仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね   作:雨降り

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再会

「…さっきの娘は大丈夫なのかい?」

 

「…龍田なら平気。…今は自分たちがやるべきことをやるだけだよ」

 

僕の問い掛けに、真っ直ぐ前だけを見ながらその娘は答える。そしてその通りだと言わんばかりに周りにいた者たちもその言葉を聞いて、小さく頷いている。

 

…そうだね。やるべきことをやる。当たり前のようだけど、それが現状最も重要なことなのかもしれない。

 

思わず僕の手を引く者の手を強く握り締める。

一瞬手を強く握ってしまったことに申し訳なさを覚えたのだが、僕の手を握る者はほんの一瞬手を強張らせながらも強く握り返してくれた。

 

想いは一緒だと信じたい。いや、たとえ一緒でなかろうと関係ないな。信じられてるから信じるんじゃなくて、自分が信じるから信じてもらえる、そう思う。

 

鎮守府内に爆発音や何かが崩れるような音が断続的にこだましている。

…おそらく負傷者も出ているだろう。

これは早めに川内たちを救いだして、以前のように救助活動に奔走するか、もしくは避難誘導を行わなければならないだろう。焦る気持ちでいっぱいになり、足に力がこもる。そしてふと、車内で北上という艦娘が言っていた言葉を思い出す。

 

「阿野っち達が戦闘を始めたら、多分だけど見境ないからね…君も仲間を助けたらすぐに退避した方がいいよ」

 

微笑みながら言っていた彼女の言葉はどうやら本当らしい。その後彼女は、隣にいた別の艦娘たちに同意を求めるように、阿野さんの話をし始めたのだが…。

 

「阿野っちは愛娘が囚われた要塞を普通に爆破してるからね~、結果的に娘が無事だったから良かったけど…誤爆しちゃうとか考えなかったのかね?」

 

…とんでもない会話をしていた様だった。

 

「…着いたにゃしい」

 

そんな不毛な回想に一時的に思考を奪われていた僕を引き戻すかのように、先導者の凛とした声が僕の耳に届く。そして目の前には、僕たちを誘うように地下牢へと続く入口が…消したはずの血生臭さを放ちながら、静かに待ち構えていた。懐かしい思いが込み上げてくる。

僕の前にいた小さな体は震えている様だったが、大きく息を吸い込み、呼吸を整えると再び僕の手を強く引く。本当に頼もしい限りだ。

 

「…行こう」

 

今度こそ…今度こそ必ず。

 

僕は決意を胸に歩み出した。

 

 

静かな空間だからこそ耳が冴え渡る。

だから気付いた、どうやら鎮守府で何か動きがあったようだ。けたたましい音に耳を澄ませる、この地下牢にでさえ反響するほどだ…何が起きている?

私はそんな疑問を抱きながら、牢の鉄格子を力強く殴打する。すると直ぐ様、その音に呼応する同じ音が鳴り響いた。どうやら皆、同じようなことを考えていた様で、その音が鳴り止むことはない。

 

この異常事態に於いて、地下牢に閉じ込められていてはあまりに情報が乏しい。

…とは言え、頭は冷静だ。

今までにあった数々の変動…その片鱗が積もりに積もって、今日この日に爆発しただけ。

この鎮守府が襲撃され、長門さんも殺され、統率のない鎮守府はバラバラで…なにもかもぐちゃぐちゃになった。

 

突如として大きく揺れ始めた地面に足を掬われそうになりながらも、私はなんとかこの騒ぎに乗じて、この地下牢から脱出出来ないかと思考した。

…いつもより激しく鉄格子を叩く音が聞こえてくる…まるでそれを打ち破らんかと言わんばかりに。

どうやら私たちはどこまでも考えが一緒なようだ。

 

それはそうか…。

 

思わず笑みが溢れる。

目を閉じれば昨日のことのように思い出される。ライブを共に盛り上げたこと、アイツを守るために共に戦ったこと…そして今度は…。

 

「…やっぱり一緒にやりたいな」

 

独り言。私の心が吐露した本音。

本当はこんなこと思ってはいけないのかもしれないけど…それでも、それでももし!もし叶うのであれば、私は彼に会いたい!彼に会って伝えたい!

