Neptune~蒼海の守護者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。

今回は終章、エピローグとなります。ただ、残念ながら1話完結にはならず…!というわけで、エピローグ(前篇)としてお送りいたします。戦闘を無事勝利で終えた第2護衛隊群のその後は、果たしてどうなったのでしょうか。それではどうぞ。


新たな航路
終章:新たな航路(前篇)


 「艦内哨戒第1配備」

 文字通り命がけの一仕事を終えた第2護衛隊群は、エスペランサ隊とアサシン隊をしょうかくが収容した後、母港である佐世保へと帰投の途に就いた。

 ふそうの艦内には、何とも言えない不思議な空気が漂っていた。海軍艦隊の一員として、対潜・対水上戦闘まで戦い抜いた後の、得も言われぬ高揚感。嵐の後の静けさにつきものの、奇妙な喪失感。そして、日本側がついに戦闘での勝利をおさめ、国民を危機から救ったという達成感。それらが、絶妙なバランスで混ざり合いながら、艦橋やCICにとどまらず艦内全体に広がっていたのだった。

 「やっと終わったんですね…、艦長」

 自身の分と合わせて、コーヒーがなみなみと注がれたマグカップを両手に持ちながら、沢渡が呟いた。気を利かせて、自分のために淹れてくれたのだろう。礼を言いつつ、それを受け取りながら蒼も頷く。

 「えぇ、お互いに色々大変だったわよね」

 「この数か月、あまりに色々なことがありすぎて…。帰港したら流石にちょっと休みたいです。乗員にも休息をとらせないと、現場の士気にも関わりますし」

 「私もよ。…、もっとも、ちゃんと休みをもらえればの話だけどね」

 「流石に本格的な海戦帰りで休みなし、はブラックにもほどがあるでしょw もしそんなことになったら、司令に文句言ってやりますよ」

 「えぇ、そうね。その時は二人で、局長室まで押しかけに行きましょうか」

 艦のトップ2が笑い声をあげる、その後ろでは。

 「いやー、長門くんお疲れ様!!お互い大変やったね」

 灰原は、いつもの明るく人懐っこい雰囲気を醸し出しながら、笑顔で長門の肩を叩いた。男女関係なく、基本的に誰にでも距離が近い彼女。こんなタイミングでも、彼女が笑顔を浮かべていると自然に周囲の空気は明るくなる。

 「お疲れ様でした、測量長」

 「どうやった?初めてん沿岸警備艦CICでん勤務は」

 「いやぁ…。まさか海軍に入隊して、こんな経験をすることになるとは思わなかったですよ。同じような場所で働いてるにもかかわらず、現場の回し方が海軍とはあまりにも違いすぎて」

 「まぁ、艦としてん特性も持っとる能力も、海軍艦とは大きく違うけんね。ばってん、なかなか面白かったやろ?MOSAD派遣ん醍醐味ば、存分に感じられたんやなかと?」

 「まぁ、戦闘の最中に面白さを感じる余裕なんて、とてもなかったですけどね…」

 苦笑いする長門に対して、灰原は少しだけ真面目な表情で言葉を続けた。

 「大丈夫ばい。今回ん作戦ば、うちら沿岸警備隊ん人間だけでは成功はきっとさせられんかった。あんた方海軍ん人間が来てくれて、戦術面でん色々アドバイスしてくれて、最後は南寧の横っ腹ばめがけてワンビーばぶっ放してくれたけん、ふそうは勝てたとばい。あんた方んおかげばい」

 そう言うと、彼女はふとそばにいた河内の方に向き直り、右手を差し出した。

 「ミサイル長…、いや、河内少佐。改めてこがんこつ言うんもアレばってん。そん節は勝手に八つ当たりばしてしもうて、バリ申し訳なかやった。ふそうんために一緒に戦うてくれやって、ありがとうございます」

 「今更謝罪なんていいさ、灰原一尉。合流初日のブリーフィングでも言っただろ?僕がここにいるのは、天津号事件の時に君たちが助けてくれたおかげだ。その恩返しができたなら、それで十分だよ」

 河内はそう答えると、灰原の右手を力強く、しかし実に紳士的に握りしめた。海軍病院でのあの一件以来、ようやく正式に決着した二人の関係性に、CIC内には温かな空気が流れる。

