仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね   作:雨降り

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ヘル・アンカーズの尖兵

吹雪「はぁ~、あの地下牢をここまで変えるとは…やるじゃないですか?」

 

朝潮「・・・」

 

「あ、ありがとう…」

僕は川内たちと別れた後、すぐに執務室を訪ねた。そして長門と陸奥に地下牢のことを話したのだが、意外にも興味が無いようで、僕の隠れ家にでもしたらどうかと冗談を言われるくらいだった。

ちょっとガックリした僕を見て、長門と陸奥が今度見に行くと気を遣ってくれた様で、少し救われたが。

それで、地下牢にどんなインテリアを置こうか考えるために、再び戻ってきたわけだけど…。

 

何故か地下牢へ降りると、吹雪が仁王立ちし、朝潮がその後ろに隠れるようにして待ち構えていた。

 

吹雪「へぇぇ~、この電球、可愛らしいじゃないですか。薄暗さも解消されましたし…凄いよね、朝潮ちゃん?」

 

朝潮「そ、そうですね…」

 

吹雪「いや~、人間もやれば出来るんですね~!あー、どうです?ここで仲直りの握手でもしませんか?」

少々、吹雪の嫌味な言い方が鼻についたが、仲直りできるのなら…と思い、吹雪に近づく。

そして、手を差し出し、「よろしく」と言おうとした瞬間、腹部を強烈な痛みが襲った。

 

「ぅぐっ!」

腹を押さえ、呻く事しか出来ない。そしてつい、しゃがみこんでしまったのだが、その時に吹雪に髪を掴まれ横に引き倒されてしまった。そこからはただ吹雪の足に踏みつけられ続けるのみ…成す術などなかった。

ふと吹雪を見ると、顔は紅潮し、満面の笑みを浮かべている。そして、「死ね人間!」と繰り返し叫ぶその姿は、以前の雲龍や阿武隈、鬼怒とはまた違った恐怖を僕に呼び起こした。

 

「や、やめてくれ…」

僕は吹雪に懇願するが、彼女は完全にハイになっているようだ。彼女の加虐心は今、最高潮なのだろう。時折、ヒステリックに笑う吹雪はなんとも形容し難い不気味さを放っていた。

 

朝潮「ふ、吹雪ちゃん…も、もうやめましょう?」

朝潮の救いの声。だがその声はあまりに弱々しく、か細いもので吹雪の耳に届くはずもなかった。

 

アカン、このままじゃ死ぬ…。

 

そう思った僕は、懸命に吹雪の猛攻に耐えながら頭をフル回転させる。と言っても、痛みが先行して妙案は浮かばないのだが、とにかく考えられ得る最善策を必死で模索した。

 

吹雪「あはっ!!無様ですね~!!?人間!!私たちを散々こけにした罰です!!」

 

吹雪「早く死んでくださいよぉ!!?」

 

「いっ!!いだッ!!?痛いって、やめろ!!」

クッソー!どうしたらいい?どうしたら助かる??

考えても考えても打開策は見つからない。

 

…それにしても、ここまで痛め付けられると、さすがにムカついてきた!いくらなんでも、これは酷い。

もちろん、吹雪がこうなったのは人間のせいだ、それは人間である僕が責任を持つしかない…、だけどだからって暴力を看過していいわけではないはずだ…!

目には目を、歯には歯を…だ!

 

「おい、コラ!吹雪!」

自分のイメージでは結構凄んで言ったつもりだったのだが、実際に口に出すとあまりに迫力に欠けていた。

だが、吹雪は人間に楯突かれたのがよっぽど腹立たしかった様で、さらに力を込め僕を踏みつける。

やっぱ力が強い人を怒らせちゃダメですね。

 

吹雪「人間ごときが私の名前を気安く呼ぶな!本当に不愉快!不愉快です!!!」

 

吹雪「あー!なんでこの鎮守府にいるんですか!!?さっさと消えてくださいよぉ??」

 

朝潮「・・・」

最早、朝潮は沈黙。ただただ立ち尽くすのみとなってしまった。

 

いよいよヤバイ…と思った時、僕に一つだけ考えが浮かんだ。あ、これ…いけるんじゃない?

