SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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どうも、具足太師です。

今回は、感想の中でも意見の あった現実世界の話にスポットを当てようと思います。

丁度 第1層をクリアした段階ですので、『 極 』風に例えるなら章クリアごとに錦山の過去が挟むような感じです。
予定では、前後編のような形を取るつもりです。

また、仕事の方などが年末に向けて忙しくなりつつありますが、何とか暇を見て書いていこうと思います。


それでは、本編をどうぞ。




《 断章:Side・“ R ” 》
『 縋る少女 』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍が   狂犬が     無垢なる子供達が

 

 

 

 

 

 仮初の世界で、数多の人間達(プレイヤー)が戦っている最中でも

 

 

 

 

 

 忘れてはならない

 

 

 

 

 

 現実の世界でも また

 

 

 

 

 

 彼等を待ち、戦い続ける者達がいる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †   †   †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 2011年 11月23日  東京・東都大病院 】

 

 

 

 

 

 12月を間近に控え、既に太陽が出ていても肌寒さを感じるようになった頃合い。

 街に植えられた木々の葉も、すっかり色を変え紅葉や黄葉によって その色彩を際立たせていた。速い所では、既に葉も枯れ地に舞い落ちてさえいる。

 

 

 

 

 そんな、晩秋の最中。

 まだ昼になる前の時刻、秋山 駿は病院のエレベーターに乗り、上へと昇っていた。

 彼の手には花束が握られている。適度に楽な姿勢を取りつつ、目的の階まで しばらく待つ。

 しばらくして、エレベーター内の表示が《 25 》となって、音声と共に扉が開かれる。そこから出て更に歩いた先に、彼の目的の部屋があった。

 

 部屋の扉には2人の屈強な男が守るように立ち並んでいたが、秋山は軽い挨拶をするだけで入室を許された。既に何度も足を運んでおり、その中で顔見知りになったのだ。顔付は極めて厳ついが、中々に感じの良い2人だと秋山は思っている。

 

 そして部屋の中に入り、病室の中では最高級の品質の部屋を過ぎ、奥にある寝室へと足を進める。

 

 

 

「これは。皆さん、お揃いで」

 

 

 

 奥に入ると、そこには見慣れた顔ぶれがあった。

 

 

 

「おぅ、秋山か」

 

「どうも、秋山さん。しばらくぶりですね」

 

「お前も、見舞いに来たんだな」

 

「えぇ、まぁ」

 

 

 

 秋山を出迎えたのは、冴島 大河、谷村 正義、そして伊達 真の3人だ。

 あの日から、この半月近くで、すっかり馴染みになってしまった顔触れだった。

 これまで何度も顔を合わせているが、変わらない様子の3人を見て、秋山は心地良い感覚を覚える。

 

 

 そのまま ふと、目的である人物がいる方を向く。

 

 

 

 そして、彼らが椅子に座って囲んでいる2つのベッドの上には ――――――

 

 

 

 

 

「……こんにちは、桐生さん、真島さん。また、来ましたよ……」

 

 

 

 

 

 哀愁の漂う笑みを浮かべ、秋山は声をかける。

 

 その頭に、パソコンに繋がれた兜のような機械を被り、ヘッドで横たわり続ける2人の男が、そこにいた。

 

 

 

 人呼んで《 堂島の龍 》 ―――――― 桐生 一馬。

 

 

 

 そして、《 嶋野の狂犬 》 ―――――― 真島 吾朗。

 

 

 

 いつも見せていた、その厳つくも優しく、そして愛嬌のある表情は、すっかり鳴りを潜めている。

 

 

 当然の事ながら、返事は返ってはこない。

 

 

 

 

 

 ただ ひたすらに、穏やか過ぎるまでの表情で、彼らは静かに眠り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ30分近く、見舞いに訪れた男達は眠り続ける2人の前で雑談を繰り広げた。

 世間での事、知人達の近況、そして神室町での出来事など、おおよそ井戸端会議の域を出ない範囲の会話だったが、桐生や真島も聞いている風で会話を続けた。

 本来なら あるであろう2人の返答がない事に一抹の寂しさを覚えつつも、それを押し殺し、自分達の そんな感情を悟らせないようにしていた。彼等なら、たとえ意識がなくとも、それを察しそうで末恐ろしかったから。

 

 そして、ひとしきり雑談を終えたところで、4人は病室を後にする。

 その後、隣の部屋にある会議室の椅子に おのおのが座り、それぞれの更なる近況、そして情報を交わし合う。

 

 

 

「……あれ(はじまりの日)から、もう半月も経ったんですね……」

 

「せやな……長くなるやろとは覚悟してたが、こないな感じで現実味を帯びてきたら、何とも言えん気分になるなぁ……」

 

 

 

 秋山は桐生を、冴島は更に真島を、目の前で見送った。それ故に、大した変化もなく眠り続ける2人を見て、複雑な心境を抱かずにはいられず、じっともしていられなかった。

 そして、仕事の合間を見付けては、こうして病院に足を運び、身の回りの世話を手伝ったりもしていた。特に、桐生も真島も体格が大きい為に、そうした作業を行なう際は かなりの重労働となる。そんな時、人並み以上の力を持つ彼らは積極的に手を貸していたのだ。

 そんな2人の背景を知っている伊達や谷村も、頷きつつ労いの視線を送っていた。2人も出来る事なら手伝いたいが、今は状況が状況だけに、現職の警察官である2人は中々そうした時間が取れないのだった。今回、2人 揃って見舞いに来れたのも久々だったのである。

 

 

 

「それで、伊達はん……何か、事件解決に繋がるような情報は入ったんでっか?」

 

「……相も変わらずさ。あれから半月間、全国の警察と連携して事に当たってるが、何ら有力な情報は得られちゃいねぇ」

 

「そう、ですか……」

 

 

 

 冴島の問いに、伊達も首を横に振りつつ、申し訳ないと言いたげな表情で答える。何となくは察していたとはいえ、秋山は少なくない消沈を禁じ得なかった。

 そんな感情を察しながら同情しつつ、谷村が話を続ける。

 

 

 

「はっきり言って、あの茅場とかいう男は、異常としか言えない。

 人間、何か動きを見せれば、それ相応の痕跡ってものが残るはずなんだ。目撃情報とか、監視カメラとか、それこそ無数に。

 なのに、茅場に限って何ら そういったものが出てこない。正直、茅場って人間が本当にいるのかすら疑問に思える程だ」

 

 

 

 伊達も、そして谷村も、知る者なら誰もが認める敏腕刑事だ。

 神宮 京平の事件、ブリッジなる人物の風俗の違法労働、そして宗像 征四郎の不正など、仲間達の協力もあって数々の難事件を解決に導いた人物として、内外から絶大な信用と人気を誇っている。無論、逆に一部 上層部を始めとする彼らを目の敵にする勢力もあるのだが。

 

 そんな彼らでも、今回の首謀者である茅場 晶彦の動向は一切 掴めずにいるのだ。

 警察そのものは ともかく、2人の優秀さを知っている秋山、冴島からすれば、今回の事件が いかに難解であるのか、嫌でも解るというものだった。

 

 

 

「本当に いるかすら解らない……ねぇ……まさか、本当に異世界に行っちゃってる、何てオチは……ない、でしょうね?」

 

「笑えん冗談やな」

 

「全くだ……」

 

 

 

 秋山は何気なく呟いた言葉に、冴島も伊達も勘弁してくれと言わんばかりだ。

 今回の原因であり、今や被害者たちのギロチン台とも言えるナーヴギア。そもそも、茅場が独力で開発し、広めたVR技術は、他の者から見れば不明な点も数多くあるのだという。故に、他の有名な権威でも手出しが出来ずにいるのだ。それは、テレビなどでも散々話している事だった。

 

 

 

 ―――――― 茅場 晶彦は、既に異世界へ逃げたのではないか

 

 

 

 いつからか、(まこと)しやかに囁かれるようになった噂の1つだ。

 今やツイッターなど、一昔前に比べ格段に情報が入手、拡散し易くなった社会の中で、全く情報が入らない現状を揶揄するかのように流れ始めたのだ。

 元々、《 SAO(ソードアート・オンライン) 》も“ 全くの異世界へと旅立とう ”を謳い文句にしていた程だった。それを全て作り出した不世出の天才ならば、そういった事も不可能ではないのではと。面白半分の中に、誰もが認める茅場という人間の飛び抜けた天才性を示すものでもあった。