 「少佐、せっかく測量長と俺が喋ってたのに、しれっとかっこいいところ掻っ攫わないでくださいよ」

 長門が思わず肩をすくめる。

 「仕方ないだろ、僕に振ってきたのは彼女だぞ」

 「そうそう、あんまり細かか事ゆわんと。上官にはちゃんと花持たせなつまらんばい?」

 灰原はそう軽口を叩いたかと思うと、ふと微笑を浮かべて「あんたもちゃんとかっこよかったばい、長門くん」と告げる。その思わせぶりな言い回しに、思わずドキッとした表情を浮かべ、硬直する長門。その途端、灰原は盛大に吹き出した。

 「アッハッハッハ!!いやぁ、あんたほんなこつ反応ば素直でおもしろかねぇ!!そがんところばい、あんたんこつ弄りとうなるんな。…、昨日ん夜もバリ楽しかリアクションくれたけんな?」

 ニヤリと笑みを浮かべる灰原を前に、長門の脳裏に出撃前夜の脱衣所での「あの光景」が浮かぶ。今や、彼はまるで沸騰したやかんのように真っ赤になっていた。

 「いや、そこに関しては何度でもツッコミ入れたいんですけど、何なんですか昨日のアレは!?軍艦であんなこと、軍紀上許されるわけないでしょう!?」

 「あいにく、女性専用艦であるふそうでは、例外的に認められてるのよ。他艦じゃ当然NGだけどね。何なら、内部的には特例で司令部決裁も降りてるわ」

 話を後方で聞いていた蒼が、そこで会話に乱入する。全員の目が艦長に向いた。

 「昨日のブリーフィングでも説明したでしょう?昔はMOSAD派遣士官が、まだ女性幹部の残ってる更衣室や脱衣所に、間違えて入って鉢合わせる事故が何度かあったの。そして、それをどれだけ運用改善しても消せなかった。だったら逆に、突発的な総員配置の時は派遣士官に所在確認を担当させて、そういう場所にも必要なら躊躇なく入れるよう慣熟させよう、って制度にしたのよ。昨日のドッキリはその導入ね」

 「そんな無茶苦茶な!!それってつまり女湯の脱衣所も含めて、男が見回りに行くってことじゃないですか!?」

 「えぇ、そうよ?普段ならもちろんうちの若手にやらせるけど、正規の乗員はなるべく配置につかせておきたいからね。最低限、正規の配置が埋まってさえいれば現場は回るもの。でも、男が女湯や士官寝室まで見回りに行くってなったら、絶対に色々と余計なこと考えて、遠慮や躊躇が出るでしょ?それによる任務遅延を消すための訓練よ。まぁ、今回はその見回りをしてもらう場面がそもそもなかったから、あくまで初日の歓迎イベントとして一発食らっとけってことね。昨日のブリーフィングでの説明は、その予告よ」

 艦長自らの説明に、長門はゲッソリとした表情を浮かべた。

 「…。理屈は何となく分かりましたけど、よく軍艦の艦内運用としてそれが通りましたね。一応国の機関ですよ?普通服務規律的にアウトでしょあんなん」

 「残念ね。あいにく、国策のために248名全員女だけで正規乗員が構成されている時点で、ふそうは普通の軍艦じゃないのよ。だから、普通の運用だけしてたら回らないの」

 蒼の不敵な笑みに、長門は思わず頭を抱えた。脇にいた河内も流石に苦笑いだ。そこに、珍しくニヤニヤしながら沢渡が追撃する。

 「まぁまぁミサイル士、せっかくの戦闘帰りにカッカしててもしょうがないわよ。ひとっ風呂浴びて頭でも冷やしてきなさい。…、今なら空いてるはずだから」

 「副長まで要らんフラグ建てるのやめてくださいよ!!あなたの指示で、昨晩どんだけ酷い目に遭ったと思ってるんスか!?嫌すぎるわその天丼!!」

 長門の叫び声に、CICの内部は爆笑の渦に包まれた。そのさなか、笑い声に交じって報告らしき音声が聞こえてくる。いち早くそれに気づいた蒼が、手を上げて周りを止めた。

 「CIC、左ウイング。左舷、距離50を同航中のはるなの右舷甲板上に、続々と乗員の姿あり。本艦への登舷礼を実施する模様」

 声の主は桜井だった。

 「登舷礼…?」

 思わず、蒼は沢渡と顔を見合わせる。しばし時間が止まり、二人の視線が交錯した。沢渡が一度大きく頷いたのを見て、蒼は艦内マイクの電源を入れた。

 「艦長より達する。総員、当直員を除き直ちに左舷甲板上がれ。登舷礼用意」

 

