炎に照らされて出来た自身の影を見つめながら、真っ直ぐな瞳を向ける享奈に炎条寺は口を開く。
「成る程……じゃあそれからここで生活してんのか?」
「はい。そういうことになります」
話の流れから察するに、享奈がこの神社に居座っているのは、悟神に命を救われてここに連れてこられたからなのだろう。
となれば、享奈は悟神の味方……つまりは自分たちにとっての敵となる。
「……悟神……」
先ほどの話を聞いていた仙座が、片手を抑えてブルブルと震えている。
これは後から聞いた話だが、初めて出会ったあの日、仙座の腕に見られた無数の傷は悟神に付けられたものだったらしい。
「おい、大丈夫か?」
「うん……ありがとう友貴」
普段の仙座では想像も付かないほど怯えている。
相当なトラウマを植え付けられているようだ。
それも無理ない、自身の命を脅かす者の話は誰だって聞きたくはない。
「どうかされましたか……?」
炎条寺の胸に寄りかかるようにして震える仙座を見て、享奈は何か気に触るようなことを言ったかという表情で問いかける。
「仙座さん……その悟神って人に命を狙われているんです……だから……」
答えずらそうに押し黙る4人を見て、夏来が重い口を開いて過去の出来事を告げる。
それを聞いた享奈は、驚いた表情で固まった。
命の恩人だと思っていた人が、まさかこんな少女の命を狙う者だと知ったのだ、無理もない。
「そ、そんなわけが……た、たた確かに悟神様は純血の能力者に対して怒りを露わにしておりました。良く私にもその危険性を説明してくれました。し、しかし殺そうとまでは……」
「残念だけど、始祖の神さんはあんたが思ってるほど良い奴じゃないの。なにせ自分に謀反を企てた奴らの子孫よ?私だったら許せないわね。髪の毛一本さえ残らないように消し去ってやるわ」
享奈の知らない悟神の顔を仙座は知っている。
そしてその話を聞いた夏来たちも。
ここで享奈に説明するのは悟神に対するイメージを壊してしまうかもしれないが、いずれは真実を知るはずだ。
それならば早いほうがいい。
「ひっ……!や、やだ……うっ」
「おい千代、あまり変なこと言うなよ。ゆりかが怖がってるじゃねぇか」
冷酷的な幻花の発言を悟神に置き換えて考えたのか、仙座は炎条寺にぎゅっとしがみ付いて涙まで流していた。
その光景を見て、夏来は少しばかりだが炎条寺を羨ましいと感じる。
「炎条寺殿、しばらく仙座殿と席を外してくれんか?その方が互いに良かろう」
「あぁ、分かった。行くぞゆりか」
「うん…」
これ以上仙座に無理なストレスを感じさせるわけにはいかないと、機転を利かせたニッ怪が2人を外へと連れ出す。
そして戻ってきたニッ怪を交え、4人はこれから先お互いにどうすべきか、その最善の答えを導き出す話へと移った。
「私たちは、ゆりかの為にもあんたたちと戦うわけにはいかない」
「私もですよ。貴方方には危害を加えたりはしません。ここに誓いましょう」
双方が不戦の契りを交わしたはいいものの、肝心の悟神がどう出るかが問題だ。
享奈が説得してどうこうなる相手でもないだろう。
「それにしても困りました。悟神様にどう言うべきか……」
「話し合いでは解決出来んじゃろう。となれば───」
ニッ怪が夏来と幻花を交互に見つめる。
その真剣な眼差しを受けた2人は、最悪の状況となった時には必ず仙座を守り抜くことを心の中で誓い、そして小さく頷いた。
「平和って……なんなんだろうね」
「さぁ? まぁ今言えるのは、その言葉とは真逆の位置に私たちがいるってことくらいね」
「だね………」
「…………」
暗い顔でボソリと呟いた夏来に、幻花は鼻で笑いながらそう返した。
無音に包まれた本殿の中を照らす蝋燭の炎が、至る所に空いた風穴から入ってくる生暖かい風にユラユラと揺れ動く。
それはまるで、このどうしようもない気持ちを表しているかの様に思えてならなかった───
ザアザアと風に吹かれて騒めく森の中、神社の階段に腰をかけている2人の男女がいた。
「よっと」
「何してるのぉー?」
泣き疲れて気分を落ち着かせた仙座は、立ち上がって賽銭箱の中を覗き込む炎条寺に問いかける。
「あ? ああ、どうやら中に金が入ってるみたいなんだ。もしかして昔の金が入ってる可能性もあるだろ? ワンチャン、マニアに売ればボロ儲けだぜ!」
なんという極悪非道的な奴だろうか?
