Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、R提督です。今回から最終章となる第六章に入ります。今回はサプライズ演出をたくさん盛り込んでますよ。それではどうぞ。


リベンジ
第六章:リベンジ(前篇)


 日東海上国境線付近での両国の交戦から数日。この戦闘で撃沈されたフリゲート「ふぶき」の乗員のうち、犠牲となった42名の追悼式典が国防海軍佐世保地方総監部において、しめやかに執り行われた。

 その会場の一角で、当日の当直となった科員を除くふそうクルー全員を引き連れて参列した蒼は、式典のメインとなる弔銃発射を行う儀じょう隊の入場を待ちながら、一昨日の肥後との会話を脳内で思い返していた。

 

 「この度はご愁傷さまでした、肥後少将」

 播磨に促され、要請に応じて地方総監部に出向いた蒼は、自らと向かい合う形で総監室のソファに腰かけた肥後の目を、真っすぐに見つめた。その姿からは、先日町田を前にして怒鳴り合いを演じた時のような不遜さは微塵も感じられない。

 「先日の非礼の詫びも正式にできないうちに、このようなご挨拶に伺う形となってしまったこと、大変残念です」

 「いや、詫びを入れるべきは貴官だけではない。自らの職務へのプライドにこだわりすぎるあまり、礼を失したのは我々海軍も同じだ」

 そう応じる肥後も、神妙な面持ちだった。

 「あれから、我々も己の振る舞いに至らぬ点が多々あったこと、大いに反省したよ。最高指揮官直々にあのように怒鳴られては、流石に肝を冷やさざるを得ない。おかげで目が覚めた。己の未熟さと不見識を気付かせてくれた総理には、感謝せねばならんな。そして、今回自ら志願して我々を助けてくれた貴官ら、ふそうクルーの面々にも」

 肥後はそう呟くと、おもむろに姿勢を正した。

 「我が佐世保地方総監部では明後日、この佐世保基地で戦死したふぶき乗員の追悼式を行う予定としている。不躾なお願いで恐縮だが、貴官らにも是非参列をお願いしたい。あの海に散った者たちを、ともに弔ってほしいのだ」

 「よろしい、のですか…?」

 「もちろんだ。貴艦の参画なしには、今回の作戦は成り立たなかった。貴官らも戦闘の当事者である以上、声をかけるのは当然だ。ふそうクルーの参列なしに、この式典は完成しないものと考えている。それに…」

 蒼の問いかけに頷くと、肥後は口元にだけ何やら意味深な笑みを浮かべてみせた。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あぁ、なるほど。その一言で蒼は全てを察した。河内との面会の事実は、そのタイミングがどこかはともかくどうやら海軍にはバレていたらしい。別に、河内との車中での面会ついでに特段やましいことをしていたわけではないのだが、流石に海軍少将にまで上り詰めた男の目はそうそう誤魔化せないということか。蒼は頷いた。

 「分かりました。そういうことでしたら、謹んでお受けいたします」

 「感謝するよ」

 肥後の顔に浮かんだのは、心からの安どの表情だった。

 「それとついでと言っては何だが、可能であれば貴艦から海士を2人ほど供出して欲しい。…、弔銃発射も一緒にやってもらいたいのでね」

 

 蒼たち参列者の目の前では、弔銃を手にした儀じょう隊がスタンバイを完了させていた。その中には、セーラー服姿の水兵たちだけではなく、紺野と桜井の姿もあった。2人を含め、今回ふそうクルーの面々が着用しているのはいつものサマードレスではなく、国防海軍の「幹部常装第一種夏服」をベースに作られた「サービスドレス・ホワイト」である。

 「弔銃用意!!」

 儀じょう隊の小隊長を任された長門が、よく通る声を大きく張り上げる。それに合わせて、隊員たちが一糸乱れぬ動きで銃を胸の前で構えた。軍の式典は、いつだって独特の厳かな雰囲気の中で執り行われる。その中で、動きを全員できっちり揃えつつ定められた動作をこなすのは、訓練を重ねていても見た目ほど簡単なことではない。