その為に私は、私が今果たすべきなのは…!

 

…どうしてか今日に限っては、見張りと思われる銀髪の少女の姿もない。

 

私は一か八かの賭けに出ることにした。

 

「艤装展開!!!」

 

私は…自分、最愛の妹、最高の仲間、そしてかけがえのない人の為にこんなところで止まっているわけにはいかなかった。

 

鉄格子を蹴破る音が辺りに…いや、辺りから一斉に聞こえた気がした。

 

 

「どこだ!?どこにいるんだ、川内!?」

 

焦りを隠せない叫び声が地下牢にこだまする。

だがその拭いきれない焦りの気持ちをなんとか堪えながら、とにかく手当たり次第、牢の中を覗いて見る。

 

そして常に冷静でいたいという思いとは裏腹に、その焦りは一気に加速していった。

 

もぬけの殻…どの牢を見ても、そこに川内はおろか仲間の姿はない。

 

「…脱走したんじゃない?」

 

まるで弾き飛ばされたかのように。

…乱暴に取り壊され、横たわる鉄格子を見つめながら、北上は言う。

 

…それならいいのだけれど。

よくよく考えれば、川内たちが艤装を展開すれば、この程度の牢など容易く抜け出すことも出来よう。だが、今自分の横で驚いた顔をしている睦月の言葉を信じるのならば、川内たちはこの牢にしばらくの間いたわけだ。

おそらく、脱走を阻む何かがあったのだろうけど、それが解消されたということだろうか?それとも脱走したわけではない?

 

とにかく案じるのは彼女たちの身だけだ。

地上ではすでに戦闘が起きている訳だし、出来ればその無事な姿を確認したかったのだが…致し方ない。

 

「…川内たちがいない以上、この牢には用はない!…となれば、とりあえず鎮守府の皆に避難を促さないと!このままだと取り返しのつかないことになる!」

 

僕は叫んだ。

先程から鎮守府の揺れが激しくなってきていて、軋むような鈍い音がずっと鳴り渡っている。

阿野さん達が戦闘を開始しているということを考慮すれば、僕たち以外の者はこの鎮守府に長居は無用だ。

 

何かしらの手段で避難誘導を行わなければならない。

 

僕はそんな思いに駈られ、そのまま地上へと続く階段を駆け上がろうとした。そんな時…。

 

「おやおや、せっかく遊びに来てくださったのに…。もうお帰りになるんですか?」

 

一体誰だ?

僕たちは顔を見合わせ、そして皆一様に驚いた顔を見せている、もちろん僕もその一人だ。

そして先程まではなかったはずの…いつの日にか見た、怪しげに灯った橙色の光の群れ。地下牢の壁に埋め込まれる形で規則正しく並ぶそれは、相変わらず不気味な感じを醸し出していた。

…気が付けば、辺り一面を橙色の光が支配していた。呆気にとられる僕とは対照的に、皆は身構えているようだった。そしてその視線は、ぼんやりと灯る光源の先…通路の奥に注がれているわけだが、そこから誰かがゆっくりとこちらに近付いて来るのが僕にも分かった。

 

足音が大きくなるに連れ、緊張感が増していく。

 

そしてその姿を間近で見た時、僕は自分の体が竦み上がっていることに気が付いた。

 

「…はじめまして。こうして面と向かってお話しするのは初めてですね?」

 

恐怖が体現したとは、このことを言うのではないか。背筋の凍るような笑み…口元こそ緩んではいるが、心を射抜くような鋭い目付き。震えそうになる体を必死で奮わせる、そうしなければ僕は発狂してしまいそうだった。

 

「…あなたは鎮守府から無様にも尻尾を巻いて逃げたと榛名は記憶しているのですが…おやおや仲間を引き連れてまで、一体なにをしに来たのですか?フフッ…」

 

