薄弱少年と願いを叶える幻夢郷   作:わたっふ

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第7夢 目覚める闇

四方を山に囲まれ、綺麗な川と花々が咲き乱れる自然豊かな村。

その中の一軒、年季の入った2階建ての大きな家の前に夏来たちは立っていた。

チャイムを鳴らすと、中から声が聞こえる。

ガラガラと引き戸が音を立てて開くと、目の下にクマを作った、50代前半くらいの男が姿を現した。

 

「おぉ来たか! さぁさ、はやく上がんなさい」

 

「お邪魔します。叔父さん」

 

爽やかな笑顔で迎えた夏来の叔父は、挨拶を交わした夏来たちを近くの居間に通す。

木で出来たテーブルを囲む様に座り、畳の上で楽な体勢を取りながら会話を弾ませていると、叔父がオレンジジュースの入ったコップをおぼんに乗せて持ってくる。

感謝の言葉を伝えて一口飲むと、仙座とニッ怪は叔父と互いに自己紹介をした。

 

「叔父さん、叔母さんは今日も……」

 

「あぁ、仕事だよ。朝から晩まで大変だよねぇ」

 

あたりを見回す夏来は、叔母の姿がないことに気付く。

この呑気な叔父とは違い、叔母は忙しい毎日を送っているようだ。

 

「おじちゃんは何の仕事してるのぉ?」

 

平日だと言うのに、仕事をしているような身なりをしていない叔父を見て、不思議に思った仙座が口を開く。

自分たちを迎えるために仕事を休んだとも考えられるが、それでは本当に申し訳なく感じる。

 

「あぁ、僕はね───」

 

叔父が何かを伝えようとした時、右手首に巻いてある腕時計が大きな音で鳴り出す。

 

「おっと、すまない。仕事の時間だ。後は夏来くんたちに任せるよ」

 

そう言い残して部屋を出ていく叔父は、廊下の奥の部屋へと入り、それっきり出てくることはなかった。

どうやら家で出来る仕事をやっているようだ。

 

「なぁんだ、良かった」

 

まるで自分のことのようにホッと胸をなでおろした仙座。

そして荷物を持った夏来と炎条寺と幻花の3人は、ニッ怪と仙座を客室まで案内すると言って歩き出す。

縁側を通り、先ほどいた居間の2つ隣に位置する客室の引き戸を開ける。

中は思っていたより広く、大人が10人ほど寝そべることが出来るくらいの広さだった。

荷物を部屋の隅に集めて各自行動を開始する。

 

「ここは秘境!探検隊の出番だよっ!隊長の私に続けぇ!」

 

「おぁ…ま、待ちなされ隊長殿っ!」

 

具合が悪い炎条寺を1人部屋に残して、仙座とニッ怪は共用サンダルで庭へと出る。

 

「あの2人、なんだか子供っぽいわね。ゆりかはともかく、ニッ怪なんてもう大人でしょ?」

 

年の割に幼い2人を、縁側に座りながら夏来と一緒に見つめている。

同居したての頃に年齢を尋ねたところ、ニッ怪は「20歳は超えている」と発言していた。

良い大人がこうして少女のノリに付き合っている光景は、とても微笑ましい限りだ。

あの心からの笑顔を見ると、不思議と温かい気持ちに包まれた気がする。

 

───今までもそうだ。

 

あの時に出会ってからと言うもの、笑ったり悲しんだりといった感情を、彼らの前では包み隠さず表に出せるようになっていた。

これも全て、ニッ怪、そして皆んなのおかげだ。

 

「僕はそんなニッ怪くんが好きだよ……一緒にいて楽しいしね」

 

「まぁ、確かにそうよね」

 

「うひゃ!すんごぉいよ! 亀だ! 鯉もいるよっ!! 2人とも!来て来て!」

 

まるで遊園地に来た小学生のように、キラキラとした目で池の中を覗く。

そんな喜色満面な仙座が、早く早くと2人を急かすように手招きをしていた。

 

「はいはい。ほら、夏来行こ」

 

サンダルを履いて立ち上がった幻花は、振り返って夏来に手を差し伸べる。

 