 「…、これでいいんだな?砲雷長」

 はるなの右舷甲板に立った津軽は、脇にいた司に尋ねた。後部甲板の方からは、下士官たちが水兵に「被弾箇所には近づくな、ちゃんと5歩は距離をとれ」と声をかけているのが聞こえてくる。

 「被弾してAAW能力を十分に発揮できん状態で、本艦に代わって南寧にあんワンビーば打ち込んでくれたんはふそうばい。これまでん分ば精算するんも含めて、こっちから礼ば尽くすんが筋やろうとおいは思います」

 司は、まっすぐ前を向いたまま答えた。その視線の先には、はるなの横を航行するふそうの真っ白な船体と、左舷に青字で描かれた「JAPAN COAST GUARD」の外部標識があった。そして、そこだけは周りと違う灰色を身にまといながら、艦の中腹あたりに鎮座するSSM-1Bのキャニスターも。

 思えば、今回のふそうの第2護衛隊群への参戦は、何もかもが突貫工事だった。艦隊に空席が出たことをきっかけに、ふそうを第2護衛隊群の指揮下に入れ、武装強化の一環としてワンビーのキャニスターを設置し、それを運用する人員として元ふぶきの乗員3名も送り込んだ。そして、最後の南寧へのワンビーでの攻撃は、はるなのSPY-6レーダーによって得られた攻撃用トラックを、ふそうに提供したからこそ成しえたものだった。その意味では、海軍側からも装備・人員・情報面で支援したからこそ、これが成功裏に終わったとも言えるだろう。

 しかし、その「手を差し伸べる」こと自体、この数か月間は極めてハードルが高い行為だった。無理もない、あまりにもすれ違いが多すぎたのだから。そしてそのすれ違いは、思い返してみれば非常に些細な、そして不運なズレから生まれたものだった。そのズレに、海軍も沿岸警備隊もずっと振り回されてきたのだ。

 その行き違いを、今こそ終わらせなければならない。その象徴とするために、そして手負いのはるなに代わってとどめを刺してくれたことへの礼とねぎらいを伝えるために、司はふそうへの登舷礼実施を具申したのだった。

 司が一度、気分を落ち着かせようと大きく息を吐いたその時。ふそうの左舷側甲板上に、紺色をベースに真ん中に白い縦のラインが入った戦闘服姿の乗員たちが、次々と姿を現し始めた。その一団の中には3人だけ、自分と同じ海軍の青いデジタル迷彩服を着こんだ者たちもいる。そして、少し遅れて若いラッパ手を伴って登場した、ブルーの制服姿の人物に司は目を止めた。

 「姉貴…、わざわざ制服ば着替えてきたんやな」

 

 CICから艦長室に降り、大急ぎで着替えを済ませた蒼は、艦橋の左ウイングに踏み出した。季節は12月初頭、既に夏服の着用区間は両軍とも終わっており、今彼女が着用しているのはサマードレスではない。全体的なデザインは海軍の幹部常装冬服と同じながら、地の色が黒ではなく、アメリカ沿岸警備隊と同じ鮮やかなブルーになっている、「サービスドレスブルー」だ。冬の東シナ海は、長袖の制服を着こんでいても暖かいとは言い難かったが、少なくとも季節外れの夏服よりは何倍もマシだろう。

 ウイングに出ると、はるなの灰色の大きな艦体が目に飛び込んできた。左側に目をやれば、遠征83の攻撃で被弾した傷跡は、所々ひしゃげたり潰れたりしていて、かなり痛々しい。それでも、イージス艦の象徴ともいえる四面のSPY-6レーダー―ふそうにとっては、今回のラストの攻撃を支えてくれた装備でもある―は、変わらず堂々とした威容を見せていた。そして、はるな艦橋の右ウイングに目を向けると、そこには既に黒基調の冬服を着込んだ乗員たちが並んでいた。その中にはもちろん、蒼にとって馴染み深い顔もいる。