…っく。怖い、怖すぎる。

叫びそうになるのを必死で堪えながら、榛名と名乗った艦娘の顔を見る。彼女とは一定の距離があるはずなのに、その目がまるで僕の目と鼻の先にあるかのように錯覚するほど大きく見開かれ、不自然に上げられた口角がなんとも気味が悪い。

 

「…あなたは、一体?…いや、それはもはや愚問でしょうね。榛名さん…と仰いましたか、あなたたち黒い艦娘は一体何を企んでいるのですか?」

 

弓を携えた艦娘が一歩前へ歩み出る。

そして静かに僕の前に踊り出たその艦娘は弓を構え、低い声で榛名に問いかけた。

 

「…はてさて、何のことやら」

 

「とぼけないで下さい!!!」

 

張られた弓の弦がキリキリと音を立てる。

だが矢を向けられた者は、一切の焦りや恐怖を見せず、静かに微笑んでいる。そしてその微笑が高らかな笑い声へと変わった時、息を呑むような声が僕の近くで聞こえた気がした。

 

「フフッ…フフフフフ……これはこれは失礼しました。ついつい一人で盛り上がってしまって、榛名の悪い癖ですね、クククッ…。ですが…フフッ……想像してしまうと、どうしても昂る気持ちが、悦びが抑えられないんですよ!!!」

 

目に涙を浮かべ、腹を抱えて嗤う彼女の姿は、まず間違いなくこの状況において異常、それ以外のなにものでもなかった。そしてまた僕の恐怖も頂点へと達していた。

 

「…一つだけお教えしておきましょう、大きな力の前では強者も弱者もないのです。全てが平等なんですよ」

 

一頻り嗤ったのか、肩を震わせながら榛名は意気揚々と語った。

 

「でもそれってとても素敵なことですよね?虐げられることもなければ、誰かを貶める必要もない…そんな理想的な世界!それが!それこそがマザーの理想郷なんですよ!…尤も、マザーの高尚な考えなど、一介の人間や艦娘風情には理解する能力も…いや、理解したくても出来ないでしょうね?…さぁ、そろそろ無駄なお喋りは止めましょうか?…どうやら利根さんや野分さんが掃除を始めてくれたみたいですし、榛名はマザーを母港で出迎える必要がありますからね…」

 

「…ま、待ちなさい!!!」

 

弓を構える者の制止する声を無視して、榛名が小さく嗤うと、フッと一斉に怪しげな光源はその光を滅した。そして一気にその場の明かりがトーンダウンしたのに乗じて、榛名はその姿を眩ました。

 

僕たちはただ立ち尽くしていた。

榛名に捲し立てられ、訳の分からない内容に頭がこんがりそうだった。だがそのまま棒立ちしている暇はない。

 

「…阿野っち!!!」

 

まるで何かを思い出したかのように…北上という艦娘が急に駆け出したのを皮切りに、僕たちは走り出した。

 

そして走りながらも、震える口調で僕は言った。

 

「…皆は阿野さんたちの援護に向かってくれ!僕は…僕は鎮守府の皆に放送を使って避難を促してくる!!」

 

「…っな、何を言っているのですか!?」

 

丁度地下牢からの階段を登りきり、部屋へと出たところで僕は肩を掴まれ、無理やり後ろへと振り向かされた。そしてそこには驚きと怒りが混じったような表情があり、僕の顔を覗きこむようにして言った。

 

「…私たちは阿野さんから貴方を守るように指示されているのです!貴方を一人になど…」

 

「大丈夫!!!」

 

「……!?」

 

僕の怒鳴るような声にその艦娘は少し驚いているようだった。だが今の僕にはそれを気にしている余裕も器量もなかった。だからこそ自分の思いを真っ直ぐに伝えた。

 

「…大きな声を出してごめん!…だけど、だけどさ!さっきの榛名ってやつの話を聞いてた限り、ここから先どんどん敵が増えるんじゃないの?…つまり今ここで戦力の分断はすべきじゃないよ!…しかも僕だけの為に…そんなこと絶対にダメだ!!!」

 