「──うん!」

 

そう元気に返事をして手を取った夏来は、太陽光が照らす庭へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼しい風が優しく肌を撫でる感触に、炎条寺は薄っすらと目を開ける。

辺りはすっかりと暗くなっており、網戸の外からは虫たちの鳴き声が聞こえていた。

 

「イテテ……」

 

月明かりに照らされた薄暗い部屋。

首を抑えながら起き上がると、声が聞こえる方へ無意識のうちに歩き出していた。

昼間には暑さにやられて歩けないほどに気分が悪かったが、今はそれが嘘だったかのように体が軽い。

ギシギシと鈍い音を立てる縁側を進むと、光が漏れている部屋を見つける。

引き戸を開けると、中ではパジャマ姿の夏来とニッ怪が楽しそうにトランプで遊んでいた。

 

「あ、炎条寺くん。具合大丈夫……?」

 

「あぁ、なんとかな。けどその代わりすげぇ眠いわ」

 

壁に掛けられた時計を見ると、午後10時を回っていた。

約8時間ほど眠っていたのだろう。

普段の睡眠時間より大幅に多かったが、なぜか眠気は一切晴れる様子はない。

気を抜けば今にも寝入ってしまいそうだ。

 

「顔を洗って来た方が良かろう」

 

「そうだな。んじゃ行ってくるわ」

 

「場所分かる……?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

炎条寺は入ってきた戸を再び開け、廊下へと出る。

脱衣所へと向かうと、誰かの声が聞こえてきた。

しかしシャワーの音にかき消され、誰が話しているのかは分からない。

だがこの時間帯に入る人は、仕事帰りの叔母か叔父くらいだろう。

すぐに出れば問題ない。

 

「(そう言えば……あいつらどこ行ったんだ?)」

 

水を流し、軽く洗面する。

そして顔に付いた水滴を手元のタオルで拭いていると、ふと幻花と仙座があの場にいなかったことを思い出した。

 

「(コンビニでも行ってんのか…?全く……)」

 

そう深く考え込んでいると、風呂場のドアがゆっくりと開かれる。

もくもくと立ち上る湯気が、炎条寺の視界を奪う。

 

「うわっ、な、なんだっ!?」

 

いきなりの事で気が動転した炎条寺は、足元の体重計に躓いて転倒する。

その際に倒れまいと掴んだバスケットが、中に入っていた女性物の下着と共に炎条寺の頭に落下する。

 

「ぐわぁ……なんなんだよ全く……」

 

「キャ──!!変態!変態だぁ!」

 

今日は散々な目にあうなと実感する。

仙座の瞬間移動が失敗してバスを待つはめになり、そのせいで具合が悪くなる。

さらに疲れも溜まっていたのか、この家に着いてもろくに遊べずに寝てしまい、こんな遅い時間になってようやく目覚めることとなってしまった。

 

「あ? ってぬわっ!? お、お前ら なんでここに!?」

 

目に映るのは幻花と仙座。

手元のバスタオルをとっさに身体に巻きつけたが、一歩遅かったようだ。

 

「それは───」

 

「お、おい待て、違う。これは違うんだ。別に覗こうとしたわけでも、盗み聞きしようとした訳でもなくてだな。ただ俺は顔を洗いに来ただk───」

 

「こっちのセリフだぁぁあ!!」

 

「グボェッッ!!」

 

幻花の渾身の一撃を頰に喰らう。

頭を打ち付けて気を失った炎条寺は、消えゆく意識の中で不幸な自分を嘲笑うのと同時に、同年代の少女の素の姿を見れた幸せを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……あんたには困ったわ」

 

「いや、だから何度も言ってる通り、あれは違うっての! 信じてくれって! お前らなら分かってくれるよな!?」

 

居間にて目を覚ました炎条寺が、トランプを片付けた夏来とニッ怪の横に付きながら話す。

テーブルを挟んで反対側に座る幻花と仙座は、見損なったと言わんばかりの視線を向けていた。

だからこそ、自分の無罪を訴えるためにこの2人の力が必要だ。

 