 そんな状況でも、沿岸警備隊の代表として派遣された2人の海士長はよくやっていた。制服姿だけはどうしても仕様が異なるから、傍目には若干違和感があるのも事実だが、ルーティーンそのものはどちらも完璧にこなしている。

 「発射用意!!」

 9本の銃身が上空斜め45度を向く。

 「てぇっ!!」

 軍楽隊の演奏を間に挟みながら、発砲音が3度澄み渡るような佐世保の空に轟いた。

 

 夕方6時半を回って、夏真っ盛りと言えども流石に空がオレンジに染まり始めた頃。追悼式典を終えた蒼は1人ふそうを降り、岸壁で腰を下ろして物思いにふけりながら佇んでいた。

 「追悼式典の後じゃ、流石にお仕事も手につきませんか、艦長」

 ふと、その耳に優しい響きのアルトが届く。蒼が何かに行き詰まったり、思い悩んだりした時にはいつだってその声は聞こえてくる。そして、自然と蒼に自身の抱え込んでいる思いを打ち明けるよう言外に促すのだ。初めて出会ってから17年が経っても、それは全く変わらないのだった。

 「その顔、また何か抱え込んでるでしょ。見れば分かるよ」

 「今日は自分から敬語外すのね、弥生」

 「艦上では上司と部下だけど、陸に上がったら親友同士でしょ?」

 蒼の言葉に、白金は優しく微笑んだ。いつもと何も変わらないその顔に、蒼はやっぱりいつだって救われる思いになる。

 「あの海で散っていった42名、その中の何人があそこで死ぬことを本気で覚悟していたんだろう、ってふと思ってね」

 犠牲となったふぶき乗員のほとんどは、爆死または水死だった。サッケードの直撃を受けた時の爆発に巻き込まれたか、それとも海に飛び込んだまではよかったが助からなかったか。いずれにせよ、壮絶な死に様だったことは間違いないだろう。

 散っていった彼らにも、この世に産んで育ててくれた両親がいる。中には配偶者や恋人、兄弟姉妹を残して死んでいった者だっているだろう。軍人として生きることを志した時点で覚悟など出来ていると思っていても、いざ死に直面するとやはりそれに抗いたくなるのが生物としての本能であるはずだ。自分を大切にしてくれる者たちよりも先に逝くこと、それほど辛いものはない。

 「今だに脳にちらつくのよ。もしもあの時、私が迷わず測量長に救難艇を出すよう伝えていたら。いや、それ以前に1発でも私たちが迎撃成功していたら、こんな結末にはならなかったんじゃないかって思いが」

 「そんなこと言わないで。蒼も私たちも、あの時は出来る限りのことを精一杯やったよ。結果的にこういう結末になってしまったけど、悪いのはあくまでも攻撃してきた東亜海軍でしょ。そうやって自分を責めるべきじゃ…」

 「分かってる、分かってるわよ。いくらこうやって自問自答したところで、私たちは歴史を書き換えられないってことくらい。だけど…」

 蒼はそう白金の言葉を遮ると、ふそうの艦首部分を見上げた。背負い式に設置された2つの主砲が、その目に飛び込んでくる。

 「私たちの力では、ふぶきを守れなかった。その厳然たる事実を突きつけられるたびに、胸が締め付けられてたまらないのよ」

 「蒼…」

 うなだれる親友の姿に、流石の白金も声を発することができなかった。俯いたまま、蒼は1人声を絞り出す。

 「沿岸警備隊の一員として、ふそう艦長として、私は自らあなたたちとともにあの海に行くことを志願した。日本国防軍の一員である以上、そうすることが私たちにとってもこの国にとっても最善の策だったと心から思ってた」

 日本国沿岸警備隊は、この手の紛争に第一義的に対処することをその使命としている。沿岸警備艦ふそうはそれを果たすための非海軍籍の戦闘艦として、日本で初めて建造された船だ。蒼の下した判断は、その点から言っても全く間違ってはいないはずだった。だが。