 「司…。そして…、津軽大佐…」

 彼女の脳裏に、この数か月間の出来事が一気にフラッシュバックする。長征2901戦の後、司が沿岸警備局の局長室に怒鳴り込んできたこと。海軍が、第六十二円竜丸の捜索に関する情報に、かん口令を敷いたこと。その第六十二円竜丸を自分たちが見つけ、あと僅かのところで乗員を逮捕出来るところまで行ったにもかかわらず、意思疎通の不備によりはるなが発砲し、計画がおじゃんになったこと。そして…、その発砲の結果として柳田が一時戦線離脱を強いられる、重傷を負わされたことも。

 蒼の視線が、向かい側にいる津軽を捉える。柳田の見舞いに河内が訪れた後、彼から意思疎通不備の真相を聞いた自分たちは、その足で佐世保地方総監部に乗り込んで津軽を直接問いただした。その時の彼の不遜な態度に堪忍袋の緒が切れ、怒りに任せて津軽に殴りかかったことを、蒼は今なお鮮明に覚えている。

 今から思えば、あの時自分がとった行動は軍紀的にはかなり危険な、30歳の指揮官としての若さが出た行動だったと思う。実際、その後の肥後や但馬も交えた話し合いが決裂し、沿岸警備局に戻った後は、その決裂した件とは別に蒼は播磨からキツイお叱りを受けた。ただ、その原因となった蒼が津軽の胸ぐらをつかんだあの瞬間、津軽は一体その胸中で何を思っていたのだろう?

 

 「ふそう艦長、こっち見ました。敬礼します」

 ウイングに詰めていた乗員が声を上げる。すかさず、司は後方に控えていた航海科員に向かって振り向いた。

 「マイク、沿岸警備艦ふそうに対して敬礼する。右、気を付け」

 「沿岸警備艦ふそうに対して敬礼する。右、気を付け」

 そのアナウンスと同時に、2人いたラッパ手がほぼ同時に、勢いよくラッパを構える。一瞬その場の時間が止まり、両艦の間にほんの一筋、海風が吹き抜けた。司は大きく息を吸い込み、がなるように大きく声を張り上げた。

 「吹けー!!」

 「レー、レー、ソッレッソッソシレー♪」

 毎朝0800の軍艦旗掲揚のプロトコルの際と同じ、海軍式の「気を付け」のメロディが響き渡った。その旋律に合わせて、右甲板に整列していたはるなの乗員が、司や津軽も含めて一斉に挙手の敬礼をする。それを受けて、今度はふそうの番だ。沢渡が号令をかけ、紺野と桜井がそれに応える。

 「吹けー!!」

 「ソッレレソッシッレー♪」

 メロディの節回しが微妙に違うことを除けば、ほぼ海軍式と同じ沿岸警備隊式の「気を付け」で答える。だが、ここではまだ敬礼の手は上がらない。沿岸警備隊の礼式では、敬礼のタイミングはここではないのだ。再び、沢渡が声を張り上げる。

 「礼!!」

 「レッソソソッレッソー♪」

 ここだ。海軍というより、むしろ陸軍の「休め」のメロディに似た、沿岸警備隊式の「かかれ」に合わせて、蒼以下ふそうの左舷に並んだ乗員たちが、一斉に挙手の敬礼を返した。ふそうとはるな、沿岸警備隊と海軍、沿岸警備艦とイージス駆逐艦。所属軍種も艦種も異なる二隻の軍艦の乗員たちが、それぞれ横一列に整列して敬礼をかわす。

 それぞれ、背負っている使命や役割は違う。着ている制服も、礼式すらも全く同じではない。それでも今ここで、あの日佐世保港内ですれ違った時にはできなかった、石見と紀伊の二人が目にするはずだった艦艇の敬礼を、完璧に遂行してみせたふそうとはるなは、紛れもなく同じ日本の海を守る、日本国防軍の仲間だった。

