仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね 作:雨降り
「なんて馬鹿力なの!?槍が折れそうッ!!」
猛スピードで懐に飛び込んできた屈強な体。
そしてその豪腕から繰り出される猛攻を叢雲はお得意の槍で軽くいなしながらもそう叫んだ。
化け物の拳が繰り出される度に巻き起こる暴風。
それに華奢な体が何度も持っていかれそうになるが、足にグッと力を込めてなんとか踏ん張る。
そして叢雲が化け物との接近戦で槍を振るう中…。
「いいですよ、叢雲さん。貴方がその木偶の坊を引き付けてくれる時間が長ければ長いほど…私の最高火力を以て相手を沈める可能性が高くなります」
大和はそう言うと自身の砲塔を破壊の限りを尽くす巨大な体に向け、しっかりと狙いを定める。
寸分の狂いも許されない、決めるなら一撃で。
大和は大きく息を吸い込むと大きな声で叫んだ。
「叢雲さん!!離れてください!!!」
その声に呼び掛けられた者は「遅いのよ!馬鹿!」と悪態をつきながらも、軽い身のこなしで巨躯から離れる。
「グルアアアアアァァァァァァッッッ!!!」
逃がしはしないとでも言わんばかりに、化け物の手が叢雲へと襲い掛かるが……。
「全砲門!ってえぇぇぇぇぇぇ!!!!」
爆音が轟く。
大地が大きく揺れるのを叢雲は感じた。
大和の砲から凄まじい量の火が噴いたかと思えば、空気を掻き分け砲弾が化け物へと飛んでいく。
そして着弾。
「ギュアアアアァァァァァァァッッッ!!!」
着弾時に発生した衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも、叢雲は槍を大地に突き刺しなんとか堪える。
そして化け物の断末魔が聞こえた方をチラリと見ると、黒煙がもうもうと上がっているではないか。
そしてそれも徐々に晴れ、様子を視認することが出来るくらいになった時……。
「…死んでないじゃない!!!」
「…ぽやぁ?」
「大和ちょっとー!!!」
叢雲がそう叫ぶ中、大和は目を細めながらどこかバツの悪そうな顔をして立ち尽くしていた。
…叢雲の発言から分かるように、化け物は死んでいなかった。ただ無傷という訳でもないようだ。
六つあったはずの逞しい腕。
その内の三本が引き千切れてしまったようで、断絶した部分からおびただしい量の血が垂れ流されている。
だが残り半分の腕は健在なようで、その巨体もおもむろにモゾモゾと動き出したかと思えば、激しく振動し、のっそりと立ち上がった。機動力もそこまで落ちていないようで、呆然と立ち竦んでいる大和目掛けて一気に飛び込んできた。
「大和!しっかりなさい!!!」
叢雲が大和の手を強引に引っ張り、ギリギリのところで化け物の突撃を回避する。だがそれで攻撃の手を緩めてくれる程、化け物も馬鹿ではない。彼女たちの後を執拗に追いかけ、隙有らば鉄の拳を叩き付ける。
「あの鋼の鎧…装甲が固すぎて、私の槍じゃ通らないのよッ!!大和…アンタがもう一発砲撃してくれないと埒が空かないわ!!!」
「…一撃で仕留めるはずだったのに。そんな、私の火力を以てしても撃破出来ないものがあるなんて…あぁ、どうしたら……」
逃げながらも叢雲は必死で大和に呼び掛けるが、彼女はどうやらそれどころではないようだ。ブツブツと何か言いながら、虚空を見つめている。
「ホオオオオアアアアァァァァァァッッッ!!」
突如聞こえたのは化け物の咆哮。
何事かと叢雲は大和を庇いながらも後方を一瞥する。
そこには動きを止めた巨兵が口を大きく開け、大地を掴むように手を振り下ろし佇んでいる。
…何か来るッ!