「…ですが!貴方は人間なのですよ!?生身の人間なのですよ!?…貴方も仰ったじゃないですか、敵が増えると…。そうです、その通りなんです!ここは最早戦場なんです、ですから貴方を一人にしたらどうなるかなんて想像に易くありませんか!?」

 

だが言いながら鳳翔は驚いた顔を浮かべる。

今まさに鳳翔たちの横を通り過ぎていくのは仲間の姿。

 

「ごめん、鳳翔!先に阿野っちのところへ行ってるから、その子のことよろしく!!!」

 

「…!?北上さん!?」

 

この押し問答を見て、埒が空かないと思ったのだろう北上は足早に行ってしまった。それに続くようにもう一人の艦娘も深々と僕たちに頭を下げる部屋を駆け足で出ていった。

 

「鳳翔さん!北上さんも青葉さんも行っちゃったよ?瑞鳳たちは…瑞鳳たちも阿野さんたちの援護に行った方が…」

 

「・・・」

 

今起きた一連の出来事に思考を停止させられてしまったのか、鳳翔と呼ばれる艦娘は目を見開きながら固まってしまっていた。

なので僕もそのままその場を後にしようと彼女に背を向けたのだが、さすがにそれは無理だったようで、再び肩を掴まれてしまった。

 

そして今度は、無理やり振り向かされることはなかったが、後ろから問い掛けるように声を掛けられる。

その声色は、まるで僕の覚悟を問うようにも感じられた。

 

「…貴方の身を保証するのが私たちに課せられた指命なのです。ですが北上さんも青葉さんも行ってしまった…私はそれを悲しいと思うと同時に羨ましいと思ってしまうのです」

 

「…えと、つまりそれは」

 

「…ですが!貴方の護衛を解くわけにはいきません!なぜならそれが私たちの使命なのですから!」

 

肩を掴む力がどんどん強くなってくるので、僕は思わず顔をしかめた。…っていうか、痛いんですけどォ!

というかこの艦娘…身に纏った服からなんとなく感じてたけど、律儀で真面目な人なんだろうな…。

 

でも僕の気持ちは揺るぐことはない。

時間が経つに連れ、厳しくなるこの戦況。

鎮守府の様子を考慮しても、長期戦ではなく、短期決戦にした方がこちらの勝算もまだあるんじゃないのか?

 

それなのに、僕の為だけに戦力を分断するなどダメに決まっている。ひとり一人が全力を出した時、初めて奇跡というものが起きるはずだ。それに……。

 

「大丈夫だよ、鳳翔さん」

 

僕は努めて柔らかな口調で、でも絶対に折れないといった思いを彼女に吐露した。

 

「…ッ!どこまでも話の分からな」

 

「僕には最強の護衛が付いてるんだ、安心してくれ!」

 

僕の言葉に鳳翔は息を呑むような声が聞こえた。

 

そして僕は彼女の手をそっと肩から外すと、振り向いて彼女の顔を見据えた。彼女はその顔を少し上気させていたが、僕は息を吸い込むとはっきりとした声で言った。

 

「…行くぞ、睦月!いや…にゃしい将軍!!!」

 

「…っにゃしいッ!!?」

 

 

「…ッ!撃ち落とすッ!!!」

 

大和の砲門は直上から急降下してくる利根に向けられ、その姿が至近距離と言えるところまで来た時、大和は容赦なく砲火を浴びせた。

 

断続的に砲撃音が辺りに響き渡り、一時的に視界を煙に奪われながらも大和は呟いた。

 

「…やった?」

 

だが白煙燻る砲門を一旦下げようとした大和はその横目で見てしまった。

 

目を見開く。

紫色の炎を纏った巨大な拳を構える利根の姿…それを至近距離で見てしまった。

 

「…素晴らしい威力じゃ。だがな、吾輩の鉄の拳を砕くには、ちと火力が足りぬな」

 

急速に迫る黒い鉄の塊、それが大和の体に強い衝撃を与え、次の瞬間彼女の体は風に煽られた塵のように空中を舞っていた。

 

「…ッがハァ!」

 

「大和!!!」

 