 「答礼終わりー!!」

 「礼!!」

 「ソーシソー♪」

 刹那止まった時間を再び動かそうとするかのように、はるなから海軍式の「かかれ」の旋律が響く。ふそう側が沢渡の「直れ」の号令で敬礼をやめると、両艦の乗員はほぼ同時に右手で自身の制帽をとった。

 「左、帽振れ」

 「右、帽振れ」

 その号令に合わせて、乗員たちが一斉に制帽を頭上でゆっくりと回す。海軍は海上自衛隊、沿岸警備隊は海上保安庁と名乗っていた時代から、いずれの組織にも存在する船乗りならではの挨拶。お互いの気持ちは、今や余計な説明が不要に感じられるほど一つになっていた。

 (はるな、ありがとう。これからも、同じ国防軍の仲間として歩んでいきましょう)

 はるなの右ウイングを見つめたまま、自らも制帽を頭上に掲げた蒼の右手の指先に、ほんの少しだけ力がこもった。

 

 帰投から数日後。

 (突然何かしら、海軍が総監部まで呼び出すなんて…)

 蒼は、佐世保地方総監部の会議室の椅子に腰かけ、少し不安そうな表情であたりを見回した。かつて、第六十二円竜丸事件の事後処理を話し合った時と同じ、あの部屋だ。

 この日、蒼はいつものように艦内で執務中だった折、突然播磨から局長室に呼ばれ、「海軍がお前に大事な用があるらしい」と告げられた。そこで、訳も分からないまま一路、佐世保港の反対側にある海軍側拠点までやってきたのである。しかも、わざわざ「サービスドレスブルーで行ってくれ」という指定付きで。

 (わざわざ正装で行けなんて、よほど重大な何かよね。悪い知らせじゃなきゃいいんだけど)

 蒼がそう内心呟いた時、後方の扉が開く音がした。振り返ると、そこには肥後と但馬の姿があった。やはり彼らも三種冬服姿だ。なるほどこれは重大な話だな、と一瞬で察した蒼は、勢いよく立ち上がった。

 「お疲れ様です。肥後少将、但馬大佐」

 「ご苦労様。多忙の中ご足労頂き感謝するよ、真行寺一佐」

 肥後はそう答えると、「まぁ、どうぞかけて」と蒼に着席を促す。蒼が「失礼します」と椅子に腰かけると、肥後と但馬も向かい側の座席に座り込んだ。室内に、何とも言えない妙な緊張感が走った。先に但馬が口を開く。

 「さて、真行寺一佐。この度は我々第2護衛隊群の一員として、オペレーション・イーグルの成功のためご尽力いただき、本当にありがとうございました。佐世保地方総監部として感謝申し上げたい」

 「いえ、こちらこそ。我々として出来ることをしたまでですから」

 蒼は努めて平静を装いつつ応えた。階級こそ一佐と大佐でほぼ同格ではあるが、但馬は自分から見れば15~20歳は年上だ。その相手が、礼儀を尽くすかのように敬語交じりで語りかけてくる。その真意は一体何だ。

 「実は、今日は貴官にお知らせしたいこと、それと是非ご提案させていただきたいことがありましてね」

 「何でしょう、悪い話ではないといいんですが」

 蒼のその言葉に、ほんの少しだけ室内の空気が緩む。

 「安心したまえ、貴官にとっては少なくとも悪い話ではないはずだよ。特に後者はな」

 肥後の言葉に続いて、但馬は数拍置いてから口を開いた。

 「まず、津軽武範『中佐』の件ですが…」

 「…、ん?」

 その言葉に、蒼は反射的に怪訝そうな顔をした。中佐…?聞き間違いだろうか?

