Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。遅ればせになってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。2019年もよろしくお願いします。まさか、連載中に年が変わることになるとは思いもしませんでしたが…。今回は、第三章がいよいよ締めくくりとなります。第六十二円竜丸との追跡劇の行方は…。それではどうぞ。


第三章:開戦前夜(後篇)

 「ネプチューン、スノーストーム。『ターゲットに対する武器使用は解禁するが、5インチ砲は使わないでほしい』というのはどのような意図ですか」

 ふそうからはるな・ふぶき両艦への電文送信が行われてからまもなく。河内の口調は、冷静ではありつつも鋭さを帯びていた。

 「スノーストーム、ネプチューン。より正確には、『船体射撃には5インチ砲を使わないでほしい』ということです」

 蒼はその言葉を表情一つ使えずに訂正した。先日の会見の時とは違い、今回は全て河内相手でも敬語で通す。河内による内部告発を、津軽たちに悟られるわけにはいかない。

 「貴艦とはるなが搭載する62口径5インチ砲、並びに本艦が搭載する54口径127mm砲は、敵艦を撃沈するという目的においては大変優秀な艦砲です。しかしながら、本作戦の目的は該船の撃沈ではありません」

 ヘッドセットを通じて河内に語り掛ける蒼の視線の先には、依然として航行を続ける該船の姿が映っていた。

 「貴官もご承知の通り、我々沿岸警備隊は軍であると同時に、海上における法執行機関でもあります。仮に該船を撃沈するとしても、それはあくまでも該船乗員の身柄と本事案の証拠物件を取り押さえ、該船が東亜の工作船であることが完全に確認されて以降にすべきです。少なくとも、現段階であの船を不用意に沈めるわけにはいきません」

 「念のため確認しますが、それは貴官の独断ではありませんね?真行寺一佐」

 「当然です。本事案については、沿岸警備局並びにNSCより『目的は撃沈に非ず』と厳命されております。また一般的に、我が軍は自軍と戦闘状態にある場合を除き、水上艦船の撃沈は任務とはしておりません」

 しばしの沈黙の後、返ってきた河内の言葉には納得の色がにじんでいた。

 「了解しました。NSCの指示であれば、我々海軍とてそれを無碍に扱うわけにはいきませんね。貴官のご判断を尊重させていただきます」

 そこまで彼が口にした時、蒼と河内の会話を聞いていた津軽からも交信が入った。

 「ネプチューン、オーシャンクイーン。本艦も貴艦が伝達した方針を尊重する。その方向で進めていただきたい」

 その少々意外にも聞こえる言葉に、日向と司が思わず顔を見合わせる中、津軽は「ただし…」と釘を刺した。

 「使うべき時に使うべき武器を使わず、相手を取り逃がしたという事態だけは避けねばなるまい。それは何より我々自身が守るべき存在である、我が国国民が許さんでしょう。今はもう海自と海保の時代ではないのだから」

 「オーシャンクイーン、ネプチューン。津軽大佐、何がおっしゃりたいのです?」

 しばしの沈黙の後、津軽が発した言葉には何やら意味深な響きがあった。

 「何も、別に大それたことが言いたいわけではない。物事には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真行寺一佐」

 「…。なんにせよ、我々は一刻も早くあの船を取り押さえるだけです」

 その言葉の得も言われぬ不気味さに、思わず顔をしかめつつ返答した蒼。その耳に、通話に横入りする沢渡の声が届いた。

 「キャプテン、TAO。各部要員配置につきました。対水上戦闘用意よし」

 「TAO、キャプテン。了解」

 そう答えると、蒼は海軍側の2人の艦長に断固たる口調で告げた。

 「とにかく、該船はすぐにでも足止めせねばなりません。お二方も急ぎ戦闘準備を」

 「了解」

 3隻の間でのやり取りは、そこでいったん途切れた。

 

 「艦長。あの船にこの場を仕切らせて、本当によろしいのですか?」

 「今はまだ海上警備行動の発令前だ。まさかNSCからの命令に、正面切って歯向かうつもりか?副長」

 訝しがる日向に対し、津軽は冷静な表情を崩さぬまま問いかけた。その穏やかながら、どこか反論を許さぬ凄みをまとった言葉に、思わず日向がたじろぐ。

 「い、いえ…、それは…」

 「彼女の言が本当なら、それに対する河内のあの対応は正しい。我々とて軍人だ、上の判断に逆らえばこちらが悪者になるしかなかろう。どのみち、今はまだ我々が無理やり前に出ていく場面ではない。お手並み拝見と行こうじゃないか」

