Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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ご無沙汰しております、R提督です。テンポよく投稿できるようにとか言っておきながら、半年以上も間が空いてしまい申し訳ありません。この間新しく決まった職場での業務が多忙だったうえ、学生時代から長らく連れ添っていたPCもついに寿命を迎えてしまったので、執筆できる環境がなかなか整いませんでした。ストーリーは頭の中でできていたのに…!!

本来、今回と次回の投稿はいずれも第六章の残りになる予定だったのですが、流石に6話も一章分で使うのは長すぎるということで、内容も考慮して新たに第七章を作ることにしました。行き当たりばったりで章立てまで変わってしまい恐縮ですが、よろしくお願いします。ではどうぞ。


第七章:最終決戦(中篇その2)

 オリオン事件以来、蒼の許可を得て久しぶりにCICに駆け付けた灰原は、測量隊及びサポートで帯同した立入検査隊全員の復帰完了の一報に、胸をなでおろした。部下の柳田ともども、出撃直前にも関わらずドッキリに成功して笑い転げていた前夜からは一転、今の彼女は当然そんなお茶らけた雰囲気は微塵も見せない、完全な戦闘モードである。

 「ましゃか天津号ん時に続いて、それも敵艦隊ん目ん前で戦場に出ていくことになるなんて…。無事に戻ってこれて何よりばってん、本当に生きた心地がしぇんかった。正直、うちゃこれ二度とやりとねえですばい」

 思わず漏らした言葉は本音だろう。そんな彼女の右肩を、蒼は労うように叩いた。

 「必要な行動とはいえ、無茶な事させて悪かったわね。あなたがちゃんと取り仕切ってくれて助かったわ、ありがとう」

 一瞬、女性らしい穏やかさを浮かべたその表情はしかし、次の瞬間に冷静な指揮官としてのそれに戻った。蒼の目が、測量隊と立入検査隊が海中に投下した潮流測定装置の位置を示す、モニター上の赤い光点を捉える。

 「おかげで、これで現在のこの海域の潮流データがリアルタイムで手に入る。2隻の潜水艦を捜索する手がかりには間違いなくなるはずよ。それに、なんとなくだけど敵艦隊の狙いも掴めてきたしね」

 「えぇ。測量隊や立入検査隊への対応から、確かに自分にも彼らがやろうとしていることはある程度見えてきましたね」

 「どういうことです、少佐?」

 頷いた河内に、我那覇が問いかける。

 「東亜側は、撃てばひとたまりもないようなこちらの短艇には目もくれず、あくまでもエスペランサ隊への艦対空攻撃を優先した。海中に装置を投げ込んでいる以上、自軍の潜水艦の行動にも何らかの影響が及びうることは、当然分かっていただろうにもかかわらず」

 河内は冷静な表情を崩さないまま答えた。

 「彼らの狙いはあくまでも航空団だ。ミサイル基地への攻撃さえ封じられれば、彼らにとっては勝ったも同然。艦隊攻撃が実らなかったとしても『あくまでも本土防衛のための行動』という対外的な言い訳が立つし、弾道ミサイルによる日本本土への再攻撃というカードは残るからね。航空団に対処している間は、艦隊の方は潜水艦でけん制することで、航空団への支援の動きを封じておけばそれでいい。通常動力型潜水艦を2隻も派遣して、わざわざこちらが探知可能な深度で一旦待ち伏せさせたのもそのためだろう」

 「通常動力型は原潜と違って、いったん水温躍層に隠れられればソナーではほぼ探知できなくなるものね。『この海域のどこかに動向不明の敵潜水艦がいる』とこちらに意識づけさせることが、彼らの意図だったのよ」

 蒼も同調する。

 「彼らが短艇に見向きもしなかったのはもう1つ…。今回潮流測定装置を投下したのが、恐らく艦隊の周囲9km圏内だったからってことね。東亜潜の交戦距離は9000。探知機をまいた範囲内なら、よしんばこちらに居場所を掴まれても即座に反撃できる」

