仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね   作:雨降り

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地下牢8

ほんのりと。

 

ほんのりと血生臭さが漂う牢の中で、私は膝を抱え込むようにして静かに座っていた。

 

「もう一回、アイツと競争したいな…」

 

所々綻んでしまったタイルカーペットを優しく撫でるように触ると、思わず私は呟いた。

そして体の芯まで冷えてしまいそうな冷たさを臀部で感じながら、そのまま私は眼を瞑った。

 

乱暴に引き裂かれた壁紙、踏み荒らされたタイルカーペット。

 

牢の中を見渡すのはもう飽きた。

…というよりも私の大切な思い出が、まるで夢だったと言わんばかりに、無惨にも牢の片隅に放り出され、朽ちていくのをただ私が見たくなかった。

辛うじて、彼との思い出が残っているのだとすれば、今にも消えかかってしまいそうな弱々しい光で私を照らしているこの電球くらいだろうか。

 

あれから何日経ったんだろう?

朝も夜もない、ましてや時計なんてないこの地下牢。

時間の感覚なんて既に麻痺している。

そして不思議なもので時間の感覚が分からなくなると、自分が死んでいるかのような錯覚に陥るのだ。

 

実はもう、自分は朽ち果ててしまっているのかもしれない…そんな感覚に囚われる。

 

でも思い出すのだ、彼のことを。

幸いにも私は彼のことを思い出す度に、「あぁ、まだ私は生きているんだな」と感じることが出来た。

 

生きたいと思うことが出来た。

 

そして切に願う。

私と共に捕らえられた者たちが、生きる意志を捨てていないことを。

 

…そんなことを考えていれば、甲高い金属音が一つ鳴り響いた。かと思えば、反響するかのように次々と鳴り響く金属音。そしてその音を合図に私は目を開けると牢を強く殴り付け、同じような音を響かせる。

 

いつからか…誰かが狙って始めたわけでもない、偶然の産物なのだろう。だが今では私の希望となっているこの金属音はきっと捕らえられた仲間たちが響かせているものなのだろう。

もちろん確証はない。それでも…呼応するように響くその音が…確かに私が最初に抱いていた孤独感を払拭したのは間違いない。

 

次第に小さくなる残響音。

その音に静かに耳を澄ましながら、私は再びやって来る静けさに身を預けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…野分さん、川内さんたちの様子はどうでしたか?」

 

重々しい空気が漂い、大きく雰囲気を変えた一室。その部屋は鎮守府の中心に位置している。そしてそこで長い間指揮を執り、所属する艦娘たちの善き指針となっていた者はつい数日前にその命を奪われた。

 

「ただいま」と言うことはなくても…。

任務を終え、母港へと帰投した時に得る安心感。

そしてその思いを抱きながら向かうのは、凛とした表情を一切崩さずに、だが優しい声色で「お帰り」と言ってくれる艦娘の元。

憩いの場所とまでは言わないが、常に死が付きまとう者たちにとってその場所は、確かに心を落ち着ける場所であった。

だがとある時期を境に、その場を訪れる者は激減した。

もちろん、出撃任務がないのでその場を訪れる契機が減るのも当然と言えば当然のことなのだが、その場に君臨する者が変わってしまったということがその理由の一端を担っているのは間違いない。

 

そして新たな指針…いや、指針などどうして言えるものか?支配者という言葉が相応しい。

 

外の様子を執務室の窓辺から静かに眺めていた艦娘は、いつもの笑みを浮かべながら、壁に寄り掛かっていた銀髪の少女に問い掛けた。

その問いに銀髪の彼女は伏せていた顔を上げ、凛とした表情を覗かせると、落ち着いた口調で答えた。

 

「…相変わらずだ。それこそ何故あのような暴挙に出たのかが分からないくらいに大人しくしている。脱獄するような素振りも見られないが……貴様が何か吹き込んだのか?」

 

「そうですか…」

 

銀髪の彼女にじーっと見つめられながらも、その笑みが消えることはない。そして「貴様の考えていることは分からん」と呟くように言うと、今まで視線を投げ掛けていた者は静かに部屋を出ていった。

そして依然として怪しげな笑みを浮かべる彼女以外に誰も居なくなった執務室。

 

「その場の優勢勢力…大衆に迎合するような烏合の衆よりも余程戦力になると榛名は思うのですがね。…もし仮にその強い意志や情熱を一気に反転させることが出来れば、マザーの理想にまた一歩近づくことが出来るでしょう…」

 

彼女はポツリと呟いた。

それと同時に、ビリビリに破かれた海図の上で小型の機械が小刻みに振動した。

それを手に取ると、榛名は耳に充てる。

 