 ニヤリと笑みを浮かべた津軽に対し、日向は一度咳ばらいをしてから自身の定位置となる座席に腰を下ろした。ブザーのスイッチに手をかける。

 「武鍾発動します。対水上戦闘用意!!トラックナンバー2742。目標、第六十二円竜丸!!」

 

 「探照灯照射始め」

 「探照灯照射」

 とうとう日が暮れた。攻撃に備えて、該船に向けてふそうの探照灯が灯る。

 「対水上戦闘、右90度同航の目標!!」

 蒼の声が、ヘッドセットを通じて艦橋だけでなく艦内全域へと伝わっていく。思わず、一瞬口元に笑みを浮かべたのはCICにいた葛城である。美しく通りの良い声は、指示を明快にすると同時に部下たちの士気を高める、優秀な指揮官たる者に必要不可欠な資質だ。少なくとも、真行寺蒼という軍人はこの点については間違いなく天賦の才がある。

 「主砲目標よし、砲口監視員砲口よし、射撃用意よし!!」

 「了解。1番砲、警告射撃用意。方位角45度、仰角60度に備え」

 「1番砲、警告射撃用意。45の60に備え」

 「45の60に備えた。射線方向クリア、Recommend fire!!」

 いつぞやの訓練をほうふつとさせるやりとりやオペレーションが、寸分の狂いもなく流れるように進行していく。訓練時と違って仰角が60度と抑え目なのは、はるなとふぶきの主砲であるMk.45 62口径5インチ砲が、ふそうの127mm砲とは違って最大仰角が65度しかないためだ。両艦はいずれもふそうの後方を航行しているが、これだけ上を向いていればふそうに向けて誤射する心配もないだろう。

 「ネプチューン、オーシャンクイーン。Ready for call for fire」

 「ネプチューン、スノーストーム。Ready for call for fire」

 「了解。艦橋、CIC。はるな及びふぶき、発砲用意よし」

 「CIC、艦橋。了解、発砲指示送れ」

 蒼は葛城からの報告にそう応じると、改まった声で警告射撃の開始を命じた。

 「1番砲、警告射撃始め。発射弾数4発」

 「1番砲、警告射、発射弾数4。撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 ズドンという腹に来る重低音を響かせ、3隻の戦闘艦はついに第六十二円竜丸に対し牙をむいた。決して該船には当たらない角度での発砲ではあるが、その迫力は相手を恐怖に陥れるには十分なものだろう。当然と言えば当然だが、機関砲や多銃身機銃が主力武器だった海上保安庁時代と比べれば、その威圧感はまさに雲泥の差である。

 「1番砲、撃ち方控え」

 「1番砲撃ち方控え、砲中弾なし」

 沢渡が自身の命令を復唱しつつ、警告射撃をやめさせたのを確認すると、蒼はすかさず桜井の方に顔を向けた。

 「見張り員、該船の状況知らせ」

 「該船、やや速力低下するも依然停船せず」

 「チッ、ここまでされてもまだ止まらずとはしぶといわね…。了解」

 思わず舌打ちする蒼。しかし、こちらにはまだ「二の矢」がある。相手が抗おうとするなら、こちらはどこまでもしつこく追い詰めて音を上げさせるまでだ。

 「1番砲と右舷側機銃、照準を該船にロック」

 「1番砲と右舷側機銃の照準、該船にロック」

 蒼の命令に従って、まだ砲身の冷却水が零れ落ちるままの1番砲が、機銃ともども該船の方を向く。もちろん、こちらとしては実際に撃つ気はないのだが、相手を威嚇するには十分な効果があるといえるだろう。

 「1番砲及び右舷側機銃、照準よし」

 「了解」

 蒼はその報告に頷くと、一度窓越しに該船の方を睨んだ。暗い海の上を、明かりに照らされた白い小さな船体が滑っていく。あの行き足を止める上では、残念ながらあの乗員たちの良心に期待することは最早無理そうだ。これは自分たちが蒔いた種、その責任は身を以て受け止めなさい。

