仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね 作:雨降り
夕立「あー、呆気なかったっぽい!」
そんな一言を呟くと、夕立は呑気に欠伸をしながら、天高く手を上げ、伸びをする。
そんな夕立の両手に装着された漆黒の鉤爪からは血がポタポタと流れ落ち、その滴っている血も色鮮やかで、光っている様にも見える。
そして彼女の目の前には、呻き声をあげながら地面に倒れ伏している二人の艦娘。
一人は苦しそうに目を閉じて、大量の血がドクドクと流れ出ている腹部を懸命に手で押さえている。額には尋常ではないくらい汗をかき、呼吸も荒い。
もう一人の方は、艤装が剥ぎ取られ露になった背中から血が噴き出すことを厭わず、何度も立ち上がろうとしては、もう一歩のところでその体を地に叩きつける。
立ち上がろうとする度に強烈な痛みが足を襲い、陸奥はうつ伏せの状態から起き上がることが出来なくなっていた。辛うじて匍匐前進の様な動きはとれるものの、こんな状態では戦うことなど夢のまた夢である。
だがそんな状況でも、なんとか朝潮を逃そうと頭を巡らせるところは長門と共にこの鎮守府を今まで守り抜いてきた戦艦陸奥の強さの由縁なのだろうか。
夕立「さーて、次はどこで遊ぼうかな~!!」
…もしここが血生臭い匂いに溢れず、辺りに瓦礫が散乱していなければ、好奇心旺盛な可愛らしい少女が未知の体験に胸を踊らせている様にも見えただろう。
夕立の緋色の目は次の獲物を捉えんと言わんばかりに光輝き、時折見え隠れする犬歯がその獰猛さを物語っていた。
だが、これは陸奥や朝潮にとっては好機だった。
夕立が側にいては下手に動くことは出来ない。
だが、隣の朝潮の容態を見た限りでは、早急に入渠施設へ搬送しなければいけないことは明らかだった。
しかし、夕立がこの場を離れてくれれば、隙を見て、朝潮を入渠施設まで連れていくことが出来るかもしれないのだ。
確かに足を動かすことは難しいのは変わらないが……最悪、朝潮をその背に乗せ、匍匐前進で入渠施設へ行ってもいいと陸奥は考える。
悔しいけど…ここは一旦体勢を立て直す意味でも、このまま倒れているのが最善ね。そう陸奥が思っていた時。
夕立「お!誰か来るっぽい!!!」
誰に言う訳でもなくそう呟いた夕立。
その紅い瞳が捉えたのは、こちらに駆け寄ってくる複数の艦娘たちだった。
「いた!陸奥さん達だ!!」
「敵も居るわ。用心して!!!」
陸奥は驚いた。増援をこちらに寄越してくれるというのも予期していなかったわけではない、むしろこの状況だ、援軍には喜ぶべきなのだろう。
…だが陸奥は喜ぶことが出来なかった。
なぜなら、その増援部隊には駆逐艦しかいなかったのだから。
この鎮守府も所属する艦娘が少ないわけではない、むしろそこそこの規模があると言っていいはずだ。
…とは言え、戦艦や空母がゴロゴロいるわけではない。
その大半を占めるのは駆逐艦たちだった。
敵は複数いるとのこと…であれば、ここに回せる援軍も限られてくるわけだが。
皆殺しにされてしまう…。
陸奥「逃げなさい!!早く!!!」
満身創痍の陸奥がこれでもかという位の大声で増援部隊に逃亡を促す。
言われた本人達は困惑した顔をしているが、すぐに意を決した顔をして、その砲を夕立に向けた。
陸奥「止めなさい!貴方たちでは勝てないわ!!」
陸奥の必死の叫び。
その一方で、砲を向けられた夕立はまた戦えることに喜びを感じているのだろうか…小躍りをしていた。
そして、急にそれを止めたかと思えば、ニカッと笑う。
夕立「一気に仕留めるっぽい!!!」
突如として、夕立の背後に先端が尖った筒状の物体が複数現れる。それらはどういう原理か不明だが、宙に浮いているのだ。
そして、黒光りしたその禍々しい物体が、有り得ないと頭では思いながらも魚雷だと陸奥が認識した時には、既にそれは増援部隊の方に向けられており、次の瞬間にはそれの末端部分からは火が噴射して、発射されていた。
陸奥「ま、待っ……」
目を開けることさえ憚れる程の爆風に陸奥の言葉は遮られる。
地面に這いつくばり、凄まじい熱気と風圧に必死で耐える陸奥。
そしてそれが止み、ようやく目を開けられた陸奥の目に飛び込んできたのは、呻き声をあげながら地面に横たわる駆逐艦たちの姿だった。
…唯一幸運だと言えるのは、目視で確認出来る範囲では皆、辛うじて体を動かしたり、立ち上がろうと試みていたりと即死した者は居ないことだろう。
夕立「うーん、やっぱり一回では壊せないか…。よし、もう一回行くっぽい!!!」
そんな淡い幸運でさえ、ほくそ笑んだ夕立は捻り潰そうと、再びその背後に漆黒の鉄塊を複数携える。
…きっと、次はない。
想像もしたくないが、その魚雷の末端が再び点火し、ただでさえ瀕死のあの娘達に当たったら……。
やっと…やっと解放されたのに!!!
