Syndrome70 奴はとんでもないものを盗んでいきました
――ありのまま起こったことを話そう。
見知らぬ男が台所から出て行ったかと思うと、ライドウォッチが全て無くなっていた。
4月初頭。高校を卒業して生活リズムが緩んだソウゴがようやくリビングに降りてきたので、ツクヨミたちは朝食を頂いた。
今朝の献立はやけに豪勢だったので、ツクヨミはキッチンの順一郎に何故かを尋ねた。
すると、キッチンから出てきたのは順一郎ではなく、初対面の男だった。
男が飄々とクジゴジ堂を出て行った直後だ。ソウゴが気づいた。
ライドウォッチが台座から一つ残らず無くなっているという由々しき現実に!
ゲイツと、さらにパジャマから私服に着替えたソウゴが、犯人と思しき例の男を追って出て行ってから、5分と空けなかった。
クジゴジ堂リビングに門矢小夜が息を切らして駆け込んだ。
「朝も
「キミの言う人物かは不明だが、怪盗みたいな真似をした男なら、すでに出て行ったあとだよ」
「それだけ聞ければ充分! ありがとっ」
「ちょ、待ちなさい、小夜! 私たちの理解が充分じゃないってば! ハウス!」
小夜は自身の足に急制動をかけた。
「ツクヨミちゃ~ん、わたしイヌじゃないんだからさ~」
「……ごめん」
小夜は踵を返して、空いた椅子の一つに座った。
「さっき“視た”の。海東さんがクジゴジ堂にあるライドウォッチを根こそぎ盗んでく未来を」
こっちの眼で、と小夜は自身の右眼を指した。
「彼も
「あ、そっか。黒ウォズさんは士お兄ちゃんのこと知ってたんだから、海東さんのことも知ってておかしくないか。そうよ。海東大樹さん。仮面ライダーディエンド。ディケイドと同じくレジェンド10世代目の仮面ライダー。出身はレジェンド5・仮面ライダー
「すんごい溜めた上に疑問形」
「だってー、海東さん、やってることだけ見るとコソ泥なんだもん。ディエンドライバーだって大ショッカーから盗んできたくらいだし――あ」
「なに?」
「ううん、大したことじゃない。
全力で、意味が、分からない。
それでもツクヨミはツッコミを入れない。真面目に問いかけてもはぐらかされると、今日までの小夜との付き合いで散々学んだからだ。
黒ウォズは悠長にも朝食を平らげてから、ソウゴとゲイツに加勢すべく出かけた。
「ねえ、ツクヨミちゃん。朝ごはん、冷めたら美味しくなくなっちゃうから、わたしが食べていい? 実は朝食抜きで駆けつけたのよね」
「いいんじゃない?」
「やった♪ いただきまーす」
小夜はさっそく茶碗に白飯をよそって、魚の刺身と薬味を載せて、そこにだし汁を注いだ。
豪勢なお茶漬けを味わう小夜を見たツクヨミは、小夜の真似をしてお茶漬けを作って、実食してみた。――美味しい。
ツクヨミは海鮮茶漬けをレンゲで食べながら、何気なくテレビを点けた。
ニュース速報を見て、ツクヨミはレンゲを叩きつけるようにテーブルに置いた。
画面には、異形の怪人が写真スタジオを襲撃した映像が。
「アナザーライダー!」
ツクヨミは残る海鮮茶漬けを掻っ込むと、情報端末のプレートを持って、リビングを、そしてクジゴジ堂を飛び出した――が。
「ちょっと小夜!? 何で付いてくるのよ!」
「心配だから」
「恥ずかしいッ!」
「キャー、意外とおぼこいリアクション♪」
「楽しむんじゃーいっ!」
ツクヨミと小夜が件の写真スタジオに到着した時には、ソウゴが例のアナザーライダーと一戦交えたあとだった。
荒れ放題の地下撮影所への階段を降りていくと、ちょうど黒ウォズがアナザーライダーの原典に言及しているところだった。
「あれはおそらくアナザーブレイド。2004年のレジェンド5・仮面ライダー
「てことは、2004年に事件の鍵があるってことか――」
「いや、そうとも限らない。刻まれていた数字は2019。彼はこの時代で発生したアナザーライダーである可能性が高い」
ソウゴたちの議論の輪に参加したのは小夜が先だった。
「彼じゃなくて、彼女。アナザーブレイドは、オ・ン・ナ・ノ・コ。そこんとこ弁えて、乱暴は程々にしてあげてね」
「ツクヨミ――と、小夜ちゃん?」
「おはようかな? ソウゴ君。それとも、常磐先輩って呼んだほうがいい?」
いやぁ~、とあからさまにソウゴはデレデレ。ツクヨミはそんなソウゴの脇腹に肘鉄を入れた。
小夜がソウゴを(おどけてとはいえ)「先輩」と呼んだのにはれっきとした背景がある。
平成最後の4月、門矢小夜が光ヶ森高校に入学したからだ。
新入生代表で体育館ホール講壇に立つ制服姿の小夜を朝のテレビのニュースで観た時、ツクヨミはソウゴやゲイツと一緒に大騒ぎした。
後日、本人を問い質せば、いけしゃあしゃあと。
「ソウゴ君たちは一応、卒業生でしょ? 人目を憚らず、校内にいる美都さんと頻繁に会うのは難しくなったじゃない。だから小夜が生徒に扮してパイプ役になろうかなって。わたしも色んな世界を旅したけど、“女子高生”は一度も
門矢小夜を“後輩”扱いするのは、クジゴジトリオにとって今さら心情的に無理があるので、接し方こそ、先ほどのようなお茶目が入らない限りはそのままという方針となった。
閑話休題。
アナザーブレイドはこれまでのアナザーライダーとは異なる。ならば、とゲイツが提案した。この2019年の仮面ライダー
