Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、R提督です。今回はいよいよ、沿岸警備隊と海軍が関係回復を余儀なくされて以降初めての作戦回となります。また、最後のクライマックスに向けての大事な伏線や、久々のパロディ要素も出てきますので、どうぞお楽しみに。それではどうぞ。


第五章:戦闘用意(中篇)

 「それで、友孝の奴に皆さん思いっきり雷を落とされたってわけですか。あいつがそこまで感情を露わにするのは、珍しいんですけどねぇ」

 長崎市を拠点とする造船企業、マリタイム・デベロップメント株式会社の現場社員で、かつてふそう建造チームのチーフとして同艦を担当した近江智之は、蒼の言葉に苦笑いしながら応じた。

 近江にとって、現総理の町田は4つ上のいとこという関係である。幼い頃には一緒に港に船を見に行く間柄だった彼らだが、中学時代から興味の対象が政治の世界に移った町田に対し、近江は大きくなってからも船への情熱を絶やすことはなかった。中でもとりわけ彼が惹かれたのが、海上自衛隊の護衛艦や補給艦といった水上艦艇の類だ。大学卒業後に目指したのも、そうした艦艇の建造を手掛ける大手造船企業。現職であるマリタイム・デベロップメントもその1つだった。

 そんな彼は今、強硬接舷による臨検への準備のため長崎港内のドックに入ったふそう艦上で、蒼らとともに顔を合わせている。彼以外にも、甲板や艦内通路には点検に訪れた造船所の作業員たちが多数顔を見せていた。

 「正直、総理に怒鳴られた時は物凄くショックでした。特に、『不毛で下らない縄張り争いに明け暮れるだけの人間など、我が軍には不要だ』というあの言葉が。自分たちはそういう風に周囲から見られていたのかと。相手への不満が募るあまり、自分たちが視野狭窄に陥ってしまっていたことを突き付けられて、私は恥じ入るしかありませんでした」

 「まぁ、もちろん皆さんが皆さんなりにそれぞれの仕事に誇りを持っていて、それがぶつかり合ってしまった結果だということは、あいつも分かってるとは思いますよ。友孝も総理大臣なんていう重荷を両肩に背負って間もないし、個人的にピリピリしていた部分も当然あったでしょう」

 うなだれる蒼を、近江はなだめるような口調で諭した。

 「とはいえ、それ以上にあいつが海軍さんと沿岸警備隊さんとの関係悪化を憂いていたであろうことも、また事実だと思います。最高指揮官として、今の状況下でお互いが共倒れになることだけは避けなくちゃいけなかった。それが、和泉前総理から引き継いだあいつの重要な仕事でもあったはずです。そこらへんはどうか汲んでやってください」

 弊社にとっては、海軍さんも沿岸警備隊さんも重要な取引先です。商売人の端くれとして、自分たちはお客様の悪口をあれこれ言うほど性根腐っちゃいない。ただ、自分の客同士が喧嘩しているのを見ていて、それをよしとする商売人だっていないのも事実です。まして、それが自国の軍人同士ならなおさら。友孝やうちの人間に限らず、皆さんの諍いをそういう風に見ていた国民も少なからずいたであろうこと、意識しておいた方がいいかもしれませんね。

 「肝に銘じます…」

 蒼がそう絞り出した時、2人は船の中間あたり、ちょうど艦橋構造物と煙突の間のスペースに差し掛かった。壁面にセットされた救命用具をチェックしている若い男性スタッフの姿が目に入る。「様子はどうだ」と近江が声をかけた。

 「大丈夫です。数の不足や壁面への固定の緩みなど、特にありません」

 「よし」

 近江は頷いた。その視線は、すぐに蒼にも向けられる。

 「強硬接舷ともなれば、この船を勢いよく標的にぶつけることになります。ちょっとでも固定に緩みがあれば、その弾みで救命用具なんかが飛んでいくかもしれない。そういう事態は可能な限り避けないとね」