 「日本国防海軍と日本国沿岸警備隊は、格好は似ていても全く違う存在だった。それを頭では分かっていたはずなのに。『影の海軍』なんて偉そうに自称しながら、フェーズがミサイル戦に移行した瞬間、本物の海軍同士の戦闘で私たちは無力になった。最前線にいたにもかかわらず、彼らの攻撃に対してほとんど何もできなかったのよ」

 そこまで一気に吐き出してから、蒼はふとその顔を白金の方に向けた。そこには、悲しみと怒りと絶望とやるせなさがごちゃ混ぜになった、無二の親友でさえも見たことのないような感情がありありと浮かんでいる。

 「私は、沿岸警備隊員としての自分にずっと誇りを持ってきた。三尉として任官してから死に物狂いで努力して、任された任務には常に120%のエネルギーを投入して。部下の面倒だって男女や階級を問わず、人一倍積極的に見てきた。そうやってこの年で一佐にまで上り詰めて、ふそう艦長まで任されて。その日々を、今まで自分が歩んできた足跡を自分で否定なんかしたくない。だけど…」

 もし、自分が沿岸警備隊ではなく国防海軍の一員として、その過去の延長線上であの日を迎えていたとしたら、あの戦闘の結末は違っていたのだろうか。そう思ってしまう自分がいるんだ。今までだったら絶対に吐かなかったであろうそのセリフに、白金はこれまでとは次元の違う蒼の絶望感の深さを感じ取った。しばしの間をおいて、その口から衝撃的な言葉が漏れる。

 

 「蒼、本当は国防海軍に入りたかったんだもんね…」

 

 12年前、2人が高校3年生だった時。同じ学校に通っていた真行寺蒼と司の姉弟は、揃って進路調査票に「海上自衛隊」の5文字を迷うことなく書き込んでいた。佐世保の海を身近に感じながら生きてきた2人にとって、そこに生きる人々を守りたいという思いは幼い頃から、常に漠然としてあった。

 それを確固たるものに変えたきっかけが、その年の夏休みに訪れた海自佐世保基地で開催された、恒例のカレーフェスティバルだった。そこで出会った、1隻の戦闘艦。今は既に老朽化のため退役した、こんごう型イージス護衛艦1番艦「こんごう(DDG-173)」の当時の乗組員たちは、彼女たちの目にはキラキラと輝いて見えた。同時開催された体験航海に参加した後、彼らの国防にかける思いを肌で感じ取った2人は、下艦後にこんごう自慢のカレーを頬張りながら心に決める。自分たちも彼らのように、ともに海上自衛官としてこの海を守るのだと。

 しかし残念ながら、姉弟揃って防衛大学校に入学するというその夢が叶うことはなかった。結論から言えば、防衛大学校の採用試験には司のみがパスし、蒼は僅かに及ばなかったのだ。確かに陸海空を問わず、女性にとって自衛隊や防衛大学校は門戸の狭い組織ではある。その中で、蒼自身は十二分に手応えを感じられるパフォーマンスを試験において発揮したはずだった。

 だがこの年、運の悪いことに女性志望者のレベルが想像以上に高く、例年見ないほど競争率が激しくなる。点数だけなら合格圏に達した女性受験者の数は、定員枠を大きく上回り、しかもその大半がほとんど横一線だった。本来なら大学校側としても全員合格させたいところだが、学生に対しては給与を払って勉強させなければいけない事情も絡み、誰かを泣く泣くあぶれさせなければならない状況となったのだ。その枠に蒼も入ってしまったのだった。

 もちろん、吉報を期待していた蒼の失望は大きかった。そんな彼女に対して、佐世保に戻った時に「今度は一緒に海上保安大学校を受けないか」と誘ったのが、他ならぬ白金だったのだ。将来は海上自衛官となることが夢だった蒼や司に対し、彼女の夢は海上保安官となることだった。