叢雲の直感がそう告げる。そして、ある程度化け物から距離を取ったところで槍を構えると、呼吸を整えた。
化け物は相変わらず吠え続けているが、彼女は今までのそれと今回のそれには違いがあることに気付く。
耳を澄まさなければ聞き漏らしてしまうような微かな音が彼女の対峙する方向から聞こえてくる。
モーター音。エンジン音。機械が唸るような音。
化け物の咆哮に隠れ、そんな音が聞こえてくる。
そしてそれは次第に大きくなり、地鳴りのようになって彼女の鼓膜へと響く。
刹那、化け物の口…いや、口腔内が怪しく光りだしたかと思えば、今まで聞こえていたはずの咆哮も機械音も止んでいる。
「…伏せて!」
そんな様子を伺っていた叢雲の体を無理やり地面に這わせるようにして大和が覆い被さったかと思えば、紫色の一閃が空を切る。
それが化け物の口から放たれた光線だと気が付いた時には、彼女たちの後方に広がるPMTの敷地が白い閃光に包まれていた。
「…助かったわ、大和」
「いえ、私こそ取り乱してすいませんでした」
二人はお互いを支え合いながら立ち上がる。
そして再び動き出した化け物をキッと睨み付けた。
「…本当に化け物ね」
「そうですね」
圧倒的な暴力を前に二人は冷静だ。
「叢雲さん。もう一度大和にチャンスをくれませんか?次は仕留めますので…」
大和は化け物から目を離さずに、そっと呟く。
「…早くしなさいよ?」
叢雲はそれに応えると化け物へと向かって駆け出す。
「…ありがとうございます」
大和は隣を駆け抜けて行った艦娘の背中に静かに礼を言うと目を閉じた。
電は耳元に充てていた小型の機械をゆっくりと離すと、深くため息をついた。今の今までその機械を通して会話をしていた彼女は、何故かどっと疲れたような表情を見せている。
それもそのはずだ。
その会話の相手は彼女が時間を掛けて成そうとしていたことをいつの間にか、知らぬ間に成し遂げてしまったのだから。
当然、彼女は信じられないという顔をしている。
「…うーん、思ったより早かったのです!」
「そうみたいだね」
私の膝の上に座っている艦娘…電は少し驚いたような顔をしてそう言った。なので私もそれに同調するように返事をすると、膝の上の天使の頭を優しく撫でることにした。
「…むー、なんか釈然としないのです。…それに何で榛名さんが?電は榛名さんがあの鎮守府に居るなんて報告は受けてないのです…うーん」
どうやら唸ってしまっていて撫でるタイミングを間違えてしまったようだ。そう思って手を頭から離そうとすると「…なんで止めるのです?」と不満げな顔で言われてしまった。
…やれやれ電は手厳しいね。
「司令官は何か聞いてるのです?榛名さんがあの鎮守府に居ることとか……木曾も怒っていたのです!また俺になんの連絡も無しにやり始めやがって…って」
「いや、私も初耳だよ」
「そうなのです?…うーん、訳が分からないのです」
難しい顔をして電は唸っている。
この間も私は彼女の頭を撫で続けている…そうしないと彼女が頬を膨らませ、さらに難しい顔をしてしまうからだ。彼女の悩ましげな顔を見るのは久しい気がする。
だが彼女の疑問も分からないでもない。この私もなぜあの鎮守府に榛名が居たのか、それを知らなかったのだから。
しかし私たちの元を訪れた来訪者の言葉…それによって私たちの疑問は払拭される。
「あぁ!私が送ったんですよ!榛名さんを!!」
桃色の髪を靡かせながら、颯爽と入室してきた艦娘…明石。彼女の言葉に私の膝の上の艦娘は驚きながらも、珍しく怒りを露にした。
「…それならそうと言って欲しいのです!あの鎮守府は司令官が…」
「…黒い艦娘の誕生には『憎悪』が必要なんですよ?しかもかなり強いものが!…ですから私が榛名さんを送って、人間への憎悪を増進出来るように仕向けたんです!お陰でこれから私も忙しくなりますよー!!」
電の威圧的な言葉を明るい声で遮ると明石はそう言う。
「むー!司令官からもなんか言って欲しいのです!」
「…ハハハ。明石はこうなると止められないからな」
「さっすがぁ!提督は分かってらっしゃる!!」
彼女たちのやり取りを見ていると昔を思い出す。
そして彼女の発言から察した。近いうちに再びあの場所へと赴くことになるのだろう。
私は静かに、目の前の喧騒を眺めながら、そう思っていた。
「…っとと!そういえば…吹雪ちゃんと古鷹ちゃん、松風ちゃんは無事PMTの襲撃に向かったみたいですね!」
電の怒りを避けるためだろうか、明石は突然思い出したようにそう叫ぶ。だが電はお構い無しに明石に突っ掛かっているので代わりに私が返答する。