そう叢雲が叫んだ時には、地面に叩き付けられる大和の体。耳に不快感を与えるような破裂音と共に、彼女の口から吐き出された血が大地を赤く染める。

 

「…よくもッ!!!」

 

叢雲が槍の先を利根に向け、そのまま彼女目掛け、勢いよく走り出した。それをニタニタと余裕そうな笑みを浮かべ見つめる利根、突如その拳から突出した管から炎を噴射したかと思えば、その身を空中へと浮遊させる。

 

「…ッ卑怯者!降りてきなさい!!!」

 

「全航空機に攻撃指令!目標、低空を飛ぶ黒い艦娘!」

 

地団駄を踏む叢雲に対し、加賀は空中に待機させていた航空機を反転、そのまま急降下させると、空中を自由自在に翔る利根の体へ空爆を行う。

 

再び黒煙が辺りを支配するが、直後その黒煙に紫色の光が反射したかと加賀たちが錯覚した時、まるで体にまとわりつく煙を振り払おうとでも言うかのように、猛煙から黒光りした体が突出する。

 

煙を掻き分けるように現れたその黒い体は、その拳からけたたましい爆音を轟かせ、一気に炎を噴射すると空を縦横無尽に駆け巡り出した。かと思えば、徐々にそのスピードを上げ、加速し始める。

 

そしてたった今爆撃の為に低空を飛んでいた航空機へ急接近すると、その拳で一機、また一機と破壊し始めた。

加賀は慌てて航空機を散開させたが、驚いたことに利根の急速に上がった速度は、散り散りに逃げる航空機の飛行速度を上回っていた。

そしてあっという間に、加賀の指揮する航空機の半数以上を空中で爆散させた利根、その姿に加賀は戦慄を覚えた。

 

だがここで彼女の侵攻を許すわけには…。

 

そこで加賀は残りの機体を一度鎮守府の上空から退避させると、攻撃の隙を探ることにした。

 

その為には…。

 

「…少し時間を稼いでくださいッ!」

 

加賀は叢雲に顔を向けると、決死の形相でそう叫んだ。そしてその言葉を待っていたかのように叢雲は力強く頷くと、槍を大きく振り回し、空の支配者に向かって怒鳴った。

 

「…かかってきなさいよ!!私はいつでもやれるんだからぁ!!!」

 

まるで空気が振動するかのように、軽い音を立てながら叢雲の槍が振るわれた。そしてその様子を見た利根はより一層の笑みを浮かべ、その身を地に堕とすと、固く握り締めた両手を前へと突き出した。

 

「吾輩を挑発するとは面白い!捻り潰してくれるッ!」

 

叢雲はそのまま利根が肉薄してくることを予想したのだが―

 

彼女の後方―今にも崩れそうな建物をまるで二分するかのように―突然、天高くそびえる光の柱が出現した。

 

眩い光に叢雲たちはおろか利根までもが目を伏せるが、出現からわずか―そのまま光の柱は凄まじい勢いで横に倒れると強い衝撃波が彼女たちを襲った。

 

足に力を込め、必死で大地に食らい付く叢雲と加賀だったが遂にはその体は倒れ、地面を転がるようにして、その衝撃の元となったところから遠く、後方へと飛ばされた。だが寝転がっている暇はない、満身創痍の体を無理に起こすと彼女たちは状況の把握を急いだ。

 

どうやら謎の光が西側の建物を直撃したようだ、まるで鋭利な刃物で斬られたかのように断絶され、鉄筋が露となった建物はその後瞬く間もなく崩落した。

 

そして今や消えてなくなったその光は、おそらく自分達にとっては、不吉なものであると彼女たちは結論付け、背中を合わせながら今後の戦闘について作戦を練る。

 

「…あの光、黒い艦娘によるものかしらね?…ふぅ、大分追い込まれてるじゃないの、私たち」

 

「ええ…ですがこのまま引き下がるわけにはいきませんからね。まずは…」

 

そこで加賀は言葉を切ると、睨み付けるように空を見上げた。

 

「あの化物を撃破する…それだけを考えましょう」

 