常識と言うものを知らないのか?
そう思った仙座だったが───
「おほぉ!良いねぇ!金儲け♪金儲け♪」
ボロ儲けという言葉に気持ちが負けてしまった。
2人揃って目をキラキラさせ、賽銭泥棒が如くイヤラシイ手つきで賽銭箱を摩る。
「おぉ!」
炎条寺が賽銭箱を揺らすと、チャリンチャリーンと音がする。
中身が金銭であることを確信し、隙間から手を入れてみる。
「良い子は真似すんじゃねぇぞ!」
だが思っていた通り、手首辺りで突っかかってしまう。
「よーし!じゃあ私の力でぶっ壊しちゃおっか!お金ざっくざくだよー!」
それを見ていた仙座は、自身の能力を使用して物理的に開けようと試みる。
だがそれは流石の炎条寺も気が引けたのだろう。
神様が怒るからやめておけ、と仙座の頭をポンと叩いて言った。
───いや、賽銭箱から金を盗み取ろうと考えること自体がダメなのだが。
「え……神様……神……さ…悟神……ひっ!」
多分、今の仙座にはあまり話しかけない方が良いのかもしれない。
こう言う風に何かあっては悟神に照らし合わされると、こっちまで気が参ってしまいそうだ。
「あーごめんな!すまん!いや、そういう意味で言ったわけじゃないから、な? 本当に違うから! お昼の唐揚げ半分分けてやっから元気出せよ」
「うん、分かった!」
「なんなんだよお前」
機嫌をとることや、相手を想った発言、それは炎条寺にとってとても難しいことだった。
何故なら、今までそんなことを考えないでも良い立場にいたからだ。
だがこの少女、仙座ゆりかは、そんな炎条寺でも簡単に扱えるほど手の上で転がしやすい相手である。
「全く……本当にお前は食べ物のことになるとコロッと表情を変えるよな。このっ」
「あうっ」
都合のいい時だけ元気を取り戻す仙座に、呆れ顔の炎条寺はペチペチと軽くおでこを叩く。
するとそれまで満面の笑みを浮かべていた仙座が、突然蹲って肩を震わせ始めた。
「え、あ、おい大丈夫か? もしかして痛かったか? す、すまない……ほら、俺にもやれよ。これでお互い様、だろ?」
すすり泣く声が聞こえて来て、そんなに力強く叩いたはずじゃないと思いながらも、炎条寺は自分の行動を見直してそう言った。
「いいの?」
「ああ」
「そう……」
「よし、どんとこ───」
顔を上げた仙座の口元が少しニンマリとしていたことに気付いたのは、宙を舞って地面に背中を打ち付けた後だった。
余りの痛さに地面を転げ回る炎条寺。
そんな彼を嘲笑う高い声が前方から聞こえてきた。
「くふふっ……あっはっは!騙されてる~!嘘泣きも見抜けないなんて、こっども~♪」
「ゆりか……お前っ……ふ、ふざけんなよ……あいたた」
手をついてなんとか起き上がり、服についた汚れを叩き振るう。
幸い、受身が間に合ったから大事にはならなくて済んだが、一歩間違えれば生死を分けることとなる。
「きゃはは♪」
物理威力を操る能力、実に恐ろしい力だ。
いや、それよりもこう言うことを平気で行おうとする仙座自身の方が怖いのかもしれない。
「お主ら……一体何をしておるのじゃ」
するとその時、本殿の中から窶れた様子の4人が姿を現した。
どうやら話し合いは付いたらしい。
「早いな……で……どうするんだ……ぁぐ…」
腰を抑えながら、ヨボヨボの老人が如くトボトボと歩み寄ってきた炎条寺に、享奈は「一か八か、悟神様に話をしてみる」とそう告げた。
その無謀とも思えた提案に、炎条寺と仙座は互いに顔を見合わせて「いやぁ…」と首を傾げる。
だが悩みに悩んで、享奈が最後にそれを選んだのにはワケがあったのだ。
