間違って覚えてテストに書いちゃいけませんよ!
アナザーアギトが大量発生したという報せを受けて、ソウゴ君とゲイツ君は現場に急行しましたが、一人、ウォズさんだけは反対方向へと足を向けました。
「ウォズさん」
「おや、王母。てっきり津上翔一と一緒にツクヨミ君の迎えに行ったとばかり」
「そうしようと思いましたが、小夜さんから『わたしに行かせて』と事前に言われていたので、お願いすることにしました」
「4月に入ってからのアナタは小夜君に甘くなっていないか?」
「言いませんでしたっけ。光ヶ森高での小夜さんのクラス主任、私ですよ」
「――初耳だ」
「すみません、言う暇がなかったもので。それはまあ、またの機会に。ウォズさん、もしタイムジャッカーの誰かを訪ねるつもりでしたら、私もご一緒させてくださいませんか? 私も気になります。好奇心とかじゃなくて。ツクヨミさんが抱えている“何か”。分かっていないと、いざという時、“生徒”の助けになれません」
「卒業、いや、退学しても、アナタにとってツクヨミ君は教え子に変わりはないわけだ。それがアナタという教師だから、我が魔王も、何十年もアナタへの敬慕を失わなかったのだろうね」
「恐縮です」
「アナタには戦う力がない。スウォルツと会って不穏な流れになった場合は、くれぐれも私から離れないよう。当然だが、ライダー・シンドロームの開放もご法度だ。よろしいかな?」
「分かりました。ありがとうございます」
道中で、ふとウォズさんが私に問いました。いつからツクヨミさんが“違う”と気づいていたのか、と。
私は、ツクヨミさんが光ヶ森高校に通って1ヶ月ほどで、と答えました。
「ツクヨミさんは
私は勝手に、ツクヨミさんが50年後の若者の基準だと決めつけていたのです。日本史の基礎知識すら学べない紛争時代に生まれ育った彼女や未来の子どもたちは、何てかわいそうなんだろう、って。
そんな上から目線の先入観で、ツクヨミさんたちを憐れんで、的外れなお節介を焼いてきた。恥知らずとしか言えません。
ええ、そう、自分が恥ずかしくて、居づらくなったから。私は小夜さんの申し出をいいことに、悩んでいるツクヨミさんを放っておいてるんです。
「私なんかと比べたら失礼でしょうけど、ウォズさんはゲイツ君やツクヨミさんにとって、いい隊長さんだったんでしょうね」
「――、私が?」
「だって、彼らは怒っていました。ウォズさんがオーマジオウ側に付いたこと。言わないだけで、今でも引きずってるかもしれないです。『愛』の反対語は『無関心』だとマザー・テレサは言いました。それは正しいと思う私ですが、『かわいさ余って憎さ百倍』も正しいと思うんです。彼らがウォズさんにきつく当たったり怒鳴ったりする分だけ、彼らは間違いなくウォズさんを好きなんじゃないでしょうか?」
ウォズさんは答えません。少し俯き気味で、考え込んでいる様子です。やっぱり失礼……だったんでしょうね、はい。反省します。
「王母」
「はい!?」
「この先にスウォルツがいる。今から決して私の後ろから出ず、叶うなら黒子に徹してほしい」
「ポジション的には了解です。口を閉ざしたままでいるのは難しいですが、よろしいですか?」
「アナタならそうお答えになると思った。ではせめて、最大限の警戒を。――行くぞ」
私は息を呑んで頷いて、ウォズさんに続きました。
「ツクヨミちゃん、みーっけ」
「――アナタって本当、私を見つけることに関しては一流ね。小夜」
小夜はわざわざ、ツクヨミが腰かける御影石の台座に割り込んで腰を下ろした。一人掛けサイズなので、いつどちらかが転げ落ちてもおかしくない。
絶妙なバランスで、二人の少女が背中合わせ。
「凹んでる?」
「かなりね。私が一度ソウゴから離れたきっかけが、ソウゴがジオウⅡに変身して時間を操れるようになったからだった……って、そこはアナタも知ってたっけ。うん、だから……今度は私が怖がられるのかな、責められるのかな、って思うと、とてもソウゴやゲイツの前に立ってられなくなった」
「で、とりあえず一人になろうとして、今に至ると。でもここ、光ヶ森高校の裏山の展望台公園だよね。てことは、小夜は『わたしでごめんね』って謝る流れかな」
「そんなこと」
「でもツクヨミちゃん、本心では美都せんせーに来てほしかったんじゃない?」
「……反論はできない」
無自覚だがツクヨミが発動した時間停滞が解けた直後、いの一番に駆けつけてツクヨミを守るように抱き締めたのは美都だった。美都だけはツクヨミの不安に気づいてくれていたのだ。