「あ……うん……確かに、顔を洗いに行ったのは間違いないよ……」

 

「うむ。我が言ったのじゃから、間違いはないぞい」

 

「ほらな!? だから許してくれって……誤解なんだって……」

 

こんな完璧なアリバイがあるというのに、この2人は何故か引こうとはしなかった。

それもそのはず。

身体を見られた上、着替えまでも物色されていたのだから。

そして何よりも───

 

「顔洗うくらい、台所でやればいいじゃない。わざわざ脱衣所のやつ使わなくてもいいでしょ?」

 

「うっ……! いや……それは………」

 

最もな理由を述べられ、炎条寺は堪らず言葉を詰まらせる。

 

「じゃぁ……僕は先に寝るから……」

 

「あっ!なら私もっ!おやす〜♪」

 

勝敗が決まったと確信した夏来は、眠い目をこすりながら1人部屋を後にする。

それに続いて、仙座もスキップしながら夏来の後を追って部屋から出て行った。

 

「ちょ! お前ら待て! まだ俺の無罪が証明できてないだろ! おいゴラァ!」

 

このまま罪人として心に刻まれてしまう事に焦りを感じた炎条寺は、冷や汗を流しながら2人を追いかけて行く。

シーンと静まり返った部屋の中、取り残された幻花とニッ怪。

扇風機の回る音が消えたかと思うと、幻花が立ち上がって玄関の方へと駆けていく。

 

「幻花殿、何処へ行くのじゃ」

 

「ただの散歩よ。あんたも来る?」

 

「あぁ、お供しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き出してからは、互いの過去を話しながら時間は過ぎていった。

小さな公園や寂れた工場を抜けて行くと、建ち並ぶ家々も疎らになり村外れへと出る。

地面が砂利へと変わり、道の両脇には畑が広がる。

 

「あそこに寄ってもいい?」

 

「ああ、構わんよ」

 

行く手に小さな橋が見える。

あまり水量は無いらしく、せせらぎの音は穏やかだ。

 

「ここね、私のお気に入りの場所」

 

「ほぅ……これはまた綺麗な所じゃな」

 

2人は土手に腰を下ろし、水辺に舞う無数の蛍を見ていた。

その身から淡い緑光を放ちながら、ユラユラと飛んでいる。

 

「田舎って、こう言った自然が豊かで良いわよね。長く都会にいると、息苦しくて嫌になる……」

 

「全くじゃ。たまにはこういったものも良いな」

 

群れを離れた一匹の蛍が、幻花の差し出した掌にふわりと舞い降りる。

 

「私ね……夏来とは幼馴染なの。私は中学に上がったと同時に東京に引っ越しちゃって……もう2度と会えないと思ってた」

 

胸に引き寄せた手の中で光る蛍。

その光に照らされた白い肌が、暗闇にぽっと浮かび上がる。

その横顔からは嬉しくとも悲しくともとれる、複雑な感情が入り混じっているように感じた。

 

「だから、夏来も東京に引っ越すことを知った時は本当にビックリしたわ。しかも同じ区だったしね。ふふ……」

 

昔を思い出しながら楽しそうに話す幻花。

いくつもの偶然が重なって、再び再開出来た喜びは計り知れない。

恋愛と言うものをあまり良く知らないニッ怪でも、それだけは十分に理解することができた。

 

「今度は夏来と一緒に、この景色を見てみたいわ……」

 

「ああ、夏来殿も喜ぶじゃろう」

 

夜空に向けて差し出した幻花の掌から、羽を広げて飛び立つ蛍。

その姿を見送った2人は、3人が待つ家に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家へと着いた2人は、玄関を開けて中へと入る。

靴を脱ごうとしゃがみ込んだ幻花は、夏来の靴がないことに気付く。

一体どうしたのだろうと不思議に思っていると、客室の方からドタドタと騒がしい音を立てながら誰かが駆けて来た。

暗闇の中から出て来たのは、慌てた様子の炎条寺と仙座だった。

 

「夏来は?まさか1人で外に?」

 

「あ、あぁ……すまねぇ。気付いたら居なくなってて……」

 