 「だから、測量隊と立入検査隊がほぼ丸腰で展開していたにもかかわらず、敢えて敵水上部隊は発砲しなかった。その代わり、こっちが探知したその瞬間に攻撃されてもおかしくない、そういうことですね」

 「えぇ」

 蒼が頷いたのを見て、我那覇の表情がより一層引き締まった。敵艦隊の意図を見抜いた2人の士官に対する感嘆と、より一層高まった緊張感とがまじりあったCIC内に、最先任指揮官の声が響き渡る。

 「総員、第6分隊が体を張って集めてきたデータを、絶対に無駄にはしないように。敵艦発見と同時に魚雷が飛んできても全くおかしくはないわ。レーダー員、ソナー、全周警戒を引き続き怠らないで」

 

 エスペランサ隊の僚機全てにいったん引き返すよう命じた高橋は、操縦桿を握りながらコックピット内で次の一手を1人思案していた。しょうかくからの第2飛行隊・アサシン隊の発艦、すなわち味方の編成が5機から10機に増えることは、高橋にとってもちろん朗報であることには間違いはない。その決断を下した肥後に対しては、無事母艦に帰還した暁には何度でも頭を下げるべきだろう。

 問題は、手元の残弾のうちフリーハンドで撃てる残り1発を、どのタイミングでどのように使うかだ。今この瞬間にも、敵艦隊が艦対空攻撃の第2波を仕掛けてこない保証はどこにもない。300ノット超の超高速で飛び回ることで、必然的に大量の燃料を消費する空戦において、意思決定の遅れはすなわち死が一歩近づくことを意味する。最終的な攻撃目標であるロケット軍基地の前に立ちはだかる北海艦隊を前にして、高橋は決断を迫られていた。

 その時、レーダー上に5つの光点が突然現れた。それに合わせて、彼の耳に同僚からの呼びかけが届く。

 「アサシン1よりエスペランサ1へ。本隊、これより貴官らに加勢する」

 声の主は、アサシン隊を率いる浦賀勇翔少佐だった。高橋とは、第85航空団において常にエースパイロットの座を競い合ってきた間柄だ。彼らにとっては、お互いは頼れる相棒であり、かつ仕事へのモチベーションを高めてくれるライバルでもある。もちろん、今この瞬間においては頼もしさの方が圧倒的に勝ると言えるだろう。

 「エスペランサ1よりアサシン1へ。助かった、加勢に感謝するよ」

 「高橋、ちんたらしてたら目標を仕留め損ねるぜ。奴さんをブチ殺すためのアイデアはいい加減固まったんだろうな?」

 一転してべらんめえ調で問いかけてきた浦賀の言葉に、戦闘のさなかにもかかわらず思わず苦笑いが漏れる。空軍士官として、また戦闘機パイロットとして常にスマートであることを心掛けてきた自分とは対照的に、浦賀は言葉遣いも荒ければ血の気も多い武闘派タイプ。高橋自身も認める並外れた腕前がありながら、第1飛行隊の編隊長の座に手が届いていないのは、そういう事情もあるかもしれない。

 「あいにくだが、それができていれば援軍なんてそもそも頼んじゃいないさ」

 「けっ、うちのエースパイロット様は暢気なもんだな。まぁいい、俺にアイデアがある。考えが浮かばねぇってんならお前も乗れや」

 浦賀はそう言うと、発艦待機中に温めてきたという戦術を口にした。

 「2機1組で、2方向から同時に南寧以外の5隻を狙う。攻撃目標は前甲板のVLSだ。あそこに撃ち込んで真っ二つにしちまえば、敵艦は船としての機能を完全に失う。主砲やミサイルはもちろん、艦橋もただじゃ済まねぇだろう」

 「まずは周りの護衛艦から片付けるってわけか。問題はお互いのタイミングをどう合わせるかだ、イキって先走るような真似だけはするなよ」

 「お前こそ、出遅れるようなら承知しねぇからな。…、行くぞ!!」

 その言葉を口にするとほぼ同時に、左正面からやってきたアサシン隊の5機は高橋の眼下を通過していった。それを追いかけるように、エスペランサ隊の5機も勢いよく方向転換を始める。全10機の戦闘機に対し、高橋と浦賀からの指示が飛んだ。