 

 

 とことん人間味を感じさせない茅場と人間の人物像に、さしもの男達も唸るばかりだ。

 

 

 

 

 

  prrrrr………

 

 

 

 

 

 不意に、会議室内に携帯の着信音が鳴り響いた。

 全員が自分のかと、懐を確認する。

 

 

 

「ん、俺か」

 

 

 

 それは、冴島の携帯であった。

 1年前の事件まで、冴島は実に25年もの間、死刑囚として刑務所生活を送っていた。故に、携帯電話やCDなどを始め、現代人なら知らない者はいないと言える物すらも解らない程のジェネレーションギャップに見舞われていた。

 

 しかし、事件が解決して出所し冴島組を立ち上げると、流石に そのままでいる訳にもいかず、真島が みっちりと現代の文明の利器の使用法、素晴らしさを教えていった。冴島も持ち前の器用さと勤勉さで水を吸い取るように吸収していき、今ではメールやパソコンも そつなく扱えるまでに上達したのだ。

 

 出会った当初は、手紙で やり取りをしていた事を知っている秋山や谷村からすれば、その変化の速さに面喰った記憶も新しい。

 

 

 

「もしもし。ん……おう、アンタか。どないしたんや? 何やと、テレビをつけろ? 何で そないな事……あぁ、解った。ちょう待っとれ」

 

 

 

 出た相手は、何故か冴島に この部屋のテレビをつけるよう言ってきた様子だった。

 まるで不可解な事に誰もが訝しがりながら、冴島は立ち上がり、部屋の壁に設置されている大型テレビの電源を入れる。

 程なくテレビ画面が映り、直前に設定されていたチャンネルのニュース番組が流された。

 

 しかし、その直後に画面に砂嵐が流れ出し、映像が消える。

 

 そして しばらくすると、徐々に映像が戻り始めた。しかし、それは元のニュース番組ではなかった。

 

 

 

 やがて、砂嵐は止み、画面には“ 1人の男 ”が姿を現していた。

 

 

 口髭を生やし、右手には葉巻を持ち、上半身 裸の上に金の鳳凰の刺繍が施された青い生地の羽織を纏った中年の男は、会議室内の誰もが知る男だった。

 

 

 

 

 

『 よぅ。しばらくぶりだな、皆様方 』

 

 

 

 

 

 椅子に腰掛け、葉巻を吹かし、太々しいまでの泰然自若さを見せながら、彼は口を開いた。

 

 

 彼こそ、魑魅魍魎さえ霞む程の欲望が渦巻く神室町の中において、裏世界では知らない者はいないと言われる、伝説の情報屋 ―――――― 通称、『 サイの花屋 』である。

 

 

 

「花屋……? お前、どうして……」

 

 

 

 伊達が、思わぬ人物の登場に思わず声を上げた。

 

 

 

『 久し振りですね、伊達さん。刑事に戻ってからの ご活躍、俺の耳にも入ってますよ。

  やっぱり、アンタは警察官でいる方が良く似合う 』

 

 

 

 普段はタメ口しか喋らないはずの花屋が、伊達に対してだけは敬語を用いている。

 これは、2人は かつて同僚 ―――――― 同じ警察官だった過去に由来している。

 

 花屋は当時、その立場を利用して、情報で売買をしていたのだ。その際、連絡に用いたのが花束であり、現在の通称も そこから来ている。

 そして、伊達は そんな花屋を告発し、辞職へと追いやったのだ。

 

 場合が場合なら恨みや報復の関係になるだろうが、2人に関しては そうはならなかった。伊達は自分が行った事が正しいと信じているし、花屋も そんな真っすぐな正義感を持つ伊達を尊敬し、恨む事は決してなかった。

 

 だからと言って馴れ合う関係でもないが、6年前の抗争事件を機に腐れ縁が出来、現在も付かず離れずが続いている。共に、桐生には返し切れぬ恩が出来ているのも共通であった。

 

 

 

「花屋はん、これは どういう事でっか?」

 

『 何て事はねぇさ。今、《 賽の河原 》の経営権は真島組が握ってる。だから、いざって時に連絡が取れるよう、こうして秘密の回線を設けておいたのさ 』

 

 

 

 冴島の問いに、花屋は そう答えた。

 確かに、花屋の情報の多さと正確さは群を抜いている。それを知る為の手段は多いに越した事はないのは自明の理だった。おそらく、東都大病院(ここ) 以外にもミレニアムタワーや、もしかすれば東城会本部にも その回線はあるのかもしれない。

 しかし、そこで冴島には疑問があった。

 

 

 

「そうか……せやけど、俺は そないな事、初耳やで?」

 

 

 

 真島が事実上“ 不在 ”と言える現在、冴島は自分の組と真島組を共に運営している。それなのに、真島組が行っていたという この件については全く聞き覚えがなかった。

 

 

 

『 ん? 妙だな。俺は確かに真島組の奴から、お前に話しておくと聞いてたはずなんだが…… 』

 

 

 

 花屋も、冴島が全く知らなかったのは予想外だったらしい。葉巻を持ちながら、自分の記憶違いかと首を捻る。

 彼の反応を見て、冴島は1つの可能性を思い付く。

 

 

 

(西田の奴……さては、忘れとったな……)

 

 

 

 真島組の運営については、主に若中である東山などに一任している。

 その中で、真島組でも最古参に位置する西田は、その広い人脈などを活かし、情報伝達などの仕事を積極的に こなしていた。無論、冴島組との連絡係も基本的に彼が務めている。

 だが、彼は真面目だが、少し そそっかしい面もある。長年 勤めている仕事でも、未だに凡ミスする事も珍しくない。

 きっと、今回の件も彼の伝え忘れだと冴島は確信した。組長の真島だったら容赦なく“ シバき ”の対象だったであろうが、彼よりも温厚の冴島ならば まだマシであろう。

 それでも、きっと拳骨は免れないだろうが。

 

 

 

「それで、花屋さんが わざわざ ここに連絡をしてきたってのは、どういうワケで?」

 

 

 

 そんな極道間の裏事情など知る由もない秋山は、花屋の突然の連絡の理由を尋ねた。

 花屋は葉巻を吸いながら答える。

 

 

 

『 なに、東都大病院(そっち)に皆が揃ってるもんだからよ、丁度良いって思ったまでさ 』

 

「丁度良い?」

 

『 あぁ 』

 

 

 

 言葉の意味が よく解らず、谷村が更に尋ねる。

 再び葉巻を口に咥え、やや深めに吸い、そして煙を吐き出す。

 

 そして、花屋は言った。

 

 

 

 

 

『 例の ―――――― 茅場 晶彦って男に関する情報さ 』

 

 

 

 

 

 花屋が口にした人物の名を聞き、誰もが瞠目する。

 そんな彼らの反応が良いと感じたのか、花屋も口角を上げながら、話を続ける。

 

 

 

『 実はな、真島の奴から、SAOにダイブする前に、前金を貰って情報を集めてたのさ 』

 

「また初耳やで……」

 

 

 

 冴島が またしても呆れるも、同時に兄弟分の抜け目のなさに感心もする。

 

 

 

『 しかしまぁ、今回ばかりは俺も手を焼いたぜ。何せ、方々まで手を広げても、何ら有力な情報(モン) が出てきやしねぇ。まるで手応えっつうモンを感じなかったんだからよ。何十年も この稼業を続けてるが、こんな事は後にも先にもコイツが初めてさ 』

 

 

 

 基本的に料金は割高だが、彼の手に かかれば手に入らない情報はないとまで言われている。

 伝説の2文字を冠しているのはダテではないのだ。

 そんな彼を ここまで梃子摺らせたのは、やはり相手も世界に2人といない天才である事が大いに関係しているのだろう。遅くとも数日もあれば、警察でさえ手に入れられない情報を入手できる花屋が半月も時間が かかったのは、それだけ茅場という人間の厄介さを表していると言えた。

 

 

 

「それでも、何かを突き止めたんですね?」

 

『 あぁ。と言っても、茅場の居場所だとか、そういうモンじゃねぇ。ただ、少し気になった事が浮上したんでな、念の為だ 』

 