 「お待ちください、但馬大佐。イージス艦はるなの津軽艦長の階級は、貴官と同じ『大佐』のはずですが…」

 「えぇ、昨日まではそうだったんですがね。あいにく今日からは事情が変わりました。大佐ではなく『中佐になった』んです」

 やはりそういう反応をするよな、と予め見越していたかのように、但馬は口元に笑みを浮かべた。

 「まさか…、降任処分ですか!?」

 「仰る通りです。ようやく、あなたの部下である柳田二尉を負傷させる原因となった、第六十二円竜丸事件の軍法会議での裁決が出ましてね。貴艦から発せられた手出し無用の打電を無視し、短艇がターゲット近辺にいることに気づきながら発砲した、という責任を問われました」

 つまり、ふそう側のあの時の主張が、全面的に認められたということか。

 「本人は処分こそ受け入れましたが、自分の判断により部下やあなた方に重大な結果を生じさせた責任を痛感したようです。先ほど、依願退職の申し出がありました」

 「依願退職…!!」

 思わぬ四文字に、蒼は思わず目を見開いた。脳裏に、帰投時にはるなと交わした登舷礼が浮かぶ。まさか、あれが津軽との最後の挨拶になってしまうなんて。

 「受理は、されたのですか…?」

 「もちろん、慰留はしたのですが本人の意思が固くてね。処分を受けた上での本人の判断ですし、海軍としては受理する方向で動いています」

 但馬は一度大きく息を吐きだした。そうだったのか。まさか、そんなことが海軍側で起きていたなんて。そして、その知らせに衝撃を受けた様子の蒼に対して、今度は肥後が「で、それを踏まえた上でここからが本題だが…」と口を開いた。

 「以前、我々や津軽、そちらの播磨海将補に若狭一佐を交えて、ここで第六十二円竜丸事件の事後処理について話し合った際、貴官は確かこう言っていたな。『あんたたちよりも若い女ばかりが乗ってる船だからって、馬鹿にするのもたいがいにしなさいよ』と」

 その言葉に、蒼は思わず苦い笑みをこぼした。確かにあの時、自分はそのような言葉を口にした。当時の海軍側の理不尽で不遜な態度が、あまりにも我慢ならなかったから。

 「率直に言おう。今思い返せば、当時の我々には確かに、貴官が一等海佐という階級を背負うに本当にふさわしい士官であるか否か、測りかねていた部分があったことは否めない。それは貴官を馬鹿にしていたというより、その若さでその階級を背負うというのが、あまりにも我々の感覚からすると、人事上前代未聞だったのでな」

 「…」

 「だが、貴官は我々が抱いていたそんな勝手な疑いを、自分自身の実力で見事に晴らしてみせた。一度姿を見せてから消えた敵潜2隻を再探知し、魚雷の両舷同時撃ちなどという離れ業で同時に撃沈。最後の南寧相手の攻撃も、かつてあれだけの因縁があったはるな相手に躊躇なくデータリンクを要求し、結果として南寧撃破という最大の戦果に繋げた。類稀な発想力と柔軟性、そして部下を率いるリーダーシップ。紛れもなく、貴官はその袖の4本線にふさわしい士官だと理解した」

 「ありがとうございます」

 蒼が小さく一礼すると、肥後は思いがけないことを言い出した。

 「もちろん、はるなの後任艦長そのものは我が軍内部から選ぶことになるだろう。だが津軽の退職を受け、人事全体を組み直す必要が生じた。それを検討する過程で、ある名前が候補として挙がった」

 肥後はそこで一度言葉を切ると、しばし逡巡するかのように黙り込んだ。そして、次に彼の口から放たれた言葉に、蒼の目は今日一番大きく見開かれたのだった。

 

 「単刀直入に言おう。その名前とは貴官のことだ、真行寺蒼一等海佐。貴官に、我が国防海軍への転官を打診したい。貴官さえ望むなら、人事特例にて現在の階級相当―海軍大佐として我が軍に迎え入れたいと考えている。我々国防海軍に、貴官の力を貸してはもらえまいか?」




【驚報】蒼、まさかの海軍からヘッドハンティング。

これは本人もマジでビックリでしょうね。ようやく海軍とも雪解けし、「同じ国防軍の仲間として歩んでいきましょう」なんて言ってたら、その海軍から「大佐として来てくれ」と言われるなんて。しかも既に書いたとおり、蒼にとっては国防海軍は12年前に、自らが司とともに入隊を志していた海上自衛隊の後身。いわば、ここでオファーを受けることは「あったかもしれないもう一つの歴史」を12年越しに叶えることにもなります。

果たして蒼はどのように判断するのか?そして、物語全体の決着は?次回が文字通りのラストとなります!何卒よろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。
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