「そのようだね」
「フフ…提督!明石の最高傑作は如何ですか?」
彼女の言っているのは…松風のことだろうか。
私は思うところがあってそれには返答せず、顔を伏せることにした。彼女はその反応が意味することをよく理解出来なかったのか、電の追撃を避けながら、一人話続ける。
「そうですよね!そうですよね!!言葉にならないくらいの最高傑作ですよね!?フフ…提督は悪いお人だ!わざわざ吹雪ちゃんたちを始末に向かわせたのも、偶然ではないのでしょう!?明石には分かるんです!…フフフフフ、あの人間もさぞお喜びなはずですよ!明石がせっかく整えてあげた顔が潰れてしまうのは残念なのですがね…フフフフフ!」
「だあぁぁ!一人で盛り上がるな、なのです!」
とうとう電が室内を逃げ回っていた明石にタックルをかまして、押さえ付けたようだ。
私は思わず笑みを溢すと、つい言ってしまった。
「…君たちは変わらないな。人と違って」
「…どう?傷口に槍を突き立てられた感想は!」
叢雲は槍を握る手に力を込める。
深く深く突き刺さる槍を黒色と言っても遜色ないような血液が伝い流れるが、その力を緩めることはない。
「コオオオオウウウウウゥゥゥゥッッ!!」
大きな体を小刻みに振りながら、必死で叢雲の槍を引き抜こうと化け物が暴れまわる。
だが大和の砲撃により断絶された腕を捉えて離さない叢雲の槍。動く度に深部へと食い込み、辺りに血が飛び散る。
「…馬鹿ねッ!暴れれば暴れる程、アンタの死期が迫るのよ!?…だから大人しく、くたばりなさいな!」
叢雲がそう叫ぶと、鐵の体は地面に横たわる。
そして、地面をゴロゴロと転がり始めた。
「…往生際の悪いッ!!!!」
咄嗟に化け物から距離を取る叢雲。
…槍から手を離さなければ、その巨体に押し潰されることになったのだろう。だが彼女が戦闘において自分の武器から手を離したことは今までかつて一度もなかった。
やはりこの敵は…強い。
叢雲が改めて覚悟を決めた時、化け物は傷付きながらも悠然と立ち上がる。
聞こえてくるのは咆哮、そしてあの機械音。
残された手で大地を掴み、明滅する化け物の口。
……来るッ!!!
あの一閃を受ければ、待っているのは死。
後方に広がる烈火渦巻く焦土。
叢雲はその閃光を避ける為、身構えた。
満身創痍の彼女は目を見開き、備える。
生きるために。戦うために。
「…大丈夫ですか?叢雲さん」
そんな彼女の耳に届いたのは大和…の声ではなかった。
だが叢雲は小さく笑いながら呟く。
「…やっと来たのね」
あんぐりと口を開け、紫色の光を宿したその部分に空から銃弾と爆弾がこれでもかと降り注ぐ。
大爆発を引き起こす化け物の上空を見れば、旋回しながら飛び回っている数多の航空機。
「
思わず力が抜け、座り込んだ叢雲の肩に手をそっと置くと空の要塞の司令塔である艦娘…加賀がそう言う。
「叢雲さん!お疲れ様!後で卵焼きたべりゅ?」
加賀に遅れながらも叢雲の肩を支え、にこやかに言うのは瑞鳳と呼ばれる艦娘だ。
「…相変わらずね、二人は」
叢雲はそう言うと静かに目を閉じてしまった。化け物との死闘を今までほぼ一人で引き受けていたのだ、その重圧を想像すると加賀たちは今しがた眠りについた艦娘に尊敬の念を送らずにはいられなかった。
「瑞鳳は叢雲を安全なところへ退避させなさい。ここは私が引き受けます」
「…了解しました」
加賀の言葉に頷くと瑞鳳は叢雲を背負い、その場からの撤退を試みる。
だが化け物は爆撃によって舞い上がった黒煙の中から躍り出てくると、瑞鳳と叢雲を目掛けて突っ込んでいく。
「…させません」
加賀が手を天高く上げると、航空機が一斉に化け物へと向かう。そして瑞鳳たちを押し潰そうとする巨体に容赦なく銃弾や砲弾の雨が注ぎ込むと化け物は大きく仰け反った。
だが加賀の追撃は止まらない。
今しがた攻撃を行った航空部隊とは別の部隊を空中に待機させていたようだ…鋼の鎧に隠されていた腹が露になった瞬間、加賀は掲げていた手を振り下ろす。
すると待機していた航空機は急降下しながら化け物の懐へと攻撃を開始した。
「オオオオオオォォォォォォッッッ!!!」
化け物の体から炎が上がる。
高熱によって焼け爛れてしまったのだろうか、鉄の装甲が溶けだし、地面にポタポタと溶解した鐵が落ち始めている。
それを見た加賀が一言。
「…後はお願いしますよ、大和さん」
そして加賀が敵に背を向けた瞬間、大きな砲声が聞こえたかと思えば、辺りに爆音が響き渡る。