 「エスペランサ1よりエスペランサ隊全機へ。これより、アサシン隊とともに南寧以外の5隻を攻撃する。各機、目標設定はアサシン1の指示に従え。敵艦隊に対して、我々がフリーハンドで撃てるのは次の1発だけだ。しくじるなよ」

 「アサシン1よりアサシン隊、及びエスペランサ隊全機へ。コールサインのナンバーが同じ機同士で、バディを組んで攻撃しろ。攻撃は左右両サイドから、敵艦の前甲板VLSめがけてJSMを叩きこむ。泣いても笑ってもチャンスは1回だ、絶対に逃すんじゃねぇぞ!!」

 

 ふそうのCICに男の声が響いたのは、第2分隊による敵潜水艦の捜索が続けられているさなかだった。

 「ネプチューン、シーファントム。ソナー再探知、敵潜水艦1隻浮上中!!」

 声の主は、練習艦かしいに乗り込んでいる土佐だった。かしま型練習艦2番艦という位置づけの同艦は、対潜ソナーとしてネームシップと同じOQS-8を装備している。普段これを操るのは、士官学校を卒業したばかりの若い新任少尉たちだが、今この瞬間に限れば使い手は駆逐艦きさらぎから移乗してきた、現場経験豊富な面々だ。積んできた経験値は段違いである。もちろん、探知したのはかしいだけではなかった。

 「本艦でも再探知しました!!方位角320度、距離9000、深度400。このキャビテーションノイズは…、間違いありません、遠征82です!!」

 安河内が声を上げる。確かに、画面上では敵艦を示す赤色に塗られたマークが、1つだけ再び現れていた。蒼が問いかける。

 「ソナー、探知できてるのは1隻だけ?」

 「1隻のみです。遠征83は依然動向不明!!」

 「遠征82の状況は?」

 「魚雷発射管外扉開口音、魚雷発射管注水音はいずれも探知なし。艦首はこちらに向いていますが、まだ攻撃態勢には入っていない模様です」

 安河内が答えた。

 「了解、引き続き警戒を怠らないで」

 蒼はそう命じると、再びモニターに顔を向けた。その目が、画面上に映し出された敵艦隊の姿を鋭く捉える。

 (相手は既に交戦距離に入ってる…。捜索のために機関を止めてる以上、この状況で先にこちらが撃たなければ、長魚雷の餌食になるしかないわね)

 蒼は覚悟を決めると、すかさずしょうかくに座乗する肥後に攻撃準備を具申した。

 「マイティクレーン、ネプチューン。遠征82発見、攻撃許可を」

 「ネプチューン、マイティクレーン。直ちに攻撃準備に移れ」

 肥後の命を受けた伊賀からすぐに返答が来る。

 「了解。水雷長、短魚雷1番から3番、遠征82に照準」

 「ハッ!!目標、遠征82。短魚雷1番から3番、攻撃用意!!」

 蒼の命を受けた我那覇が、あらかじめ準備させていた左舷側の短魚雷3発の発射準備を命じる。それに呼応するかのように、魚雷員が素早く攻撃準備を始めた。そんな中、河内は一人怪訝そうな顔で呟いた。

 「なんだか妙だな」

 「妙って、何が?」

 その呟きを拾った葛城が思わず聞き返す。それに対して、河内は顔を向けた。

 「本艦と敵艦との距離はたったの9000。この間隔は向こうにとっての交戦距離であるのと同時に、この船にとっても射程圏内だ。先に撃たなきゃやられる距離なのは、向こうだって分かってるだろう。おまけに、自艦の存在を探知され得る深度までわざわざ上がってきたのなら、不利なのは遠征82の方のはず。それにもかかわらず、何故攻撃準備をしているそぶりすら見せてないんだ?」