とりあえず、やれるだけやってみるか…どちらにせよこのままじゃ無事では済まないし…。

僕は大きな声で叫んだ。

 

「川内!いいところに来てくれた!助けてくれ!!」

その声を聞いた吹雪、朝潮は地下牢の階段付近を驚いたように見る。その瞬間、その時にあの吹雪の猛攻が一瞬止んだのだ。これがチャンスと言わずしてなんと言う?

 

僕の叫びがハッタリと気付いた吹雪がこちらを見る。

そして、今まで以上にその顔は赤くなり、まるでマグマのようだ…だが、それは怒りや興奮によるものではない。

 

吹雪「なっ!なっ……!!?」

赤面し、ブルブルと震える吹雪。

 

「黒パンか…」

僕はそんな吹雪をよそに冷静に呟いてしまった。まだまだ幼い感じだと思ってたけど、彼女が着用しているそれを見る限り、意外とおませさんなのね…というのが僕の感想だ。

 

今の状況はというと、僕のハッタリで隙が生まれ、そこで僕は足で吹雪のスカートを捲るという大変申し訳ないことをしたのだが、これは仕方がない、作戦の内だ(言い訳)

だがきっと、何が起きたかを吹雪が理解したら、おそらく僕から離れようとするはずだ…!下手したらさらに逆上して本当に殺されかねないけど…もうこれは賭けだ。

 

しかし、幸運の女神は僕に微笑んだ。狙い通り、吹雪が僕から距離を取り、スカートを押さえている。だが、やはり艦娘だ。戦場を駆け抜ける軍人ゆえ、すぐに僕から離れたことがマズイことだと悟ったらしい…物凄いスピードで僕に突っ込んでくる。

だが、その吹雪が離れたほんの一瞬間は、僕が立ち上がるのには十分だった。

 

ここでもし一回でも床に伏せられたら、それこそ僕の命運は尽きるだろう。つまり、僕は文字通り倒されてはいけないのだ。痛みを堪え、僕も全力で吹雪の方へ走る。

 

鈍い音…激しく肉と肉がぶつかる音が聞こえる。

確かに、僕は武闘派ではないし、相手は深海棲艦を駆逐出来るほどの軍人だ。だが、体格差で言えば、まだ僕の方が上回っている。

全力疾走の体当たり勝負で、その体格差は僕に有利に働いた。

 

吹雪「うわっ!」

吹雪が尻餅をつく。一方、僕もよろめくがなんとか持ち直し、階段の方へ走る。今だ!今しか逃げるチャンスはない!

 

なんとか階段のところへ辿り着く。後はここを登れば…!

 

吹雪「・・・」

ふいに襟を掴まれ、振り向くと、そこには無言でこちらを睨み付ける吹雪がいた。いや、追い付くの早ッ!

さすがに脚力は負けたか……じゃなくてっ!

なんとか吹雪を振り払おうと、暴れるがなかなか脱け出せない。

相変わらず、無言の吹雪。正直、さっきよりも威圧感を感じる。

 

「は、離してくれ!!」

声が上ずる。あまりの緊迫さに口の中が乾いて喋りにくい。

 

吹雪の襟を掴む手に力がこもる。ヤバイ…倒されたら一貫の終わりだ。ヒエー。

クッソ!こうなったら!僕は上着のボタンを手早く外す。そしてそのまま脱皮するようにそれを脱ぎ去った。

ふいに拮抗していた力(吹雪の方へとジリジリ引っ張られてはいたが)が解かれ、吹雪は僕の上着をその手に握りながら、後方へよろめく。

反対に僕は前方へと駆け出し、とにかく階段を死ぬ気で登った。

 

そして…。

 

小さな扉を勢いよく開けると、すぐに自室へ向かう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…はずだった。

 

目の前に隻眼の女の子がいなければ。


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