彼女の視線の先…そこには噴射させた炎を微調整し、空中に留まる利根の姿があった。そして加賀たちを見下ろすように睨む彼女に、加賀は手の平を上に向け、差し出すと挑発するように指だけを前後に動かした。

 

「…ちょっ!?アンタ!」

 

「見せてあげましょう、空の要塞…いえ、一航戦の誇りというものをッ!!!」

 

利根は加賀のハンドサインを見逃すことはなかった。顔には笑みを浮かべながらも、激しく歯軋りすると、今までにないくらいの炎を放出させ、加賀の元へと突っ込んできた。

 

「舐めるなよオオオオオオ!!!」

 

利根の肥大化した鉄の拳は、大地に巨大な裂け目を作り、その拳を寸でのところで避けた彼女たちの体を宙へと舞わせる。そして彼女の拳が穿った地点を中心に、大小異なる岩石の塊が地表から突き出すように現れ、あわやその尖った巨岩に加賀たちの体は貫かされそうになった。

 

「…そこおッ!」

 

叢雲は宙に投げ出されながらも、手に持った槍を利根の体へと突き立てる。

 

「…なんだこれは?吾輩の拳に蚊でも付いたか?こそばゆいッ!!!」

 

「…ッく、浅かったか!?」

 

乱暴にスイングされた利根の拳に、突き刺した槍だけで必死に食い下がる叢雲。ブンブンと振られ、思わずその風圧に飛ばされそうになるが、決して槍を離すことはない。

加賀は土埃をあげながらも、なんとか地に足をつけ、体勢を立て直すと空中に待機させていた航空機へと攻撃を要請した。そして急降下する航空機が搭載された機銃を光らせながら、利根の元へと迫る。

 

「…離れなさいッ!叢雲!!!」

 

だが叢雲は絶対にその槍を離さなかった。

その姿に加賀は悟った。決死の覚悟で挑む叢雲の思いを無下にしてはならない、だからこそ絶対に利根を仕留めなければならないと。

 

「全機、一斉掃射!!!」

 

加賀の声を合図に、銃弾の雨が利根たちの体へと容赦なく降り注いだ。だが利根はその鉄の拳を頑強な盾に、銃弾を跳ね返している。

 

これは作戦失敗か…。

 

それでも加賀は攻撃を止めなかった。

とにかくあるだけ…全弾を利根へとぶつけなければならない、そんな強い執念のようなものに彼女は突き動かされていた。その目にはボロボロになりながら、必死で耐える叢雲の姿が映っていた。

 

そして最初こそ、加賀たちの頑張りを嘲笑うかのように余裕の笑みを浮かべていた利根だったが、徐々にその表情に変化が表れ始める…もっと大きな変化と言えば、彼女の拳の至るところから黒煙が燻り始め、火花を散らし始めているのだ。そして遂にその顔に焦りが見て取れた時、加賀は心の中で何度も同じ言葉を反芻していた。

 

…このまま押し切るッ!

 

「…弱者が調子にのるなああああッ!!」

 

―刹那。

 

叢雲はその身に風を切るような感覚を覚えた。そして強い衝撃に襲われたかと思えば、間髪入れずに激痛が叢雲の体を走った。

 

「―――ッああああああぁぁ!!!」

 

あまりの激痛に彼女は七転八倒、地面をのたうち回っていた。しかしながら利根は利根で、ブルブルと体を震わし、苦悶の表情を浮かべている。そして特に目をひくのは先程まで蹂躙の限りを尽くしていた彼女の拳――それを失った彼女の片腕だろう。断絶部分からはおびただしい量の血が流れ出し、その腕を必死で地面に擦り付ける利根の姿はなんとも痛々しいものだ。

 

そしてその一部始終を見ていた加賀はポツリと呟いた。

 

「…本当に化け物ね」

 

加賀の艦載機による猛攻。

それによって利根の固い装甲で覆われた拳は、徐々にではあるが傷付き、摩耗していった。だが一向に銃撃が止む気配はない。そこで利根は一度空へと退避し、体勢を立て直そうと試みた。しかしながらそれを阻む存在がいたのだ。無様な格好で拳にまとわりつく、取るに足らないと利根が嘲笑った存在…叢雲だ。

