうに私を見やった
まあ、考えなかったわけじゃないです。お母さんが死んだことは知っていました。
ならその死因とは?
レジスタンス活動の最前線に立って仮面ライダーに変身し、オーマジオウと直接戦ったなら、お母さんを殺したのはオーマジオウで8割確定です。
常磐君があと50年経ったら、私のお母さんを、殺す。
「心配してくれてありがとう。ですがそれは未来のオーマジオウの所業であって、2019年に生きる常磐ソウゴ君とは関係ないことです」
「……やっぱりアンタはミトさんの娘だな。自分の不利に働こうが筋は通す。ミトさんそっくりだ」
私は曖昧に笑みを返した。
――さっき言ったこと以上に、私はどんな運命か、2019年中に死ぬ確率が高い。
だったら“現在”を大切にしたい。“現在”で私を頼りにしてくれる常磐君やゲイツ君のような若者を応援したい。
そうすれば、私は“その時”が来ても未練なく逝けると思うから。
「ゲイツ君。常磐君と闘いたくないという自分の気持ちを、まずは君自身が認めてあげてください。否定するばかりじゃ、心は一歩も前に進めません。進んだ一歩先に、ただ心を殺してジオウを斃さなければいけないという結論が待っていても。駄々を捏ねたままよりずっと生産的です」
「駄々っ子の一言で切り捨てるのか。俺の迷いや悩みを」
「30歳になったので、歯に衣着せるのはやめにしました。いいオトナはコドモにとにかく憎まれて、反面教師にしてもらってナンボです」
「それじゃアンタが損するだけじゃないか……」
「一時的にはね。でも、生徒たちが私と同じかそれ以上の年代になった時、理解してもらえる日は必ず来ると信じています。――と、話題が逸れましたね。私から言えることは一つです。ゲイツ君。
ゲイツ君の手の震えが徐々に治まっていく。
私に言えるのはここまで。あとは大いに悩め若人、ってやつです。
プルルプルル♪ プルルプルル♪
ゲイツ君のファイズフォンⅩに着信アリ。相手はツクヨミさんみたいです。
ゲイツ君は電話に出て、ツクヨミさんの調査の経過報告を受けました。私にも聞こえるようスピーカーモードにしてくれました。
《2009年のバス事故後に、ソウゴが入院した病院に行ってきたとこ。加古川飛流も同じ病院にいたわ。ソウゴのお見舞いに順一郎さんが来てた。でも、加古川飛流には迎えが来なくて……かわいそうだった》
家族を常磐君のせいで喪った。加古川君はそう言いました。そして、不安を覚えました。加古川君は「白い女が銃を撃った」と言いました。
《それで。そっちのほうは?》
ゲイツ君は、加古川君の正体がアナザージオウだったこと、リバイブウォッチで挑もうとしたのにウォッチが起動しなかったことを、正直にツクヨミさんに打ち明けました。
《そう、そうなんだ……使えなかったんだ》
ツクヨミさんはまるであらかじめ知っていたかのように、無理だと分かるおどけ声です。
《私は事件当日に飛んでみる。私にできることをするしかないから》
待ってください、と止める暇もなかった。ツクヨミさんから通話が切られた。
「――事故が偶然じゃないとしたら」
ゲイツ君? って、わっ、急にどこ行くんですか!
追いかけて着いたのは、人通りのないもののそこそこに広い路地裏でした。
風圧があった。見上げると、赤いタイムマジーンが光学迷彩を解いて降下してきたところでした。
「どこへ行くんです」
「2009年4月24日。常磐ソウゴと加古川飛流がバス事故に遭った日だ」
ゲイツ君はコクピットに乗り込んで、色んな装置をいじり始めました。
知りたくない、と言えば嘘です。
ツクヨミさんが加古川君の言った「白い女」で、ツクヨミさんが原因でバスは事故に遭ったのか。
加古川君が常磐君を恨むだけの何が起きたのか。
「先生」
ゲイツ君が私に手を差し出しました。それって……私、一緒にタイムマジーンに乗っていいんですか!? 前はあんなに嫌がられたのに!
私がおっかなびっくりゲイツ君の手に手を載せた。
ゲイツ君は私の手を強く握って、私をタイムマジーン内部に引っ張り上げてから、コクピットを閉じました。
「いいんですか?」
「きっと今回は、俺だけじゃ判断できない展開になるだろうから」
「――それは責任重大ですね」
操縦席に座ったゲイツ君の前に、転移先を指定するディスプレイが映し出された。ゲイツ君はディスプレイをタップして、行き先を「2009年」に設定した。
私は壁の適当な柱に強くしがみついた。
「時空転移システム、起動!」
2009年にタイムマジーンが出てすぐでした。
眼下で大型バスが蛇行しながら道路を走っているのが、ディスプレイに映し出されました。
あれが、常磐君と加古川君が8歳の頃に乗っていたというバス?
あんな運転じゃいつ大事故を起こしてもおかしくありません!
ゲイツ君はタイムマジーンを操縦して、高度を落としてバスの側面に寄せました。
マジックミラーの車窓がバス車内を透視映像で捉えた。
その車窓の奥にちょうどいたのは――ツクヨミさん!?
《ソウゴ!!》
ツクヨミさんがファイズガンのトリガーを引いた。
誰に着弾したかは分からなかった。その先の透視映像を観る前に、バスがトンネルに突っ込んで、爆発炎上した。
バスは大破。いくつもの部品が飛び散って、車体は轟々と燃え盛っている。
……何て、こと。
私は白ウォズさんの捨て台詞を思い出しました。
“ツクヨミ君に顔向けできない”
――知っていた。彼は知っていたんだわ! ゲイツ・リバイブ覚醒への最後の一押しが、ゲイツ君にとってはパートナーに等しいツクヨミさんの死だと。悪辣にも程がある!
「ゲイツ君! 一度降りましょう。今ならまだ、ツクヨミさんを救助できる見込みはゼロじゃないです!」
「ッ……ああ!」
赤いタイムマジーンを道路に着陸させてから、私とゲイツ君は燃えるバスへ駆けつけました。
火災は、ゲイツ君がゲイツ・ウィザードアーマーに変身して、凍結魔法で鎮火しました。そこからは、焼け焦げたバスの中と周囲の大捜索……になるかと思ったのですが。
「ツクヨミ! いないのか!? 返事をしろ!」
「常磐君! 加古川君! 答えてください!」
ツクヨミさんはもちろん、二人きりの生存者である常磐君と加古川君さえも姿が見当たりません。
不躾な言い方ですが、死体はおろか欠損した手足や、焦げて相好の判別がつかない、なんてレベルではなかったのです。
それこそ、爆発の直前に乗客全員が神隠しにでも遭ったかのような有様でした。
私もゲイツ君も途方に暮れるしかありませんでした。