 「右舷機銃、船体射撃用意。目標、該船船尾機関部。乗員には当てないで。攻撃始め!!」

 「撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 その命令とともに、無数の白き小さな閃光が闇夜を切り裂き、第六十二円竜丸に猛然と襲い掛かった。1番砲への警戒こそしていても、まさか機銃弾が飛んでくるとは予期していなかったのか、フェイントをかけられた形の該船乗員はパニックに陥ったようだ。だが、ふそうクルーは当然ながら追撃の手を緩めない。

 「撃ち続けて!!」

 沢渡が叫ぶ。やがて30秒ほど銃撃が続いた時だった。

 「該船、機関停止を確認。停船する模様!!」

 ようやく、ふそうクルーが待ち望んでいた知らせを安河内が口にする。艦橋側でも、やっと第六十二円竜丸が進行をやめるのを確認した。海上で停船したその姿に、思わず艦橋のメンバーから安どの声が漏れる。

 「了解。機銃、撃ち方やめ。航海長、両舷停止。ウェルドック、艦橋。1番艇、即時待機となせ」

 早速立入検査隊を送り込もうと蒼が立て続けにそう命じた、まさにその直後だった。

 「来るな!!ボートをよこせば沈める!!」

 突然、艦内無線に耳慣れない男の声が割り込んできた。一体何事か、と思わず艦橋やCICにいた面々が顔を見合わせる。

 「何、今の声は!?」

 「CIC、艦橋。船務長、今の交信はどこから来たものか!?」

 艦橋がざわつく中、蒼は即座にCICにいる葛城に問いただす。返ってきたのは、まさに耳を疑うような驚くべき答えだった。

 「艦橋、CIC。該船からです!!」

 その声を耳にするのとほぼ時を同じくして、蒼の視線の先にいる該船の船上で何かが動いている様子が目に飛び込んできた。やがて、操舵室と思しき部屋から3人の男が姿を現す。逆光でよく見えないが、どうやら30代半ばくらいのようだ。そのいずれもがガッシリとした体格の持ち主であることは、暗闇の中でもすぐに分かった。

 「その主砲、向けても意味ない。どうせお前らは撃たない。お前ら、この船捕まえる、無理」

 男の声はなおも続く。文法も拙く中国語訛りもきつい発音。だがその声はまさしく、それがはるなからでもふぶきからでもなく、該船たる第六十二円竜丸から発せられたものであることを示していた。

 「どういうこと!?まさか、こっちの艦内無線が傍受されてるってんじゃないでしょうね!?」

 「そんな馬鹿な…。艦内での交信は、例外なく完全に暗号化してますよ!?」

 予想外の事態に素っ頓狂な声を上げた沢渡に対し、慌てて葛城がかぶりを振る。そんな2人のやり取りをよそに、なおも中国語訛りの呼びかけは続く。

 「お前たち、この海に同胞を沈めた。絶対許さない。責任、取れ!!」

 そう叫ぶと、ボートの男は手に持った何かをこちらに向ける仕草をした。その正体に気付いた桜井が、顔面蒼白で叫ぶ。

 「該船乗員は計3名。うち1名が、対戦車ロケット弾を所持してる。発砲する模様!!」

 「ロケット弾が来る!!CIWS、コントロールオープン。見張り員退避!!」

 蒼がそう叫んで間もなく、船上の男は手元の火器をこちらに向けて放った。お互いの前身が視認できる程度の近距離から、通常なら戦車に向けて撃たれる携行火器であるRPG-7が、勢いよくこちらにかっ飛んでくる。だが、今回もすんでのところでふそうクルーを守ったのはCIWSだった。迎撃された際の衝撃で、艦体が激しく揺れる。

 思わずよろめいた艦橋の面々をあざ笑うかのように、第六十二円竜丸からの反撃は続いた。ロケット弾の次は、手元の小銃を用いての銃撃である。強化ガラスで作られた艦橋右舷側の窓に、次々と弾痕で刻まれた模様が描かれていく。

 「総員、直ちに物陰に隠れて!!」

 自身の声で、艦橋の面々が姿勢を低くしたのを見計らうと、蒼はCICに呼び掛けた。

 「CIC、艦橋。該船乗員が発砲。機銃にて応戦せよ」

 「艦橋、CIC。了解!!右機銃、撃ちー方始めー!!」

 撃たれてもただでは転ばない、とばかりに、該船からの攻撃に応戦するふそう。だが長く熱い一夜は、まだ道半ばに過ぎなかった。

 

