仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね   作:雨降り

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川内の想い3

わき上がるのは怒りの声。

それは私たち、つまりは艦娘を虐げる者たちへの宣戦布告のようなものなのだろう。

どこからともなく聞こえた「人間を倒せ!」という叫び声は、強い憎しみを孕んでいたように私は感じた。

 

壇上から流れるように出てくる言葉。

それに皆は魅了されていた、突き動かされた。

 

鳴動と共に激震。

 

波のように押し寄せる憎悪に私は怖くなった。

心臓の鼓動が早くなり、息苦しい。

血走った目がまるで私の心を見透かすように爛々と煌めく。口角泡を飛ばしながら、人間への罵詈雑言で止まらなくなった口が私の鼓膜を激しく揺さぶる。

 

汗で湿った手が無意識の内に、隣にいた妹たちの手を握っていた。

私と同じように湿った手。

熱がこもり、痙攣しているかのように小刻みに震えている小さな手。

 

妹たちの顔を見れば、潤んだ瞳が私の心を捉えて離さない。微かに動いている口が何かを伝えようとしているのだけれど、熱狂する声に遮られて届かない。

熱を帯びているのか、真っ赤に染まった顔が現在起きている異様さを物語っている。

 

怖い。

 

次第に高まる憎悪の声。

それが最高潮に達したと思われた時、私たちはその場で抱き合って震え上がっていた。

 

怖い。怖い怖い怖い。

 

でも……。

 

「まずはこの鎮守府にいる人間にそれを教えてあげましょう」

 

その言葉は。

ざわめきの中でもはっきりと耳に、いや直接脳に届いたそれは不思議と私の心から一切の怖れを払拭した。

そしてひとりでに動き出す体。

群衆を掻き分け、白い目で見られようと突き進む。

腕を捕まれたような気もしたが、乱暴に振り払う。

流れに逆らうように、ただ一心不乱に。

 

私の体は、さも正論と言わんばかりに暴論を振りかざす壇上の者へと向かって突進する。

 

そして間近で、目と鼻の先で。

この異常事態を引き起こした煽動者を目に捉えた時、私はその人物と目が合った。

顔は笑っているのに、体の底から凍えてしまうような目が私を貫く。

 

きっと昔の私なら…いや、昔の私であれば…そもそもこんなことはしないだろう。むしろ今、隣でいきり立っている娘たちのように私も人間への憎悪を爆発させていたかもしれない。

 

でも私は知ったんだ、触れたんだ。

 

彼の…人の優しさに。

 

気が付かされたんだ。

 

アイツに。

 

きっと今、私は笑っているのだろう。

口角が上がっているのが分かる。心の底から手足の指先へと温かい気持ちが広がっていくのが分かる。

 

「おらああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

私は壇上によじ登ると、何も知らない…知ることの出来なかった者の腹部目掛けて突っ込んだ。

そしてそのまま彼女を押さえ込む。

周りからは喧騒に交じって、悲鳴や驚きの声が聞こえたような気もしたが、今の私にはそんなことどうでもよかった。

 

お節介って言われてもいい。

 

ウザイって思われてもいい。

 

…もう会えなくても、いい。

 

私は…私のするべきことをするだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川内ちゃんが。

 

川内ちゃんが那珂ちゃんたちの手を振りほどいて、離れて行ってしまった時。

隣にいた神通ちゃんは悲しそうな顔を一瞬だけ覗かせたけど、きっと那珂ちゃんも一緒だよね。

 

なんだか寂しいような、切ないような気持ちでいっぱいになっちゃったんだよ。

 

でもね。

 

群衆掻き分け前進する川内ちゃんは、恐れを知らない戦士のような振る舞いは、間違いなく那珂ちゃんたちの心に光を灯したんだよ?

 

だからさ。

那珂ちゃんがとびきりのスマイルを神通ちゃんに向けたら、神通ちゃんも恥ずかしがりながらも笑ってくれたんだ。

 

ずっと前から打ち合わせしてたみたいに、神通ちゃんとは息がピッタリだったんだ。

 

それに。

那珂ちゃんの心には何故だか…ううん、必然だよね?

 

あの娘の声が届いたんだ。

 

「きっと大丈夫」

 

そんなこと言われちゃったらさ、那珂ちゃんも頑張るっきゃないよね?

 

なんてったって那珂ちゃんはあの娘のダンスの先生なんだもん!ここでへこたれてたら示しがつかないよね♪

 

「神通ちゃん!」

 

「那珂ちゃん!」

 

那珂ちゃんと神通ちゃんの声がぴったり合わさった時、お互いの体は、一足先を行く恋患いのお姉ちゃんの方へと向かっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、派手にやってるわね~!!」

 

ざわめきの中であたしが見たのは、この騒動の発端となった口巧者に夜戦バカが飛び掛かる瞬間だった。そしてそれから少し遅れて、夜戦バカの妹たちも壇上へとなだれ込んでいった。

 

周りを見る。

どうやら一度統制されかけた空気に、僅かながらの誤りが生じたようだ。

まだ人間への恨み言がこの喧騒の大半を占めているが、困惑の声もチラホラ挙がり始めていた。

 

思わず。無意識の内にため息をついてしまった。

そして口からは、誰に聞かせるわけでもなく独り言。

 

「あたしも焼きが回ったわね」

 

アンタたちが側で守ってあげなきゃいけないのに、なんで特攻隊長みたいなことをするのかしら?