 「そうですね」

 蒼が頷いたのを見て、近江は再びこの空間に目を向けた。普段から艦上体育と呼ばれる、航行中に甲板通路を使って行うランニング等に使われるため、ここは通常の巡視船と比べても広々と空いたスペースになっている。ただ、それにしてはずいぶんと幅を取った設計にしてあるものだと、蒼はたまに気になるのも事実だった。

 「ここのスペースは、今回に限らずなるべく常にクリアにしておいてくださいよ。いざという時には重要な区画になりますからね」

 「はぁ…。重要な区画、ですか…?」

 「あれ、なんだ。真行寺一佐、もしかして歴代艦長の方々から何も教わってらっしゃらないんです?」

 近江はその言葉に、不思議そうな表情を浮かべた。聞き返された蒼がきょとんとしているのを見て、思わずため息が口から洩れる。

 「まぁ、着任されてまだ数か月の上にそういう機会も訪れてないから、特段教えてもらう機会もなかったかもしれませんけどね」

 「そういう機会、とは?」

 「()()()()()()()()()()()()()。沿岸警備隊籍とは言っても、この船は国際法上一応軍艦ということになってるでしょ?この空間は、いざという時には追加で兵装を載せられるように作ってあるんです」

 近江がそこまで口にした時、ふと船の外部から何やら声が聞こえた。甲板から下を見下ろすと、若い作業員が近江を呼んでいる。どうやら、彼宛に電話が入ったらしい。

 「あぁ、すいません。ちょっとひとっ走り行ってきますわ。すぐ戻りますんで、失礼」

 そう言うと、彼は挨拶もそこそこにすぐに舷門へと走っていった。蒼はその後姿を見つめながら、ふと先ほどまでと同様「重要区画」と言われた空間に目をやったのだった。

 

 佐世保沖の海は、漆黒の夜の闇に覆われていた。その中を、ふそうはいつものようにたった1隻で進んでいく。だが、クルーの間に重くのしかかる緊張感の度合いは、普段のそれとは大きく異なっていた。

 「水上レーダー目標探知。目標数1、0度、距離30000。ターゲットと思われます」

 艦橋に、CICからの葛城の声が響き渡る。蒼や佐野倉が双眼鏡を構えたその先に、うっすらとではあるがタンカーらしき大型船の姿が見えた。普段の任務において、沿岸警備隊が用いる用語である「該船」はすなわち、「取り締まり対象の船」を指す言葉だ。同じ船のことを、そもそも法律上警察力を持たない海軍側では単に「ターゲット」と呼ぶ。

 今回、葛城が彼らと同様ターゲットという言葉を使ったのは、本作戦が単なる取り締まりや警察力の範疇にとどまるものではないからだ。たとえ表向きは民間船を装っていても、あの船に乗っているのはほぼ間違いなく東亜連邦海軍所属の軍人たち。そこに対する臨検実施はすなわち、軍事力の行使を意味する。そしてそれこそが、ふそうクルー全員が内心で抱える緊張感の源だった。

 「あのカラーリングと船体のサイズ…。空軍の報告通りです。船尾に五星紅旗も上がってますね。あれがターゲットで間違いないでしょう」

 双眼鏡を覗き込んだまま、佐野倉が呟いた。

 「艦長、ターゲットまでまだ少し距離があります。もう少し接近しましょうか」

 「いいえ、もう始めてしまいましょう。相手が無理やりにでも食い下がってくるかもしれないからね」

 蒼は首を振ると、ヘッドセットを通じて「立入検査部署発動、音声送信始め」と下令した。やがて、艦橋にも眼前のタンカーに向けた葛城の声が聞こえてくる。

 “REAU (Republic of East Asian Union, 東亜連邦の英名) tanker, REAU tanker. This is Japan Coast Guard. REAU tanker, this is Japan Coast Guard. We have observed that electronic counter measure was directed to the airplanes belonging to our country from you. What is the purpose of your act? Over. (東亜連邦籍タンカーへ、こちらは日本国沿岸警備隊である。貴船より本邦航空機に対し、妨害電波が指向されたことを確認した。貴船の行動の目的を通告せよ)”