 

 

 秋山の問いに、そう答える花屋。普段なら自身の稼業に対して絶対の自信を滲ませている彼が、今回ばかりは少し弱気に聞こえる言葉を言う。これも、今回の事件の特異性を表していると言えた。

 とはいえ、少しでも情報が入るのなら聞かない道理はない。伊達や谷村も、画面に詰め寄るように尋ねる。

 

 

 

「それでも構わねぇ。聞かせてくれ、花屋」

 

「一体、何が解ったんだ?」

 

『 あぁ 』

 

 

 

 一言、短く そう答えると、花屋は机の上に置かれているノートパソコンを操作し始める。

 程なく、4人の携帯が同時にメールの着信音を鳴らした。見れば、差出人は花屋からであり、そこには添付ファイルが同封されていた。4人が それを開くと、表示されたのは1枚の画像であった。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 伊達が呟く。

 現れたのは、写真。そこには、白衣を着用している1人の女性が映っていた。研究室のような所で何かの書類を読んでいるのか、椅子に腰掛けて それに集中している様子だった。

 

 

 

「へぇ……こりゃ また別嬪さんだ」

 

 

 

 ショートボブで髪に銀のヘアピンを着け、顔立ちも かなり整っており、書類に集中している表情も、かなり堂に入っている。知的美人とは彼女の事を言うのだろうと秋山は思った。

 同時に、キャバクラを経営している身としては是非スカウトしたい位の逸材という印象も抱いた。頬の雀斑(そばかす)が若干 気になるが、それくらい化粧で誤魔化せるし、そういったものが好きな男性もいる、など、いつも間にか本気で誘った時の算段まで立てている。ある意味、職業病というものであろう。

 

 

 

「誰なんだ、この女性は?」

 

 

 

 しかし、これが一体 誰だかは4人には全く見当が付かない。全員、覚えのない顔だった。

 谷村が問う。

 

 

 

『 名前は『 神代(こうじろ) 凛子(りんこ) 』、25歳。

  元東都工業大学の学生で、茅場 晶彦の後輩にあたる女性だ。

 

  そして、ここからが重要な話だが……驚くなよ? 』

 

 

 

 いやに勿体ぶる言い回しに、4人は首を傾げる。

 一体、何に驚くというのか。不安や期待に似た緊張感を抱きながら、続きを待った。

 

 

 

 

 

『 この神代女史 ―――――― 何を隠そう、茅場の“ 恋人 ”らしい 』

 

 

 

 

 

「え……えぇぇっ!!?」

 

 

 

 最も激しい反応を見せたのは秋山だった。

 芸人並みのオーバーな驚きと共に、花屋と神代の写真を何度も交互に見比べるような行為を見せる。まるで信じられないという心境が如実に表れている動きだった。

 

 

 

「マジか」

 

「この女子(おなご)が……っ」

 

「へええぇ……!」

 

 

 

 秋山ほどでないにしても、他の3人も少なからず驚いていた。

 事件後に調べた、僅かに出演のあった雑誌のインタビューやニュースの情報、そして事情聴取などで色々と茅場の人となりを調査したが、そういった事を匂わせるものは何1つ得られていなかったからだ。

 誰に聞いても、比類なき天才、あまり人間らしい面が見られないなど、総じて並の人間とは異なるとされるような評価が目立っていた。ましてや今となっては、そこいらのテロリストも真っ青な大量殺人鬼。印象の中に冷酷さまで加わり、より一層 人間らしさを感じさせなかったのだ。

 

 

 そんな彼に、よもや恋人とは。

 

 

 4人の驚きようは、まさに そんな茅場像がひっくり返った事を表すようなものだった。

 

 

 

『 驚いたろう? まぁ、かく言う俺も、それを知った時はお前らに劣らず驚いたさ 』

 

「だが、俺達が調べた時は、そんな情報 聞かなかったぞ?」

 

 

 

 驚きの後、伊達には腑に落ちない事があった。

 事件発生後、伊達は谷村と共に茅場が所属していたゲーム会社・アーガスは勿論、彼の母校である東都工業大学、そこの重村(しげむら)研究所 》に足を運び、そこの関係者から事情聴取を行なった。

 そこの教授や後輩達に聞いても、茅場と神代が恋人同士だったという話は全く聞かなかったのだ。同じ研究仲間であれば、知っているはずであるのに。

 

 

 

「もしかしたら……彼女の事を思って、言わなかったのかもしれませんね」

 

 

 

 伊達の疑問に、谷村は自分の考えを述べた。

 すかさず、冴島が尋ねる。

 

 

 

「どういう事や?」

 

「今や茅場は日本中、いや、世界中から追われる凶悪犯だ。そんな奴の恋人だったなんて知れたら、世間の目が彼女に どう向くか、解ったもんじゃない。大学の彼らが、そこのところを良く解って考えたのだとしたら……」

 

「なるほど……せめて、ほとぼりが冷めるまでは何も言わないでおこうと考えるのも、道理、か」

 

「そういう事か……」

 

「ふむ………」

 

 

 

 秋山の見解も加え、冴島も伊達も合点がいったように頷いた。

 それなら、警察である伊達や谷村に情報を教えなかったのも頷ける。

 警察に その事を告げれば、神代にも捜査の手が伸びるのは必定。そうなれば、彼女に非がなくとも、憎悪の目が向く可能性も否定できない。世間は、加害者のみならず加害者の関係者すら断罪しようとする恐ろしい心理があるのだから。

 そんな恐ろしさを考えれば、隠そうとするのも人としては当然とも言えた。少なくとも、伊達や谷村は彼らを悪く思うつもりはない。

 そんな話も切り上げ、伊達は本題に入る事とした。

 

 

 

「それで、彼女が どうかしたのか?」

 

『 えぇ。茅場の逃亡先の特定が暗礁に乗り上げたんで、切り口を変えて奴の知人の方から洗い出す事にしたんですよ。その中で ―――――― 彼女だけが、行方知れず(・・・・・)になってるんです 』

 

「行方が知れんやと?」

 

 

 

 思わぬ情報に、冴島が声を上げる。

 

 

 

『 そうだ。彼女は大学を卒業後、都内で有名な医療機器メーカーに就職してたんだが、事件発生から数日後、忽然と姿を消したらしい。社内の誰もが、行先に心当たりがないようだ。彼女は これまで、欠勤はおろか、遅刻すらした事のない真面目な人間だったらしいからな、誰もが驚いてる様子だったよ 』

 

 

 

 花屋の情報に、皆の脳裏には様々な仮説が生まれてくる。

 まだ会ってすらいない神代 凛子という人物だが、茅場との接点や、今までにない行動、そして時期を照らし合わせると、怪しいと言う他なかった。伊達や谷村は、特に刑事としての勘が強く反応していた。

 

 

 

「それで、どこに行ったかは?」

 

『 彼女の自宅の近所の防犯カメラを始め、あらゆる視点から調べてみた。結果、都内を出たらしいという事までは突き止めたが、詳しい行き先までは解らねぇ 』

 

「方角的には?」

 

『 北西の方角だ。まだ詳細は調べてる最中だから、何とも言えんが 』

 

「いや、充分だ」

 

 

 

 花屋にしてみれば、曖昧な情報提供はプライドに障るだろうが、伊達や谷村にしてみれば それだけでも構わなかった。

 これまで、茅場の行先について掠りもしなかったのが、新たな接点により近付こうとしているのだ。

 

 

 

「しかし、北西と言っても、行き先の候補は多いですよ?」

 

 

 

 秋山の懸念は もっともだった。

 今や日本全国に、高速道路は無数と言える程に張り巡らされている。交通の便、そして物資の運搬にとって より良い環境になっていると言えるが、捜査する点から見れば、厄介な事この上ない。

 特に、首都圏一帯、および周辺には東北道や関越道、中央道に東名高速道路など、行こうと思えば どこにでも行けるのだ。

 更に小さな道路まで視野に入れれば、まさに気の遠くなるような捜査になるのは自明の理であった。

 

 

 

「解ってる。だが、(しらみ)潰しにやるしかねぇ。何しろ、1万近い人命が懸かってるんだ」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

 

