仲良くなりたいっていう気持ち、忘れちゃダメだよね 作:雨降り
牢を飛び出した時―――相変わらず鎮守府の揺れがこの地下にまでズンズンと響く中、私はとにかく何が起きているのかを見極める必要があると感じていた。
「…っとその前に」
私にはやることがある。
想いを馳せるのは、同じように地下牢へ幽閉された妹たちと阿武隈、金剛のことだ。
「…確か音がしたのは」
私が自分の想いを貫いた結果…彼女たちを危険な目に遭わせてしまったのは本当に申し訳なく思う。だけどそれでも…私は止まるわけにはいかなかったんだ。
大切な人のことを想うと、相変わらず胸にチクリと痛みが走る。でもそれは不思議と不快な感じではなくて、むしろ心が温かくなるのだ。
「…川内ちゃん!!!」
ふと呼び掛けられ、ハッとする。
そして私の目の前には、自分と同じように息を切らしながらも、覚悟を決めたような顔をした妹たちの姿があった。
「神通!那珂!」
私は二人に駆け寄ると思いっきり抱き締める。
そして先刻抱いていた想いを彼女たちに吐露した。
「…ごめん!私のせいで二人を…!」
でもその言葉を続けるより前に、二人が私に負けないくらいの力で私を抱き締め返してきたので、いろいろな意味で胸が詰まった。
「…川内ちゃん、ここまで来てそういうのはやめよう?もう那珂ちゃんたちだって覚悟を決めてるんだからさ」
耳元で聞こえたのは穏やかな妹の声。
―――うん、ありがとう…。
私は感謝を示すべきだったのかもしれない。
ちゃんと言葉で「ありがとう」と伝えるべきだったのかもしれない。でも込み上げてくる熱いものに私は眉の一つでさえ動かせなかった。
そして妹たちの体に顔を埋めて、上げることが出来なかった。上げたらきっと…。
「…ふぅ、相変わらず夜戦バカとその妹たちは空気が読めないわね」
「…What!?どう考えても、感動の再会デショウが!?空気読めないのは阿武隈…Youネ!」
「…んなっ!?」
…どうやら阿武隈も金剛も無事みたいだ。
二人の変わらぬ振る舞いに私はクスリと笑みを溢すと、顔を上げてそのまま乱暴に目元を拭った。
そして今度こそ…私は大きく声を張り上げた。
「…ありがとう!!!みんな!!!」
私の精一杯の想いをその場にいた誰もが穏やかな表情を浮かべて聞いていた。そして事態は急を要していたこももあり、私は一言…たった一言を皆に告げた。
でもその一言こそが、今私たちの果たすべきことを表すのに最適だった。
「守るんだ…私たちのかけがえのないもの全部!」
□
「敵襲かどうかは定かではありませんが…度重なる爆発音―――異常事態と考えないのは無理な話です」
走りながら、神通の言葉に耳を傾ける。
そして彼女は凛とした表情で言葉を続けた。
「…しかもあらゆる方面から爆発音に紛れて悲鳴や航空機のエンジン音まで聞こえます―――特にひどいのは鎮守府の正面でしょうか」
「…つまり」
「この目で見るまでは確信は持てませんが…以前の襲撃事件のように―――敵が襲来したと考えるのが妥当でしょう」
神通の冷静沈着さにはいつも助けられる。
そして、そんな彼女の言葉から滲み出る焦りは、事態の深刻さをより一層私たちに感じさせた。
また、この中で最も強い艦娘である彼女だからこそなのだろうか…神通はグングンとスピードを上げ、私たちよりも前へ前へと出ると、その距離を開けていく。
「姉さんたちは怪我を負った娘たちの救護にあたってください!」
その言葉を最後に、彼女は風のように駆け抜けて行ってしまった。だがここで無理に彼女を追うというのが愚策なのは、誰の目に見えても明らかだ。
最強の剣客…その一角の言葉だ。