 しばしの沈黙の後、艦内には中国語訛りの英語が返ってきた。

 “Japan Coast Guard, this is REAU tanker Tianjin. We don’t understand what you are talking about. Over. (日本国沿岸警備隊へ、こちら東亜連邦籍タンカー『天津』。貴艦からの交信の意図を理解しかねる。一体何の話だ)”

 案の定と言うべきか、ターゲットである天津号はすっとぼけた返答をよこしてきた。もちろん、初手から素直に過ちを認める相手でないことなど、こちらとて百も承知である。

 “Tianjin, this is JCG. Our plane caught an error on operating system during the flight over this sea area. And they found after the investigation that electronic counter measure was directed toward them from you. (天津号へ。本邦航空機が本海域上空通過の際、管制システムにエラーを生じた。その原因として、貴船より当該航空機に対し妨害電波が指向されていたことが調査によって判明したのだ)”

 “JCG, this is Tianjin. Such issue is not related to us. It must be an ordinary error. Show us the proof if you want to blame us. (日本国沿岸警備隊へ。そのような事案は本船とは無関係である。通常の故障だろう。我々の責任だというのであれば、その証拠を開示されたし)”

 あくまでも無関係を装う天津号。しかし、葛城による追及は止まなかった。

 “Tianjin, this is JCG. By the way, this incident happened about 4 days ago. You are still stopping there for such a long time. Why don’t you move on to your destination? (天津号へ。ところで、本件が発生したのは今から4日ほど前のことである。その間貴船は本海域に留まったままとお見受けするが、何故目的地に向かわないのか?)”

 “That’s not your fucking business. (この船がどう動こうがあんたには関係ねぇだろうが)”

 “No, it surely is our business. You have been stopping on the regular international route of our civilian fleets and being an obstacle. (残念ながら、こっちにも関係ある話なのよ。あんたたちが停泊してるのは、うちの国の民間船団が使う国際航路のど真ん中なんだから。あなたたちが邪魔になってると言ってるの)”

 徐々にいら立ちを隠さなくなってきた相手に対し、葛城はやや砕けた口調ながら追及を強めた。単純な英語の流暢さもさることながら、知らず知らずのうちに相手を追い込んでいく手腕は見事なものだ。「相変わらずえげつないわねぇ」と、蒼は佐野倉と顔を見合わせながら苦笑した。

 “I’ve already told you that we are the Coast Guard of Japan. And we have a duty to keep the maritime safety around our country. That’s why we are asking about. (我々は日本の沿岸警備隊であると既に名乗ったはずよ。我々には、我が国周辺における洋上の治安と交通の安全を常に維持する義務がある。だからこそ聞いてるの)”

 “This area is neither your own territory nor EEZ. It means that this is not your place for your job. Therefore we don’t have any duty to answer. (ここはおたくらの領海でもEEZでもない。つまり、ここはあんたたちの仕事場じゃないってことだ。従って、こちらにはその質問に応じる義務はない)”

 それでもまだ突っぱねようとしてくる相手に、葛城は忌々しそうに舌打ちした。同じCICでこの会話を聞いていた我那覇が、その見慣れない反応に思わず顔を向ける。その時だった。葛城に対して、艦内無線を通じて呼びかける声がする。

 「CIC、艦橋。船務長、ちょっと変わってもらえるかしら」

 声の主は蒼だ。一瞬の間をおいて聞こえてきたのは、彼女を有能な沿岸警備隊員たらしめる要素の1つでもある、流暢な中国語だった。

 「到天津问题、海岸警卫队船只扶桑船长。 如果您拒绝从国际航线上撤回我们的私人商船,并且您不愿意接受任何肇事者对飞机的行为,遗憾的是我们无法避免采取强硬措施(天津号へ、こちら沿岸警備艦ふそう艦長。あなた方が我が国民間商船の国際航路からの撤退を拒否し、航空機への加害行為についても認める意思がないのであれば、残念ながら我々は強硬手段を取らざるを得ない)」