 だが、伊達も谷村も揺るがない。

 今回のような件に限らず、捜査とは地道な調査の繰り返しである。それが、より全国規模の大きさになっただけであり、決して不可能と言える形ではないのだ。加えて、今回は全国の県警などとの合同捜査にもなる。全国で20万以上の警察官が総出で動けば、必ずや活路は見出せると、伊達も谷村も静かに闘志を燃やしつつあった。

 2人の気迫を見て、秋山も冴島も この上ない頼もしさを覚える。

 

 

 

「すまなかったな、花屋。この情報、上手く使わせてもらうぜ」

 

『 気にする必要はありませんよ。俺はいつも通り、依頼人の依頼に応えようとしたまでです 』

 

 

 

 もっとも、今の段階では花屋にとっても満足のいく結果だとは思っていない。引き続き、調査を進める心積もりだった。

 伊達も、そんな花屋の考えは解っている。現在、表と裏の人間として相容れない間柄と言える2人だが、共に人として正常と言える正義感を持つ事は共に解っている事だ。

 更に言えば、桐生の件もある。共に、桐生の働きにより、自分の子供との関係を修復してくれたという恩義を感じる者同士でもある。そんな桐生を救う為と思えば、2人も自然の気合が入るのは至極当然の事だった。

 

 

 

「……それにしても、この子……どこに行ってしまったんでしょうね……?」

 

 

 

 携帯に送られた画像を見ながら、秋山は不意に ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……考えられるとすれば、茅場を探しに行ったか、噂を気にして姿を消したか……」

 

「……あるいは、茅場を見付けて、そこで殺されたか……」

 

 

 

 伊達に続き、谷村は若干 重い口調で言う。

 考えたくない可能性だが、恋人であり、高い知能を持つ彼女なら、独自の目線で茅場の行動パターンを読み、潜伏場所を特定する可能性は充分にある。もし そうだと仮定すると、姿を消して既に半月近く経っている現状を考えれば、彼女が既に茅場によって口を封じられた可能性も否定できない。無論、まだ潜伏先を見付けてすらいない事も考えられるが。

 

 

 そして更に、伊達と谷村の脳裏には“ もう1つの可能性 ”が浮かび上がっていた。

 口にするのは憚られるが、しかし事件解決の為には あらゆる可能性を探らねばならない性分が、決して見逃してはならぬと自らを叱咤する。

 

 

 そして、その“ 可能性 ”を考え付いたのは、彼等だけではない。

 

 

 

 

 

『 あるいは ――――――――― 彼女も、茅場の“ 共犯 ”か……だな 』

 

 

 

 

 

 仕事柄、警察以上に あらゆる視点を洗う花屋が、いっそ清々しいまでの残酷な可能性を口にした。伊達、谷村も苦々しい顔をして、しかし何も言わない。秋山と冴島も同様だ。

 彼等は仕事柄や これまでの人生の中で、人間が持つ あらゆる感情を目の当たりにしてきた。

 

 故に彼等は知っている ―――――― 人は、自分が納得さえすれば、どんな事でも出来ると。

 

 

 たとえ それが ―――――― どんなに人としての道を踏み外していようとも。

 

 

 彼等は、神代 凛子という人間の事を詳しくは知らない。

 

 知るのは、ただ名前と顔、そして僅かな経歴のみ。

 

 

 

 

 

 故に、彼女が“ そんな事をするはずがない ”と、言い切る事も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 11:49  神室町・中道通り 】

 

 

 

 

 

 桐生、真島の見舞い、そして互いの情報交換を終えた後、おのおのは帰路に着いた。

 伊達と谷村は、花屋の情報を頼りに神代 凛子の捜索を、冴島は茅場の行方を捜す かたわら、未だに山積みである自身の組と真島組、そして本家若頭としての仕事を片付ける為に、それぞれ踵を返す。

 そして秋山も、タクシーを用いて神室町まで帰ってきた。

 

 

 

「ご乗車、ありがとうございました」

 

「あぁ、ありがとさん」

 

 

 

 料金を払って互いに礼を述べた後、タクシーは その場を後にする。絶える事のない車の往来の中に去って行くのを見届けると、懐からタバコを取り出しながら、中道通りを歩いていく。

 この日は祝日 ―――――― 勤労感謝の日という事もあり、神室町には普段よりも人で溢れている様子が見て取れる。

 タバコの味を楽しみながら、相も変らぬ賑わいを見せる慣れ親しんだ歓楽街を僅かに見渡して、秋山の胸には何とも言えぬ感情が去来する。

 いささか感傷的だと思っていると、腹の虫が鳴って来た。

 丁度 昼時だという事もあって、どこか店に寄ろうかとあちこちに掲げられている看板を見ながら歩を進めていく。流石に中道通りは神室町の中でも有名な飲食店が豊富であり、秋山は どれにしようか吟味する。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 不意に、秋山の視線の先に気になるものが映り込んだ。

 そこは、天下一通り裏路地である。文字通り、天下一通りに通じる路地であり、そこも いくつかの飲食店が軒を連ね、更に《 第三公園 》と呼ばれる小さな公園も設置されている区画だ。

 

 そこに、1人の少女が立っていたのだ。遠目なので判断し辛いが、おそらく中高生と思しき容姿である。そんな少女が、裏路地の北の方へと進んでいったのである。

 

 

 

(あの子……何で、あんな所に……?)

 

 

 

 秋山は、少女の行動を見て訝しがった。

 というのも、その少女が進んだ先は完全なる空き地であり、何もない区画なのだ。せいぜい、仕事の休憩の際にサラリーマンやOLなどといった人々がタバコを吸ったり、喉を潤したり、喧騒から離れて静かに過ごしたい時に用いる位だ。

 

 だが、それは あくまで この街に働くなどして根を下ろしている人間のする行動だ。

 秋山から見て、その少女は神室町に住む人間には見えなかった。入る前に辺りを見渡したり、どこか街の雰囲気から浮いていたりしていた為である。経験か来る勘が、ほぼ間違いないと告げていた。

 

 

 

(う~ん………何、か気になるなぁ……)

 

 

 

 一度 気になると、どうしようもなくなるのが人の性である。

 だがタイミング悪く、腹の虫が鳴り始めた。本格的に空腹になったようだ。

 しかし、見知らぬ少女の行動も気になって仕方ない。考え過ぎかもしれないが、この街は勝手の解らない人間、まして年端もいかないような少女が1人で彷徨うには危険過ぎる所だ。もし万一の事があったら、目撃した人間として目覚めも悪くなってしまうだろう。

 無視して早急に腹を膨らませるか、それとも懸念を解消させるべきか。

 

 

 

 

 

(……はぁ~……仕方ない、行ってみるか)

 

 

 

 

 

 しばし悩んだ後、秋山は気になる位なら確認しようと、行く事を決めた。もし何事もなかったとしても、腹の虫は大して機嫌も損ねないだろうし、もし万一の事が現実になれば一大事だからだ。

 善は急げとばかりに、秋山は少女が進んだ裏路地の奥へと向かう。

 

 

 

 

 

 そして、奥へと進み始めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやっ……!! 放して下さい!!」

 

 

「何だよ、つれない事 言うなよ」

 

「せっかくだし、俺達と遊んでこうぜ?」

 

 

 

 

 

 秋山の耳に、不本意ながら聞き慣れた、ある種“ お約束 ”とも取れる内容の会話が届いたのだ。

 

 

 

(やれやれ……勘が鋭いのも、困ったもんだね……)

 

 

 

 自賛のような自嘲のような複雑な思いを抱き、頭を抱えつつも、秋山は奥へと急ぐ。

 

 そして角を曲がった先に、先程 見た少女と、その子に詰め寄っている男2人がいた。服装の派手さといい、乱暴に少女の腕を掴む様といい、お世辞にも品行の良い男達には見えなかった。下を見れば、まだ新しい缶や吸い殻が転がっている。おそらく、ここでタバコを吹かしながら(たむろ)していたのだろう。そこに、少女が運悪く出くわしてしまったのだ。

 

 そして少女は男達から逃れようと もがいているが、体格の差も大きく、まるで歯が立たない様子だ。

 さすがに看過は出来ない状況だと判断し、秋山は前へと進む。

 

 

 

「あ~、君達。ちょっと、良いかな?」

 

「……あ? あんだ、オッサン」

 