 「どういう理由にせよ、向こうが攻撃準備を整えてないならこっちにとっては好都合よ。1隻しか探知できてないなら、まずは1隻ずつ潰すしかないわ」

 蒼が応じた、まさにその直後だった。突然、安河内が大声を上げる。

 「艦長、水雷長、待ってください!!」

 「ソナー、どうした?」

 我那覇が聞き返す。それに対する安河内の返答は、信じがたいものだった。

 「水中にてミサイル発射音聴知!!小型目標2、本艦隊に向け高速で接近してきます。攻撃目標は…、はるなです!!」

 

 思いがけないタイミングでの攻撃による被弾で、はるな艦内は一気に騒然となった。

 「右舷弾薬庫付近に被弾、火災発生!!」

 「死者・重傷者多数、集計に時間がかかります!!」

 「応急班、弾薬庫の消火作業と当該区画の非常閉鎖を急げ!!グズグズしてると誘爆で沈没することになるぞ!!」

 次々に上がってくる報告に対し、津軽は矢継ぎ早に命令を下した。自分の命を受けた部下たちが、鬼気迫る表情でそれぞれの持ち場へと駆けていく。

 思わず、舌打ちが漏れた。まさか、自分が率いるはるなが最初の被害担当艦になってしまうとは。決して注意を怠っていたわけではない。あの2隻の潜水艦が姿をくらませて以降、いつ自分たちが再び遭遇してもいいように、捜索を始めた対潜戦担当艦の動向には気を配っていたはずだった。だが、誰が考えただろうか。2隻の潜水艦のうち1隻が自らを囮にして、もう1隻への注意をそらせようとしてくるなどと。

 もちろん奇策には違いない。そもそも、同一海域に自軍の潜水艦を複数送り込む時点で、可能な限り同士討ちを防ぐことを考える一般的な海軍の定石からは、完全に外れた戦術と言っていいだろう。確かに群司令の言うとおり、こんな手を使ってくる相手に教科書通りの戦法など通用しないのかもしれない。

 「ダメージコントロール、被害状況を報告せよ!!」

 「後部VLS、7・8・14・15・16・23・24・32番破損!!SAM及びSUM、いずれも発射不能です。その他AWS(イージス武器システム)、リンク16及び機関部はオールグリーン、航行・発電とも支障ありません!!」

 「応急第1班よりCICへ、右舷弾薬庫火災鎮火及び非常閉鎖完了。二次被害なし!!」

 「了解」

 津軽は頷いた。残念ながら手負いの状況にはなってしまったが、イージスシステムも艦橋も機関も幸運にも無事だ。まだ何とか戦うことはできる。弾薬庫が1か所やられてしまった今、手元に残ったカードをどのように切るべきか。それこそがこの艦の最先任指揮官として、考えねばならない最優先事項だった。

 「衛生兵、被弾区画での負傷者救援を急げ。まずは軽症者を優先だ!!」

 

 一方のふそう艦内。

 「ソナー、遠征83の現在地はまだ特定できないの!?」

 「現在捜索中です、お待ちを!!」

 先ほどから変化のない安河内の返答に、蒼は唇をかんだ。既に捉えている遠征82、それとは全く別の方角からはるな目がけて行われたミサイル攻撃で、もう1隻の潜水艦である遠征83がやはりまだ生きていることは確定した。だが、発射管外扉開口音などの手掛かりがある魚雷とは違い、潜水艦の対艦ミサイル攻撃は正確な位置を掴むことが非常に難しい。捜索に時間がかかるのはある意味必然と言えた。

 とはいえ、相手の居所をいつまでも掴めないままでは作戦行動に影響が出る。既に、左舷側の魚雷発射管1~3番は、遠征82への攻撃準備が整った状態だ。蒼、沢渡、我那覇の号令次第でいつでも撃てる状況にある。これに対して、遠征83を狙う右舷側の4~6番は、当然ながらまだ攻撃できる状況にはない。そして射程距離に捉えている遠征82とて、いつ攻撃準備を完了させて仕掛けてくるかは分からないのだ。