 「你打算做什么?(強硬手段?一体何をするつもりだ?)」

 いきなり呼びかけが自らの母国語に変わったことに驚いたのか、天津号からの返答はやや上ずっていた。それに対する蒼の返答は、有無を言わせぬ冷徹なものだった。

 「我们将根据“海岸警卫队法”第17(1)条进行现场检查。 无论如何,你很难在六本木带来像你这样的可疑之物(貴船に対し、これより沿岸警備隊法第17条1項に基づく立入検査を実施する。万が一あなたたちの寄港先が日本で、六本木の時みたいな怪しい物を持ち込まれちゃ困るからね)」

 そこで交信は途絶えた。蒼はすかさず、ヘッドセットを再び艦内無線に切り替える。

 「合戦準備。TAO、一種配置」

 「総員第一種戦闘配置。対水上戦闘用意!!」

 いつも通り、沢渡の号令の後に艦内にアラートが響いた。

 「ウェルドック、艦橋。立入検査隊、後部ヘリ格納庫右舷詰め方用意!!」

 「艦橋、ウェルドック。了解!!」

 その一言で、ウェルドック脇の待機所で備えていた立入検査隊の面々が、一斉に動き出した。柳田がまだ目のリハビリをこなしている中、依然として6分隊の隊員たちは黒川が指揮している。本来ならこの任務までには戻ってきて欲しかったところだが、それは致し方のないことだ。

 というのも、沿岸警備隊としては柳田の怪我が治癒次第、なるべく早く職務復帰させたかったところを(この点では、厄介払いがしたかった海軍サイドと珍しく意見が一致したのだが)、入院先の海軍病院が予後の確認とリハビリを省いての早期退院に、公然と猛反対したのである。元々海軍も沿岸警備隊も関係なく受け入れてきた海軍病院からすれば、現場の船乗り同士のいざこざは自身には何も関係のないこと。もちろん、彼らには医療を司る者としてのプライドや責任感がある。柳田の負傷は後遺症が残りにくい類のものとはいえ、万が一自分たちが最後までケアをせずに放りだしたせいで、妙な障害が残ったなんてことになれば沽券に関わる、という思いもあっただろう。

 「沿岸警備隊の人間だって、うちにとっちゃ大事な患者だ。船乗り同士が喧嘩するのは勝手だが我々まで巻き込むな、受け入れると決めた以上は医官として最後まで責任取らせろ」と真っ向から異を唱える姿に、流石に同じ海軍の現場サイドもノーとは言えなかった。加えて町田によるあの一喝で、海軍も沿岸警備隊も対立している場合ではなくなった。結果、柳田を早期退院させる理由も消滅したのだ。

 ちなみに、本件に当たっては沿岸警備隊側から「本作戦で特別警備隊を活用したいなら、うちの立入検査隊ともども本艦で受け入れることは可能だ」とも申し入れたのだが、これは海軍側が指揮系統の混乱の恐れを理由に断った。もちろん、そうなったところでふそう自身の検査隊だけでも戦力としては十分だ。今は与えられた条件下で任務を遂行するしかない。

 「見張り員、ターゲットとの距離、知らせ」

 蒼は、ずっと双眼鏡で天津号の方を監視し続けていた桜井の方に顔を向ける。

 「ターゲットとの距離、残り27000」

 「了解」

 蒼は頷いた。今度は、その顔が黒木の方に向く。

 「航海士、第3戦速。0度ヨーソロー」

 「第3戦速、0度ヨーソロー」

 ふそうのスピードが一段上がった。その弾みで、ヘリ格納庫に向かって最後の階段を上っていた立入検査隊の一部の隊員たちが、思わずつんのめりそうになる。海軍艦艇同様、余剰スペースを減らすために急勾配で作られている艦内の階段は、いったんバランスを崩すとかなりの危険を伴うことがある。だが、この時は下にいた隊員たちのとっさの支えなどもあり、転落する人間は出ずに済んだ。