「もう!夏来1人じゃ危ないじゃない!」

 

それを聞いた幻花は、踵を返して外へと駆けていく。

直ぐにその後を追った3人だったが、既に家の前には幻花の姿は無かった。

 

「ニッ怪、ゆりか、すまねぇな……あいつ夏来のことになるとすっ飛んで行っちまうんだ。多分小腹がすいて買い物しに行っただけだろうけど、一緒に探してやってくれ」

 

「了解した。では炎条寺殿と仙座殿は、この辺りを頼む。さほど遠くには行っておらんじゃろう」

 

「わかった。俺らが見つけたら直ぐに連絡する」

 

「うむ。では───」

 

それぞれ別の方向へ走り出す2人。

「早く行くぞ」と手を引っ張られた仙座は、目に映り込む光景に疑問を抱き、その場に踏みとどまる。

 

「ねぇ、あれって……」

 

「なんだよ───え?」

 

仙座が指をさした方へ顔を向けると、家の裏にある小山の中腹に、うっすらと光る物体が見えた。

 

「おい待てニッ怪!」

 

遠ざかるニッ怪に声を掛ける。

背後から不意に呼ばれたことに驚いたのか、肩をビクッと跳ね上げた。

 

「あれは───」

 

空にかかる雲から月がひょっこりと顔を覗かせる。

辺りが少し明るくなったことにより、木々の間を行く光の正体が明らかとなる。

 

「あー!いた!」

 

小山を登る光の正体は、フラフラと覚束ない足取りの夏来だった。

左右に小さく揺れながら、一歩づつゆっくりと歩みを進めている。

 

「よし、お前ら行くぞ!」

 

小山の山頂付近にある平野へと続く長い階段を、3人は小走りで登って行く。

苔の生えた石段に何度か転びそうになるも、態勢を立て直し、やっとの思いで階段を登りきる。

するとそこには幻花が立っていた。

その視線の先には、月明かりに照らされた平地の真ん中で、こちらに背を向けながらブツブツと独り言をつぶやく夏来の姿があった。

 

「───夏来?」

 

「無駄よ。何度呼んでも見向きもしない。それに何か嫌な予感がする……」

 

 

 

「幾度も同じ時を過ぎ……されども願いは叶えられず……悲しきかな……苦しきかな……」

 

 

 

「夏来殿!」

 

訳の分からない言葉を使う夏来に、言葉を失う3人。

だがそれに狼狽えることなく、ニッ怪は声を張り上げた。

するとその声に反応した夏来は、ゆっくりと4人のほうへと身体を向ける。

しかし顔は下を向いており、表情を伺えない。

 

「夏来殿……まさか!」

 

何かを察したニッ怪が、夏来に近づこうと一歩を踏み出す。

 

「願いを……叶えねば……」

 

だがそれを許すまいと、地震でも起きたかのように地面が大きく揺らぐ。

突然のことにバランスを崩した4人は、何事かと辺りを見渡す。

すると、視界に映る全てのものが渦を巻くように歪んでいた。

黒々としたオーラが地面から滲み出ている光景は、まるで人の心の闇を映し出しているかのようだった。

 

「なに……これぇ……」

 

「──この世界でも……お主は逃れられぬと言うのか」

 

意味深な発言をするニッ怪にゆっくりと近寄る夏来。

 

「叶わぬと言うならば……いっそ……この力で───」

 

顔を上げた夏来は、光のない漆黒の瞳を向けると、力なく垂れ下がった両手をニッ怪の首へと伸ばす。

逃げなくてはと脳が信号を送っているのにもかかわらず、自身の意思とは関係なしに身体が全く動かない。

 

「あぐっ……が…ぁぁ……っ!?」

 

表情1つ変えることなく、夏来はニッ怪の首を強く締め付けていく。

全身から抵抗する力を奪われてしまうような感覚に襲われ、その場に立ち尽くしながら何も出来ずにいるニッ怪。

そんな中で、夏来の頰を伝う一筋の涙が零れ落ちた───

 




8話以降、就職試験のため大幅に遅れますん(*´-`)

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