その時、ツクヨミは確かに見た。ほんの一瞬だったが、ソウゴの、小悪魔的にニンマリした顔を。
「よしっ。そっちは俺とツクヨミと小夜ちゃんで探してみるよ。黒ウォズとゲイツは、仮面ライダーディエンドを探して、残りのウォッチを奪い返すんだ!」
ソウゴは、険しく眉を寄せた男二名の肩を掴むと強引に両者をくっつけた。
「任せたよ。――行こう、ツクヨミ。小夜ちゃんも」
ソウゴはツクヨミの手を取って走り出した。ツクヨミは引かれるまま走るしかない。そして小夜は自発的に付いて来た。
屋外に出て写真スタジオを離れて少し、ようやくツクヨミはソウゴに待ったをかけることができた。
「どう考えても、ゲイツと黒ウォズが協力し合えるはずがない」
「分かってるよ。でも同じ家で暮らすことになったんだ。強引にでも状況作ってあげなきゃ」
「ああ、そういう。同居人との兼ね合いは円滑な集団生活のポイントだもんねえ」
「……上手く行くとは思えないけど」
この際だ。ツクヨミはソウゴと小夜に打ち明けた。
――ウォズは元々ツクヨミたちと同じレジスタンスの実行部隊に所属していて、しかもチームの隊長だった。
だが、2068年某日、その関係は崩れ去る。
ウォズは任務でオーマジオウの下にスパイとして潜入し、そのままオーマジオウに寝返ったのだ。
結果、ウォズの偽情報で作戦を決行したツクヨミたちのチームは壊滅した。
「そんなことが――」
「ウォズとオーマジオウの間にどんなやりとりがあったかは知らない。少なくともミトさんと先生にまつわる話があったのは、この前で分かった。でもだからって簡単に許せるものじゃない。ううん、どんな理由があったって、ミトさんの遺体を冒涜していると知った上で、オーマジオウに加担したのは事実。それだけじゃ飽き足らず、私たちまであんな目に……!」
握り固めた拳を、ソウゴが無言で両手に包んだ。
常磐ソウゴは優しい。こんなに優しく手を繋いでくれるソウゴがオーマジオウと同一人物であるなど、どうして過去のツクヨミは疑うことができたのかと、痛烈に思うほどだ。
ツクヨミの拳が解けたところで、今度はソウゴのほうがしかとツクヨミの手を両手で握り締めた。
――この両手を彼が血に染める未来など、断じて認めるわけにはいかない。
「それで?」
小夜がにょきっとツクヨミとソウゴの間に割り込んだ。ツクヨミは慌ててソウゴと手を離した。
「どうやって仮面ライダー
「あー、それなんだけどさ。小夜ちゃんに全面的に頼らせてもらいたいんだ」
小夜が小首を傾げる。
「小夜ちゃんの左眼は過去を視られるんだよね? 2004年の闘いが終わってから、仮面ライダー
「むー……どうかしら? 過去って常に変動するものだから、下手すると未来より追いにくい時もあるのよねー」
「変動するの? 未来じゃなくて、過去が?」
「実際に過去が変動するシーンなんて、ソウゴ君は何度も立ち会ったでしょ?」
小夜は指を折って言い挙げていく。
2018年では重篤で入院してた飯田ケイスケ君が、病気もなく元気になってお父さんと中学校に通ってた。
カリンさんの延命のために2018年まで行方を晦ましてた佐久間さんが、今は児童塾の指導員なんてやってる。
2010年の檀ファウンデーションは2018年で檀コーポレーションとして名作ゲームを輩出してる。
早瀬さんは2012年でとっくにマジックハウス・キノシタを辞めて、遠いマジックカフェの従業員。
「貴方たちがアナザーライダーを正すたびに、“現在”と“過去”の繋がりはタコ足配線のマルチタップ。下手に触れば感電する。大体そんな感じで、“視る”だけでわたしにダメージが来る可能性が割と高いのです」
「高いのかぁ。じゃあダメだね」
「ごめんね。でも仮面ライダー
ソウゴとツクヨミで顔を見合わせること、三拍。
「「織部教授!」」
「そうそう、織部計都さん。平成ライダーの“観測者”。もちろんレジェンド5・
「ナイスアドバイス! ツクヨミ、織部さんちに行ってみようっ」
――というわけで。ツクヨミたちは織部家へ向かい、到着して早々、計都にアナザーブレイドの事情を説明して史料の閲覧を願い出たのだが。
「ダメです」
快刀乱麻に却下された。当の計都によって。
「喫緊の課題だった娘の短命が解決できた以上、僕は後任が決まるまで正しい“観測者”に立ち返らなければいけません。よって、当代の仮面ライダーである常磐くんと、その協力者であるツクヨミさんに、レジェンド及びグレートダッドを冠する仮面ライダーの情報を開示することはできません。僕にできることは、君たちの戦いをこれからも観測し続け、君たちの活躍を後世に語り継ぐだけです」
「そんなぁ~」
「すみません。こればかりは僕の意思ではどうにもできないことでして」
半拍。奇妙な間を置いて、ソウゴはふいにまっすぐ計都を見上げた。
「計都教授じゃないなら、それって誰が決めてることなんですか?」
計都は苦笑しただけで、どんな答えも口にしなかった。
そのことが、下手に難しい言語で解説されるよりずっと、途方もない重責を感じさせた。
ちなみに2019年4月1日の光ヶ森高校入学式会場にて、保護者席にピンクの破壊者の目撃情報があったとか?