「私のお友達。そうすることにより悟神様も諦めると思いまして」
「なるほど!確かにそれなら手は出せねぇな」
「で、でもぉ……そんなこと構いなしに襲いかかって来たら……」
現状を突破する最善の方法。
そう思った矢先の仙座の言葉だった。
希望の光が一瞬にして闇に飲み込まれたような感覚に、夏来たちから笑顔が消える。
「その時は───我がお主を守ろう」
だがそんな中で唯一光を失わない者が居た。
その短くも暖かい言葉に、仙座は胸が熱くなるのを感じる。
「さてと、叔母さんもお昼を準備してくれてる頃だし、そろそろ帰りましょ」
スマホの画面を見つめながら、みんなを置いて歩き出す幻花。
それを聞いた夏来たちはそこまで長居をしたかと不安になり、各自スマホを取り出して時刻を確認する。
電源ボタンを押して画面に表示された数字は【12:10】
驚くべきことに、あの家を出てから約2時間も経過していたようだ。
「げっ……もう昼じゃねぇか!あんまり腹は空いてないんだがなぁ……」
「わぁーい!ご飯だご飯だ♪」
腹を摩りながら眉間にしわを寄せた炎条寺。
その横をウキウキ気分で駆けていく仙座は、「約束だよ!」と一言言い残して幻花の後を追う。
取り残された男3人と享奈の間に気まずい空気が流れる。
「さて、我らも行くとするかの」
腰に手を当て、区切りをつけようとニッ怪が口を開く。
「そうだな。あ、ちょっと待ってくれニッ怪。享奈、最後に一ついいか?」
踵を返して歩き出したニッ怪。
そして初めから気になっていた【あること】を聞き出そうと、炎条寺は視線を享奈へと移す。
呼び止められたニッ怪は、何も言わずに木の階段に足をかけたまま横目で炎条寺を見つめる。
「なんでしょう?」
「なんでゆりかが能力者だって分かったんだ?何か能力者同士通じ合うものがあるとかか?」
それを聞いた享奈は数秒の沈黙を経て、ゆっくりと落ち着いた口調で話し出す。
「目の色です。悟神様から教えてもらいました。純粋な者は琥珀色の目を持つから注意しろ、と」
「そうか。さんきゅな」
「なんじゃ、もう良いのか?」
「あぁ、聴きたいことは全部聞いた。行くぞ」
悩みが解消したのか、炎条寺は清々しいほどの澄み切った表情を見せる。
そして右手をポケットに突っ込み、左手をぷらぷらと横に振りながらその場を後にした。
「では我らも行くとするかの、夏来殿」
「うん」
「また、是非来てくださいね」
「はい。それじゃあ……」
差し出された手を掴んで、夏来は地面に着地する。
そして2人は軽くお辞儀をし、石段を下っていく炎条寺の背中を追った。
「………」
しんと静まり返った森の中、享奈は足元を見下ろして立ち尽くす。
心を許すことが出来る友達を失いたくない。
だがそれでは悟神の意志に逆らうことになってしまう。
「悟神様……私はどうしたら……」
その2つの大きな壁に阻まれ、どうしようもなく蹲って顔を埋める。
どちらか1つを選ばなくてはならないこと、それがこんなにも辛いものなんだと思い知らされた。
故にこの最大の選択は、容赦なく少女の心を締め付けていく。
「うっ……!ぁっ……」
するとその時、激しい頭痛に襲われた享奈は地面に倒れこんで意識を失う。
だが身体だけは意思を無視して動き出す。
そして享奈はそのまま覚束ない足取りで本殿の中へと入り、隅に投げ捨てられていた鉈を手に取る。
「「ウラギリモノ」」
歯をむき出しにして荒い呼吸を繰り返す享奈の声に混じり、低く、そして怨みの篭ったような声が響き渡った─────