 「CIC、電信室。NSCより海上警備行動が発令。繰り返す、NSCより海上警備行動が発令!!」

 「ようやく来たか…!!」

 その知らせに、津軽は頷いた。現在、はるなはふぶきともども、ふそうの後方で停船した状態だった。

 事態への対処が沿岸警備隊の能力を超えている、と判断された際に防衛大臣より発令される海上警備行動。名称そのものはかつての海自・海保時代と同様だが、その行動の根拠法令はかつてとは異なる。警察官職務執行法を準用するに過ぎなかった過去の規定では、海自艦艇は実際に攻撃を仕掛けられない限り、機銃弾1発撃つことができないというあまりに理不尽なルールだった。

 だが、戦後に公布された国防軍法に準拠する今はそのような縛りはないし、そもそも発令される前の段階でも威嚇射撃などでの発砲は許されている。どちらかと言えば、「有事における事態対処の主導権を海軍に渡しますよ」という色彩が強いものになっていた。

 「全く、上の連中は判断が遅くて困りますね。ふそうがターゲットと交戦中に発令されていれば、こちらから追撃することだって可能だったというのに。よりによって、お互いの銃撃が止んだ段階を見計らって送ってきやがって」

 日向が愚痴をこぼす。

 「まぁいいさ。どのみち、これで主導権が我々に移ったことには変わりない」

 「艦長、『ターゲットが我が軍や沿岸警備隊に対し、攻撃ば仕掛けてきた場合は躊躇しなしゃんな』が司令部からん命令やったはずですばい。既にふそうはターゲットから攻撃ば受けた状況ですばってん、どうするとですか?」

 そう尋ねた司に対し、津軽はまたニヤリという笑みを浮かべながら顔を向けた。

 「大事なのは、ターゲットが次にどう出てくるかだ。再び彼らが攻撃しようとするなら、その時はこちらから堂々と砲撃する口実ができる。その機会を逃さないことだ、砲雷長」

 そう言うと、津軽はヘッドセットを通じて艦橋の面々に命令を下した。その声は、イージス艦はるなを率いる者としての重みを十分すぎるほどまとったものだった。

 「艦橋、CIC。ターゲットが不審な動きをしていたらすぐに知らせろ。直ちに攻撃態勢に移る」

 

 「航海長。さっきの無線の件、どう思う?」

 一転、銃撃戦が止んで静かになった艦橋で、蒼は小声で近くにいた佐野倉に尋ねた。小銃の弾が切れたせいだろうか、該船からの攻撃は完全にストップしていた。先ほどは操舵室から出てきていた男たちも、こちらからの反撃もあってか再び引っ込んでしまったようだ。恐らく機関もこちらの攻撃で完全にやられたのか、再び動き出す気配はない。

 だが、弾切れで手詰まりになっているのはこちらも同じだ。応戦するのに重点使用した右舷側の機銃とCIWSは、既に装填された弾薬を使い切り攻撃続行が不可能になっていた。こちらから撃ち続けるには、少なくとも機銃については誰かを遣わせて弾薬を再装填する必要があるが、当然その役をあてがわれた隊員は命の危険に直接晒されることになる。可能な限り、部下の負傷や殉職のリスクを減らしたい蒼からすれば、どうしても躊躇してしまう一手だ。

 「自分は航海科の人間ですし、船務科の職域については正直門外漢ですが…」

 「うん、それは分かってる。ごめんね、無線が傍受されてる可能性がなければ、始めから船務長に問い合わせるところなのだけど」

 一瞬苦い顔をした佐野倉に対し、蒼は薄暗い艦橋の中で手を合わせて詫びた。それに対し、部下からは門外漢なりに頭を捻ったのであろう所見が示される。

 「無線については、どちらともとれるとは思います。本当に傍受されてたのかもしれないし、もしかしたらたまたま相手の読みが非常に鋭くて、こちらの出方が読まれていただけかもしれません。船務長は、みすみす無線の傍受を許すような仕事を許す方ではありませんし、もちろん後者だと信じたいところではありますが」

 「ふむ…。なるほどね、ありがとう」

 そう答えると、蒼はしばし目を閉じて物思いにふけった。下手に該船を沈めたくはないが、この場面における最もふさわしい武器は弾切れで使用不能。先ほどのやり取りで、あの船に東亜海軍の軍人が載っていることは確定した。彼らの電子戦能力を考えれば、実際に無線も傍受されている可能性を捨てきれない。