「ただの通りすがりさ。それより、感心しないな、いたいけな女の子に乱暴するなんて」

 

「はぁ~? 何 言ってるんですかぁ? 俺達は、ただ純粋に、遊ぼうとしてるだけですけどぉ~」

 

「俺達、今お楽しみの最中なんだよ。オジサンは、どうぞ引っ込んで下さ~い」

 

 

 

 秋山としても、いきなり実力行使を行なうのは本意ではない。話して解るのなら それに越した事はないと、男達の行動を諫めるが、当の男達は まるで意に介す様子はない。むしろ、自分たちの楽しみを邪魔されて鬱陶しいという感情が ありありと滲み出ていた。

 少女の嫌がる反応を まるで気に留める様子のない男達の言動に、秋山も眉間に皺を寄せずにはいられない。

 とはいえ、ここで すぐに暴力を訴えるのは三流のする事。秋山は、腕を掴まれている少女に顔を向け、問いかける。

 

 

 

「君。こんな事 言ってるけど、そうなの?」

 

「ちっ、違います!! この人たちが、無理矢理 連れて行こうとしてるんです!! お願いです、助けて下さい!!」

 

 

 

 少女は、今を逃せば後はないと感じ取り、必死の言葉と表情で秋山に救いを求める。

 

 

 

 その言葉を聞いて、秋山は内心ほくそ笑んだ。

 

 

 これで、“ 大義名分 ”が出来た ―――――― と。

 

 

 

「……だってさ。悪い事は言わないから、その手を放しな」

 

「はぁ~? 放さなかったら、何だって言うんだ?」

 

 

「そうだな………悪戯(おイタ)が過ぎたって事で、少し痛い目を見てもらおうかな?」

 

 

「っ……黙って聞いてりゃ……舐めた事 言ってんじゃねぇぞコラァ!!」

 

 

 

 秋山の挑発に乗り、少女の手を掴んでいた男も手を放し、秋山の方に気が向いた。それを見て、秋山は上手くいったと笑みを溢す。その笑みを違う意味で捉えたのか、男2人は更に機嫌を悪くし、敵意を剥き出しにする。

 少女の方は、男の拘束から逃れたものの、代わるように暴漢に詰め寄られる秋山に対し、不安げな表情を向ける。

 

 

 

「断っとくけどよぉ……先に喧嘩を売ってきたのはオッサンの方だかんな? 俺達は、それを買っただけだぜ」

 

「後悔しても、遅ぇからなぁ!!!」

 

 

 

 男達の方は完全に臨戦態勢に入っている。その体からは、目の前の男を踏み躙ってやろうという暴力的な気迫で満ち満ちていた。

 後ろで見ている少女は、もはや衝突は避けられない状況に恐怖を抱いていた。自分の為に、見ず知らずの男性が危険に晒されようとしているのだ。無理もなかった。

 

 

 

 そんな中にあって、秋山が浮かべる表情は ―――――― 不敵な笑みだった。

 

 

 

 

 

「御託は その辺にしな。こっちは いつでも良いぜ ――――――――― 来な!!!

 

 

 

 

 

 その挑発にも等しい声に、男2人は完全に感情を振り切らせた。

 歪ませる表情に、拳に、混じり気のない殺意を宿らせ、秋山へと襲い掛かる。2対1という、助けに入ってくれた秋山にとって不利な事は明白の状況に、少女も更に恐れ慄く。

 

 そして、真っ先に迫った1人が、その握り締めた拳を力強く振り被る。

 その軌道は真っ直ぐ秋山の顔面へと迫る。人を殴る事に慣れた、暴力的な鋭い腕だ。

 

 

 

 それは そのまま、秋山の顔面へと突き刺さる ―――――― と思われた。

 

 

 

「ふっ!」

 

 

「っ!?」

 

 

 

 だが、届くまでの一瞬の間に、秋山の姿が男の視界から消えた。少なくとも、男の目線からは そう見えた。

 実際には、拳の軌道を見抜いた秋山がタイミングを合わせ、体を捻り、地面を滑るように躱しただけだ。

 しかし、それが あまりにも早い為に、男には消えたように映ったのだ。あまりにも素早く、鋭い足捌きである。

 そして更に、秋山は足の軌道を変え、瞬く間に殴り掛かった男の背後へと回った。後へ続こうとしていた もう1人は、その軽やか過ぎる程の足技(スウェイ)に、目を丸くする。

 

 

 

「おら!!」

 

 

 

 背後に回った秋山は、未だ殴る行為を止め切れていない男の右腕に狙いを定め、左手を突き出した。

 

 

 ゴキリッ、と聞こえそうな生々しい音が響く。

 

 

 

「あああああっ!!!?」

 

 

 

 無理矢理 押し込まれた勢いで、男の拳は固いコンクリートのビルの壁に直撃した。ただの肉と骨の塊でしかない拳が、圧倒的 固さ、質量のコンクリートに ぶつかれば潰れるは必定。肉は削れ、骨が砕けんばかりの激痛に、男は腕を押さえて転がり、悲鳴を上げる。

 

 

 

「ふっ」

 

「っ……!!」

 

 

 

 秋山が、もう1人の男に向けて笑みを浮かべる。まだ続けるか、と言いたげな挑発的な笑みだ。

 あっと言う間に片割れを無力化された恐怖から、男は一瞬たじろぐも、舐められる事への怒り、そして仲間を傷付けられた義憤から、恐怖を押し退け秋山に突っ込む。

 

 

 

「おらっ! くのっ! てえぇいやぁっ!!」

 

 

 

 右手、左手、そして蹴りと、喧嘩慣れした動きで秋山へ攻撃を繰り出していく。

 しかし、素人相手なら まだしも、殺し合いすら慣れている秋山が相手では児戯にも等しい攻撃だった。全く動じる様子も焦る様子も見せず、余裕で見切って最低限の動きで躱していく。

 そして、蹴りを躱されて大きな隙を見せたのを、秋山は見逃さなかった。

 

 

 

「そおらっ!!」

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 

 がら空きの腹に向けて、お返しとばかりの蹴りを見舞ったのだ。その蹴りは鋭い上に重く、170を超える男の体を大きく後退させる。

 しかし腹に走る痛みに悶絶する間もなく、今度は背中に鈍い痛みが走るのを男は感じ取る。元々、戦いの場になった裏路地は狭く、存分に戦うには本来 不向きな場所だった。少し大きく動けば、たちまち この様である。

 

 そして壁に叩き付けられ、更に勢い余って僅かに前に跳ね返って来たのを見て、秋山の目は光る。

 

 

 完全なる無防備な体勢 ―――――― 追撃してくれと言わんばかりだ。

 

 

 

 

 

「おらっ! ふっ! ほぁっ!」

 

 

 

 

 

 まず初めに、左脚の蹴りを見舞う。脇腹に喰い込み、倒れ込もうとする間も与えず、今度は右脚による蹴り上げを顎に喰らわせる。更に、蹴り上げた足を戻す際に踵を頬や胸などに当てる形で追加ダメージを与える。

 これだけでも かなりのものだが、まだ秋山の攻撃は止まらない。蹴り上げた右脚を地に着けた瞬間、その足を軸とするように左脚を上げ、更なる攻撃態勢を整える。

 

 そして、そこから怒涛の連続攻撃を叩き付ける。

 

 

 左脚によるラッシュが舞う。

 

 

 男の顔に

 

 

 胸に

 

 

 肩に

 

 

 腹に

 

 

 ありとあらゆる至る所に打ち込まれていく。

 

 恐ろしく速い足技である。並の人間なら、そこまで速く足を出したり引いたりなど出来はしない。不慣れな人間なら、両腕でのラッシュすら儘ならない事を考えれば、尋常ならざる技量と言えた。

 息も吐かせぬ連続攻撃に、男は ただ為すがままであった。もはや悲鳴さえ上げる間もない。

 そうして、足を叩き付けること優に10回余。前は至る所に蹴りの攻撃を、背中は固い壁に叩き付けられては浮き、叩き付けられては浮きを繰り返し、もはや満身創痍である。

 

 

 

 

 

「…ぐふ………っ」

 

 

 

 

 

 ぐるりと白目を剥き、断末魔に等しい呻き声と共に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

「ひぃっ……ひぃっ……はあっ!?」

 

 

 

 右手が砕けるような痛みに未だ もがいていた男が、ようやく落ち着いてきた様子を見せる。痛む手を押さえつつ、震える顔を憎い相手の方へ向ける。

 しかし、そこにいたのは悠然と立つ その男(秋山)と、うつ伏せに倒れ伏す仲間の姿だった。

 

 

 

「よぉ。お仲間は もうおネンネしちゃったけど、どうする? まだやるか?」

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべながら、どこか面倒臭そうな口調で語りかける。

 秋山自身、まだ突っ掛かって来たところで屁でもないと自負しているが、同時に これ以上やるのは面倒を通り越して可哀想とすら思っていた。

 そんな、己を憐れとすら思い始めている秋山に対して ますます怒りが湧くものの、自分も含め、あっと言う間に無力化させられた事が示す圧倒的 実力差を肌で感じ取り、何も言い返せず、ただ怒りと痛み、そして恐怖によって震えるばかりだ。

 

 

 

「っあ……うわあああっ!!!