 防衛大と海保大は、所轄官庁や学ぶ内容は微妙に違っても海自・海保内におけるそれぞれの位置づけはほとんど同じだ。しかも、海保大の方は定員増加に伴って、女子の入学者も増えている。その上、遠く横須賀まで行かなければならない防衛大に対し、海保大のキャンパスは呉だから地理的にもより佐世保と近い。そういった事情も勘案して、気持ちを切り替えた蒼は白金とともに海保大の採用試験に応募、今度は無事2人とも合格を果たしたのだった。

 彼らが学生である間、日本の国防体制は大きく変わった。アジア海洋戦争の終結後、陸海空自衛隊は日本国防軍に、海上保安庁は沿岸警備隊に再編される。そして図らずも、海自で使われていた階級制度はそっくりそのまま沿岸警備隊に輸入された。蒼は結果的に、かつて海上自衛官として名乗るはずだった「一等海佐」という階級を、奇しくも沿岸警備隊員として名乗ることとなったのだった。

 

 白金は、盟友の美しい横顔をじっと見つめていた。だが、その同性から見ても思わず惚れ惚れするような美貌の下には、ぐつぐつと煮えたぎるような反骨心が隠されていることを彼女はよく知っている。綺麗なバラにはトゲがあるのだ。

 夢を叶えたいと思って、その第一歩となる扉を開くために全力を尽くしたのに、それをこじ開けられなかった自分。元々の目標とはよく似た、それでも全く同じではない環境に舵を切りなおすことを余儀なくされた自分。その姿を鏡で見つめるたびに、蒼の心のどこかでは「夢を叶えた」者たちに対する劣等感が首をもたげてくる。そのコンプレックスの反動からくる向こうっ気をエネルギーとして、蒼は死に物狂いで日々の任務に身を捧げてきた。今までの日々はイメージとは異なり、決して華やかなものなどではなかった。

 だからこそ、沿岸警備隊員としての自分を他者から軽んじられ否定されることを、とりわけ海軍の人間からそうされることを蒼は絶対に許すことはない。司をして「夜叉のようだった」と評されたほどの激しい怒りを、彼女があの一連の事件において海軍の人間たちに対して露にしてきたのは、それこそが理由だったのだ。その彼女が、沿岸警備隊員としての自分を自ら否定しそうになる。それがいかに重い意味を持つことか。

 「違うわ。一番無力だったのは…、誰よりもこの私よ」

 ふと、しばらく押し黙っていた蒼がポツリと漏らす。その声が、どことなく震えているのに白金は気が付いた。

 「30歳で一佐に昇任して、時の人だの美人艦長だのと散々祭り上げられて。なのに、いざ実戦の舞台に立ってみたら失敗ばかり。艦長になってから任された任務で、納得のいく成果を挙げられたことなんて一度もない。オリオン事件も、第六十二円竜丸事件も、天津号事件も及第点なんて取れなかったのよ、私は」

 言葉を紡ぐうちに、彼女の声はどんどん涙声に変わっていった。その頬を、光る物が一筋流れていく。やがてそれは、溢れ出てついに止まらなくなった。

 「私は一体どうすればいいの。私は一体どこで間違えたの。こんなはずじゃなかったのに。教えてよ、弥生!!」

 慟哭し続ける親友の姿に、白金はただただ絶句するしかなかった。これだけ深い心の闇を抱えてしまった蒼を絶望の淵から救い出すのは、並大抵のことではない。そして、20年近い付き合いであるにもかかわらず、この局面で一体どのように声をかけるべきか、彼女には残念ながら思い浮かばなかった。完全に手詰まりになり、衝動的にあたりを見回した白金の目に、思わぬ人影が目に入る。

 「話は聞かせてもらいましたよ、艦長」

 声の主は葛城だった。だが、そこにいたのは彼女だけではない。沢渡、佐野倉、茶谷、黒川、灰原、我那覇…。ふそうクルーの主だった士官が勢ぞろいしていたのである。ようやく顔を挙げた蒼が、思わずその予想外の光景にぎょっとする。その彼女の前に跪いた葛城は、普段とは全く異なる口調で蒼に語り掛けた。