私たちは仲間の救護活動に奔走することにした。
ただ金剛は自身が戦艦であることを考慮し、救護よりも戦闘に参加した方が良いと判断したようで、私たちにその旨を伝えると神通の後を追っていった。
「ま、パワーだけなら神通に引けを取らないし、敵の戦力が分かっていない以上、金剛には戦闘を任せた方が無難じゃないかしら?」
阿武隈もそう言っていることだし…大丈夫だとは思うのだが…どうも胸騒ぎがしてならなかった。
「川内ちゃん!歩みを止めてる暇はないよ!」
一抹の不安を覚えながらも、那珂に背中を押されるがまま、私は走る。
そしてとにかくまずは、負傷した艦娘を探そうとしたのたが…。
「…川内さんッ!」
突然後方から私を呼び止める声がした。そして振り向いた先にいたのは……。
「…大井」
□
遠くで鳴り響く砲声や破裂音を潮騒の中に聞きながら、ニヤッとほくそ笑む者は、一体その頭になにを思い描いているのだろうか。
彼女の大きく見開かれた目は、水平線の先へと注がれ、荒々しく吹く潮風によって彼女の美しい黒髪が靡く。
そして彼女の近くにあった―――鎮守府の母港に設置されたスピーカーから声が発せられる。
「敵襲!敵襲!!!鎮守府に所属する艦娘は直ちに避難して下さい!繰り返します―――敵襲!敵襲!!!」
スピーカーから流れる声は、途中その主を変えたようだったが、依然として避難を促す内容が語られている。すると鎮守府の母港へ避難を促す放送を耳にした彼女は、狂ったように笑い出すと、その背中に幾つか突起物を隆起させた。そしてそのままギュルッギュルッと不快な音を立て膨張する突起物は、一気に伸びあがると彼女の後ろで蠢いた。
…彼女の背から生えた線状のそれらは―――触手、そう表現するのが最も近いだろうか。そして粘着液を垂らしながらモゾモゾと蠢くそれらを一つ一つ大層いとおしそうな顔で眺める彼女は、誰に聞かせる訳でもなく唐突に呟いた。
「…マザーから聞いておいて正解でした。しかも川内さんが榛名に掴みかかってくれたお陰で―――感動の再会を演出してあげられそうです」
そう呟くや否や―――不規則に蠢いていた触手が一斉に動きを止め、ブルブルと小刻みに震えだす。
そして各々の触手がその先端部分を膨らませ始めたかと思えば、徐々に丸みを帯びた形へ―――そして大きく振幅し、最終的には人の形を形成した。
―――触手が自身の望んだ完全形へと移行した時、彼女は高らかな笑い声をあげた。そして造られた者たちの頬を順々に優しく撫でる。
―――虚ろな瞳。
―――何も発しない口。
―――そして何よりそれらは生を感じさせない。
「…榛名もマザーの真似事をしてみましたよ。尤も、マザーの足元にも及ばない贋作ですがねぇ」
―――その者たちは『還ってきた』のに喜びを表さず、ただ静かに佇むだけ…。いや、本来は還るべき場所に還って、安らかに眠りについていたはずだった。
それを彼女は呼び覚ましたのだ。
そして大きく手を広げた彼女は、意気揚々と語った。
「…さぁ皆さん!ここに貴方たちの大切な仲間たちが来てくれるみたいですよ!存分に味わいましょう!!!」
「―――感動の再会を!!!」
………
……
…
この様子を物陰から覗いていた艦娘…島風は言いようもない恐怖に自分の体が震えていることに気が付いた。
そして目を疑った…。
「な、なんで……」
信じられない光景を目の当たりにしたせいだろうか、彼女は心臓がバクバクと脈打つ音を感じていた。
そしてやっとのことで絞り出した声、それは大きな戸惑いを孕んでいた。
「なんで朝潮たちが…」
彼女の視線の先―――そこにはかつてこの鎮守府を守るためにその命を散らした者たちの姿があった。