 (この状況で下せる最善の一手とは…)

 思考を巡らせた末、蒼は覚悟を決めた。大きく一度息を吐いてから、佐野倉とは別の部下の名前を呼ぶ。

 「紺野、桜井、黒木。そこにいるかしら?」

 「紺野、おります」

 「桜井、います。大丈夫です」

 「黒木、おります。異常ありません」

 3人の海曹士が、すぐにその呼びかけに応じた。

 「あなたたちに大事な仕事を任せるわ。悪いけど、ひとっ走り行ってきて頂戴」

 「了解しました。具体的には何を?」

 「私たち、機銃弾の装填はやったことないのでぶっつけは厳しいですが…」

 恐らく状況を既に読んでいたのだろう桜井が、困惑の表情を浮かべる。しかし、蒼はそれに対し口元にやや笑みを浮かべつつ首を振った。

 「いいえ、流石に航海科のあなたたちにそれは任せないわ。行先は別の場所よ」

 「別の場所?」

 思わず聞き返した3人に、蒼は頷く。

 「紺野はウェルドックに行って、警備長に船内留置場の開放と1番艇の即時待機を伝えてきて。即時待機完了次第出発、くれぐれも該船に悟られないように、慎重に離艦せよと釘をさすのを忘れないで」

 「ハッ」

 「桜井は電信室に行って、海軍の2隻に手出しを控えるよう打電させて。黒木はCICに向かって、実際に無線を傍受されていた形跡がないかどうか、船務長に確認してきなさい。もし形跡がなければ、普段通り艦内無線で一報入れるようにと伝えること」

 「了解しました」

 艦長直々の命令に、薄暗い中でもはっきりと分かるほどに3人の表情が引き締まる。皆、瞬時にその意図を感じ取ったようだ。

 「無線が傍受されてる可能性が捨てきれない以上、こちらの動きを相手に悟られるわけにはいかないわ。今はあなたたちの働きが頼りよ。行ってきなさい!!」

 「Aye, ma’am!!」

 小声ながらもはっきりとそう答えた3人の海曹士は、命令を拝受するや否や脱兎のごとく艦橋を飛び出していったのだった。

 

 「全員、私が指示するまで絶対に音をたてないように。こちらの動きを悟らせないで」

 いつもにもまして静かに漕ぎ出した1番艇の中で身を潜めながら、柳田は小声で部下たちに命じた。艦長からの命令を直々に受けた紺野からの言伝を受けた後、柳田は黒川との打ち合わせもそこそこに急いで出発準備を始めた。まさか、航海科の海士を使いによこすとは予想もしなかったが、それ以上にその命令の内容にも驚いた。まさか、夜の闇に紛れて該船に乗り込めとは。

 だが、そんなオーダーが自分の力を信頼してくれているが故のものにも思えて、柳田自身は嬉しかったのも事実だ。既にあたりは真っ暗闇で探照灯も再び落としたとはいえ、完全に自分たちの姿を秘匿するのは簡単なことではない。そんな難題でも、柳田桃子ならできると艦長は判断してくれたのだろう。ならば、自分ができることはそれを意気に感じて、彼女の期待に応えることのみだ。

 少しずつ、該船に向かって警備艇は近づいていく。手元の拳銃が、無意識に手に入った力によって小さく「カチャリ」と音を立てた。全身の血液がアドレナリンによって沸騰し、心臓がバクバクと音を鳴らすのを必死に噛み殺しながら、柳田は第六十二円竜丸の操舵室に向かってその銃を構えた。

 「総員、構え!!」

 その声とともに、自らの部下たちも一斉に拳銃を船に向けた。1番艇と該船の間は今や、大体20m程度の距離だ。虚を突かれた格好の乗員たちが、何事かと飛び出た次の瞬間に事態を察し、両手を上げてその場に立ち尽くす。

 「最早あなたたちに逃げ場はないわよ。散々私たちを連れまわした責任は取ってもらうわ。全員、手を頭の後ろで組んでその場で跪きなさい!!」

 部下たちとともに拳銃を彼らに向けながら、柳田はなおもきつい口調で乗員たちに命じた。だが、乗員たちはその状況を目前にしつつも、何故かこちらを脅威と捉えている様子がない。ニヤリという余裕の笑みさえ浮かべているではないか。