 しかも現状での位置取りを考えると、他艦のサポートを頼むのは難しい状況と言えた。同じ対潜戦担当艦であるのわきは、元々ふそうが陣取っていたしょうかくの左舷側におり、その射線上にはもちろん旗艦がいる。一方、遠征83により近いと思われるしょうかくの右舷側では、ひえいとはつづきが航空隊へのサポートのため、対空戦部署を発動した状態だ。もちろん、被弾したはるなにもサポートの余裕はないことは言わずもがなである。

 このまま定石どおりに1隻ずつ仕留めるべきか、それとも「公約」通りにあくまで2隻同時に叩くことを優先するべきか。蒼は決断を迫られていた。その時、CICから不意に声が上がる。

 「艦長!!測定装置6番、潮流データ送信を突然停止しました!!」

 その声に、蒼をはじめ一同の目が第一メインモニターの方に向く。見ると、確かに艦隊の右側辺りに先ほどまであったはずの赤い光点が1つ、何の前触れもなく消えていた。

 「本当だ…。まさか故障…!?」

 「このタイミングでなんでいきなり…!?」

 その事実に気が付いた幹部や海曹が、それぞれ思い思いの台詞を呟きながらお互いに顔を見合わせた。

 「装置に何があったの?測量長、ちゃんと動作確認はしてあったんでしょうね!?」

 「もちろんばい!!なんでよりによってこげんタイミングで…」

 我那覇の怒声に、思わず灰原が反射的に怒鳴り返す。

 「2人とも黙りなさい、聴音の邪魔よ!!大体こんな状況下で、幹部同士が口喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょうが!!」

 即座に2人の言を咎めた沢渡に対しても、灰原はなおも口をつぐもうとしない。

 「ばってん副長、あん装置は深度4000m以上の深海帯ん水圧にしゃえ、耐えらるーような代物ばい。そう簡単にぱげるほどヤワじゃなかとです。よほど何か頑丈な物体にでも衝突したんであれば別ばってん…」

 その言葉に、敏感に反応した者がいた。蒼だった。即座に灰原の方に振り向き、その台詞を問いただす。

 「測量長。今の言葉、もう一度言ってみなさい」

 「今ん言葉、ですか?そう簡単にぱげるほどヤワじゃ…」

 「違う、その後!!」

 何事か意図が分からず、思わず目をぱちくりさせながら口ごもった灰原に対し、蒼はさらに勢い込んで言葉を投げかける。

 「よ、よほど何か頑丈な物体にでも衝突したんであれば別ばってん…」

 「それよ!!」

 艦長のひと際大きな声に一同が目を丸くする中、蒼はすぐさま安河内に問いかけた。

 「遠征83が発射したミサイルが、海面から浮上した位置は特定できてる?」

 「大まかな推定でよろしければ、ある程度は絞り込めてますが」

 「それでもいいわ。今すぐマーキングした画像を第一メインモニターに出しなさい」

 その命令の意図を量りかねながらも、安河内が画像をメインモニターの映像と重ね合わせたその瞬間。沿岸警備隊員・海軍軍人の別を問わず、CICにいた誰もが息をのんだ。遠征83が発射したミサイルの大まかな浮上位置は、故障した測定装置6番が先ほどまで存在していた地点とほぼ同じだったのだ。

 「これって、ましゃか…」

 灰原が呟く。その無意識に発せられた一言が、再びふそうのCICが喧騒を取り戻す号砲となった。

 「測量長、6番の投下位置は?」

 「さ、30度54分80秒ノース、125度40分89秒イースト、深度500!!」

 蒼の問いかけに、我に返った灰原が慌てて答えた。

 「了解。水雷長、聞いたわね。短魚雷4番から6番、測定装置6番に照準。遠征83はその付近にいるわ。急いで!!」

 「Aye, ma'am!!短魚雷4番から6番、測定装置6番に照準。急げ!!」

 蒼の命を受け、我那覇が急ぎ魚雷員に右舷側の短魚雷発射準備を命じる。そのさなか、CIC内に安河内からの思わぬ報告が上がった。

 「遠征82、魚雷発射管開口音聴知!!」

 それは、このタイミングにおけるある意味最悪の知らせと言えた。自らを囮にして遠征83のミサイル攻撃を目くらましした遠征82が、今度は自ら攻撃を仕掛ける準備に入ったのだ。グズグズしていれば、両舷同時発射の前に自分が雷撃を食らう羽目になる。時間がない。