…大炎上する局躯の後ろには、自身の砲門から白煙を上げながらにこやかに笑う艦娘が静かに佇んでいた。
「ウボアアアアァァァァァァッッッッ!!!」
断末魔。
PMTを地獄の底へと突き落とした化け物の最期が迫る。
だが体から炎が上がろうとも、体の一部が爆散しようとも、黒煙を上げながら化け物は突き進む。
「ギュルルルアアアアアァァァァァッッッ!!」
…一体その満身創痍の体のどこに力があったのだろう。
その局躯は猛スピードで走り出し、飛び跳ねたかと思えば、瑞鳳たちの向かった方へと進む。
加賀と大和の叫びむなしくその巨体は止まることを知らない。
…思い出した。思い出したんだよ、全部。
僕の体はどうなった?煙でよく見えないんだ…。
それなのに導かれるように僕の体は進んでいく。
体のあちらこちらが痛い。痛い痛い痛い。
僕は思い出した。全て思い出した。
…思えば、あの鎮守府へ配属されたのが僕の運の尽きだったな。姉貴がいたのは嬉しかったけどさ。
人間が最悪だった。
僕は、思い出した。
あの人間を殺して……それから僕は……。
ぼくは、おもいだした。
たくさんの命を奪った。
だけど悲しくなんてなかった。
むしろ高揚感があった。楽しかった。
だけどさ…ある時。感じたんだ。
僕の背中に触れる暖かい感じ。感触とかじゃなくて、心に直接届くようなもの。
懐かしい…本当に懐かしい気持ち。
……姉貴。
だけど、それを忘れてしまった。
一度ならず二度も…。
僕の今の醜い姿を見たら、姉貴はどう思うかな?
僕のこと分かってくれるかな?
私は砲を構えている。
歯を食い縛りながら、砲を構えている。
震える足で立ちながら、砲を構えている。
私の後ろには見知らぬ艦娘が二人。
一人は目を閉じて、もう一人は無線機を通じてどこかと連絡をとっているようだ。
視線を前方へやる。
炎に包まれながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄る巨大な体。何かを叫んでいるのだろうか…唸り声のようなものが時折聞こえる。
私の心臓が尋常じゃない速さで動いている。
呼吸が苦しい。また胃から込み上げてくるものがある。
でも。
それでも。
私は砲を構えている。
「ゴオオオオオアアアアッッッッ!!!!!」
耳を塞ぎたくなるような大声に私は怯まない。
私も大声を張る。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
私は駆逐艦だ。
戦艦のような火力はない。
だけど。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
生きるために。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
生き残るために!
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
私は持てる力全てを目の前の敵にぶつけた。
煙で何も見えなくなる。
でも優しい風が吹いて、その煙がどこかへ消えてしまうと私の目の前には大きな体が静かに横たわっていた。
過ぎ去った脅威。私はそのまま腰を抜かす。
私は後ろから誰かに抱きつかれた。
だが私は後ろを振り返ることもせず、震える足を必死で手でさする。
そうこうしている内にまた見知らぬ艦娘が二人、血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。
そのまま私は肩を支えながら、その場を後にする。
「よくやったわね、神風。お手柄よ」
弓を携えた艦娘が私にそう言う。
なんで私の名前を知っているんだろう…そんな疑問が湧き起こるが、ドッと来た疲労感に意識が遠のく。
そんな時だ。
地面に突っ伏した巨大な体が一瞬動いたかと思えば、開かれた口から何かが聞こえる。
「ア…………ネ…………………キ……」
咆哮でもない。断末魔でもない。微かな弱々しい声。
何故だか分からないけど…私は懐かしさを感じた。
「まだ生きていたのですね。…私が後処理をしておきますから、加賀さんたちはその娘たちを海軍へお願いします」
一人の艦娘がその場にとどまり、私たちは弓を携えた加賀さんという艦娘に連れられるままその場を後にする。
…振り返れば、力なく横たわる黒い塊。
私はそれから視線を外すと、目を閉じた。
そしてしばらくして大きな爆発音が轟いた。
そこで私は懐かしい声に囁かれたような気がしたが、意識はその爆発音を合図に遠のいていった。
元気でね、姉貴。