前任の元、その尊厳をこれでもかという程に踏みにじられてきた娘達だ…それがこんな最期とはあまりに惨いだろう!
陸奥は最後の力を振り絞り、その体を引き摺って、駆逐艦達の元へと進む。
《死んでも、この娘達は守る》
陸奥「私をっ!私を狙いなさいっ!!!」
鬼気迫る表情で、叫ぶ陸奥。
至高と言える程の彼女の勇敢さに夕立も興味を示したのだろうか…駆逐艦たちの前でその身を挺す陸奥に容赦なく、その鉄塊を向ける。
夕立「じゃあ♪お望み通り、狙ってあげるっぽい!」
長門…ごめんなさい。私は……。
夕立がギラギラと瞳を輝かせ、意気揚々とそれを発射しようとした……その時。
はっきりとした声が陸奥達はおろか夕立の耳に届いた。
「…させません。絶対に…!!!」
なんと夕立の後方には、息も絶え絶えになりながらも必死で歯を食い縛って夕立を睨み付ける朝潮がいたのだ。
夕立「ぽい?」
夕立の初回の爆撃で、朝潮は爆風に煽られ、吹き飛ばされていたのだが、それが丁度夕立の後方にあたるところだった様だ。
相変わらず血が溢れだす腹部を片手で押さえながら、震えるもう片方の手でしっかりと夕立を狙っている朝潮。
夕立「…まだ生きてたっぽい?今いいところだから、邪魔しないで欲しいっぽい!!貴方は後で………!?」
やれやれといった顔をして、興味なさげに朝潮を見る夕立だったが、その発した言葉は途中で遮られる。
その視線の先には、全力でこちらに突っ込んでくる朝潮の姿があった。
夕立「…先にやってあげる!!!」
夕立は先程陸奥に向けていた魚雷を朝潮の方へ向け、速攻で発射する。
そして撃った瞬間、朝潮が死んだと確信した夕立は再び陸奥の方へ向き直り、先程よりも多くの魚雷を背後に携え、ニコリと笑う。
だが……。
朝潮「行っけえええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
なんと地面をスライディングして、すんでのところで魚雷を避けた朝潮。魚雷は朝潮の頭上を通過し、そして直後、朝潮の後方で起きた爆発と爆風のお陰で彼女は夕立の疎かになった背後まで到達することに成功した。
夕立が横目で朝潮の姿を捉えた時には既に、朝潮はその砲門を開いていた。
大地が揺れる程の衝撃が陸奥達を襲う。
先程の爆撃とは比べ物にならないくらいの爆発、爆風、爆音。
黒煙が鎮守府を飲み込むのではないかという位に立ち込め、辺りを闇が支配する。
そんな中、一人の少女は思っていた。
妹たちは無事だろうか、あの人は怪我をしていないだろうか、私は変われたのだろうか…。
分からない。分からないけど、何故か心は穏やかだ。
少女は、微笑む。
《きっと大丈夫。きっと……。だから、私も…》
少女の呼吸が次第に小さくなり、先程まで激痛だったはずの腹部の痛みも今はひいている。
《……妹たちのこと、お願いします》
少女はゆっくりと目を閉じた。
夕立「…うぐっ、い、痛いっぽい…」
黒煙が海風に運ばれ、視界が開けてきた時に陸奥が見たもの。それは、自分と同じ様に地面を這いつくばる夕立の姿だった。
その背中は大きく焼け爛れ、体の至るところから血が噴き出ている。
朝潮は…?
陸奥は必死で朝潮の姿を探したが、その姿はどこにもない。
夕立「…ま、まだ夕立は戦えるっぽい…だ、だから…捨てないで……提督さん……」
夕立があれほど輝かせていた緋色の瞳。
その瞳は、まるで色を失った様に虚ろであり、夕立は繰り返す様に何かボソボソと口にしている。
夕立「か、還りたい……提督さんのところへ……また一緒に夕陽が見たいっぽい……提督さん、村雨」
譫言の様にボソボソと言いながら立ち上がる夕立。
立ち上がった瞬間、大量の血反吐を吐く夕立だったが、フラフラとした足取りでゆっくりと陸奥の方へ近づいてくる。
そして、その手に着けた鉤爪も爆発に巻き込まれたせいか、歪な形になってしまっているが、これを陸奥に突き立てようと言うのか。
陸奥は覚悟した、もう全てを…。
陸奥「っああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
激痛の走る足を自分の手で殴打し、震えながらも必死で立ち上がる陸奥。もはやその立っている姿は奇跡の産物以外の何物でもなかった。
《ここでこの夕立を行かせては行けない…》
煙が燻るボロボロの砲口を夕立に向け、霞んだ瞳を精一杯見開く。
《絶対に!絶対に外すものかッ!!!》
夕立も瀕死の状態で立ち上がった陸奥を見て、血反吐を吐きながらも、その鉤爪に力を込め、猛スピードで陸奥の元へ突撃する。
両者共に、譲れないものの為、その命を削る。
陸奥「っはあああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
夕立「おおおおおおぉぉぉぉっ!!!!!!!」
《長門……後は頼んだわよ?》
鎮守府の正面玄関を眩い閃光が包み込んだ。
陸奥「夕立、それ魚雷じゃないわ。ミサイルよ!」
夕立「ぽい!!」
朝潮「ですね!」