 

ふと、そんなことを思う。

 

それからあたしは隣にいた雲龍と加古に目配せをしたのだが、やはり二人も大体同じようなことを思っていたのだろう…肩を竦めながらも自分たちのやることをやろうと動き始めていた。

 

「深海棲艦が攻めてくるぞー!母港へ走れー!」

 

…加古が唐突に叫ぶ。

繰り返し繰り返し、彼女は叫んでいた。

 

なるほど、追っ手は少ない方がいいわよね。

考えたわね、加古。

 

「ほーら母港へ走れー!」

 

彼女は依然として叫びながら母港の方へと走る。

…少々棒読みの台詞に、訝しげな表情で彼女を見つめる者も多かったのだが、所謂彼女を慕う一定層の娘たちがいた為、小規模ながらも中庭から母港へと急ぐ集団が瞬く間に出来あがった。

そして離れていく集団を尻目に、あたしも走り出した。

 

壇上の口達者を救うべく動き出した艦娘たち。

夜戦バカ共を飲み込むような大きな波に向かって、あたしは走り出した。

 

「乗るっきゃないわよね?このビックウェーブに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなの…あんなのワタシの知る榛名、妹じゃナイヨォ……」

 

金剛の弱々しい声に、私はどんな顔で、どんな言葉を彼女に掛ければいいのか分からなかった。

 

いつものようにおどける時でもない。

それになんだろう…今のこの状況はあまり居心地が良いとは思えない。まるで上から押さえつけられているような圧を感じる。とてもじゃないが、息苦しい。

 

でも川内たちが壇上で取っ組み合いを始めて、どうして彼女たちがそんな暴挙とも思われるようなことをしているのか分かった私は、思わず足が前に出る。

 

一歩。そしてまた一歩。

歩みから駆け足へ。

 

そして不意に肩を掴まれ、後ろを振り返れば、先程まで泣きそうな顔をしていた人物が肩で息をしながら立っていた。

 

「…早すぎるネ!ぜかまし」

 

いつもの陽気な感じが鳴りを潜めてしまっている。

やはり無理をしているのだろう、だけれど彼女は穏やかな笑みを浮かべると、私に言った。

 

「川内たちがあそこにいるってことは、今彼をガードする娘が居ないってことネ!この状況で出口まで彼一人で行くのはさすがに無理ヨー。…つまりリードしてあげる艦娘が必要になりマース。それは、ぜかまし。アナタが適任ネー!」

 

「・・・」

 

確かにそうだ。

金剛の言うことは至極全うだ。

本来は川内たちがやるべきことなんだろうけど、今彼女たちは壇上にいる。

つまり川内たちの役目を負うべき者も必要になってくるという金剛の意見は納得がいく。

 

…だけど。

 

金剛は…。

金剛はそんな顔をして何をする気なの?

 

「大丈夫ネ」なんて言わないでよ。

無理をして笑わないでよ。

 

私は胸が苦しかった。

一刻も早く向かわなければいけないところがあるのに、足が震えて動かない。

 

さっきまでは簡単に動いたのに。

 

そんな硬直してしまった私に、金剛は努めて優しい声で言った。

 

「行ってクダサーイ。そしてメイビー、ウウン絶対にまた会いまショウ!ラストにはフェスティバルが待ってマース!」

 

震えているけど。

震えているけど、私の迷いを払うには十分な心強い声。

 

私は彼女の言葉に頷くと、踵を返す。

 

すぐ!

 

すぐに戻ってくるから!!!

 

私は自分の足に全神経を集中させ、力一杯踏み出した。

 

 

 

 

 

ぜかましの背中がどんどん小さくなり、遂にその姿が確認出来なくなった時。ワタシは震える足を何度も何度も力一杯叩くと、その場に踞った。

 

本当は怖かった。

島風に隣にいて貰いたかった。

でも島風が壇上に向かって歩み出した時、ワタシは思ったんだ。彼女がやろうとしていること…それは駆逐艦である彼女には荷が重すぎるって。あの黒い波に華奢な体が飲み込まれたら、ひとたまりもないって。

 

ワタシは震える足を懸命に動かした。

 

それともう一つ。

 

確かめなければならない。

 

最愛の妹。

 

妹だった存在。

 

でもそれは妹の皮を被った何か別の存在だと、ワタシは気が付いた。だがだからと言って、彼女を放っておくわけにはいかない。

彼女に引導を渡すのだとしたら…それはきっと。

 

雑踏が煩わしい。多勢に無勢。集団が暴走する。

島風が居なくなった今、地に頭を付けたワタシに掛かる声は何もない。

 

いや。

 

ダメだ。

 

立ち上がらなきゃ!

 

立って、ちゃんと守るんだ!

 

自分を!友だちを!妹を!

 

約束を!!!

 

ワタシはグッと足に力を込め、立ち上がる。

そして頬を叩くと、もはや乱闘状態になっている壇上を見据えた。そして思いっきり走り出す。

 

…この騒動の元凶に引導を渡すのは?

 

「オフコース!もちろんワタシね!!」

 

…どうやって?話し合いで?心を通わせて?

 

答えは…NO!!!

 

ワタシは走りながら、両手の拳を突き合わせると大声で言った。

 

「拳で!!!」

 

 

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