 「艦橋、ヘリ格納庫。立入検査隊突入用意よし」

 「了解。立入検査隊総員に命ずる。接舷と同時に天津号を制圧せよ」

 蒼はその命令の後、もう一言をさらに付け加えた。

 「()()()()()()()()()()()()()()()。繰り返す、ターゲット乗員の生死は問わない」

 通常、沿岸警備隊が行う立入検査においては、抵抗する該船乗員に対して一定の実力行使を行うことはあれど、死に至らしめることは稀と言っていい。それは、洋上における法の執行機関たる沿岸警備隊にとって、身柄拘束に引き続いての取り調べ実施を考慮すればいたって合理的なことだし、海軍とは異なる性格を持つ組織として持っておくべき、一つの歯止めでもある。

 蒼はいわば、そのリミッターを解除したのだ。任務上の殺傷をなるべく最小限にとどめることを規範とする組織が、その歯止めをなくすということ。それが意味するところとはすなわち、これから自分たちが行うのは実際には「取り締まりではない」ということだ。もちろん、これは天津側とてそう思っているだろう。

 「Aye, ma’am!!」

 蒼の命令に対し、黒川は覚悟に満ちた応答をよこした。さて、ここからが蒼による操艦の腕の見せ所である。ヘッドセットを通じて呼びかけた先は、CICに控える沢渡だった。

 「1番砲及び2番砲、方位角90度、仰角0度に備え」

 「1番砲及び2番砲、90の0に備え」

 その声に合わせ、サイズの異なる2つの主砲がおもむろに艦橋から見て右方向を向く。その意図を図りかねたのか、様子を見ていた天津側がざわめいた。

 「とーりかーじ、いっぱい!!」

 「とーりかーじ、いっぱい!!」

 ふそうは勢いよく進路を左側に変え始めた。自分たちから見て横を向いていたはずの砲が、ふそうの進行に合わせて再びこちらを指向することに気が付いたのか、流石の天津号も慌てたようだ。

 「ターゲット、機関始動!!転回する模様!!」

 安河内の声に合わせるかのように、左舷側をこちらに向けて静止していた天津号は勢いよく船首をこちらに向け始めんとその場で転回し始めた。それを尻目に、なおもふそうは左に舵を切って進み続ける。

 「左舷、錨降ろし方用意!!」

 その声に合わせて、艦橋の一角にある投錨機のレバーに紺野が手をかけた。

 「投錨始め!!」

 「錨降ろせ!!」

 命令と同時にレバーが勢いよく降ろされ、左舷側の錨が海面の下に落ちた。鎖がジャラジャラという金属音を立てて、どんどん海中に潜っていくのが聞こえる。

 「ターゲット甲板上、数名の人影を視認。武装してる模様!!」

 桜井が叫ぶ。

 「立入検査隊、船上に武装した乗員の姿あり。接舷の瞬間まで格納庫内で待機せよ」

 「ハッ!!」

 「出撃」に備え、深呼吸をしつつ平静を保とうとする隊員たちを見つめる、黒川の声にも緊張の色が濃くなってくる。そしてついに、ふそうクルーの「その時」は訪れた。

 「投錨終わり、10秒前」

 「総員、衝撃に備え!!」

 紺野が告げるのに合わせ、蒼はヘッドセットに向かって大声で叫んだ。すぐさま、艦内各部の面々が手近なものを力強く掴む。彼女たちの耳に、紺野のカウントダウンが響いた。

 「投錨終わり5秒前。5、4、3、2、1、今!!」

 

 今から時を遡ることちょうど90年。1942年4月29日、大日本帝国海軍に1隻の軍艦が就役した。日本の雅称の1つをその艦名の由来とした、水上機母艦『秋津洲』。基準排水量4650トンのこの船は、初代艦長であった黛治夫大佐の下、攻撃力のなさを補うためのあまりに型破りな作戦行動を行ったことで知られた。第八艦隊参謀長の大西新蔵少将をして「厚化粧みたいにゴテゴテしている」と言わしめた、その特異な迷彩塗装もその1つだ。