 「魚雷員、急げ!!」

 内心焦りを隠せない沢渡が思わず叫ぶ。CICとの物理的な距離や戦闘中の騒音を考えれば、発射管を最前線で制御する海曹士には決して届かないにもかかわらず。しかしその思いが通じたのか、「短魚雷攻撃用意よし」の一声が上がったのは、それから10秒も経たない程度のタイミングだった。すかさず、蒼が満を持して攻撃命令を下す。

 「対潜戦闘、目標遠征82及び83。短魚雷1~6番、攻撃始め!!」

 「短魚雷発射用意…、てぇっ!!」

 蒼に引き続いての我那覇の命令を受けて、ふそうの左右両舷からそれぞれ3本ずつ、短魚雷が海へと飛び出した。その様子を直接、あるいはモニター越しに目撃した海軍と空軍の軍人たちが、「本当に同時に撃ちやがったよあいつら…」とばかりに顔を見合わせる。それを意に介することなく、6発の魚雷は一目散にそれぞれ定められた目標へと突撃していった。

 

 「報告!!遠征82及び83、撃沈されました!!」

 部下からの耳を疑うような報告に、南寧のCICにいた曹と楊は驚愕の表情を浮かべた。

 「82と83がやられた…!?」

 「2隻同時だと!?やったのはどいつだ!?」

 「せ、先頭にいるあの巡視船…、ふそうです!!」

 「なっ!?」

 楊の歯が、怒りと悔しさのあまり無意識にギリッという音を立てた。今回の戦闘の引き金となった、首都ミサイル攻撃未遂事件の火元であるロケット軍の上海ミサイル基地。その破壊のために、天津が落とし損ねたF-35Cを国防空軍が再び差し向けてくることは、東亜側とて読んでいた。遠征82と83は、そのF-35Cの母艦となるしょうかくを中心とする国防海軍第2護衛隊群をけん制・幻惑し、さらには撃破するための切り札だったのだ。

 それを2隻とも仕留めたのは海軍でも空軍でもなく、よりによって沿岸警備隊だと。世界を見渡してみれば、沿岸警備隊には軍事的機能をも持つものもあれば、持たないものもある。かつての海上保安庁は後者、その後継組織である日本国沿岸警備隊は紛れもなく前者だ。同じ「Japan Coast Guard」の英名を引き継いではいても、組織の性格や有り様は全く変わっている。とはいえ、現在の彼らにとっても対潜戦闘は副次的任務として担いこそすれ、決して本分たり得ないはず。それなのに…!!

 楊は、ちらりと上官である曹の顔に目を向けた。冷静を装う彼もまた、その表情には今までとは違う焦りの色を隠しきれなくなっている。この男は、「あの巡視船は我が艦隊にとってのXファクターだ」と口にした。その時は「一体何を言っているんだ」という思いもよぎったが、その見立ては正しかったと今は認めざるを得ない。流石に、我々東亜海軍の潜水艦を長征2901も含め、計3隻も葬るとは彼とて予想はできなかっただろうが。