 「艦長、いや…、真行寺さん。うちはあんたよりも入隊が遅かったし、ずっと船務科でも上司と部下の関係やったさかい、あんたとはずっと敬語で話してきた。せやけど、人生ちゅう意味では幸か不幸かあんたよりは5年くらい長う生きてる先輩やさかい、無礼を承知でタメ口利かせてもらうわ」

 その思わぬ関西弁での物言いに、思わず白金が目を見開く。だがそれを意に介さず、大阪出身の葛城は真っすぐに蒼の目を見ながら話し続けた。

 「ぶっちゃけね、うちら年長組はあんたとは世代もちゃうし、考え方や価値観的にはかみ合わへん部分があるのは否めへん思てるわ。あんたは良うも悪うも今までの艦長像とは違うて、型破りなとこもあるしね」

 あんただって、年上の部下相手にやりづらい部分は正直あるやろうで。うちだって35、機関長なんて本人の前で申し訳あらへんけど、もう40のババアやで。なおかつ経験も薄い中でトップに座ってるんやさかい、そら苦労かてする。うもうリードできんで悩むことだってあるやろう。

 「せやけど、そないなあんたに対して時折愚痴を漏らすことはあったにせよ、あんたがふそう艦長として不適格な人間や言うて、その座からあんたを引きずりおろそうとうちらが一度でもしたことがあった?あらへんやろう。その理由がなんでか考えたことある?」

 葛城の言葉に、蒼は声をあげて泣くのをやめていた。なおも真っ赤になった目を潤ませたままの彼女に向かって、葛城はなおも夕日と同僚たちを背に語り続ける。

 「あんたより入隊が遅いさかい?曲がりなりにも階級が下の人間がそんなんしたら、反乱行為になるさかい?もちろんそれもあるわぁ。せやけどね、一番の理由はあんたがこの船でずっとやってきたことをうちらが見とって、それ認めてるさかいやで」

 実は、蒼がふそう艦長に抜擢されるにあたっては、若干の紆余曲折があった。元々「選考レース」の最有力候補とされていたのは、蒼ではなく機関長である茶谷の方だったのだ。年齢的にも艦内最年長でリーダーシップに長けていることはもちろん、その豊富な経験に裏打ちされたロジカルな思考力と準備の手際の良さという意味では、むしろ蒼よりも上を行くとさえ目されていたのが彼女だった。

 だが、沿岸警備艦の艦長抜擢にあたっての前提となる、一等海佐への昇任試験を茶谷は結局受験しなかった。機関科一筋でずっとやってきた自分は、エンジンや動力周りのことは分かっても、戦闘艦として最も重要な戦闘の部分を理解しきれていない。そういう人間が艦長をやるのは相応しくないと、自ら身を引いたのだ。その結果、昇任試験を受けた他の数少ない候補者の中で、残った蒼にお鉢が回ってきたのだった。

 「この春から艦長に就任したばっかりのあんたには、残念ながら絶対的な経験値が足りへん。せやけど、そら沿岸警備隊ができてから今までおっきな戦闘が起きてへん以上、先刻承知のこと。それ分かったうえで、うちらはあんたの潜在能力を認めて、あんたについていくと決めてリーダーとして担いどるんやで。支えてるうちらんためにも、自分をそうやって卑下するのはやめなはれ」

 「…、確かにご自分をあまり卑下されるのはよろしくないですね。少なくとも、あなたのおかげで命を救われた人間は間違いなくここにいるんですから」

 そこで、突然別の声が聞こえた。毎日のように耳にしているわけではないが、しかし確実に聞き覚えのある男性の声。そちらに顔を向けた瞬間、蒼の口から思わず「あっ」という声が漏れた。

 そこに立っていたのはオリオン号船長の若林と、一等航海士の真田だった。一緒に、火傷の手術跡が残る若い船員を連れている。おまけに柳田まで一緒だ。まさか、こんなところで彼らと再会するとは。しかし、なぜ…?