 

 

 

 そして、感情を右往左往させる事 数秒。男は遂に悲鳴を上げ、腰を抜かしながら、路地から走り去って行った。

 

 

 しかも、仲間を置き去りにして。

 

 

 

「あぁっ、おい! こいつ ―――――― って、行っちゃったよ……参ったな」

 

 

 

 秋山の制止も聞かず、というか間に合わず、足音も あっと言う間に聞こえなくなった。

 久々の喧嘩だった為、少し やり過ぎたかとバツの悪そうな顔をして頭を掻く。しかし、あれ以上やる気もなかたので、良しとする事にした。

 

 

 気を取り直し、端の方に避難していた少女に向く。

 

 

 

「あぁ、君。大丈夫だったか?」

 

「え……あ、は、はいっ! 助けてもらって、ありがとうございます!!」

 

 

 

 そして少女の方は しばし呆然としていた様子だが、すぐに気を取り直して秋山に対し深々と頭を下げて礼を述べた。何とも礼儀正しい姿だと秋山も感心を覚える。

 

 改めて近付いて少女の容姿を見ると、中々の器量良しだと秋山は感じた。

 やはり、歳の頃合いは中高生といったところ。顔立ちは まだ幼さが残るが、同時に落ち着きのある雰囲気も見せている。一方で、切り揃えられたボブカットは少女の清涼感、活発さを印象付けてもおり、一概に印象を決めるには難しい。

 身に纏うコートも、派手ではないが決して地味という訳でもなく、落ち着きの中に上品さも感じさせる物だ。被っているベレー帽も良く似合っており、全体的に見てもレベルが高く、将来 有望な女性だと結論付けた。

 

 

 

「? どうかしました?」

 

「ん? あぁ、いや何でもない。さっ、こんな所に長居は無用だ。さっさと ここを出よう」

 

「は、はい」

 

 

 

 もはや職業病に近い自身の観察癖を悟らせないように取り繕いながら、秋山が言う。その言葉に、少女も特に気にするでもなく言葉を返す。

 返答を聞き、秋山は踵を返して その場を後にしようとした時だった。

 

 

 

「あっ……あの」

 

 

 

 少女が、遠慮がちに秋山に呼び止めたのだ。

 

 

 

「? どうした?」

 

 

 

 急な呼び止めに、秋山は怪訝な顔で尋ねる。

 

 

 

「おじさん、この街の人ですよね?」

 

「ん? あぁ。そうだけど」

 

「街の事情とかには、詳しいですか?」

 

「え? う~ん、そうだな……まぁ、情報屋ほどじゃあないけど、そこそこ詳しいと思うよ?」

 

 

 

 問いかけられた質問に秋山が そう答えると、少女は何かを決意したような表情で、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……少し ―――――― ご相談があるんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 12:42  中道通り 喫茶アルプス店内 】

 

 

 

 

 

 昼時という事もあり、神室町が誇る創業40年の老舗・《 喫茶アルプス 》は、ほぼ満席であった。

 腹を空かせたサラリーマンやOL、それに学生や老人など、老若男女 問わずに席に座り、おのおの食事を堪能している。

 

 

 その中に、秋山と少女の姿もあった。幸い奥の席が空いていた為、そこに座る事にした。

 先程の運動(喧嘩)で本格的に腹の虫が鳴り始めた秋山は、腹を膨らませる為に喫茶アルプス自慢のメニュー・《 オリジナルビーフカレー 》を注文する。

 少女にも、好きな物を頼んで良いと伝えた。助けてもらった上に奢ってもらうのは流石に申し訳ないと辞退しようとしたが、彼女も空腹になっていたのは事実だった。加えて秋山も、気にしなくても良いといって譲る気配を見せない。その為、少女は遠慮がちに受け入れ、サンドイッチセットとチョコレートパフェを注文した。

 

 

 

「さて……それで、俺に相談ってのは?」

 

 

 

 店員に注文を頼んだ後、秋山が話を切り出した。

 この店は喫茶店ながら、老舗ゆえの本格的な料理を行なう。その為、料理が来るまでには若干の時間があった。話を聞くなら今だろうと切り出したのだ。

 少女も、本来の目的が来た事で気持ちを切り替え、姿勢を正して語り始める。

 

 

 

「はい。まずは、自己紹介から。あたし の名前は桐ヶ谷(きりがや) 直葉(すぐは)っていいます」

 

「こちらこそ。秋山 駿だ。スグハちゃん、っていうのか。中々ユニークな名前だね」

 

「そうですね。直後の“ (ちょく) ”に、葉っぱの“ () ”で、直葉って読むんです。知らない人が相手だと、よく『 ナオハ 』とかに間違われる事もあります」

 

「ハハ、そうか。でも、良い名前だと思うよ。葉って漢字には、“ 健やかに、すくすくと育つ ”って意味も込められてるからね。それでいて、真っ直ぐと……うん! 実に良い名前だ。親御さんのセンスには脱帽ものだね」

 

 

 

 秋山は自身の知識を駆使し、直葉の名前と、その名を名付けた親に対する称賛を惜しみなく告げる。

 直葉も、そこまで自身の名を褒められるのは経験がないのか、恥ずかしいのか嬉しいのか微妙な表情を浮かべて、笑みを溢す。

 

 

 

「えへへ。でも、秋山さんの名前も格好良いと思いますよ。それに、凄く強いですし」

 

「そいつはどうも。それで?」

 

 

 

 掴みは上々。話し合うには適度に緊張も解れてきたと見たところで、先を促す。

 直葉も こくりと頷き、語り始める。

 

 

 

「あたし、探し物を探してるんです」

 

「探し物?」

 

「はい。人、っていうのか、店、っていうのか……とにかく、見付けたいものが」

 

「ん~……いまいちピンと来ないな。もう少し、詳しく話してくれるかい?」

 

「はい……」

 

 

 

 秋山の言う事も もっともだとして、直葉は詳細を語り始める。

 

 

 

「……《 SAO事件 》……ご存知ですよね?」

 

「!!……あぁ、勿論だ。むしろ、知らない人間の方が少ないだろうね」

 

 

 

 そう答えながら秋山は、直葉が どういう事情を持つ人間なのか、断片だけでも想像がついた。

 

 

 

「……知り合いか、身内が?」

 

「……はい………兄が……」

 

 

 

 俯き、言い難い言葉を絞り出すように、彼女は答えた。

 

 

 

「あの日から……もう半月……なのに、お兄ちゃんは まだ起きないんです……家の中の空気も、今までとは まるで……っ」

 

 

 

 言葉を紡ぐ内、直葉の目には涙が浮かび始め、そして言葉を終える頃には堪え切れずに溢れ出してしまった。その悲痛な表情と見て、言葉を聞くだけでも、彼女、および彼女の家の悲しみが ひしひしと伝わってくるようだった。

 

 

 

「……そうか。君も(・・)……」

 

「え………?」

 

 

 

 特に、身内でこそないものの、ある意味 血縁以上に絆を深めたと言える程の人間が同じ目に遭っている秋山に とって、直葉の事情は決して他人事ではなかった。

 

 

 

「君()って……それじゃあ……」

 

「あぁ……もっとも俺の場合は、知り合いだけどね」

 

「そう……だったんですか……」

 

 

 