 「不運にもこれではっきりしたな、先ほどの私の言葉は嘘ではなかったと」

 ふと、曹が口を開く。その言葉と、固く握りしめられた拳が怒りで震えていることに、楊はすぐに気が付いた。

 「梁級を2隻も…。こんな形で自分の言葉の正しさが証明されることなど、私も望んではいなかったがな」

 「艦隊司令。なんにせよ敵艦隊に対する抑えがなくなった以上、我々も敵航空団にばかりかまけてはいられなくなりました。ここは敵艦隊への攻撃に打って出るべきかと」

 「あぁ。だが、敵戦闘機はまだ上空にいるはずだ。役割分担は明確にせねばな」

 曹はそう答えると、レーダー員の1人に「敵航空団の状況は?」と尋ねた。

 「敵航空団、5機編隊から10機編隊に変更。2機一組で進行してきます。高度11000フィートで変わらず、敵速290ノット、進路0-1-0」

 「了解」

 「10機編隊で2機一組だと?先に出た5機が前衛につくわけではないのか。ならばこちらは1隻余ることになるが」

 頷いた曹を横目に見ながら、楊が怪訝そうな表情で呟く。

 「おそらく、本艦以外の5隻を先に叩くつもりだろう。旗艦を丸裸にできれば、上空突破もより容易いというわけだ」

 「では、我が南寧を敵艦隊への攻撃に充て、他5隻は個艦防空に…?」

 楊のその意見具申に、曹は首を横に振った。

 「いや、それよりもいいやり方がある」

 「は?」

 思わず目をぱちくりさせた楊を尻目に、曹は一転して不敵な笑みを浮かべた。

 「物は頭の使いようだ。対空・対水上の二正面を強いられるなら、どちらの局面もうまく利用してやろうじゃないか」

 

 ふそうによる遠征82・83撃破の一報は、上空で攻撃準備に入る高橋と浦賀にも届いた。

 「CDCよりエスペランサ1及びアサシン1へ。敵潜水艦2隻を撃破した。状況知らせ」

 「CDC、エスペランサ1。Copy, まもなく南寧の護衛艦計5隻に対し再攻撃を実施する」

 「エスペランサ1、CDC。了解、成功を祈る」

 返答した高橋の耳に、CDCの伊賀からの声が届いた。

 「魚雷の両舷同時撃ちか…。空母が職場とはいえ、あくまで空軍の戦闘機乗りの俺にとっちゃ魚雷の運用方法は専門外だが、まさか海軍の奴らですら度肝を抜く作戦を実戦で成功させちまうとはな。沿岸警備隊もなかなか命知らずなことしやがるぜ」

 浦賀が呟く。

 「どちらにせよ、艦隊が邪魔者を消してくれた以上今度はこちらの番だ。仕切り直しと行こうじゃないか」

 「おうよ」

 高橋の声にほんの一瞬ニヤリと笑うと、浦賀は僚機全8機に対して呼び掛けた。

 「アサシン1より全機、各自指定された目標をロック。JSM攻撃用意!!」

 だが、その交信に返ってきた答えは日本語の「了解」でも、英語の“Roger that”でもなかった。僚機のうち1機が、思わぬ言葉を投げかけてくる。

 「エスペランサ2よりアサシン1へ。敵艦隊、進路1-2-0に転舵する模様。目標にうまくロックオンできません」

 「転舵だぁ?相手の艦がいくら優秀だろうと、戦闘機の機動性には勝てねぇよ。その程度の悪あがきに踊らされんな、やるべきことをやることに集中しとけ」

 浦賀がやや呆れたような口調で、そんな台詞を吐いたその時。突然、機内にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。それは、高橋や浦賀をはじめとする戦闘機パイロットが戦闘空域において最も聞きたくない音。自機が敵艦または敵機に再びロックオンされたことを、彼らに知らせるブザーだった。




この第六章改め第七章で描く第2護衛隊群vs東亜北海艦隊の戦闘ですが、対潜戦闘と空対艦戦闘が同時並行で進行するので、作者も頭を切り替えるのがなかなか大変だったりします。作者は艦これやジパングからミリタリーの世界に入った海軍ファンなので、空軍の戦闘描写は不慣れですしね。しょうかく(翔鶴)が海空共同運用艦である点も含めて、「空母いぶき」なんかも参考にしたりしてますよ。艦の見た目はいぶきとは似ても似つきませんが…。

次回は文字通り第七章の締めとなる予定です。次こそは間をそこまで開けずに投稿できるよう頑張ります…!!それではまたお会いしましょう。
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