「…これはこれはマザー。……えぇ、言われた通りに生け捕りにしていますよ…。……はい」

 

不気味な嗤い声と共に彼女は話続けた。

まるですべてのことが見えざる手の上で滑稽に踊らされているのを嘲笑うかのように、何も知らずにただ流されていく大衆を侮るように……。

 

だが彼女、彼女たちはまだ知らないのだろう。

既に反撃の狼煙が上がり、会心の一撃がその懐に叩き込まれることになることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦月!!!」

 

地面に力なく座り込んでいた睦月を抱き起こすようにすると、人間は血相を変えて彼女の名を呼んでいた。

そして隣に座っていた私のことも同じように名前を呼びながら抱き起こすと、人間は頭を下げて言ったのだ。

 

「ごめん!!!」

 

突然の人間の謝罪に困惑を隠せない私たちだったが、人間が大袈裟なくらいの身振り手振りで説明することを要約するに、どうやら先程の暴走車輌はこの人間の仕業らしい。そしてどうしてそんな凶行に出たのかについても、一刻も早くそれを成し遂げたいこの人間は早口で私たちに話した。

 

「本当にごめん!!!」

 

未だに震えている足が目の前の人間にバレないようにしながら、私は何度も私たちに頭を下げる者を睨み付けた。

 

「…今さらどの面さげて戻ってきたの?ここから逃げたかと思えばおめおめと帰ってくるなんて……バッカじゃないの!?」

 

私の言葉を人間は黙って聞いていた。

ただ静かに、静かに聞いていた。そして何の反応を示さない人間に私は怒りを募らせ、殴り付けてやろうと拳を強く握り締める。

だけど…。

 

「……川内さんは地下牢にいるにゃ」

 

本当に消え入りそうな小さな声で。

私の隣にいた艦娘はそう言った。

 

「睦月!?」

 

私は今日一番の困惑に思わず声が上ずりながら叫んだ。

 

「どういうこと!?なんでそんなことを…!?」

 

「…睦月は!!睦月は何も分からないし、人間は大ッ嫌いにゃ!!!…だけど。だけど!!!」

 

私の怒鳴り声に似た叫びを意に介さず、むしろ遮らんと言わんばかりに、彼女は涙ながらに叫んだ。

そして彼女は…彼女はその涙で溢れた目でしっかりと人間…彼の目を捉えながら、必死に続けた。

 

「……川内さんたちは!川内さんたちは!大事な仲間にゃ!!でも…その人たちを、その人たちをあの忌々しい場所に閉じ込めるなんて……この鎮守府で苦楽を共にしてきた娘なら……仲間なら、絶対にしないはずにゃ!」

 

そして目元を乱暴に拭った彼女は「こっちにゃ!」と叫ぶと、人間の手を取って走り出した。

 

私はそれを…あの人間が睦月に手を引かれ、走り去っていくのをただ見つめていることしか出来なかった。

 

私と睦月…いや、もっと言えばこの鎮守府に関係してきた者すべて。一体どこで違えたのだろう…そんな思いに私の全てが支配されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…動いたぞ!」

 

厳しい顔付きの中にどこか少年のようなあどけなさを伺わせながら、阿野はそう叫んだ。

 

そしてその顔を久々に見た彼の仲間たちは、これから始まるであろう大戦を前にして皆笑みを浮かべている。

 

「…叢雲、大和、加賀は私と共に来い!それ以外の者は彼を護衛せよ!!!」

 

「「了解」」

 

彼の指示を聞き、それぞれが迅速に動き出した。

小さな艦娘に手を引かれて、一足先に正面玄関の方へと走る人間を追い掛けていく者たち…彼女らの姿が鎮守府に吸い込まれていったのを確認すると、その場に留まった四人は大きく息を吐いた。

 

「…行ったわね」

 

唐突に叢雲が呟いたのを合図に、その場にいた者たちは艤装を展開し、身構える。

 

臨戦体勢への移行。

 

そして大地を揺るがすような重圧を肌で感じながらも、阿野はトラックの荷台に積んでいた機関銃を手に持つと激しい殺気を放つ鎮守府の西館を睨み付けた。

 

―刹那。

 

西館の屋上部分から誰かが飛び降りた。

…かと思えば、着地点に大きな割れ目を作りながらもその者は悠然と立ち上がり、阿野たちのいる方向へと歩み寄ってきた。

そしてその者は大きな欠伸をするや否や…。

 

「…吾輩の眠りを妨げるなよ、小童?」

 

静かにそう呟いた。

 

そんな彼女に阿野は銃口を向けると、すぐさま引き金を引いた。

 

「戦闘開始だあ!!!」

 

そう叫びながら。

 

 

 

 

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