 「ご無沙汰しております、真行寺艦長。この間の事件で火傷を負ったうちの若いのが、ようやく退院できることになりましてね。ご挨拶に伺おうと思っていた時に、たまたま廊下で柳田二尉と落ち合いまして」

 「せっかくなのでお連れしてきてしまいました。お待たせしてすみません、そしてただいまです、艦長」

 若林の言葉に呼応するように、あの怪我が嘘のように綺麗に回復した柳田がペコリと頭を下げた。それを横目に見ながら、若林が再び口を開く。

 「あの潜水艦による攻撃で、我々は中東から運んできた積み荷の全てを船ごと失いました。それでも命だけはあなた方に救われ、攻撃してきた船まで撃退してもらった。だからこそ、オリオンを代表してこうしてあなたにご挨拶できてるんです。ふそうの皆さんが駆けつけてくれていなければ、今頃とっくに私たちも海の底だったでしょう」

 柳田二尉は、任務中に起きた連絡の不備で目に怪我を負われたと聞きました。それでも幸運にも失明まではせずに済み、おまけに綺麗に元通り治して戻ってこられた。最初は確かに不幸だったかもしれないが、こうして戻ってきたのだから喜ぶべきことでしょう。

 「ふぶきんことだって同じですばい、艦長」

 そこで援護射撃したのは灰原だった。

 「確かに、あん船では42人ん命が失われました。艦長が対処された事件ん中でも一番被害は大きかったです。だばってん、あん船には全部で104人も乗っとったばい。そん生存者62人のうち28人はふそうが救うたんですばい。あん時あん海におった海軍のどん船よりも、うちらが救うた命ん数は多かったんですばい。それば忘れてほしゅうはなか」

 「測量長…」

 蒼は、自分に対して投げかけられる言葉の数々に、ただただ呆気にとられる他なかった。自分は今まで、艦長になってから対処してきた事案は全て失敗だと結論付けてきた。ここができていなかった、自分はもっとうまくやれたはずだ。そういう自責の念に駆られてきたからだ。でも、実際には違う見方をしていた人々が少なからずいた。経験の浅さからくる不器用な舵取りでも、それに救われた人間が確かにいたのだ。

 「沿岸警備隊が海軍と比べてどうこうなんてね、はっきり言うてどうでもええねん。うちらはうちらなりに、この仕事に誇りをもって沿岸警備隊員やっとんねん。そうやろう?うちらん仕事を必要としてくれてる人、それに救われた人たちがおる。そのことを忘れてはあかん」

 葛城はそう言うと、一転して苦笑いを浮かべながら「どうせ担がなきゃいけない神輿なら、せめて景気よく担がせてくださいよ、艦長。私たちをその気にさせるのがあなたの仕事でしょ」と元通りの標準語で口にした。その言葉に、ようやく蒼の表情も緩む。そうだ、私たちにはやらなければいけない仕事があるんだ。それに期待してくれている人たちもいるんだ。ならば、後ろを振り向いている暇なんてない。自らに課せられた使命を果たすべく全力を尽くすことでしか、その期待に応えることはできないのだから。

 「皆ごめん、そしてありがとう。若林船長に真田さんも、ありがとうございました。おかげで気が晴れました。今後とも、何卒よろしくお願いします」

 そう言うと、蒼は立ち上がって深々と一礼した。その彼女を、温かい笑顔が包み込む。絶望の淵から何とか這い上がった蒼は、自らの職責を果たすことに邁進すべく再び前を向いて歩み始めたのだった。




今回の最大のサプライズ要素は、蒼が実は元々国防海軍(正確にはその前身となる海自)に入りたがっていたという点だと思っています。その後紆余曲折を経て今の地位を手にしただけに、国防海軍の軍人にマウンティングされるのは我慢がならないというわけですね。ただ、結果的に今は基準排水量7700トン級の戦闘艦の艦長にまで上り詰めているので、その意味では立派に成功しているのだと思いますが。

若林と真田には、このタイミングでもう一度出てきてもらう予定でいました。残念ながら若林しか喋ってませんが…。過去に自分が命を救った人物に違う意味で救われる、これが人の世の常なのかもしれませんね。

次回は一応戦闘回になる予定です。もう一回、かなり大きめのサプライズを入れる予定でいますのでお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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