ならば今も、と期待しなかったと言えば嘘だ。
「――あの、さ」
「なに?」
「ツクヨミちゃんが、ね? もし本気で、自分の過去を知りたいっていうなら……わたし――!」
小夜がその先を言う前に、展望台に上がってきた男が一人。津上翔一。レジェンド2・仮面ライダーアギトだった。
翔一は「レストランAGITΩ」にツクヨミと小夜を招待した。
レストランのウェイトレスである風谷真魚が、ツクヨミたちに優しく着席を促して、彼女たちの前に、細かな気泡が立つワインを注いだグラスを置いた。真魚によるとブルゴーニュ地域のノンアルコールワインだそうだ。
ツクヨミも小夜も恐る恐るグラスに口を着けた。
口の中に広がる、シトラスの香りと、やや辛口の味わい。ツクヨミは激辛がイケるクチなので平気だったが、小夜は小さくむせている。
ツクヨミたちが食前酒をちびちびと味わう間に、翔一はキッチンで料理を作り始めた。
「津上さんは料理人なんですか?」
「あー、それ。実は違うんだよね」
みじん切りにした玉ネギとニンニクを、じゅわあ、とフライパンで炒める。その香りが食欲を刺激した。
「ちがう?」
「おほんっ。本当の名前は、沢木哲也。――俺も記憶を失くしたことがあったんだ。そして、気づいたらスゴイ力を手に入れてた」
「それで……どうしたんですか?」
香りが立ったフライパンに、翔一は均等な輪切りにしたズッキーニとナスを投入。
「一生懸命暮らしたかな。野菜育てたり、料理作ったり」
「おかしいでしょ? 今と全っ然変わんないの」
全体に油が回るまで炒めて、サイコロ切りにしたトマトをそこに投入した。そのまま1分煮立たせ、翔一はさらに、フライパンに塩コショウと顆粒コンソメを加え、オリーブオイルを回しかけ、蓋をした。
「だって、記憶とかなくてもチカラとかあっても、俺は、俺だから。君だって、そうやって生きてきたんじゃないの?」
出来上がった料理を、翔一は皿ではなく一旦プレートに落とし、セルクルで型抜きをした二つを皿に盛りつけた。それらにハーブを飾って出来上がりだ。
翔一は二枚の皿を持ってきて、ツクヨミと小夜の前に置いた。
「はい、おまちどおさまです。俺の料理。さ、冷めない内に召し上がれ」
「これ知ってる! ラタトゥイユよね。食前酒がヴィンテンス・シャルドネだったのは、だからだったんだ」
小夜が「いただきます」と手を合わせて、フォークでナスとズッキーニを剥がして、それを口に運んだ。ラタトゥイユを食べて、小夜は破顔一笑した。
それこそ、“破壊者ディケイドの妹”でも“大神官ビシュム”でもない、ただの女の子のように。
ツクヨミも恐る恐る、ソースが染みてしっとりしたナスを一枚、フォークで口に運んで、ぱくり。
「おいしい――」
ツクヨミは、おいしさへの感動より、どこか懐かしい味わいに、言葉を零した。
「その笑顔。みんなにも、見せてあげなよ」
「みんな?」
「君のおいしそうな顔を見たくて、料理を作ってくれる人がいるだろう?」
常磐順一郎を思い出した。不躾に失礼を上塗りした二度もの下宿のお願いをしたツクヨミたちに、何も聞かず、笑顔で、“家”に迎えてくれた人。毎日三食をきっちり作ってくれて、必ずツクヨミの好みやリクエストを聞いてくれる、あったかい“おじさん”。
「ここにいる彼女だって、君が君でいるから、友達になりたいんだよ」
ラタトゥイユを食べ進めていた小夜が、むせた。
胸元を叩く小夜を見て、真魚が慌ててキッチンから水を持ってきた。小夜は咳き込みながらも真魚の手からコップを受け取り、水を一気飲みした。
「大丈夫?」
「ケホッ、はい……すみませんでした」
些少ならず意外だった。いつもは照れや恥じらいをどこへ捨てたのかというほどに友達アピールしてくる小夜が、翔一のストレートな言い分には動揺した。
“少なくともわたしは真剣に、貴女にアプローチしてる。アナタとお友達になりたいです、ってね”
(ああいう歯の浮く台詞がサラッと言えるくせに、他人に指摘されると弱いとか。これがミトさんの言ってた『内弁慶』ってやつかな?)
「彼女ももちろん、仲間の男の子たちだってそうだよ」
はっと思い出す。ソウゴとゲイツ。今日まで一緒に戦ってきた戦友たち。
(行かなくちゃ。二人に謝って、向き合って伝えなくちゃ。私の気持ち)
ツクヨミは椅子から勢いよく立ち、レストランを飛び出した。
飯テロ、絶賛練習中。