 少なからず目を見開き、そして再び俯く直葉。

 驚愕、同情、そして悲哀。僅かな時で、彼女の表情に浮かぶ感情は様々だった。まさか、自分を助けてくれた人も、自分と同じ境遇にいるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

 

 

「全くもって酷い事件さ。何の罪もない人間の意識を無差別に奪い、挙句に放置だ。一体、たった半月の中で どれだけの人間が悲しんだか」

 

「はい……」

 

 

 

 秋山の怒りが滲み出ている言葉に、直葉も俯きながら同じく抑え切れない怒りと共に、言葉を紡ぐ。

 共に、共通の境遇であるが故の感情の共鳴であった。その中で、“ 死 ”を連想させる言葉を控えているのは互いに余計な事を考えぬ為の配慮だった。

 互いの事情も話し終えたところで、本題に入る。

 

 

 

「それで、探し物ってのは?」

 

 

「占い師です」

 

 

「う……占い師?」

 

「はい」

 

 

 

 予想外の言葉に、秋山は思わず目を丸くする。

 これまでの話から どうして占い師の事になるのか見当が付かなかったものの、まずは考えてみる事にした。

 

 

 

「う~ん……この街で占いで有名と言えば……《 ナオミの館 》かな?」

 

 

 

 とりあえず秋山が思い浮かべた占い師は、今 神室町で評判の『 ナオミ 』の店だった。

 ミステリアスな雰囲気を持つ小さな店であり、そして店主のナオミは既に老年でありながら大の男にさえ負けない程に気が強く、同時に気品の漂う女性である。

 占い師と名乗ってはいるが、実際は情報屋であり、花屋とは違う独自の情報網を駆使して様々な情報を扱っている人間である。かつて、谷村も因縁のある事件にも大きく関与し、そして解決に尽力した経緯もある。

 谷村を介して秋山も面識があり、時折 自分の店である《 エリーゼ 》で働いてくれる女性を探す際、頼った過去もある。

 

 

 

「いえ…多分、違うと思います」

 

 

 

 しかし、それを聞いた直葉は すぐに首を横に振った。

 

 

 

「あれ、そうなの? 有名になったのは最近だけど、一番 有名な はずだけどな」

 

「はぁ。でも、あたしが聞いたのは、店主の名前はおろか、店の名前すらも解らないものなんです。それに、その占い師が一番 有名だったのは、もう20年以上前らしいですし」

 

「20年前!? また随分と古い話だな」

 

「はい。あたしも、ネットで調べて知っただけですし」

 

「ふ~む……」

 

 

 

 20年以上前といえば、直葉は生まれておらず、秋山ですら学生である。さすがに、そんなに昔の事情までは知らなかった。

 

 

 

「それにしても、どうしてまた そんな昔の占い師の事を?」

 

「その占い師、何でも100%当たるって事で有名だったらしいんです」

 

「100%? 何、か胡散臭いけどな……」

 

「正直、あたしも半信半疑です。でも調べたネットでは、その人に占ってもらった事を参考にした人が、例外なく人生で成功を掴んだらしいです」

 

「そうか……」

 

 

 

 正直なところ、秋山が抱いている占いの定義は“ 当たるも八卦、当たらぬも八卦 ”だ。

 100%の確立を誇るなど、もはや占いどころか予言の域である。情報源も真実と嘘が幾重にも交差しているネットワークという事もあり、そこまで当てにする程の事とは言い難いと感じていた。

 とはいえ、頭ごなしに否定する訳にもいかない。その辺りの事情も聞くべきと考えた。

 

 

 

「その占い師に会えたとして、何を聞こうと?」

 

「出来るなら……事件の犯人 ―――――― 茅場 晶彦の行方を」

 

「茅場の?」

 

「はい……ニュースを見てても、一向に そいつが見付かる気配がありません。お兄ちゃんに、色んな人に酷い目に遭わせといて、その人は のうのうとしてる……あたしには、それが どうしても許せない!

 

 でも、たかだか中学生の あたしじゃ どうにも出来ないし……せめて、何か手掛かりでもって思って、慣れないパソコンを使って、色々と調べたんです」

 

「その結果、その占い師に辿り着いた、と」

 

 

 

 こくり、と直葉は頷く。

 

 

 

「ネットじゃ、茅場の情報は掠りもしなかったし、警察も あんまり当てに出来ない……もう あたしには、オカルトの力でも借りないと駄目だって、そう思って……」

 

「………」

 

 

 

 自分には どうする事も出来ない。されど、何もしないという事は心が許さない。

 そんな直葉の葛藤が、痛いほど伝わってきていた。

 特に秋山にとっては、決して他人事とは言えないものであった。

 

 

 

「秋山さん……改めて、お願いがあります」

 

「ん?」

 

 

 

 秋山の目を見る直葉の目は、およそ遊び盛りの女子中学生が宿すには強かなものだった。

 他の事には一切 目もくれないとばかりの視線を向けながら、直葉は言う。

 

 

 

「あたしは、この街の事には疎いです。だから、その占い師を探すのを、手伝ってもらえませんか? 出会ったばっかりの人に、こんな事を頼むのは、馬鹿馬鹿しいって解ってます。

 でも……あたしには もう、他に考え付く事がないんです……だから……っ」

 

 

 

 そう言って、直葉は頭を下げた。

 

 必死に頼み込むその姿は、震えていた。

 

 はたから見れば、直葉の言っている事が いかに常識的な事から外れているかは言うまでもない。いくら学生の身で手段が他にないとはいえ、噂でしか知らない、眉唾に等しい占いの力を頼ろうと言うのだから。それも、今もいるかどうかすら怪しい人物だ。

 まして、頼む相手は出会って間もない人間だ。たとえ顔見知りでも気が進まないであろう事柄を、全くの他人に頼むなど、通常では考えられないと言っても過言ではない。

 

 しかし、そんな事は言っている直葉自身が一番 解っている事だ。

 そして悲しくも、もはや そういった事に頼る以外に縋るものがない程に無力という事も。

 だからこその、この苦しそうな懇願の姿だ。中学生の少女が見せるには、あまりにも痛々し過ぎる姿であった。

 

 

 

 

 

「直葉ちゃん」

 

 

 

 秋山の声に、直葉は下げていた顔を上げる。目尻には、僅かながら涙が浮かんでいる。

 

 

 

「……解った。俺に どこまで出来るか解らないが、出来る限りの協力はさせてもらうよ」

 

 

 

 優しい声色で、そう告げる秋山。

 それを聞いた直葉の目は、大きく見開かれる。

 

 

 

「っ!! 本当、ですか? こんな、ふざけた頼みを聞いてもらえるんですか?」

 

 

 

 正直な話、まともに取り合えってもらえるとは思っていなかったのだろう。驚きと信じられないという気持ちで、重ねて尋ねる。

 

 

 

「ふざけてるなんて、とんでもない。君は、自分に出来る事を精一杯やろうとしてるだけさ。俺は、そういった心意気を持つ人間が好きでね」

 

「秋山さん……」

 

「やれるところまで やれば良いさ。何にしても、まずは行動してから、ってな」

 

 

 

 全てを受け止めるような秋山の言葉に、直葉は一言では言い表せぬ感情が込み上がってくるのを感じる。ともすれば、涙さえ流れてきそうな程だ。

 しかし、流石に ここで泣いては迷惑だし、恥ずかしいからと、必死で堪える。

 

 

 

「―――――― はい!!」

 

 

 

 そして代わりに、眩しいまでの笑みを見せた。

 

 

 先程までとは打って変わった明るい表情を見て、秋山も満足げな表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

「お客様、お待たせしました」

 

 

 

 話が一段落したのと同時に、ウエイトレスが頼んだ料理を持って やって来た。実に良いタイミングである。

 特に空腹である秋山は待ってましたとばかりの嬉しそうな顔になる。

 それぞれの料理が目の前に置かれ、美味しそうな匂いと見た目が食欲を そそる。

 

 

 

「さっ、まずは食べよう。動くのは それからさ」

 

「はい!」

 

 

 

「「 いただきます 」」

 

 

 

 お行儀良く手を合わせて お決まりの言葉を紡ぎ、そして おのおの料理を頬張っていく。

 

 空腹が強くなっていた秋山の食べっぷりは まだしも、直葉の勢いも中々のものだった。しっかりと味を噛み締める表情には、単に味に舌鼓を打つだけでなく、これからの行動への下準備をせんとする意気込みが宿っていた。