 だがそれ以上にこの船を特異たらしめているのが、その独自の空爆回避行動である。連日の爆撃から、米軍側の癖を見抜いた航海士の進言によって採用されたこの航法は、両舷の錨を右舷側に偏らせ150mのところまで錨鎖を伸ばしておき、敵機が仰角38度になった時に前進一杯を下令すると、艦が急激に右に動いて爆撃を回避できる、というものだった。

 錨を利用した急激な方向転換という、今では軍用・民間を問わず多くの船が実際に行っている航法を応用したこの作戦を、黛はこう命名した。「()()()()()()()()()」と。

 

 「何だあれは!?」

 ECMを用いた対空電子戦要員として天津号に乗り組んでいた東亜連邦海軍の軍人たちは、眼前の光景に思わず唖然とした。てっきりの前を横切りつつ、こちらに向けて主砲を発砲するのかと思っていたあの巡視船が、全く想定外の動きを見せたのだから。

 左舷から伸びた錨が、海底まで到達したまさにその瞬間。ふそうの艦体は、それまでの勢いを保ったまま急激に右方向にドリフトし始めた。満載排水量9920トンの大きな体が、勢いよく海面を滑っていく。

 艦橋にいた蒼、佐野倉、紺野、桜井。CICにいる沢渡、葛城、我那覇。機関室にいる茶谷や、主計室にいる白金。衛生室で待機し続ける橙木。ヘリ格納庫内で突入の瞬間に備える黒川以下立入検査隊と、彼女たちの無事を祈る灰原ら測量科の面々。ふそうクルー総員248名の誰もが、思わずバランスを崩しそうになりながらも必死にそれに耐えていた。

 「強硬接舷10秒前!!」

 桜井が叫び声をあげる。右から左へとスライドしていく窓の外の景色に目を向けながら、それに呼応して蒼はヘッドセットに向けて命令を発した。

 「立入検査隊、突入用意!!」

 「Steady!!」

 黒川が声を張り上げる。それとほぼ同じタイミングで、天津側でもようやく事態の何たるかを飲み込んだ。

 「まずい、あいつら強硬接舷する気だ!!」

 「巡視船が接触する!!左舷側要員退避!!」

 甲板通路の面々が慌てて退避しようとする中、ふそうと天津との間はどんどん詰まってくる。そのドリフトを物理的に止めることなど、今や誰にも出来はしなかった。

 「ドゴォッ!!」

 海を震わせるが如き衝撃とともに、開戦を告げる号砲が海域に鳴り響く。作戦の火ぶたは、接舷と同時にヘリ格納庫を勢いよく飛び出した沿岸警備艦「ふそう」の立入検査隊によって、ついに切って落とされたのだった。

 「Hunt!!」




ふそうによる秋津洲流戦闘航海術、いわゆる「戦艦ドリフト」のシーンは、映画「バトルシップ」クライマックスシーンの戦艦ミズーリによる物のオマージュ(流れも全く一緒にしてます)。一方、葛城による最初の交信は現実の事件である「韓国海軍駆逐艦レーダー照射事件」での、海上自衛隊P-1哨戒機の戦術航空士(TACCO)によるものを下敷きにしています。あの事件についても個人的には色々語りたいことはありますが、ここでは割愛させていただきます。

有事におけるふそうの武装強化は、作品の構想を得た当初からずっと温めていましたが、ここでいったん伏線として出します。現実の海上保安庁は法律上軍隊ではないので、もちろんそのような設計は始めから考えていないと思いますが、アメリカ沿岸警備隊では実際にあるんですよね、そういうことができそうなカッターが。一応これをヒントとして出しておきます。

今回は本当は戦闘回にしてしまう予定だったのですが、残念ながらそこまで行けなかったので、艦上戦闘シーンは次回に回したいと思います。立入検査隊には思う存分暴れまわってもらうつもりでいますので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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