 

空中へ飛び立つことなど造作もない。

だが問題はその後だ。空中移動をするには、噴出する火の加減をしながら、手を器用に動かさなければならないのだ。しかし火こそ調節出来るものの、手に異物が付いた現状では思うような動きは取れないだろう。それに無理に空中へ逃げたとして、加賀の航空機から逃れられるだろうか、いや一時的に逃げることは出来ても、時間の問題だろう…空中分解するのが関の山だ。

とは言え、叢雲を薙ぎ払おうと腕を振るえば、加賀に大きな隙を与えてしまい銃弾の雨に晒されてしまう。

 

――悩んだ結果、利根は諸刃の剣を使用した。

 

最大限の炎を管から放出する。

管が破裂し、さすがの鉄の拳も熱で所々融解し始めているが、利根は構わず炎を噴射し続けた。そして利根の腕からミチミチと肉がちぎれるような音が聞こえ始めるや否や、突然不快な破裂音を響かせる。そしてその巨大な拳は叢雲を貼り付けたまま、鎮守府の壁へと向かって飛んでいったのだ。

 

――そして現在に至る。

 

「…煩わしい虫けらも消え去った…残るは……貴様だけじゃ!!最早片方だけでは空を飛ぶことも叶わんが、貴様の羽虫ごとき…この残された拳だけで充分ッ!」

 

額に尋常ではないほどの汗をかきながら、血走った目を加賀に向ける利根。そして手の平を繰り返し開いたり、閉じたりすると、利根は大声をあげ始めた。

 

――先手必勝ね。

 

加賀はそう考えた。

そして航空機の幾つかを降下させ、それらは再び利根に標準を合わせると、機銃を掃射しようとした。

 

だが…。

 

「くうぉらああああああああぁぁぁッ!!」

 

力いっぱい大地に振りかざされた鉄腕…それは地表を砕き、岩盤まで届くとそれをも粉砕し、衝撃によって飛ばされた巨岩は、まるで砲弾のように乱雑に辺りに飛び散った。

 

「…ッ!!今ので何機か墜落した!?」

 

利根に追撃を加えようとした航空機の幾つかは、岩石の餌食になってしまったらしい。ならば…と加賀は他の航空機に攻撃命令を下すが…。

 

「これで終わりじゃああああああぁぁぁッ!!」

 

加賀の目には、自分の体を握り潰そうと迫る巨大な手が映っていた。そして次第に暗くなる視界、己の死期を感じた加賀は静かに目を閉じようとした。

 

一瞬の静寂。全ての騒音から切り離された静かな世界。

 

そこにこだましたのは…。

 

「バアァァァァァァニイィィィングウゥゥ…」

 

「ラアァァァァァァァァァァァァヴ!!!!」

 

大音量の叫び声と共に轟音。

 

加賀がゆっくりと目を開けると、そこには煙をあげながら横に大きく吹き飛ばされる利根の姿があった。

 

「――ぐあああぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

そして何が起きたのか理解出来ない加賀に、巫女服を纏った艦娘が親指を立て、笑顔を向けている。

 

一方で加賀同様、何が起きたのか理解出来ない利根は転げ回る華奢な体を、なんとか大地を掴むようにして止めると立ち上がり、必死で状況を判断しようとしていた。そして目を見開いた。

 

「…増援じゃとおぉ!?」

 

ワナワナと震える利根の体。

 

「こんな…こんなことがぁ!?」

 

利根は満身創痍な体を奮い立たせ、怒りの咆哮と共に一気に加速した。そして名の知れぬ艦娘を捻り潰してやろうとその手を伸ばすが……。

 

「…油断しましたね?隙がありすぎです」

 

その言葉を利根が耳にした時、彼女の残存していた方の腕は鮮やかな血飛沫を上げながら、宙を舞った。

 

「…な、なあああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

彼女の絶叫とは対象的に、その巨大な手は土煙をあげながら静かに地面に落下した。

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