 「お姉さん。あなたの艦長、私の話聞かないね」

 1人の乗員が、そのどこか不気味な笑みを浮かべたまま口を開く。

 「あ?何のことよ」

 「言ったでしょ。この船、捕まらない。ボート来たら沈める。あれ、本気よ」

 なおも拙い日本語で言葉を続ける男。その意味を、柳田はしばし掴み損ねていた。だがそのうち、何やら妙なことに気付く。先ほどの艦橋の見張り員からの報告では、該船の乗員は少なくとも3人いたはずだ。しかし、今自分の目の前には2人しかいない。そして、先ほどの銃撃戦のさなかには該船側には死者は出ていないはずだ。…、まさか!?

 「お姉さん、残念。ここで終わりね。打敗它(やっちまえ)」

 その声が聞こえるや否や、物陰からRPG-7を手に持った「第3の男」が姿を現した。瞬時に、お互いの形勢が逆転する。想定外の事態に、思わず柳田が息をのんだまさにその時。彼女の右側で、さらに予想を上回る事態が起きた。

 「今!!探照灯、照射始め!!」

 その声に引き続き、あたりが突然明るくなる。だが、探照灯をつけたのはふそうではなかった。そのまぶしさに目を細めながら、柳田とその部下たちがそちらに顔を向ける。その目に飛び込んできたのは()()()()()()()()()S()P()Y()-()6()()()()()()()()()()()()()()()()()()6()2()()()5()()()()()()()()姿()()()()

 「柳田ぁ、戻れぇっ!!」

 艦橋から事態の急展開に気付き、思わず蒼がそう叫んだ直後だった。

 

 「対水上戦闘、CIC指示の目標。主砲、撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になり反応しきれなかった柳田を尻目に、はるなの主砲が第六十二円竜丸めがけて火を噴いた。127mmサイズ、その大きさと殺傷力ゆえに蒼が使うのをためらった主砲弾が、情け容赦なく正確無比の精度で小さな船に襲い掛かる。今の今まで目の前にいた船が、瞬時に火だるまに変わった。砲撃された衝撃により、吹き飛ばされた船体の破片が1番艇の乗員を襲う。その一部が、あろうことか柳田の顔めがけて勢いよく吹き飛んできた。

 「ぐあっ…」

 破片を避けきることができず、柳田は思わず顔の右側を抑えて倒れこんだ。その弾みで警備艇が大きく揺れる。

 「艇長!!」

 「大丈夫ですか!?」

 慌てて声をかけてきた部下に対し、柳田は痛みと全身のふらつきを必死でこらえながらも、鬼の形相で叫んだ。

 「私のことはいいから、早くふそうに戻りなさい!!急いで!!」

 その命令に、操縦士は急ぎ母艦に向けて警備艇を発進させる。ウェルドックに戻った柳田たち乗員を待っていたのは、彼女の上官たる黒川と灰原のコンビだった。

 「あぁもう、畜生。すいません警備長、測量長。ただいま戻りました」

 痛みをこらえようと悪態をつきながらも、必死に平静を装う柳田。だが、その目に入ってきたのは灰原の怯えにも似た表情。耳に聞こえるのは震え声だった。

 「柳田ちゃん…。あんた…、そん右目どがんしたと…?」

 「右目…?」

 そう聞き返してはじめて、柳田は自身の視覚がきたしている異常にようやく気が付いた。明らかに左右で見え方が違うのだ。左側の視界は綺麗に見えているのに、右側は真っ赤に染まってぼやけている。これは一体…。そう頭を捻る間もなく、突然立ち眩みに襲われたかのように彼女の全身からは力が抜けた。徐々に遠くなる彼女の意識の彼方で、灰原の叫び声だけが耳に聞こえていたのだった。

 「衛生兵!!衛生兵至急ウェルドックへ!!柳田二尉、右眼球負傷!!」




【悲報】国防海軍、空気が読めない。

とうとうフラグ回収、大事なところで海軍がやらかしやがりました。一応、状況的には正当防衛としての加勢と見れないこともないですが、この砲撃は蒼の意図したものとは全く異なってしまっています。詳しくは次回以降に持ち越しますが、この事案は今後の物語上色々な意味で大きな意味を持つ出来事となりますので、この先どう進展していくのかについてはどうぞご期待ください。

次回からはまた新章に入る予定です。それではまたお会いしましょう。
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