 

 

 腹が減っては戦は出来ぬ、という奴である。

 

 

 

 そんな様子を見せる直葉を見て、秋山は腹だけでなく、胸の内も一杯になる気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶アルプスで食事を終えた後、2人は すかさず行動に出た。

 

 

 まずは、探索に おける基本中の基本、情報収集である。

 秋山も携帯のネットで調べて改めて はっきりしたが、件の占い屋は20年以上前の店だ。

 神室町は いつも変わらぬ街に見えて、その実 人や店などが目まぐるしく変わっていく一面も持っている。店を持つ事は決して難しい事ではないが、競争率の高さや治安の悪さから、それを維持するのが難しいのである。喫茶アルプスなどのように、何十年も続く事の方が稀なのだ。

 とにもかくにも、店が あったという80年代後半の当時に詳しい人間の証言が必要になってくる。

 

 

 であれば、その昔から続いている喫茶アルプスの人間に聞けば良いではと直葉は指摘した。

 

 ナイスアイディアと秋山は称賛し、早速 店長に来てもらい、話を聞いてもらった。

 

 

 しかし、店長は首を横に振った。 

 

 

 意外そうな顔をする2人に対し、店長が詳細を語ってくれた。

 

 確かに喫茶アルプスは40年の歴史を誇る老舗だが、既に店長も含め代替わりが進み、昔からの人間は全くいないのだという。今いる古株でも、せいぜい10年そこらだとか。

 以前の店長だった木下(きのした)という人間なら当時からの人間だったらしいが、不幸には彼は、8年前に喫茶アルプスで起きた殺人事件の犯人が自身の妻だったという憂き目に遭い、自分から街を去ってしまったのだという。

 そのスキャンダルが切っ掛けで一時期は売り上げも伸び悩み、多くの店員が去り、挙句には店の存亡すらも危ぶまれたが、店が無くなる事を惜しんだ有志の努力もあり、今も こうして続いているのだという。

 

 

 中々にお涙頂戴な話を聞けたが、肝心な事が解らないのでは意味もなく、秋山と直葉は少なからず残念に思った。

 気を取り直し、店を出た2人。そして秋山は改めて頭を捻る。

 

 

 20年以上前の事を知り、立ち代わりが激しい神室町の事情に詳しい人間。

 

 

 自分が知る限りの中で それに該当するであろう人間を想像し、思い浮かべては消去法で流していくを繰り返す。

 

 

 

 そして思考を巡らせる事1分弱。

 

 

 

 秋山の脳裏に、パズルがピッタリはまるような感覚が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― で、アタシの所に来たってワケかい」

 

「まぁ、そういう事で」

 

 

 

 秋山たちが やって来たのは、中道通りの一角のビルにある店だ。その内装たるや中々に豪勢であり、一般的なビルの中とは思えない程に絢爛に出来ている。広さこそ狭いものの、中世ヨーロッパを思わせ、部屋を灯す電飾のシャンデリアや赤を多用した装飾など、目も眩むようである。

 見慣れている秋山は まだしも、初めて訪れた直葉は、その一種の迫力に圧されている様子だった。開いた口が塞がらないといった様子で部屋中を見回している。

 

 

 此処こそ、神室町で近年1,2を争うほどに知名度を上げている占い店・《 ナオミの館 》だ。

 

 

 そして、灰色に綺麗に染め上げられた頭髪に蛇柄のベスト、それに金縁の眼鏡など、派手な衣装を着こなして座る女性こそ、店主の『 ナオミ 』である。

 

 

 

「お嬢ちゃん、こういう店は初めてかい? 物珍しそうに目移りしちゃって、まぁ」

 

「えっ! いや、その、スミマセン」

 

「ハハハ、良いんだよ。まぁ、社会勉強の一環って事で よぅく見ておくれな」

 

「は、はい!」

 

「フフフ、素直で良い子じゃないか」

 

「全くもって同感です」

 

 

 

 部屋の雰囲気に呑まれて余裕が あまりない直葉に比べて、余裕綽々の大人2人。

 何だか気恥ずかしいやら悔しいやら複雑な気持ちになり、人となりを褒められての言葉も素直に喜べない直葉だった。

 

 

 

「あの……ところで……」

 

 

 

 それよりも、直葉には部屋やナオミ以上に気になる“ もの ”があった。

 

 

 

「うっす!」

 

 

「おっす!」

 

 

 

 それは、ナオミの脇を固めるように立っている、2人の大男だ。それも、2人とも真っ白なスーツに身を包み、頭は緑色のアフロヘア―、顔には白化粧に口元の大きな赤塗り、そして大きな赤っ鼻という、まさにピエロそのものの奇怪な格好をしていたからだ。

 はっきり言って この男達 ―――――― 『 ボブ宇都宮(うつのみや)は怪しい事この上ない存在だった。

 

 

 

「あぁ、気にしなくて良いよ。こいつらはアタシの下僕だからね。お嬢ちゃんに危害を加える事は決してないさ」

 

「げ、下僕って……」

 

 

 

 一介の中学生でしかない直葉にとって、あまりにも生々しい単語に、思わず顔も引き攣ってしまう。

 

 

 

「直葉ちゃん。神室町(ここ)は、良くも悪くも“ 大人 ”の街って事さ。そんな事で いちいち狼狽えてたら、身が保たないよ」

 

「は、はぁ………」

 

 

 

 困惑しきりの直葉に、そう言って秋山は優しく諭す。

 正直な話いまいち釈然としないのが本音だが、気にしていては話が進みそうにもないので、直葉も ひとまず置いておく事にした。

 そろそろ、本題に入る頃合いである。

 

 

 

「―――――― で、20数年前の同業の事、だったかい?」

 

「えぇ、そうです。ナオミさん、何か心当たりはありませんか?」

 

「う~ん。そうだね……」

 

 

 

 秋山に問われ、ナオミは自身の記憶を探っていく。

 

 

 狭い部屋の中で流れる、静かな沈黙。

 

 

 秋山と直葉も、固唾を飲んで見守る。

 

 手掛かりが圧倒的に少ない現状では、ナオミに可能性を託すしかない。

 

 どうか繋がってくれと、直葉も神妙な面持ちで祈る。

 

 

 

 

 

「……ある。その占い師、確かに覚えがあるよ」

 

 

 

 

 

 そして待つ事 10秒弱、回顧より戻ったナオミの第一声は“ (あり) ”であった。

 

 

 初めて得た手応えに、秋山と直葉は「しめた」とばかりの表情を見せた。

 

 

 

「それは本当ですか!?」

 

「あぁ、間違いない。あれは確か、もう23年も前の事になる。丁度、バブル絶頂期だった」

 

《 バブル経済 》ってやつですね」

 

「そうさ。戦後に訪れた、この上ない好景気によって溢れた金に、誰もが酔い痴れていた時代さ」

 

 

 

 1985年。アメリカによるドル高 是正に端を発したと言われる、景気の大変動。

 アメリカのみならず、冷戦当時の西側諸国の思惑も複雑に絡み合い、日本も対応に追われる。その末に齎されたのが、今に伝わるバブル景気である。

 今となっては夢のようだった時代に思いを馳せつつ、ナオミは言葉を続ける。

 

 

 

「その当時のアタシは、まだ今みたいな商売はしてなくてね。真面目に働いて馬鹿みたいに入ってくる金を貯めつつ、老後は どうしようかと、あやふやな将来の事を考えながら暮らしてた。

 そんな ある日の事さ、この街の一角で そいつと出会ったのは」

 

「例の、占い屋ですか」

 

 

 

 頷き、そしてナオミは、当時の事を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。あれは、そう ―――――― もうすぐ昭和が終わろうかという時だった」

 

 

 

 

 

 

 






中途半端かもしれませんが、とりあえず今回は ここまで。

ちょっと展開が無理矢理すぎるかなと思うかもしれませんが、どうか大目に見て下さい。



『 龍が如く6 命の詩。 』も、あと一か月。本当に待ち遠しいです。


そして、『 劇場版ソードアート・オンライン オーディナル・スケール 』も、見所が満載みたいですね。
来年、ぜひ劇場で見たいものです。


それでは、またの機会に。

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